右03

「ありがとうございました。またお待ちしております」

学校の最寄りの駅前。
部活帰り、いつも高そうな店やなぁと思いながら前を通っていたお店のドアが開いた。
しかも、そのドアを開けて 2人の女性客を見送っていたのは見知った顔やった。

「剣持右京や」

同じように気付いたツムがそう呟くと「右京さんやろ」とアラン君が言った。

「ほんま、いつもありがとうね」
「また来るわ」

2人の女性客を笑顔で見送った彼は2人の姿が見えなくなるまで頭を下げていた。
顔を上げた時にはあの笑顔は消え、こちらに気付いて少しだけ驚いたように目を丸くさせた。

「お疲れさん、右京」
「そっちこそ。今部活終わったの?」
「せや。…右京、頑張り過ぎたらあかんで。ほんま」

いつ倒れるか分からん、と北さんが言えばアラン君もうんうんと頷く。
当の本人は心配かけてごめんねと苦笑を零す。

「まだ仕事中だから戻るね」
「邪魔してすまん。また明日」
「うんまた明日」

誰?と首を傾げる角名にツムが説明してる中、北さんとアラン君に駆け寄る。

「うちって、バイト禁止ちゃうんすか?」
「え?あぁ…アイツは学校に許可貰ってるから」
「言ったやろ、複雑やって」

北さんはお店の方を一度振り返ってから歩き始める。

「特待生やから学費はかかってへんけど、食費とか生活費は可能な限り自分で稼いでんねん。アイツ」
「え、」
「それで生徒会までやって大丈夫なんか、ほんま…」

それはみんな心配しとる、と3年の先輩達は話してた。

「去年みたいに倒れないとええけど」
「あー…受験もあるしな。気にかけておいたほうがええやろ。絶対、何も言わへんし」
「せめて、相談してくれればええのに」

バイトしてまで稲荷崎にいたい理由ってなんなんやろ。
強豪校やし吹奏楽部入ってる、とかやったらまだわかるけど。
そういうわけでもないやろ?
親元を離れてまで彼がしたかったことってなんなんやろ。

振り返ればまた彼が入り口を開けていた。
老夫婦を笑みを浮かべて店の中に誘う彼が一瞬だけ視線をこちらに向けた。
交わったかはわからない。
ただ、どこか諦めたような表情に見えた。

「…なんなん、あれ」

呟いた言葉は誰に拾われることもなく、消えていった。





家の鍵を開ける。
暗い部屋にただいまと呟いて、中に入った。
明かりをつけた部屋の中散らばった書類を避けながら荷物を机に置く。

「疲れた…」

ハンガーに制服をかけてポケットに入れたままだった携帯を確認すればいつも通りの通知が映る。
1日1個増えるメッセージと1日1個増える着信履歴。
決して開くことをしないそれは日々増えていくばかり。
その増え続ける数字が 俺にとっては重荷だった。
ブロックすりゃいい話だが、家族に何かあった時連絡を受け取れないのは困るだろう、と思っていた。
まぁ、俺には連絡は来ないかもな。

「ダメだな、疲れてると。思考がマイナスに沈む」

珍しく信介からもメッセージが届いていた。
バイトお疲れ。と絵文字も何もない文面。
だが、それが彼らしい。
ありがとう、と返せば 無理してないか 飯は食え とすぐに返事が届いた。

信介にはいつも、気を遣わせてしまっている。
俺がご飯よく抜いているのも知ってるせいか、時々声をかけてくれるし。
有り難い反面、やはり申し訳なさが勝ることは彼には言えなかった。

どんなに頑張っても、高校生は1人では生きれない。
部屋を借りるのにも親の同意が必要だし。
バイト代だけじゃ、生活できない。
ある程度理解はあれど、学校は保護者を必要とする。

机の上。
保護者様宛 と書かれた三者面談のお知らせは 行き先をなくしそのままだ。

「……大人に、なりたい」

誰の力も借りず、1人で生きたい。
全ての繋がりを絶って、独りになりたい。

お風呂入って、勉強しなきゃ。
明日のご飯の準備もしなくちゃいけない。

「あと1年、あと…1年我慢すればいい…」

狭い部屋に俺の声だけ。
ふー、と息を吐いて風呂場に向かおうとした時電話が鳴った。
またアイツか、と携帯を睨むが 映し出された名前は信介の名前。

「もしもし、」
「飯、食ったんか」
「バイト先の賄い食べた。心配しなくて平気だよ」

平気なことあるか、と彼は溜息をついた。

「またご飯食べに行こ」
「ありがとう、予定が合えば」
「それ、行かへんやつやろ。知ってんで、流石に」

そんなことないよ、と言いながらベッドに腰掛ける。

「最近 昼もどっか行ってるし、食べてへんやろ」
「信介に隠し事はできないな」
「…明日の昼は一緒に食べよう。偶には、ええやろ」

ありがとう、と言って約束するよ、と付け加えた。
申し訳ないと思うが、彼の優しさは心地いい。
いつか彼にも話さなければいけないな。

「信介、」
「なんや」
「ごめんね」

騙し続けるのは嫌だから。
受け入れられは、しないだろう。
一度あったことは二度ある。
二度目なら、俺の心ももっと軽く受け入れられるだろうか。





「飯、行こ」

4限の授業が終わりすぐに俺に駆け寄ってきた信介に逃げやしないよと笑う。

「逃げるとは思ってへんよ。混むやろ、学食。早よ行こ」
「…そうだな」

財布片手に学食に向かっていれば担任が丁度別の教室から出てきた。

「剣持、」
「こんにちは」
「お前、そろそろ提出期限やで。親御さんに話は通したんか?」

ちら、と信介に視線を向ければ不思議そうに首を傾げていた。

「すみません。提出期限までにはなんとかします」
「なんやったら俺が連絡したろか?」
「大丈夫です。話は、してますんで」

それやったらいいけど、と頷いた先生に失礼しますと頭を下げ歩き出す。

「…何、隠してるん?右京」
「何も」
「嘘やろ」

真っ直ぐ見透かすような視線を向けられる。
いつだって、彼は真っ直ぐだ。
曲がらない、歪まない。
それが俺とは違うから、羨ましいと思ってしまう。

「…昨日の謝罪も、変やった。お前らしくない」
「俺らしいって何?」
「え、」

何が俺らしい?
何が俺らしくない?
その基準って誰が決めんの?
あぁ、嫌だな。
信介に八つ当たりしてる。
頭ではわかってるのに、感情が止まらない。
きっと昨日のアレが 原因だ。

「俺らしく生きたら 否定するくせに」
「何言うてんねん。いつ俺が、お前を否定したんや」
「これからかな」

隠し通すことなんて容易いのに。
なんで俺は話さないとって思ってんのか。
あぁ、きっと…誰でもいいから認めてほしいんだ。
俺のことを。
剣持右京の存在を。

認めてもらえるはず、ないのにね。

×End

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