普通科先生とB組



大きく深呼吸をして、ノックしたドア。
ゆっくりとドアを開けば、目の前に若い女の先生が立っていた。

「あ、と…失礼します」
「誰先生?」
「1-Cの言ノ葉先生を…」

俺の言葉に先生は目を瞬かせて「あら、また言ノ葉先生?」と首を傾げた。

「今面談室にいますよ。この階の1番奥の教室の」
「あ、ありがとうございます!」

また、ってなんだろう。
てか、面談室なんてあるんだな…この学校。
先生に教えてもらった通り歩けば確かに面談室と札のかかった部屋があった。
その部屋の前にはポストがあり、申請書と書かれたプリントが傍らに添えられている。

部屋には明かりがついているし、恐らくこの中にいるんだろう。
もう一度深呼吸をして、ドアをノックすれば中から返事が聞こえた。
少しして目の前のドアが開き、先生が顔を覗かせる。

「えっと…?」
「急にあの、すいません…1-Bの回原旋と言います」
「あぁ……」

先生は部屋の中を見て少し待っていて、と声をかけて後ろ手で戸を閉めた。

「ごめんね、今他の生徒が来てて。ここで大丈夫かな?」
「あ、はい。大丈夫です。すいません、本当に急に」
「いや、全然。…どうかした?」

優しそうな目が俺を見下ろす。
俺たちの授業で話していた姿とはどこか、別人に見えた。

「物間……えっと、燕尾服着てた1-Bの奴の話なんですけど」
「うん?」
「………アイツ、確かに…どうしようもない奴なんです。何回言ってもA組にはあぁいう絡み方しかできないし…」

授業の後からずっと引っかかっていた。
普通科の担任だという彼の言葉に、どこか納得してしまう自分もいた。
けれど、物間はそんなやつじゃないと否定する自分がいた。

「けど、あいつ……俺たちのことすげぇ好きなんです。だから、俺たちの分も、多分A組に挑んでいくし、突っかかっていくし…いや、それが良い事だとは全然思ってないんですよ!?ないんですけど…ただ、なんか…」
「そんなこと、わざわざ言いに来たの?」

そんなこと。
あぁ、確かにそんなことなのかもしれない。
物間の言葉は確かに悪かった。
あの未熟者云々ってやつは今までで、1番言っちゃいけないことだった。
先生の言う通り、あの事件はA組が起こしたもんじゃないし。
俺達だって巻き込まれていたわけだし。
偶然にも、攫われたのが爆豪であっただけで それが俺達のうちの誰かであった可能性だって間違いなくある。
だから、この人に…初めて物間を見た一般人に 悪く思われても仕方ない。
仕方ないし、そういう悪評の中でも アイツは歪みまくって それでも真っ直ぐヒーロー目指す奴だってわかってる。

「…わかってるんです、そんなことだって。言い訳したって、あいつの言葉が消える訳じゃないし。…けど、俺は……アイツのこと、やっぱり…誤解されたままでいたくなくて」
「これからもそうやって彼が何かする度にそうするの?テレビの前の人にまで?」
「いや、わかってるんですって。…そんなん、無理だし。卒業してまで一緒とも限らねぇし…けど。今、手が届くところにいる人に…今、声が届く所にあいつを誤解してる人がいるのに……なんも、しないのはやっぱり…違くて」

上手い言葉が見つからなかった。
本当によくわからないんだ、自分でも。
自分の中でせめぎ合う感情。

「……すいません、うまくまとまんなくて…」

俯いて自分の手を握りしめる。

この人の誤解を解いたところで何になる?
物間の態度も言葉も、きっと変わらない。
これからもきっと、あんな風に絡んで行くんだ。
その度にそれを見た人に言い訳するのか?
見て見ぬふりするのか?
どれも、違う。
違うんだけど、じゃあどうすんだよって答えは俺の中には見つからない。

「ごめんね、少し意地悪だったか」

そう優しい声が落ちてきて、頭を撫でられた。
ブラド先生の手とは違う、どこか華奢でそれでも優しさが伝わる。

「…何人目だと思う?」
「え?」
「物間くんの誤解を解きたいって、俺のとこに来たの。回原くんで何人目だと思う?」

何人目?
まるで、それじゃあ俺以外にいるみたいじゃ…。

「最初に来たのは拳藤さん。その後は骨抜くんと鉄哲くん。円場くんと鱗くんも今朝俺のところにきた。で、今が君」

そんな素振り全然見せてなかったのに。
顔を上げたら先生は困ったように眉を下げていた。

「俺の言葉が悪かったね。君たちの大事な時間を、こんなことの為に使わせてしまった。…心から、詫びるよ。申し訳なかった」
「え?いや、えっと…違っ違くて……先生の、言葉…多分 本当にすげぇ…響いてて…だから、」
「君たちにとって、物間くんがどれだけ大切な存在のか…よく伝わった。きっと、君たちみたいな仲間がいれば…大丈夫だね」

頭を撫でていた手が離れ、先生は自分の手を見つめた。

「……きっと、アイツとは…同じ道を辿らないだろうね」
「っ…!させ、ないです……物間のこと、死なせなんか…しないです。俺たちが、」
「きっと、俺のところに来た君たちだけじゃなく、みんなそう思っているんだろうね」

ブラド先生も素敵な生徒を育てるね、って彼は優しく微笑んだ。
その表情に何故か涙腺が緩んだ。
泣きそうになるのをぐっと堪えて俯く。

「けど、ね。世間はさ…簡単に手のひらを返すから…気をつけてね」

また彼の手がぽんぽん、と俺の頭を撫でた。

「ごめんね、君の…君たちの大切な人を貶してしまって。……君も、彼も…いい仲間を持ったね」
「…はい、」





廊下から聞こえていたのは、回原の声だった。
僕がいることには気づいていないらしい。

「…わざとですか?」

面談室に戻ってた先生はいや?と首を傾げた。
回原がわざわざあんなこと言いにくるとは思わなかった。
元々自分の意見もあまり言わない奴だし…。

「偶然だったけど、ちょうどよかった」
「なにがですか?」
「君のクラスメイトが君のためにここへ来たことを伝えたかったんだよね」

それを伝えて何になると言うんだ。
僕のその疑問を彼は知ってか、知らずか穏やかに笑っていた。

「君のそれは、個性からくるもの?」
「は?」
「自分1人では何もできない、その劣等感から来てるの?」

1番嫌なところを抉られた気分だった。
あんな強い個性を持ちながら 教師なんかやってるこの人に何がわかる?
お前の個性じゃ、スーパーヒーローにはなれない。
それは幼い頃にも、飽きるほど言われてきた。

「…きっと、君のクラスメイトは…君を1人にはしてくれないだろうね」
「…は?」

彼の言葉は予想から遥かに離れたものだった。

「君の言葉を聞いた時、死んだアイツを思い出したよ。友達はいた。けど、本音でぶつかり合える仲間はいなかった。強い個性を持っていたからこそ、アイツの態度が孤独を作った。…君も、そうなのかと思ったんだよね。けど、真逆だった」

アイツっていうのは、死んだという先輩のことなのだろうか。

「君は、弱かった。強くなりたかった。その為に仲間がどうしても、必要だった。だから、人一倍 仲間を大切にしてきた。それに、みんな応えてくれてる」
「知ったように語らないでくれますか?」
「知らなくても、そう見えるんだよ」

いらぬ心配をしたね、と彼は言って 申し訳なかったと頭を下げた。
教師が、何故 軽々しく生徒に頭を下げる?
理解できない。

「…プライドとか、ないんですか」
「プライド?なんの?」
「生徒に、頭を下げるなんて…」

彼は心底不思議そうに首を傾げた。

「間違ったことを間違っていると認めないことがプライドだと?どこでそんな間違ったことを習ってきたの?」
「…大人は、子供には謝らない」
「じゃあそいつらは大人じゃないよ。ごめんなさいとありがとうは、言葉の基礎だ。そんなこともできない人を大人と呼ぶ必要はない」

今までに出会ったことのないタイプの人だ。
頭ごなしな言葉は1つもない。
全て納得できる根拠がある。

「…君は、そんな出来損ないになっちゃいけないよ」
「なるわけ「君の言葉は…時に 凶器になる」…え?」
「自分の言葉が誰かを傷つけたことに気づけず、謝れないことも…ある種出来損ないじゃないかな。ごめんなさいと言うには、まず自分の罪に気づかなくちゃいけないんだよ」

言い返す言葉がなかった。
彼にああいう形で注意されてから、自分の言葉が人を傷つけるかもしれないと改めて思った。
それでも、僕はきっと変わらない。変われない。
B組が大切で、A組は憎き相手であることには変わりない。

「……まだ、時間はある。いつか、君が変わってくれればいい。手遅れになる前に、変わってくれ」
「まるで、先生は手遅れになったみたいな言い方ですね」
「うん、そうだよ」

馬鹿にしたつもりだった。
なのに返ってきた馬鹿正直な返事。

「俺は言葉で家族を壊したよ。だからさ、君はそうなっちゃいけない。憎きA組なのかもしれない。けど、卒業したら 君の仲間だ。君の個性を助けてくれる人達だ。…それを今、壊してどうするの?」

頭ではわかっている。
現場に出れば、A組だB組だ、なんて言ってられない。
誰であっても、いてくれなくちゃ僕は戦えない。

「…競い合うことが悪いとは言わないよ。けれど、貶すことは それとは違うはずだ」
「………はい、」
「今すぐに変われとは言わないよ。けど、君も見たはずだ。爆豪くんも変わり始めた。…置いていかれていいの?憎きA組にさ」

そう言えば 爆豪とこの人は訓練の前に話していた。
…この人が、何かしたのか?

「……最後に、ひとつ。君はオールマイトさんに憧れたタイプの子?あ、答えなくていいんだけど…。とある少年は、オールマイトさんに憧れて 彼のように 彼よりも強いヒーローを目指したんだって」
「何の話、してるんですか」
「そんな少年時代を過ごした子が、オールマイトさんのヒーローとしての人生を終わらせてしまったことを……気にしていないと本当に思う?」

ずっと優しい目をしていた彼が、少し冷たい視線を僕に向けた。
とある少年って、爆豪のことか…?

「何も気にせず、彼が笑ってると…本当に思う?」
「…そうじゃないんですか?現に、アイツは今!笑ってる!!」
「それは、彼が戦ってるからだよ。強く、あろうとしてるからだよ。……ふとした瞬間、思い出すんだって。自分を助けに来てくれたあの人の優しい声。戦ってる姿を。夢に、見ることもある。それで、眠れなくなって ここに来ることもある」

彼は今も、あの日から抜け出せてないんだよ。
先生はそう言って、知らなかったでしょ?と首を傾げた。

「それを君にも、いや…クラスメイトにさえも悟れないように 彼は振舞っているんだよ。あの日の無力さを知ってるから、1人ではまだ力が及ばないから、彼は仲間と戦う術を身につけているんだよ」

先生は立ち上がって、僕の頭を撫でた。

「……なかったことにできるわけないんだ。彼が1番。…けど、それで泣いてなんになる?落ち込んでなんになる?相談することも、弱音を吐くことも 彼はクラスメイトにもしてないだろうね。それは、彼が…あの日のことを1人で背負うって決めたからだよ。オールマイトさんを終わらせてしまったことを、背負って…オールマイトさんの代わりに…平和の象徴以上の存在になるって…決めたからだよ」

はく、と唇だけ震えて 言葉は出てこない。
なんて、返せというんだ。
いつもみたいにだからどうしたとも、言えやしなかった。

「君を、責めるつもりはないよ。君以外にも、同じように感じてる子達は沢山いる。…いる、だろうから。その人たちに俺はいちいち言い訳するつもりもない。けれどね…さっき、回原くんが言ってたのと同じだね。…声の届く所に勘違いしてる人がいるのに、何もしないわけにはいかないんだ」
「……大事なんですね、爆豪が」
「そうだね。…けど、君のことを勘違いしてる人がいても 俺は同じようにするだろうね」

先生ってそういう立場の人だから、と彼は微笑んだ。

「ねぇ、物間くん。うちの心操をよろしくね」
「え、」
「君の個性、タイプ的に似てるでしょ?きっと、君がいれば、救われることもあるはずだから」

爆豪を特別贔屓してるのかと思ったけど。
きっと、違うんだろうな。
この人にとっては、誰であっても 彼の大事な生徒なんだ。

「…言ノ葉先生、でしたよね」
「うん?」
「B組は…A組よりも強い。A組なんか見えなくなるくらい、夢中にさせてあげますよ」

彼は目を瞬かせてから 楽しみしてる、と口元を隠しながら笑った。

「…言ノ葉先生、一つだけいいですか」
「うん?いいよ」
「なんでそんな強い個性を持っていながら、ヒーローを目指さなかったんでか」

先生は、言ったろ?と彼はその瞳から感情を消した。

「言葉という凶器で、人を…殺めたからだよ」
「は、」
「君は、変わってくれよ。間違える前にね」





「円場!!お前らも行ってたんなら、言えよ!?」

回原が寮に戻ってくるなり俺の肩を揺さぶった。

「な、なにが!?!」
「言ノ葉先生のとこ!」
「え、お前も行ったの?」

俺も行ったら鱗もいたんだよな、と近くにいた鱗に声をかける。

「そうそう」
「拳藤と鉄哲、骨抜も行ったって」
「マジ?…俺ら物間大好きかよ」

なんか恥ずかしいことしたと回原は肩を落とす。

「けどさ、すげぇいい先生じゃなかった?」
「いや……それはもう、本当に」
「物間のこと言われた時はなんだよアイツって思ったけど。…なんか、言いに行ってよかったって思ったよ」

あの人にはちゃんと知ってて欲しいよな、って笑えば、まぁたしかにと回原は答えて俺の隣に座った。

「拳藤とか泡瀬に任せてばっかいないで、ちゃんと俺らも怒ってやらないとだなって思った」
「だな」


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