シカバネ心中3


最悪の目覚めだった。
固くなった体がボキボキ、と音を鳴らす。
変わらず広がるボロい部屋。
帰れなかった、夢じゃなかった。
その現実が重くのしかかった。

消えていたオバケ達が隣か向かいの部屋の動物を起こしている声が聞こえる。

「なんだ、もう起きたのかい?」

1匹の、いや1人のオバケがそう俺に尋ねた。

「あぁ、」
「今日からここに住むんだって?」
「あぁ……悪いな、邪魔をする」

オバケはぱちぱちと目を瞬かせていた。
ノックもなく部屋のドアが開き、動物とクロウリーが入ってくる。

「おはようございます。2人ともよく眠れましたか?」

そんな問いかけに動物は文句を言っていた。

「貴方はどうでしたか?浅葱さん」
「…こんな環境で眠れるとでも?」
「き、急に慣れない環境に放り込まれたのですから不安なのも当然です。ですが現実は往々にして厳しいもの…受け入れて前に進みましょう!」

自分を正当化するのに必死だな、と思ったけど口に出すのも面倒だった。

「さて、そんなわけで本日のお仕事についてお話があります。今日のお仕事は学園内の清掃です。…といっても学園内は広い。魔法なしで全てを掃除し終えることは無理でしょう。ですので、本日は正門から図書館までのメインストリートの清掃をお願いします!」
「それでいくらになんの?」
「え、」

労働するなら対価は事前に提示するもんだろ、と言えば彼は態とらしく咳払いをした。

「こ、今回は金銭の授受ではなく物品で考えています。まず生活必需品から用意しますので」
「……まぁ、いいや」

生活必需品が必要なことには変わりない。
今後もそれを続けるのならこちらも言うこと言わせてもらうが、今はそれでいいや。

「いいですか、アサギくん。昨日のような騒ぎを起こさないようグリムくんをしっかり見張っていてくださいね」
「不安なら追い出しゃいいだろ。わざわざ俺とセットにしないでも」
「なんだと!?」

足元で騒ぐ動物を見下ろし溜息をつく。

「俺に迷惑を掛けたら鍋の具にする。異論は認めない」
「怖…じゃなかった。頼みましたよ!昼食は学食で摂ることを許可します。では、しっかり業務に励むように」





面倒なことになったなぁ。
トラッポラと名乗る1年生に絡まれてキレだした動物を見ながら溜息をつく。

「とりあえず、鍋にしよう」

青い炎はトラッポラの操る風に巻き上げられ、先程まで自慢げに語っていた銅像を掠めていく。
目の前を埋め尽くす青い炎に4年前の街に重なった。

「…嗚呼、昨日から気分が悪い……」

持っていた箒をくるりと回し、昨日と同じように動物の額を思い切り小突く。
そして、トラッポラの鳩尾に容赦なく箒の柄を突き刺した。

「ふぎゃっ」
「痛ってぇ!!?」
「……グレートセブンだかなんだか知らねぇけど。聞いてねぇっつーの」

鳩尾と額を抑え蹲る2人を見下ろしながら、溜息をつく。

「1年生なんだろ?さっさと授業行けよ。目障り」
「なっ!?!」

魔法が使えて当然の世界なら、それを振りかざしてくるのは予想出来た。
だが、俺から言わせてもらえば それだけだ。
魔法士になる為の学校に通っているなら、まだ完璧に扱えるわけでもない。
人と戦ってきたわけでもないんだろう、どうせ。
生き死にの戦いを知らない子供が 魔法という秘密道具を振りかざしてきたところで子供の戯れだ。

「…おい、動物。鍋にするって言ったの忘れたのか?」
「こ、こいつが悪いんだゾ!?!」
「だから何?俺に迷惑かけてることには変わりねぇだろ」

うっ、と黙り込む動物からもう一度視線をトラッポラに向けた。

「魔法以外にも戦う術はある」
「は?箒で俺に勝つってこと?ウケんだけど」
「やってみるか?」

彼が立ち上がろうとした時、怒鳴り声が聞こえた。

「なんの騒ぎです!」
「げっ学園長…」
「アイツ、アイノムチで縛ってくるんだゾ!逃げろ!」

逃げ出そうと動物とトラッポラが鞭で打たれ、自分にも手が振り上げられる。
それを箒で受け止めてば、ちゃんと叩かれてくださいと文句を言われた。

「先程騒ぎは起こすなと言ったはずですが?」
「お宅が選んだ優秀な魔法士の卵が仕事の邪魔してきただけだ。炎に風なんか使うから、銅像も炎に包まれたし」
「なんですって!?」

よほど退学にさせられたいと見えます、というクロウリーの言葉にトラッポラは分かりやすく慌てだした。

「アサギくんも、これではグリムくんを監視しているとは言えませんよ」
「魔法で喧嘩してる奴らを生身で止めろと?」

え、と固まったクロウリーにゆるりと首を傾げる。

「風で巻き上がった炎に生身で飛び込め…と?あぁ、そうか。生徒の事故にして殺してしまった方が…都合がよろしいですもんね」
「ち、違いますよ!?」
「いえ、構いませんよ。100年続く歴史に誘拐なんて汚名は残したくはないもんなぁ?」

誘拐、とトラッポラが小さく呟いた。
わざとらしい咳払いをして俺達に窓拭き100枚の罰を言いつけて彼は踵を返した。
人だかりははけて、残されたのは2人と1匹だけ。

「お、前…」
「他の生徒はもうみんな行ったぞ」
「え、」

トラッポラは目を丸くさせた。

「行った方がいいんじゃないか?俺たちと違って授業あるんだろ?崖っぷちの学生くん?」

馬鹿にされていると分かったのだろう。
声をあげようとしたが、それを邪魔したのはチャイムの音だった。
クソッと吐き出して彼は駆け出す。

「あぁ…めんどくさい」

ぶつぶつと文句を言う動物を無視して、掃除を始める。

「なんでオレ様がこんなこと…」

それはこっちの台詞だ。

「じゃあ、出ていけばいいだろ。俺と違って、お前はお前の意思でここに来たんだろ?嫌なら出ていけばいい。いいじゃねぇか、お前は魔法を使えるこの世界の住人なんだから」

動物は目を見開き黙り込む。
やっと静かになった。
遠くできこえる学校の音。
昔から、学校には縁がないな。
それを望んだのは、俺自身だったけど。





放課後。
待てど暮らせど、トラッポラは現れなかった。
どこか予想通りな気もして、自分だけは窓拭きに取り掛かってしまおうと思った。
駆け出していく動物を見送り、雑巾を絞る。

「これから、どうすっかなぁ…」

ぽつりと零れた本音は誰にも聞かれず消える、はずだった。

「悩み事ない?少年」

聞こえてきた穏やかな女性の声。
周りを見ても人の気配はない。

「こっちだよ、こっち」

声の方を見れば知らぬ女性の肖像画が埃を被っていた。

「えっと……まぁ、喋る動物がいるなら喋る絵もいるか」
「そうだとも。この学園じゃよくある話さ」

手にした雑巾を1度見て、もう1度絵を見る。

「どうしたんだい?」
「ちょっとごめんな」

手の平で顔の辺りの埃を払い、周りを雑巾で拭く。

「全部雑巾でいいとも」
「絵とは言え、女性の顔は雑巾では拭けないよ」
「優しいのだね。それで?何を悩んでいるんだい?」

窓を拭きながら昨日今日で起こった事を話す。
絵に相談するなんて俺も相当参っているらしい。
だが、あの動物やクロウリーに比べればよっぽどまともな気がした。

「そんなこと初めてだね」
「そうだろうね」
「その、消えてしまってる直前の記憶…それが、何かヒントになるかもしれないね」

確かに、その可能性はある。
自白剤なども飲ませていないようだし。
なぜそこだけ記憶が消えてしまっているのか。

「何かあれば、相談しにくればいいさ」
「こっちの世界に来て初めて優しさに触れたわ」

彼女はからからと笑った。

「窓拭きが終わるまで、話し相手になってくれるか?」
「構わないよ!そうだ、この世界のことを教えてあげよう。私が見てきた長い長い歴史とともに」
「それはありがたい」

人と話すのは久々だと彼女は歌うように話し始めたのだった。



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