心臓を染めろ3



彼の宣言通り、取り上げられた実験室と部屋。
そして、式典服というものを着せられて入学式に参加させられていた。
長い袖も少し大きいフードも鬱陶しい。
昨日も遅くまで色々やっていたせいで、眠いし。
次の者、と前に出る。
ざわ、と空気が揺れたのを無視して鏡を見据える。

「汝の名を告げよ」
「…グルナ」
「………汝の魂のかたちは……ディアソムニア…!」

ディアソムニアか、意外だな。
勝手なイメージだがサバナクローだと思っていた。
まぁ、どこに配属されても関係ないんだけど。
クロウリーは式の途中に飛び出して行ったし。
あの人って本当に自由人だよなぁ。
フードを深く被り直し、元の列に戻る。
残りの生徒のクラス分けも終えて、式は終わりのはずがクロウリーの姿は未だにない。
職務放棄とか腹を痛めた、とか憶測が飛び交う中 それぞれの寮長が新入生たちを誘導し移動しようとした時。

「まったくもう!新入生が1人足りないので探しに行っていたんです!」

1人と1匹を引き連れて、彼は戻ってきた。

「さぁ、寮分けがまだなのは君だけですよ。狸くんは私が預かっておきますから、早く闇の鏡の前へ」

狸…?
どちらかといえば猫では?
最後の生徒はどこか落ち着きなく鏡の前に立つ。

「汝の名を告げよ」
「…ユウです」
「汝の魂の形は……」

鏡の沈黙がいつもより長い気がした。
そして、「わからぬ」と短く答えたのだ。

「なんですって?」
「この者から魔力の波長が一切感じられない…色も形も一切無である。よってどの寮にもふさわしくない!」
「魔法が使えない人間を黒き馬車が迎えに行くなんてありえない!生徒選定の手違いなどこの100年ただの1度もなかったはず…いや、しかし…」

クロウリーがちら、とこちらを見た。
まぁ仮面をしているから そんな気がしたってだけだが。

「だったらその席、オレ様に譲るんだゾ!」

クロウリーが抑えていた猫?が声を上げた。

「あっ待ちなさい!この狸!」
「そこのニンゲンと違ってオレ様は魔法が使えるんだゾ!だから代わりにオレ様を学校に入れろ!魔法ならとびっきりのを今見せてやるんだゾ!」

みんな伏せて、と赤髪の人が叫んだ。
燃え広がった青い炎。

「このままでは学園が火の海です!!誰かあの狸を捕まえてください!」

面倒事は直ぐに人に押し付ける。
数年共に過ごせば慣れてくることだった。
動き出した先輩たちから視線を逸らし、ユウと名乗った人の方に視線を向けた。
あの人はどこから来たのだろうか。
俺と同じ、黒い馬車が間違えた相手。
クロウリーにも結局話していない過去の事を思い出す。

「…話してみたいなぁ」

ん?と隣に並んでいた生徒がこちらを見た。

「あぁ、ごめん。独り言」

もしあの人がそうなら。
俺が求めてることを、知っているかもしれない。
後でクロウリーに聞きに行くとしよう。





「なんでいるんですか!!!」

学園長室の椅子に座ってウトウトしていればドアを開けた彼が大声で叫んだ。

「うるさ…」
「それはすいません…て、違うでしょう!?!寮はどうしたんですか!!」
「そんなん別にいいだろ。なぁ、さっきのユウってやつは?」

何故そんなことを聞くんですか、と彼は大きく溜息をついた。

「俺と同じじゃん。黒い馬車が間違えたの。だから、気になって」
「…帰る場所もなくて、オンボロ寮にいますよ。雑用係として籍を置くことにったんです」
「あの?クソ汚い?」

雨風凌げるだけマシでしょう、という言葉に それはそうかと納得もする。
雨ざらしの裏路地なんかに比べりゃ、あの汚い場所も楽園か。

「魔力ないんだっけ?どっから来たの?」
「聞いたこともない場所です」
「どこ」

なんでそんなに食いつくんです、言いながら教えてくれた地名。
ぶわっと体の中に血液が巡った気がした。

「……グルナ?貴方、なんて顔を…」
「ありがとう、クロウリー」

椅子から降りて緩む口を手で隠す。

「じゃ、お疲れさん。寮に戻る」
「ちょっと、グルナ!?」

いつ見ても汚い寮の前にたち立て付けの悪い扉をノックする。
返事もなくもう一度ノックすれば 恐る恐るといった感じでドアが開いた。

「…あ、の…」
「なぁ、ちょっと聞きたいことあんだけど」

不安そうな目に、愉快そうに笑う俺が映っていた。

「まず…あの、どちら様で…?」
「あぁ、悪い。俺、グルナ。ユウ、だっけ?」
「はい、」

立ち話もあれだし、中入ろう?と首を傾げれば「それってこっちのセリフじゃ…」と呟きながらもドアを開けてくれた。

「はー…やっぱ汚ぇし、雨漏りしてるし…」
「勝手に来て文句言うんですね…」
「あぁ、悪い。代わりに雨漏り直してやるから。ちょっと答えてくんない?」

アンタのいたーーって場所のこと、と言えば 少しだけ表情が歪んだ。

「聞いて、何になるんですか?ここにはないって…異世界だとか宇宙人だと…言われましたよ」
「ま、そうだろうな。だって、」

事実そうだからな、と笑えばより一層表情を歪めて俺を見た。

「まぁいいや。話したくないんなら答えなくて。ただ、1個だけ。…個性ってどいう意味だと思う?」
「は?……どういうって、その人の強みとか…その人ならではのものとか…そんな、」
「…なんだ、そっちか」

同じ地名なのに、個性の意味が違う。
そうなればますます、パラレルワールド説が濃厚だな。
黒い馬車はそれらの世界全てに干渉できるのかもしれない。
素質、ってのがある人を 世界の境界も無視して集める…。
もしそうなら、随分と悪どい馬車だ。

「本当に…なんなんですか、一体…」
「いや、俺も気付いたらここにいた口でね。運良く魔力はあったが、同情もするんだよ」
「え、」

ペンをくるりと回し、ぽたぽたと雫が落ちていた屋根が塞がる。
凄い、と小さな声で呟いたのが聞こえた。
俺も似たような反応だったな。
それに、個性がないのなら尚更 これらは異質なものだう。

「なぁ、困ったことあったら声掛けて」
「え?なんで…?」
「代わりに、あんたのいた場所のこと教えて」

知りたいんだ、と笑えば 少し躊躇ってからこくりと頷いた。

俺のいた世界とは恐らく違う場所だ。
けれど、確かにこのツイステッドワンダーランド以外の世界があることは証明された。
ユウと過ごせば、帰る方法もわかるかもしれない。

「…あの、ありがとう…グルナさん…」
「呼び捨てでいいよ。俺1年生だし」
「…グルナ、」

じゃあまたな、と手を振って オンボロ寮を出る。

過去のことは決して隠しているわけじゃない。
ただ聞かれなかったから答えていないだけ。
1ヶ月も黙りこくっていたから 彼らも忘れているんだろう。

「それにしても、ーーか」

懐かしい地名だ。
帰りたいわけじゃない。
向こうで暮らしたいとも思ってはいないし、未練があるわけでもない。
いや、嘘ついた。
一つだけ未練はある。
それを、その未練を晴らす為には1度向こうに帰らねばならない。

「…ユウといたら、見つかるかねぇ」





「誰か来てたんだゾ?」

グリムという猫のような狸のような動物がこちらを見上げた。

「…なんでもない」

グルナ。
不思議な、人だった。
気付いたらここにいた、と言っていた。
彼はどこの生まれなんだろう…?

「ねぇグリム。個性ってどんな意味だと思う?」
「そんなこともわからないのか?」

グリムが答えた個性は自分の知っているものと相違なかった。
けどグルナはなんだそっちか、って言ってた。
じゃあ、もう一方はどんな意味なんだろう?

「てか、なんで雨漏りが直ってるんだゾ!?」
「…優しい人が直してくれたんだよ」

埃の被った部屋に入りながらふと、思い出した。
漫画が好きな友人が これオススメだよと見せてきた漫画を。
タイトルは何だったっけ、思い出せないけど。
確かヒーローを目指す そんな少年誌ならではって感じの漫画。
その中のキャラクターたちは、個性という異能を武器に戦っていたっけ。
まぁ、関係ないか。

「今日はもう寝よう。明日は朝が早いから」

グリムにそう声をかけて、明かりを消した。
目が覚めたら 元の世界に。
そんな淡いに期待を胸に抱いて。




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