左03
GWの日程表を眺めながら 今後の予定の説明を右から左へ。
遠征ばかりのようだし、大学相手の試合も多いらしい。
まぁ、どうでもいい。
相手が誰であろうと、たとえ人でなかったとしても。
俺のやることはシンプルだ。
勝てばいい。
ただ、それだけ。

ミーティングが終わり、バラバラと解散していく。
その中携帯を弄り、GWの日程表を写真で彼へ送った。
返信はきっと今日もないのだろう。

「誰に連絡してんの?」

俺の前に座った天童さんがこてんと首を傾げる。

「…兄です」
「へぇ!お兄ちゃんいるんだ!」

知らなかったなぁ〜と彼は言う。

そうだろうな。
皆、そう言う。
俺の兄の存在を知る人は、あまりいない。
両親も兄の話をしたがらないし、俺にもさせないようにしていた。
いつだったか、憧れの人はいますかというバレー雑誌のインタビューに 兄ですと答えたことがある。
その時、インタビュアーはどこのチームに所属しているのか、だとか どんな選手ですかと 聞いてきた。
兄がバレーをしていないことを話せば 表情を曇らせ、じゃあバレーで憧れている人を教えてと 兄のことを記事にはしてくれなかった。

「どんな人?てか、結構歳上?」
「2つ上。兄ちゃんは…凄い人っすよ。俺が出会った誰よりも」
「あ、俺と同い年?」

神童の兄には興味あれど、剣持右京の弟の俺には興味ない。
それが世論だ。

「今何してるの?この辺の学校?」
「バレーはしてないっすよ」
「え?」

天童さんが驚いたように目を丸くして「それは聞いてないヨ」と笑った。

「剣持左京の兄がバレーしてたら そりゃ知ってるデショ。どんだけ無名でも」
「…ま、そっすね」
「うん。けど左京がわざわざ連絡取るなんてどんな人なのかなぁ?って思っただけ」

変な人だなぁ、と彼を見てからバギバキに割れた携帯の画面を伏せた。

「…兄ちゃんの周りにはいつも人がいて、憧れられて 頼られて…人として あの人以上に出来た人を俺は見たことない」
「へぇ…」
「頭も良かったし、統一テストとかだと基本的に10位以内に名前があるような人だった」

記憶の中の兄は頼もしかった。
2つしか歳が変わらないのに追いつけないと思える背中。
誰にでも優しく微笑んで、手を差し伸べた。
中学の制服に身を包み始めた頃からは ボランティアで子供と遊ぶ姿をよく見かけた。
その頃からは、兄は俺に手を差し伸べてくれることはなくなっていたけれど。

「お兄ちゃんのこと尊敬してるんだネ。…けど、なんで過去形?」
「え?」
「お兄ちゃんの話。全部過去形だなぁって」

こういう勘の良さがあのブロックを生むのかもしれないな。
他人のことをよく見て、他人のことをよく考えているからだろうか。
もしそうなら、兄も同じだろうな。
あの人も他人をよく見ていた。

「2年以上、会ってないんです」
「え、2年も?」
「どこの学校にいるのかも。今何をしているのかも、俺は知らない。兄ちゃんの中学の卒業式が終わった日。部活が終わって俺が家に帰ったら、部屋はもぬけの殻。まるで最初からいなかったみたいに、兄の痕跡は俺の家にはなくなってた」

あの日のことを俺はきっと忘れないだろう。
卒業おめでとう、と どの学校に行くのかそろそろ教えてよ、と開けた兄の部屋の扉。
ベッドも机も本棚も、兄が大切にしていたボランティアで出逢った子供達からもらった手紙や写真も。
何1つなくなって、申し訳程度に風の吹き込む窓の前に 母が枯らしかけたサボテンが青々として一回りくらい大きくなって 置かれていた。
死にかけのサボテンを救い、彼はどこかへ消えた。
両親に聞けども学校の先生に聞けども 兄の友人に聞けども 誰も教えてはくれなかった。
両親は初めから兄などいなかったのよと俺を抱きしめ、学校の先生達は辛そうに顔を曇らせ俺に謝り、兄の友人は言えないんだと言って けど元気だから左京は左京で頑張れよと 笑った。
半年後、サボテンはあの青さが嘘のように枯れ、兄の存在を証明するものはなくなった。

「…え、と…送ってるメッセージって…」
「あの日から未読無視のままっすよ。電話だって。…けど、時々画像は変わるからブロックはされてないんだろうなって感じですね」

伏せていた携帯の電源を切ってポケットに押し込みなんとも言えない表情をしてる天童さんに忘れていいですよと言った。

「もっと、有名になれば。もっと、強くなれば…きっと、兄の目に留まるはずなので」
「協力、するヨ」
「ありがとうございます。ランニング行くんで、失礼します」





兄を語る彼はバレーをしてる時のように静かだった。
静かに、闘志を燃やすようなそんな雰囲気。
必ず見つけ出すという、決意の表れなのだろう。
と、なれば あのバレーをしている姿が彼の本性に近いように思う。
兄を見つける、それ以外彼にとっては取るに足りない どうでもいいことなのだろう。

「兄の目に留まる…ねぇ」

もしも。
自分が 彼の兄だったら。
痕跡を残さなかったのは何故か?
親は行き先を知っていて 左京には教えず存在そのものをなかったことに。
先生も行き先を知っているが 左京には教えず謝った。
友人もきっと行き先を知っていて、今も連絡を取り、その上で教えないという選択をした。

冷静に考えればわかる。
何らかの理由があり、彼の兄は 左京そして家族を捨てた。
例え、どれだけ左京が有名になろうと 日本代表になったとしたって その兄は彼の前に現れないのではないか。
そう…思えて仕方なかった。

「…もし、1番になった時。日本で1番有名なバレー選手になった時…」

それでもお兄さんが現れなかったら。
左京にはバレーを続けていく理由は あるのだろうか。

「何してるんだ」
「若利君!ちょっと考え事〜」
「そうか」

若利君バレー好き?と尋ねれば急にどうしたと言いながらも迷いなく頷いた。
左京は バレーは好きなのかな。
兄を見つける以外に バレーを続ける理由は 彼にあるんだろうか。

「ランニングに行くが、来るか」
「俺はいいや〜。左京が行くってさっき言ってたよ」
「そうか」

冷めた返事ではあるが、何だかんだ戻ってくるときは2人になっているんだろうとその背中を見送る。

「あ、そういえば お兄ちゃんの名前聞いてないな」

頭が良かったと言っていたし 受験させられた外部模試の上位にその名前があるかもしれない。
確か、あれ学校名も書いてあったはず…。

「部屋にまだあったかなぁ」

×End

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