普通科先生と爆豪勝己(前編)


「死ね!クソデク!!!」

偶然廊下で肩がぶつかった2人。
こりゃやばい、と思ったのもつかの間 ブチ切れた爆豪に緑谷が反射的に謝った。
もう見慣れたその光景に、聞き慣れない声が混ざる。

「こーら。子供じゃないんだから、他人に使う言葉は選びなさい」

その声はあろうことか、爆豪に注意をしたらしい。
あ゛!?と鬼の形相で睨みつけた先 立っていたのはスーツに身を包んだ大人の人だった。

「ちょ、瀬呂。止めなくていいかな?大丈夫かな?」

上鳴が声を顰めて俺に尋ねてくる。
彼だけでなくその場にいる皆、同じ考えなのだろう。
どうしよう、と視線だけを交わらせるが 行動には移せない。
なんでこんな時に切島いねぇの、なんて 思ったところで意味はないのだけど。

「その態度もね。相手がどういう人間か判断した上で、それ?それとも、そういうの関係なしにいつもそれ?」
「テメェには関係ねぇだろ」
「どちらにしても、許されざる事だよ。目上の人には敬っていなくても敬語は使いなさい。それが社会で生きていく上で当然のことだよ」

爆豪の掌に起こる小さな爆発を彼は一瞥してから 溜息をついた。

「個性で人を屈服させられると思っているなら、大間違いね。世の中そんなに甘くないよ。君、個性が効くかも分からず相手を舐めてかかってるの?いつも」
「さっきから何説教垂れてくれてんだよ、テメェ。ブッ殺すぞ」
「だから。言葉遣いと態度。俺が誰か知らなくとも、学内でスーツ着てれば目上の人かもしれないってことくらい想像つくよね?そんなことすら考えられないお馬鹿さんなのかな?」

同じこと何度も言わせないでね?と笑った彼は 爆豪を全く怖がっていないらしい。
たが、それはそれで厄介で、爆豪のフラストレーションが溜まっていくのがわかる。
どうしよう、と緑谷と上鳴がコソコソと話してる。

「"君は個性を失くした"ら ちょっとは言ってることわかるかな?強い個性を持つ生徒はよくあるんだよね。怒られてきてないんでしょ?」
「あ゛!!?」
「だから、個性教育の前に人格教育に力を入れるべきなんだよね。世の中に使えないヒーローが増えるのは そこを疎かにしているからなんだよ」

先生、と呼ばれた彼はくるりと振り返り 彼を呼んだ生徒に歩み寄る。

「先生かよ。爆豪怖くないんかね」
「うっぜぇ!!あぁいう教師嫌いなんだよ!!」

ギャンギャンと吠える爆豪だったがぴたりと動きを止める。
そして、自分の掌を見つめた。

「どしたん?」
「…個性が出ねぇ」
「うぇ!?」

彼の掌は確かにうんともすんとも言わない。
爆豪よりもその場にいた上鳴と緑谷が驚いているようだが、爆豪も動揺はしているようだ。

「とりあえず、相澤先生んとこ行かね?なんかわかるかも」
「た、たしかに!」
「つーか、ついてくんな クソデク!!」

一緒に来ようとした緑谷だったが、わかったよと視線をこちらに向けた。

「大丈夫だって、俺らはついてくし」
「あ、うん」





「で?個性が出ない、と」
「はい」
「思い当たる節は?」

先生と揉めた、呟いた爆豪に先生、と彼は溜息をついた。

「個性を消す個性なんて俺以外いないはずだけどな…」
「ヒーローじゃねぇよ、クソデクがそいつ見ても大人しかった」
「…と、いうことはヒーロー科じゃないな」

特徴は、という先生に しょうゆ顔とアホ面が容姿の特徴を言っていくがどうにもピンとこないらしい。

「言葉、」
「言葉?」
「言葉遣い怒られた。…なんか、言葉が、印象強い」

言葉。
まさかな、と立ち上がり 付いて来いと隣の職員室へ。
言ノ葉先生と呼べば 彼は話していた女の先生に一声かけてこちらに歩いてきた。

「あぁ、相澤先生の生徒だったんですね」

爆豪たちを見た彼は特に表情を変えることもしなかった。

「個性が出ない、と」
「そうでしょうね。俺がそうしましたし」
「無個性じゃ、なかったんですね」

そんな事言いましたっけ?、と彼は笑った。

「個性を戻して貰えますか?」
「どうしてですか?」
「え、」

言ノ葉先生は爆豪と視線を合わせ、首を傾げる。

「俺は君に反省してもらう為にやったんだけど。個性を戻して下さい、と頼むべきは君だ。まぁ、そうする前にまず謝罪するべきだと言うことはわかるかな?」

爆豪は何も答えず彼を睨みつける。

「謝罪するにはプライドが邪魔する?自分は悪くないと お前が勝手に突っかかってきたんだろ?と。言葉遣いはあれが普段通り且つ今までそれで許されてきたんだ と。言いたいのかな」
「だったらなんだっつーんだよ」
「そう、それなら。君は可哀想な子だね」

爆豪の態度や言葉遣いは俺にも目に余るものがある。
だが、真正面から怒ったことは 今までなかったように思う。
仕方ないと見逃してきたのは、間違いない。

「君はその、空っぽのプライドのせいで 躓くことになるよ。それも、凄く凄く大切な所で」
「俺は躓いたりなんかしねぇ」
「自信があるのはいいことだ。だが、君のそれはいつか虚勢になる」

とん、と言ノ葉先生の人差し指が爆豪の額に触れた。

「その瞬間が来なければ、君はわからない。自分1人の力がどれだけ弱く、自分がどれだけ愚かで 阿呆な奴だったのか」

彼はこちらを見て、個性は戻しましたからと言った。
その言葉の通り 爆豪の手から爆発が起こる。

「名も知らない愚かな少年。そのままじゃ、大切なものを失うよ。そうなる前に踏み止まってくれ。それでも、もしどうしようもなくなったら俺の元に来ればいい。」
「は?」

予鈴が鳴り「教室に戻りなさい」と彼らに伝えると、彼らは顔を見合わせてから 爆豪の手を引き教室に戻っていく。

「言ノ葉先生、どういうつもりですか。個性を生徒にかけるなんて」
「相澤先生。ヒーロー科に集まる生徒は強い個性を持っていますね。それ故に、怒られたことが少なかったり、他を見下す思想を持っている子達が多いです。全員がとは、言いませんけどね」
「…はぁ、」

それを持ったままヒーローになれば、破滅しますよと 彼は笑った。
その笑みが 妙に不気味だ。

「ヒーローに、人として未熟な人が多いのはお気付きですか?選ぶ言葉も市民の前での態度も。先程の少年は 本当にあのままヒーローにさせる気ですか?時間をかければ 治るとか本当に思ってますか?」
「そ、れは…」
「クソだの、死ねだの その言葉の重みを本当に理解してますか?死ね、という その一言で 本当に人を殺せることを 理解した方がいい」

ヒーローになる以前に、人として そうあるべきかと と彼は言って 窓の外にあった 揺れる花を指差す。

「あの花を見て下さい」
「え?」
「枯れる、と言ってもらえますか?」

よくわからないが 枯れる、と呟けば その花がみるみる内に枯れていく。

「っ!?」
「俺の言霊には種類があります。自分自身の言葉に力をのせるものと、他人の言葉に力をのせるもの。わかりますか?俺が敵なら、あの少年の言葉に力をのせましょう。彼の言葉の瞬間、目の前で人が死ぬ」

何も言えなくなった。
もし、彼が本当に敵だったら自らの手を使わず人を殺すことも傷つけることも容易い。
しかも、その言葉を発した本人を、追い詰めることが出来る。
人を殺し、心も殺すというのか。

「ヒーローは常に見られる存在です。気をつけて下さい。幼すぎる彼のような人は、格好の餌ですよ。彼が間違いを ミスを犯した時 世間は掌を返します。普段から 粗暴な人だった。粗野な人だった。そう言って、世間は彼を責めますよ」
「……言葉を操る個性だから、先生の言葉は人とは違うんですね」
「誰よりも、言葉の怖さを知ってますからね」

よく、彼のこと見てあげて下さいねと先生は言って 職員室に戻っていく。

「やっぱ、見えてるものが違うな」

もし、彼の言うように 爆豪が躓くことがあれば。
俺は彼にどんな言葉をかけてあげられるだろうか。


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