普通科先生と心操人使


「やっぱり、ヒーロー科を目指したいです」

体育祭が終わり、休み明けの朝。
自分の元へ訪れたのは 体育祭で奮闘した心操だった。

「良いんじゃないか」

真っ直ぐな言葉の割に、その瞳の奥には迷いが見えた。

「ヒーロー科の先生に申請は出しておくよ。後は、心操次第だからな」
「…、何も言わないんですね」
「何か言ってほしかったか?」

いや、と彼は目を逸らした。
ヒーロー科の教師と違い、俺はごくごく一般的な教師だ。
ヒーローではない。
彼がヒーロー科に行けるか否かの判断は俺のすることではなく、向こうの教師たちに委ねられる。

「止められると思ったか?」
「……まぁ、」
「別に、夢を持つことはいいことだ。それを叶えられるかは、心操の努力次第。出来得るサポートはしてあげるけど、何分一般人だからね 期待出来るようなものじゃないよ」

そういうことじゃなくて、と彼は目を伏せる。
短い間だが、彼を教えてきて 何となく 彼が本当に言いたいことはわかっている。
自分も同じように苦しんできた過去があるから、尚更だ。

「…じゃ、1つだけ」
「はい?」
「ヒーローになるのなら、まず 自分自身を救ってあげな。…誰かを救うよりも先に、心操はそうすべきだ」

きょとん、とした彼に 首を傾げる。

「わからない?心操は俺に、君の個性でヒーローは無理なんじゃないか と言われると思ったんだろ?」
「っはい、」
「どうしてそう思った?俺は一度も そういう風に接したことはないつもりだけど。俺が気づいていないだけで、傷つけていたなら 謝罪しよう」

違います、と彼は首を振る。
だが、その先に続く言葉はなく 視線を逸らした。

「そう思っているのは、心操自身なんだろ。今までそう、言われてきたからか ただそう思ってしまってるのかはわからないけど。その個性を武器に 君はヒーローになりたいんだろ?なら、まず その武器を受け入れてあげるべきだ。信じてあげるべきだ。…そうしなくちゃ、君は戦えないよ」

洗脳。
その個性は強力だが、周囲にも自分にも容易に受け入れられるものではなかったのだろう。
だから、彼はいつも周りと一線を引いて 俯いている。
その大きな背が丸められているのが、俺としてはどうにも心苦しいものだった。

「その、洗脳の個性に苦しむ自分をまず助けてあげるといい。そして、その個性を受け入れてあげるといい。ヒーロー科を目指すなら、そこから始めよう」

俯いたままの彼の頭を撫でてやれば、思いの外髪の毛が柔らかくてびっくりした。
髪の毛を下ろしたら随分と幼くなりそうだな、と固まってしまった彼を眺め 頬を緩めた。

「自分を救えない奴に、人は救えないよ」
「…はい、」
「頑張れ。心操なら、いいヒーローになれるよ」

頑張ります、と小さな声で彼は答えた。
赤く染まった彼の耳と頬。
高校生の頭を撫でたのは 失敗だったか とそっと手を離す。

「あの、先生…」
「ん?」
「ありがとうございます」

ぺこり、と彼は頭を下げて 足早に職員室を出て行った。

「彼、洗脳の子ですよね?」

隣のクラスの担任である若い女の先生が 職員室から出て行った彼の方を見ながら尋ねてくる。

「怖くないんですか?ああいうタイプの個性の子、初めて見ました」
「…洗脳の子じゃなくて 心操人使です」
「え?」

椅子から立ち上がって、彼女ににこりと笑いかける。

「個性を見る前に人を見てくださいね、教師なら」

彼女に背を向けて、職員室を出る。
雄英はヒーロー科の教師がヒーローなこともあり、職員室が2つに分かれている。
ヒーロー同士の会話は俺たち通常の教員には伝わってはいけないものであることもあり、差別というよりは配慮した上でのこと。
彼らが普通科や他の科の生徒にあまり関わらないのと同様に、俺もヒーロー科の生徒のことはよく知らない。
隣にあるこのヒーロー達しかいない職員室も、俺にとっては未知の世界な訳だ。
一応、ノックをして戸を開けば 視線が一気にこちらに集まる。

「一年生の担任の方っていらっしゃいますか?」

俺の言葉で 席から立ち上がったのは 見た目がなんとも教師らしからぬ人だった。
いや、この場に教師らしい見た目の人なんかいないか。

「1-A担任の相澤です。ご用件、お伺いします」
「C組担任の言ノ葉です。心操が正式に転科志望届を提出することになりました。書類は自分から校長に提出しますが、他に必要な事ってありますか?担当生徒が 志望届を出すのが初めてで」
「あー、一応志望届だけ提出して貰えれば大丈夫です。自分の方が、心操の面倒を見ようと思っているので」

志望届を出すと 誰かしらが面倒を見てくれるシステムなのか?
まぁ、だとしたら手厚いサポートだな。

「…放課後、心操に時間を空けさせてもらえますか?」
「わかりました、伝えておきます。用件はそれだけですので、失礼します。お忙しい所、すいません」

会釈をしてそう伝えれば 彼はいえと答えて俺をじっと見つめた。
何か言いたげなその視線に笑顔を返して、踵を返した。





「言ノ葉先生ですか?」
「あぁ、」

心操に個人的に指導を始めてから少しして。
気になっていたことを 彼に尋ねた。

「言ノ葉先生は多分、無個性です。個性の話には一切答えて下さらないので」
「へぇ、」
「けど、凄く良い先生です。教え方も上手いし…」

そうか、と答えれば どうしてですか?と彼は不思議そうに首を傾げた。

「いや、別に。一般人と関わることはあまりないからな…」

無個性なのは、意外だった。
あの職員室で物怖じした様子もなかったし。
比較的若そうに見えたが 落ち着いた対応だった。

「お前とは、どう接してるんだ?」
「別に普通です。他の生徒と差を感じることもないですし…」
「良い先生に当たったんだな」

それは本当に、と彼は少しだけ頬を緩めた。
普通科からの転科にはこちらからのスカウトと志望届を出してからヒーロー科が判断する2つのパターンがある。
心操の場合は後者で、後者の場合 担任やクラスメイトの協力は非常に重要になってくる。
それが得られず、断念する奴も少なくはない。
特に担任から協力が得られないパターンが一番多いのだが、彼はそうではないらしい。
無個性ならば、個性に対する歪んだコンプレックスがあってもおかしくはないだろうに。

「転科を希望した時、言われたんです。人を救う前にまず、自分を救ってやれって。…自分の個性を受け入れてあげるといいって。…確かに、これに苦しめられてきたけど これでヒーローになりたいって思ってたから。なんか、凄く 刺さった言葉なんです。その言葉で、迷わず進もうって思えたし…」

良い言葉の選び方をする。
心操が自分の個性にコンプレックスを抱いていたのは緑谷との戦闘で明らかだった。
そこからどうにかしてやるつもりだったが、俺が教えることになった時にはそこはもう乗り越えていた。
流石は本職の教師ということか。

「あ、よかった。まだいてくれて」

ちょうど今話題にしていた言ノ葉先生が訓練室の扉から顔を覗かせていた。

「先生、どうしたんですか?」
「特訓中悪いな。これ、転科志望の詳細の書類。今、校長先生から貰ったから まだいるなら今日中に渡しておこうと思って」
「あ、ありがとうございます。わざわざ、すいません」

気にしなくていいよ、と言ノ葉先生の手が心操の頭を撫でた。

「待ってください、今汗かいてるんで!!」
「心操が気になるなら、やめるよ。じゃ、遅くならないうちに帰れよ」
「はい、ありがとうございます」

頭を撫でるのをやめた手は代わりに心操の背を叩く。

「背筋、伸びてきたな」
「え?」
「折角 背高くてカッコいいんだから もう背中丸めて俯くなよ」

ひらり、と手を振って彼は心操に背を向ける。
そして 忘れていたと呟き こちらを振り返った。

「放課後にわざわざありがとうございます。お忙しいと思うので、無理なさらないでくださいね」

ぺこりと頭を下げて 彼は出て行った。
顔を真っ赤にさせて固まる心操に、あれはまぁ仕方ないなと苦笑するしかない。

「落ち着いたら再開するぞ」
「あ、はい!」

言葉の使い方か。
彼なら 爆豪や轟にどう声をかけるのだろうか。
少し知りたくなった。


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