シカバネ心中2


結果的に言えば、帰り方は見つからずオンボロな寮に身を置くことになった。
異世界人だの宇宙人だの言われた上に、提供された寝泊まりする場所がこんなオンボロとはな。
自分たちのミスでこんなことになっているのに、恩着せがましいクロウリーの物言いは癇に障った。

ひとまず雪のように積み上がった埃をどうにかしようと掃除をする道具を探し、掃除を始めれば外から雨音が聞こえてきた。

「雨降り始めたのか…」

よくわからないこの世界も雨は降るんだな。

「こんなことなら近界に置き去りにされた方がまだマシだ…」
「ぎえー!急にひでえ雨なんだゾ!」
「あ、」

少しだけ毛を濡らした動物はぶるりと体を震わせた。

「ぎゃっはっは!コウモリが水鉄砲食らったみたいな間抜けな顔してるんだゾ」
「鳩が豆鉄砲だろそれ。あ、鳩いねぇの…?」

動物は皆喋るのだろうか。
果たしてそれは動物と言えるのか。
動物を動物たらしめるものって一体なんなんだろう?

「俺様の手にかかればもう一度学校に忍び込むくらいチョロいチョロい。ちょっと外に放り出したくらいで、オレ様が入学を諦めると思ったら大間違いなんだゾ!」
「…どうしてそんなにこの学校に入りたいの?」
「単純な話なんだゾ!オレ様が大魔法士になるべくして生を受けた天才だからなんだゾ」

本当の天才は自分を天才とは言わない。
それに自分をオレ様なんて言う奴にろくな奴はいない。
けど夢を語るのは悪いことじゃないか。
戦い続ける俺たちに、夢なんかなかった。
俺たちにあったのは目先の目標だけ。
順位を上げたい、遠征に行きたい、攫われた人を助け出したい。
それらは夢というにはあまりにも、寂しいものだった。
もしこの動物のような夢があったとしても、こんなに胸を張って宣言する人はいなかった。
そんな、環境ではなかった。

「いつか黒い馬車が迎えに来るのをオレ様はずっとずっと待ってた。なのに……なのに……ふ、ふんっ!闇の鏡も見る目がねーんだゾ!」
「けど、それが選んだ人が集まる場所に来たかったの?変わってんね」

ふなっ!?と見開かれた目。

「お前に価値がないのか、この学園に価値がないのか。どっちだろうね」
「魔法が使えねぇくせに!なんなんだゾ!」
「魔法が使えなくても、俺は「ふぎゃっ!?つめてっ!天井から雨漏りしてやがるんだゾ!オレ様のチャームポイントの耳の炎が消えちまう〜!」……はぁ」

騒がしい動物だ。
ウーパールーパーとか、タツノオトシゴとか 静かな動物の方がよかった。
寧ろトリオン兵の方が可愛げかある。いや、見た目がゴキブリっぽいのはいただけないけど。
静かな分まだ好感が持てる。

こんな動物に構っていたらよりフラストレーションが溜まることになるだろうし。とりあえずバケツ…探しに行くか。

「こんな雨漏り魔法でパパーッと直しちまえばいいんだゾ。ってオマエ魔法が使えねぇもんな!ププーッ!使えねぇやつなんだゾ」

馬鹿にするように動物が笑った。
あぁ、イライラするな。
てかまず。
訳も分からずこんな所に連れ去られて、汚い場所に放り込まれて、五月蝿い動物までいる。
そんな状況でイライラしないはずがあるか?

手にしていた箒をくるりと回し、小馬鹿にするように笑う動物の額を思い切り突いた。

「痛っ!!!」
「あぁ…痛いんだ。痛覚が普通に備わってて良かったよ。とりあえず、今晩はお前で鍋をするって決めた」
「ふな!?!」

出ていけ、と一言告げる。

「ここに俺が戻ってくるまでに出ていかなかったら鍋の材料にする」
「この大雨の中、こんなに可愛いオレ様を放り出すのか!?」
「何とかできんだろ?俺と違って魔法が使えるんだから」

古びたドアを開けばギィと音が鳴る。
軋む階段を降りて行けば 物音がした。

鼠か何かだろう、と思って顔を上げれば 所謂 オバケというフォルムの物が浮かんでいた。

「ひひひひ……イッヒヒヒヒ…」
「久しぶりのお客様だぁ」

もう何が出ても驚かないな、多分。

「ねぇ、バケツない?」
「え?」
「地縛霊的なやつじゃねぇの?詳しいでしょ、この建物」

上の階からあの動物の悲鳴が聞こえる。
喋る動物も大分ホラーだってのに、オバケで驚くのか。

「あっちの奥にあるぞ」
「ありがとう、助かった。少しの間間借りすることになると思う。触れてほしくないものとかあるなら、先に言っておいてくれるか?祟られるのは御免だ」





青い炎の海が広がっていた。
そして、愉快そうにオバケが笑う。
木造だということも考えず吐き出す炎は全く当たる気配はない。

「攻撃する時に目ぇ閉じるとか馬鹿かよ」

つい零れてしまった言葉に動物は文句を言った。

「当たらない攻撃に意味はない。文句言うなら当てろ。ほら、左。遅ぇ!次、右………目閉じんなっつってんだろ。左」

戦う才能がない。
俺ならきっとそう判断して早々に見限るな。
東さんや諏訪さんあたりは丁寧に教えてやるんだろうな。
そういう才能は俺にはなかった。
最前線で駆け回る方が性に合っていた。

何とかオバケを撃退した後、またクロウリーが恩着せがましく現れた。
私優しいので、と俺をイラつかせる言葉を吐いて夕食を差し出してくる。
ありがたく受け取りはするが本来それが彼の果たすべき責務だろと思っても言わなかった。

それからあれよあれよという間に、この学園の雑用係になることが決まってしまった。
しかもこの動物と一緒に。
全てにおいて納得がいかないが、1番納得がいかなかった言葉。

「………責任の一端があるっつーけど。全責任あんだろ」
「なっ!?」
「アンタそれでも人の上に立つ人間かよ…」

動物の戦闘の手伝いの為に手放した箒を拾い直し、彼らに背を向ける。

「勝手に連れてきておいて自分は悪くありません。衣食住も自分で確保しなさい、ねぇ…。こっちの世界の教育者ってのは、たかが知れてるらしいな」
「なんですって!?よくもまぁ、優しい私にそんなことが言えますね!!」
「優しい、ねぇ。どうやら俺のいた世界とは 優しい の意味が違うらしい」

ボーダーなら、得体の知れない存在でも受け入れる。
金銭的要求もせずに 衣食住も提供しただろう。
決して金がある組織じゃない。
けど、上層部の人達は人間として 腐ってはいなかった。
なんて、比較した所で意味はないんだろう。
向こうの世界の常識は、恐らくここでは通用しない。

「あぁ、そうだ。あの棺の中に俺の忘れ物なかったか?」
「え?いえ…ありませんでしたけど」
「そ。じゃあいい。おい、動物。さっきの部屋は俺の部屋として使う。入ってくるなよ。お前も寝泊まりするなら勝手に空き部屋使え。ご自慢の魔法で、掃除するといい」

後ろで文句を言う動物の声を無視して、掃除の途中だった部屋に入る。
苛立ちと共に押し寄せてくる現実。
箒を持ったままその場にしゃがみこみ、頭を抱えた。

トリガーはない。
帰る手段もない。
そして、記憶もない。
どうする。
どうすればいい。
魔法ってなんだ。
異世界?宇宙人?
喋る鏡?喋る動物?
意味が分からない。

ごちゃ混ぜの頭の中。
雨音がノイズのように邪魔をする。

衣食住の為に雑用。
あの学園で?
常識が通用しない場所で?
冗談じゃない。

「…頭が痛い…」

なんで自分がこんな目に。
そう思ってしまったのも仕方がないだろう。
このまま眠ってしまおう、と 目を閉じた。
ベッドもソファも埃まみれで寝れたものではないし。
遠征の時はよく、孤月を抱えて眠っていた。
その時と同じだ。
きっと、目が覚めたら 元の世界に戻れているはずだ。
そんな淡い期待を抱きながら、眠りの世界に身を沈めた。


その日は珍しく、夢を見た。
昔の夢だ。

幼い俺が泣いている。
そんな俺に手を差し伸べてくれたのが、あの人だった。
帰らなくちゃ。
力になると約束したんだ。
あの人の為に、死ぬと。
約束したんだ。



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