Another Story:爆豪勝己とバレンタイン


雷さんの連絡先を貰ってから、時々だがメッセージのやり取りをしていた。
時差があることや彼の仕事の忙しさから頻度としては決して多くはないが どんなに遅くなってもちゃんと返事をくれるのだから律儀なものだと思う。

日付は2月の初め。
少し悩みつつも送ったメッセージは珍しくすぐに既読になり、画面は着信を知らせる画面に切り替わる。

「もしもし…」
『お疲れー、勝己君。今平気か?』
「あ、はい」

向こうは今何時なのだろうか。
声はどこか楽しそうに弾んでいる。

『んで?なんで雨月の好きなもの聞いてきた理由は?』
「いや、」
『誕生日はまだ先だろ?時期的にはバレンタイン?』

彼に送ったメッセージ。
それは、言ノ葉先生の好きな食べ物を教えてほしい、というものだった。

「っ!べ、別に…!」
『健気だねぇ』
「からかうだけなら切るぞ 」

待て待て待て、と言いながらもやはり彼の声は楽しそうだった。

「世話になってるから…少しぐらいって思っただけだわ。深い意味はねぇ!!」
『そういうことにしておいてやるよ。アイツの好きなもんだろ?まぁ、1番に浮かぶのは日本酒と焼酎』
「買えねぇし」

だろうな、と彼は当たり前のように答える。
やはり相談する相手を間違えたかもしれない。

『バレンタインの時期になると売ってる、焼酎とか入ったチョコあんだろ?ああいうの意外と好きだよ』
「へぇ…」

ブラックのコーヒー飲んでる姿しか見ないからな。
甘いものも食べるんだな。覚えておこう。

『けどそれ知ってる奴が多いからな。多分結構貰ってんだよなぁ…』
「先生って、モテんのか…?やっぱり…」
『見た目は見ての通りだろ?教師っていう職業もあるし…人並み以上には。』

そうだよなぁやっぱり。
あの見た目にあの性格。
厳しいことを言うこともあるが、基本的に優しいし。
人の感情に敏感だから、困ってる時や辛い時に手を差し伸べられる人だ。
そうなりゃ女はきっと放っておかない。

『その他大勢には、なりたくねぇだろ?』
「……あぁ、」
『そしたら…勝己君、料理出来る?』

出来るけど、と答えればじゃあとっておきを教えてやるよと彼は言った。

『バレンタインらしさはねぇけど。いいか?』
「…いい」




2月14日。
校舎の中はどことなく甘い香りがしていた。

「言ノ葉先生もよかったら、」

女性の先生が差し出した箱には、色とりどりな包装をされたチョコが入っていた。
毎年女性の先生方から2月に、3月には男性の先生達から お菓子を渡していた。
個人でやる負担を無くすために、まとめてやろうという方針で始まったらしい。

「毎年ありがとうございます」

どことなく爆豪君を思い出させるオレンジ色のを貰い、礼を言えば また隣の席に先生は移動していく。
学校によっては禁止している所もあるようだが、雄英では生徒から先生に渡されることもある。
勿論、事前に受け取らないことを公言してる先生もいるようだが。

「言ノ葉先生〜!」
「はいはい、」

俺は一応、手作りでなければという条件で受け取っていた。
賞味期限的な所やないとは思うが個性を使っていないか分からないという所を危惧してだった。

「これ!私たちからです」

いつも3人でいる別のクラスの女子生徒はにこにこと笑いながら小さな紙袋を差し出す。

「先生、焼酎好きって聞いたので!」
「いつも相談乗ってくれてありがとうございます」
「これからもお願いしまーす」

ラッピングされていて見えないが、紙袋の中は焼酎が入ったチョコのようだ。

「ありがとな。困ったことあったらまた何時でもおいで」

元気に返事をして、きゃっきゃと笑い合いながら彼女たちは別の先生の元へ行く。
好きなものを焼酎と日本酒と言っているせいか、毎年この手のチョコを貰う事が多い。
過去にカウンセリングをした卒業生からはお酒が送られて来ることも多いが。

「言ノ葉先生、」
「あれ、爆豪君?おはよう」

朝のこの人が多い時間に訪れるのは珍しい。
俺の元へ訪れるのは基本的に放課後だし、朝の時は人が少ない朝一が多いのに。
特に思い悩んだ様子もないし、夢見が悪かったわけでもないらしい。

「おはようございます。…それ、バレンタイン?」
「あぁ、うん。前にカウンセリングした子達からね」
「…ふぅん?…なぁ、今日の昼休みって時間…取れたりするか…?」

昼休み?と首を傾げれば彼はこくりと頷く。

「俺は取れるけどお昼ご飯平気?時間なくならない?」
「…準備室で食べたいんすけど。食べながらとか…。放課後ちょっと、時間なくて」
「そういう事か。いいよ、空けておく」

5限は空きコマだし、俺はその時にご飯を食べればいいか。
彼はまたこくりと頷いて、じゃあまた後でと踵を返す。
なんだか普段と様子が違うのは気になるが、昼になれば分かる事だろう。





昼休み。
授業を時間通り終えて準備室に向かえば、既に爆豪君の姿があった。

「ごめんね、待たせた?」
「いや、今来たとこっす」

手にはお弁当の袋のようなものがある。

「先生のご飯は…?」
「俺は次の時間空いてるからその時食べるよ」
「……そっか」

飲み物は珈琲でいい?と尋ねれば彼は今日はお茶がいいと答える。

「俺がやる。先生のもお茶でいい?」
「いいよ。ありがとう」

机の上を片付けている間にテキパキと準備をする彼を横目に見る。

「…なんすか」
「いや、」

どことなく緊張している気がする。
いつもより強ばった声と落ち着かない手元。
片付けたテーブルに湯のみと急須を置いて彼は定位置に座った。

「先生、バレンタイン受け取るんだな」
「一応ね。昔は全部断ってたけど、断ると教員用の下駄箱とかに勝手に入れられるから…。今は既製品だけ受け取ってる」
「へぇ…」

彼の向かい側に座ればちら、と頼りない瞳がこちらを映し また下を向く。

「何かあった?顔見られていたくないなら、そっちに行こうか?」
「いや、いい…」

ふるふると首を振り、彼は1度大きく息を吐く。
そして手にしていた袋からオレンジの布に包まれた物をこちらに差し出した。

「……手作り…受け取らねェって知んなくて……。つーか、バレンタインらしくもねェし…」

自信なさげにこちらを見て、「迷惑かもしんねぇけど」と小さな声で呟く。

「えっと、これは…?」
「……弁当…」
「お弁当?……え、爆豪君が作ったの?」

こくりと彼は頷き俯く。

予想外。
いや、マジか。
緩みそうになる口を自分の手で隠す。

「…チョコとか、買おうかと思ったけど……先生沢山貰うだろうし……お酒は俺、買えねぇし……深い意味があるわけじゃねぇんだけど……いっつも、迷惑かけてるし…だから、その……」
「ありがとう」
「っ、」

彼の手からお弁当を受け取れば彼は弾かれたように顔を上げ、「いいんか?」と零した。
不安と期待が混じる瞳が俺を真っ直ぐと見つめ、皆には内緒ねと笑ってやれば解けたように笑みを浮かべる。

「今食べていいの?」
「…ん、」
「お弁当作って貰うなんて、いつぶりだろう」

結ばれた包みを解き、シンプルな黒のお弁当箱の蓋を開ける。

「え、凄いな」
「嫌いな物とか…あるかわかんねぇし……定番ばっかだけど…」

売り物なんじゃないかと思うくらい綺麗な卵焼きに唐揚げ。
ほうれん草の胡麻和えの隣にはタコさんウインナー。
色とりどりなそれは子供の頃、羨んでいたお弁当そのものだった。

「全部手作り?」
「…一応、」
「凄いね!全部美味しそう」





写真撮ってもいい?と俺の方を見た先生はどこか子供みたいで。
遠足でお弁当を開けた時みたいだ。

「いいけど。撮って何すんだよ…」
「記念に」

あの日、雷さんが提案してくれたのはお弁当だった。
雷さんが言うに先生は幼い頃母親を亡くし、父親とも上手くいかず。
子供の頃はお弁当はおろか、手料理もあまり食べてこなかったらしい。

「時間無くなっちまうぞ」
「あ、確かにそうだね。そしたら、いただきます」

綺麗に両手を合わせて、彼は小さく頭を下げる。
思った通り箸の持ち方も綺麗で、彼の口に運ばれていく卵焼きを視線で追いかける。
弁当食うだけで絵になる人間がいるんだな。

「美味しい」
「……本当に?」
「本当に。嘘なんか言わないよ」

甘い卵焼き好きなんだ、と彼は表情を緩める。
どこか、懐かしんでるようにも見える気の抜けた笑みだった。

「…良かった」
「爆豪君も自分の分持ってきてるなら一緒に食べよう?」

彼の言葉に頷いて、全く同じ中身のお弁当の蓋を開ける。
その間も美味しい美味しいと食べてくれていて、やっと朝から続いていた緊張が解けた気がした。

「自分で作ったりしないんか」
「しないかな。お弁当の前にご飯もあんまり作らないし」
「…そういうの、しっかりしてそうなのに」

ランチラッシュのご飯があるから、と彼は苦笑する。

「爆豪君、こんな特技あったなんて知らなかったよ」
「特技って程じゃねぇだろ…」
「高校生でこのレベルって凄いと思うけどなぁ」

見てるこちらが気持ちよくなるくらい綺麗に食べてくれた先生は両手を合わせて「ごちそうさまでした」とまた一礼する。

「…お粗末様でした」
「美味しかった、凄く。ありがとう」
「こっちこそ…いつも、ありがとうございます…」

俺は何もしてないよ、と彼は笑う。
けど何もしていないはずがない。
俺はこの人がいなければ、きっとまだ前に進めずにいた。
オールマイトとも相澤先生とも違う。
言ノ葉先生は今まで俺の周りにいなかった特別な大人だった。

「先生がいて、よかった」
「…そう言って貰えると、嬉しいよ」

優しい手が頭を撫でる。
俺よりも細く薄い手の平は、どうしてかとても大きく感じる。
優しい温度に少しだけ擦り寄れば予鈴の音が鳴った。

「と、時間か…。弁当箱洗って返すね」
「いや、別に俺のとまとめてやるわ」
「こういうのはちゃんとやらせて」

じゃあ、と答えれば彼は満足気に微笑む。

「明日、空いてる時間に取りに来れる?」
「そしたら、放課後…」
「うん。じゃあ、ここ空けておく。行ってらっしゃい」

いつものように見送られ、行ってきますと告げて足早に教室に向かう。
あんなにウザいと思っていた廊下に広がる甘い香りも、今はなんでか気にならない。

食べてくれた、全部。
美味しいって言ってくれた。
雷さんに後で報告しなくちゃいけない。
今回ばかりはちゃんと、お礼を伝えよう。





親友は恋を、しているらしい。
本人は立場上認めないが、きっとそう。

メッセージアプリの彼のアカウント。
ホーム画面の画像は綺麗なお弁当の写真に変わっていた。
勝己君からは『食べてくれた、ありがとうございます』とだけ送られてきていたが、彼が気づいていないだけで 雨月は相当喜んでいるらしい。
生徒だから連絡先は交換していないんだろうな、と思いながらその画面をスクショして 勝己君のメッセージに添付する。

「今回は、上手くいってくれりゃあ…いいんだけどなぁ」
「所長!時間っすよ」
「すぐ行く」

戻って来る頃には勝己君から何かしら反応があるだろう。
いや、逆に動揺して無いかもしれないな。

「なんか楽しそうっすね」
「親友の恋がな、微笑ましくて」
「へぇ!」

どうか。
過去の不幸を覆すことは出来ないけれど。
現在くらいは、ささやかな幸せでも構わないから 笑っていてほしいものだ。



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