普通科先生と爆豪勝己(後編)


オールマイトの最期を見て、1番に浮かんだのはあの気に入らない先生の言葉だった。
どうして、あんな言葉が。
俯いて握り締めた手を見つめ、舌打ちをする。
行くものか、あんな男の元に。
俺は誰にも頼らない。
何も知らずに、あんな風に話す奴になんか。

そう、思っていたはずなのに。
デクとの喧嘩の後、謹慎が明けて 俺は彼の元にいた。
何も言えず、彼を見つめた俺を見て 彼も何も言わず背を向ける。

「ついておいで」

彼の言葉はなぜ、すとんと胸に落ちるのか。
あの時、俺を叱った彼の言葉は ムカつきはしたけど 納得もした。
自分は強いのだと、自分の個性は誰にも負けないと思っていた。
だが、雄英に入り知ることになる それが井の中の蛙であったと。
そこから、変わると決めたはずだった。
前に進むと、決めたはずだった。
だが、結果はどうだ?
俺はオールマイトを終わらせちまった。
大切な人の大切な物を、失ったのだ。

「名前は、なんて言ったっけ?」
「……爆豪勝己」
「いい名前だね。勝己、って名前は…君の両親が、君を想ってつけたんだろうね。本当の敵は、いつも 己の中にいる。己に勝てる 強い子に育って、てね」

背を向けたまま、彼が扉を開いたのは国語準備室だった。
座っていいよ、と促されて ソファに座る。
だが、顔は上げられなかった。
彼の目を、見るのが怖いと思った。

「誘拐されたと、聞いたけど。身体はもういいの?」
「…あぁ」
「悪意ってのは、相変わらず…知らぬ所で湧き上がり、膨らみ、人を巻き込んでいくね」

目の前に置かれたコーヒー。
顔を上げれば 砂糖は?と彼は微笑んで首を傾げる。
いらない と呟けば、彼もコーヒー片手に向かい側に腰掛ける。

「何で、わかったんだ…俺が、そう…なるって」
「プライドの意味って知ってる?」

彼は俺の質問に答えず、首を傾げる。

「自尊心とか自負心」
「そう。自尊心は自分の人格を大切にする心。自負心は自分の才能に自信と誇りを持つ心って意味。君のプライドはね、自負心が殆どだ。勿論、君の個性はとても強い。幼い頃から 君は凄いねと 言われてきたんだろう。だが、その一方で 君の人格は蔑ろにされてきたんじゃない?」

よくあることなんだけどね、と彼は言った。
人格を育てるのは環境だ、と テーブルの上にあった 何かの裏紙に 俺の名前を書き始める。

「これは、俺個人の考えだから正解ではないってわかった上で聞いてね。爆豪を取り巻く環境って、例えば家族。幼稚園。小学校。中学校。今はいる高校。それから、友達。クラスメイト。…まぁ、属してきた場所であったり関わってきた人のことね。人格を育てるのってこういうものなんだよね。君は、幼い頃 人に怒られたことはある?」
「…親には」
「学校の先生には?」

怒られたことはない、と言えば だと思ったと 彼は言う。

「人格形成に関して言えば、君の責任というよりは 周りの 特に関わってきた大人が悪い。怒られることってさ、必ず必要なことなんだよ。そして、反省することが 大切なこと。自分の何がダメで、どうすれば良かったのか そう考えるように促すことが 正しい "怒る" ってことだと俺は思ってる。君はその 考えるチャンスを貰えなかった」
「考える、チャンス…」
「学校では 君がやることは、なんでもかんでも許されてきた。あんな言葉遣いも個性で人を支配しようとすることも。怒られなかったし、それに周りも屈してきた。許してきた。けど、それって 君より弱い人しかいない時にしか有効じゃない」

井の中の蛙なんだよ、と言った彼に、入学してすぐに目の当たりにした現実を思い出す。
あの時、俺はそのことに気づいた。
自分じゃ到底敵わない相手がいると、初めて知った。
それを彼は 俺の何も知らずに言い当てるのか、と思った。

「雄英に入って、知った…それは、」
「そう?それは、良かった。気付くチャンスを貰えたなら ラッキーだったね。じゃあ、そこで気付いて君は 何を変えた?」
「は?何をって…」

言いたくなければ言葉にしなくていいよ、と彼は目を細めてコーヒーを啜る。
あれから、自分を甘やかすのはやめた。
自分を追い込む事を進んでした。
成長する為に、もっと強くなるために。
勝てないと思った奴らに勝つ為に。

「…今思い浮かべた事の中に、君以外の登場人物はいる?」
「一応…。勝てねぇと思った奴らに勝ちたいって」
「そっちか。うーん、じゃあ…誰かと やろうっていうのは?with youとかfor you はある?」

ない、と言えば 彼はマグカップを置いて そこがダメなんだよ と言った。

「ヒーローって自分でなるものじゃなくて、周りがそうさせるんだよ。爆豪なら助けてくれる、爆豪がいれば そういう感情が君をヒーローにする。俺はヒーローです!って免許片手に言ったって 周りがそう思わなきゃヒーローじゃない。君は、何の為にヒーローになるの?強いヒーローになりたいのは自分の為?敵を圧倒したいから?自分の個性を見せびらかしたいから?それが全てなら、君はヒーローになるべきじゃない」
「だったら 何が正しいんだよ」
「人を助けたいって、それが 何よりも大事なんじゃない?助ける方法は人それぞれでいい。けどね、まず根本にあるべきは 助けたい って感情であるべきだ」

君はそうじゃないと思ったから 助けられないと、失うと、言ったんだよ と悲しそうに笑った。

「それが君の、弱さだ。君の中には 君しかいない。そして、敵としてしか他者がいない。だから、弱い」
「…言いてぇことは、わかる。わかるけど、」
「別に大っぴらにそうなれってわけじゃないよ。俺は人々を助ける為に強くなります!なんて 宣言する必要もない。ただ、そうでなくちゃいけないと知っていてくれればいい。…君は、大切なものを失ったから俺のところに来たんだろ?」

じゃあ次は もう大切なものを失くさないように努力すればいいと 彼は笑った。

「取り返しのつかねぇ、もんだった…大事な人の、人生を…俺が、」
「なら、その人に胸を張れる君になればいい。君の弱さが招いた事なら、もう同じ間違いはしちゃいけない。そして、同じ間違いを他人にさせちゃいけない。君の辛さは 後悔は 申し訳ないけど、どうにもしてやれない。君が背負うべきものだ。けど、同じ苦しみを味わう人がいないように助けてあげることはできるんじゃない?」

苦しかった。
後悔しても、しきれない。
俺がもっと強ければ。
俺が誘拐されたりなんて、しなければ。
オールマイトが あんな風になる事はなかった。
デクに八つ当たりしても、オールマイトに慰められても 結局そこは変わらない。
俺のせいだ。
俺のせいで、、。

「君の空っぽなプライドに、どうにかこうにか自尊心を増やしてみるといい。自分の人格を、周りに触れて育ててみるといい。誰かと、そして誰かの為に そういう風に 意図して動いてみるといい。そうすれば、視野も広がるはずだ」
「アンタは…どうして、そんな風に考えるようになった…?」
「あぁ…。俺は小さい頃にね、人を死なせたことがあるんだよ」

さらっと言った言葉だったが、衝撃を受けた。
そんな平然と、言うことじゃねぇだろ。

「俺の個性は言霊。自分の言葉に、そして他人の言葉に 力をのせる。個性の発現に気付かず、死ね と言ったんだ。母親にね。…母親は俺の目の前で亡くなったよ。ずっと 言われてた。そういう言葉は使っちゃいけないって。考えるチャンスを何度も貰ってた。けど、俺はそこから学んでなかった」

それから言葉にはとても気を使うようになった、と彼は話す。
そして 同じように そういう言葉を使う人を 怒ってきたと。

「俺は母を死なせてしまったから、身をもって学んだ。言葉は凶器だ。言葉には その人そのものが現れる。人格形成に重きをおく上で、判断材料になるのは 言葉だ。君の言葉は、危険だと思ったよ。だから、知りもしない君に声をかけた。君と同じだよ、大切な人の人生を終わらせてしまった。だから、母の為に 同じ間違いをしそうな人を止めようと思った。同じ後悔を させないようにしようと思った。母に、胸を張れる俺になる為に」

彼は立ち上がって、コーヒー冷めちゃうよ と笑う。
そして、いつの間にか飲み切ったのか 自分のコーヒーを新しく入れ直した。

「爆豪の言葉にはね、強さを感じる。真っ直ぐで、自分を甘やかさない強さを。けど、だからこそ 粗暴な言葉に弱さを感じた。井の中の蛙だったからこそ、深く深く 己の強さを愚直に求められた。そういう意味では 過去が全て悪いわけじゃない。寧ろ、誇っても いいくらいだ。だからさ、今度は 大海を知り、そこでの生き方を学ぶといい。その為にはこの雄英という学校はいい場所だろう」

机に腰掛けた彼の微笑みから 目を逸らした。
飴と鞭の使い方が上手いのか、落としてから上げるのが上手いのか。
とりあえず、言葉の遣い方がズルいんだ この人は。

「それに、俺の元へ自分の足で来れたってことは 成長だしね」
「……うるせぇ、」
「まぁ 目上の人への言葉遣いは直そうね」

マグカップを置いて こちらに歩み寄った彼は 俺の頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜる。

「…やめろ」
「ん?」
「やめて……ください」

よくできました、と彼は笑って手を離した。

「いいヒーローになりなよ、爆豪。失った悲しみを、後悔を、責任を、胸にね」
「言われねぇでも、なってやる。……です」
「楽しみにしてる」


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