普通科先生と爆豪勝己U


「あれ」

職員室を出たら壁に背を当て俯いた姿を見つけた。
声をかける前に俺に気づいた彼は少しだけ表情を緩めた。

「言ノ葉先生」
「帰ってきてたんだね、爆豪君。怪我はもう平気?」

那歩島というところで事件に巻き込まれたという話は耳に挟んでいた。
彼やA組の面々は悪意を寄せつけやすいのだろう。

「まぁ、」
「そっか。よかった」

心配してたんだよ、と言えばどこか居心地悪そうに視線をそらして、俯いた。

「わかんねぇ、ことがある」
「…とりあえず、準備室行こうか」

準備室。
静かに座っている彼の前にコーヒーを入れたマグカップを置けば、少し迷ってからミルクに手を伸ばした。
いつもの通り向かい側に座ろうとしたが、少し考えてから彼の隣に腰掛ける。

「…なんで、こっち…」
「顔、見えない方がいいのかなぁって思って」

ソファの背もたれに体を預けて、視線だけ隣の彼に向ける。

落ち込んでいる?って感じではないんだよね。
迷ってるって感じかなぁ。

「…勇者を目指してる…幼馴染みの、2人がいんだよ」
「勇者…?」
「1人は、才能があって周りに期待されて勇者になるべくして生まれたようなやつで。もう1人は…なーんも、持ってねぇの。けど、気持ちだけは一丁前に勇者」

勇者はイコールでヒーローのことだろう。
爆豪君が遠回しな話をすることは、珍しい。
俺には話せない内容ってことか。
まぁ、ヒーロー科の子たちならそういう秘密の一つや二つあっても仕方ないか。

「…その落ちこぼれの勇者はさ…人から伝説の剣を貰うんだよ。その人ってのが、みんなに憧れられた…伝説の勇者…」
「後継者に選ばれたんだ、その落ちこぼれくんは」
「そう」

天才の勇者は爆豪くんのことだろうか…?
じゃあ、落ちこぼれは?

「…お互い、好きじゃねぇんだよな。けど、なんだかんだ…腐れ縁で…一緒に戦ったりすんだけど」
「うん」
「…すっげぇ、強い…奴と戦うことになって…2人でも全く太刀打ちできなくて」

彼は手が微かに震えていることに、気づく。
恐怖とかそういうのじゃない。
恐らく、悔しさ。
太刀打ちできなかった敵…それが那歩島で出会った敵なのだろうか。
あの事件の詳細なことは公表されてないから知らないけど、敵はどうなったのだろう?

「…そんな時に、落ちこぼれ勇者はさ…天才に伝説の剣を託すんだよ」

一度他人の手に渡せば、もう使えなくなる。そういうもんなのに。
彼はそう付け加えて、こちらを見た。

「自分の夢を、捨てるんだ。憧れた人から託されたもんを、好きでもねぇ天才に託すんだよ。なりたかった、はずなのに。誰よりもそれに憧れて焦がれていたはずなのに、巨悪を前にしてそいつは他人に託したんだ」

なんでだ、と彼の目は怒りと迷いを滲ませて俺を見つめた。

「他人じゃなくて、その天才くんが幼馴染みだったからじゃない?」
「は?」
「幼馴染みならずっと、近くで見てきたはずなんだよ。天才だとしても、強くなるために努力をしてる…その人を。人から貰った力で自分が立ち回るより、力を元々持った天才の方が上手く立ち回れると…思ったんじゃない?」

だとしてもだろ、と彼はまた俯いてしまった。

「夢を捨てたんじゃなくて、夢を託したんだよ。守る為なら、手段なんて関係ない。…たとえ、それで自分の夢が途絶えたとしても…それで守れるならいいと思ったんじゃない?」
「…じゃあ、そいつはどうなる?力を失って、また落ちこぼれに逆戻り。もう、次のチャンスなんて来ない」
「…だとしても、そうなるとわかっていても、目の前の人を助けずに勇者でいられるような人じゃないんじゃないかな?気持ちだけは一丁前に勇者だったって君が、言ったんだよ?」

理解はできるのかもしれない。
それでも、納得できない。
彼の言葉はそんなふうに聞こえた。

「…その子はさ、勇者になる為に人を守りたかったの?」
「え、」
「人を守る為に勇者になりたかったんじゃない?」

脳裏に、友の姿が浮かんだ。
落ちこぼれくんはどこか、あいつに似ているんだろうな。

「守りたい。その為に、勇者って肩書きが必要なだけだったんだよ。…だから、どんなに危険だとわかっていても、それで夢が途絶えるとしても、それで命がなくなるとしても…守る為に必死になっちゃうんだよ」
「…馬鹿じゃねぇか」
「そう。間違いないね。けど目の前の命が、なによりも大切なんだよね。自分よりも、これから先救えたかもしれない命よりも。…どんな理由があってもさ、目の前の命を見捨てていい理由なんかないんだ」

アイツは言ってた、笑いながら。
後先なんか考える暇があんなら、救いたいって。
体が勝手に動いちゃうんだって。

「託された天才勇者にできることは、託してくれた人の分まで守ることだけだよ」
「…後悔、しないんか」
「するだろうね、力をなくして守れなくなった自分の無力さに打ち拉がれるだろうね」

けどさせちゃダメだよ、と爆豪君の方に視線を向けた。

「後悔させないように、その人の分まで守っていく。それが託されたものの、それを受け取ったものの責務だ」
「…重いな、」
「だろうね。人1人、背負うようなもんだから。けど、君なら大丈夫だと思ったから託したんだよ。人1人背負っても、君なら…守り続けてくれるはずだって、ね」

俺の話じゃねぇよ、と彼は言って俺の肩に頭を預けた。

「…爆豪君?」
「この話、続きがあってさ。…なんの奇跡か、その剣はまたそいつを持ち主に選ぶんだけど。天才は託されたことを、怪我のショックで忘れてた…ことになってんだよ」
「…覚えてたの?」

思い出したんだ、と彼は自分の手のひらを見つめた。

「受け継がれてきたその重さを、そいつの…夢を手離すための覚悟を…思い出した…けど、その事を、そいつは知らねぇ」
「わざわざ教える必要はないんじゃないかな。託した側だって、きっと重荷になってる。責任を感じているはずだから。…けど、忘れちゃいけないね。次、そんな巨悪と立ち向かう時…同じことをさせない為に強くならなきゃいけないから。背負った人1人の人生の重さを噛みしめて、身に刻んで…生きていけばより一層強くなれるんじゃないかな」
「…そうかよ」

ぐりぐりと猫のように頭を押し付けながら彼は溜息をついた。

「弱ぇ、」
「…そんなことないよ。強くなってる」
「…言ノ葉先生は、強いよな。俺の知らない強さを、持ってる」

爆豪君はそう言って、俺を見上げた。

「君よりも長く生きて、それだけ沢山の経験をしてきたから。後は、色んな人の話を聞いてきたから。自分の知らない経験をしてる人が沢山いる。自分のできない経験を言葉で聞くことも、いい勉強のはずだよ。まぁ、百聞は一見にしかずだろ、と言われてしまえばそれまでなんだけど」
「…俺の話も?」
「勿論」

そうか、って彼はまた俯いた。





那歩島を離れて数日。
夢を見た。
青い龍に咥えられて、満身創痍の俺たちが手を取り合ったあのシーンを。
躊躇う俺と違って、アイツは真っ直ぐだった。
俺の嫌いな、あの目を俺に向けていた。

そうだとわかれば、あの両腕の怪我の意味もわかる。
俺らしくない怪我だとは思っていたのだ。
だが、あんな痛みを抱えてアイツは戦っていたのかとも思った。
体育祭の轟とも、誘拐された俺を助けに来ようとした時も、あの島でも。
あんな、痛みを抱えてアイツは平然と目の前の何かを助けようとする。

「…アンタなら、」
「ん?」
「言ノ葉先生なら、落ちこぼれの勇者になんて声をかけるんだろうな…」

ぽろっと、こぼれた本音。
目を瞬かせた先生はんー、と言いながら窓の外を見た。

「自分を守れずに、何がヒーローだ…かな?」
「…意外と辛辣だな」
「自己犠牲は好きじゃない。勿論、そうせざるを得ない状況なのもわかるけどね」

コーヒーを啜った彼は親友がいたんだけど、と話し始めた。

「その親友は、専ら落ちこぼれの勇者タイプで。個性は強かったんだけど。性格が似ててね。昔から考えなしに、動いて怪我して帰ってくる。俺はそれが馬鹿だなと思う反面、羨ましくもあった。人の…他人の為に必死になれるってある種才能なんだよ」
「…言ノ葉先生は冷静に一歩後ろで見てそうだな」
「うん、そうだったと思うよ。学生の頃の俺は誰にも助けを求めない、だから誰のことも助けない。全ての事象は自己責任ってスタンスで生きてたから」

意外だった。
今、教え子でもない俺の話を聞いてる彼が?
俺以外にもカウンセリングを引き受けていることを俺は知っている。
そんな人が、なぜそうだったのか。
いや、何があってこうなったんだ?

「…ある時、仮免取った親友がさ…戦闘中にビルの崩落な巻き込まれたんだよ。その時、アイツどうしたと思う?…戦闘していた敵を庇って…瓦礫の下敷きになったんだよ」
「は…?」
「なんて、馬鹿な男なんだって思ったよね。けど、アイツは敵であろうとなんだろうと体が勝手に動いちゃうんだって。後先なんか考える暇があんなら、救いたいって」

馬鹿だろ?って笑う先生はどこか懐かしそうな目を伏せる。
もしかして、その人って…
かける声を探していればそれに気づいたのか、彼はごめんごめんと笑う。

「死んでないから安心して。今、アメリカでヒーローやってる」
「なんだ…よかったわ、」
「そんな奴の隣にいたから、辛辣なこと言うと思うよ。俺はアイツにはそう、接してきたから。そうでなくちゃ、そいつは振り返ることすらしなくなるから。お前が死んだら、悲しむ奴がいることを忘れるなよって、お前が死んで苦しむ人を誰が救うんだ?ってね」

理想を追いかけるアイツを現実に縛り付ける鎖なんだ、と彼は言った。

「理想を追いかけちゃう人には、そう言う人間が必要だと…アイツと過ごして思ったよ」

落ちこぼれの勇者くんにはアイツのようにはなってほしくないね、と懐かしむように彼は言った。
それでも大切な人なのだろう、その目は優しさが滲む。

「…すげぇヒーローなんか、その人」
「さぁ?どうだろう」
「なんてヒーロー?」

海外で活躍する日本人ヒーローなんて、そう多くはない。
有名でなくとも名前は知っているだろう、と思ったが彼が教えてくれたヒーロー名に言葉を失う。

「すげぇどころの話じゃねぇだろ!?嘘だろ…」
「君らから見ればそうかもしれないけどね、俺からすればいつまで経っても手のかかる親友だからなぁ」
「…ますます、言ノ葉先生がわからなくなってきた…」

混乱する俺をよそに彼は穏やかに笑って、頭を撫でた。

「撫でたら誤魔化せると思ってんだろ…」
「そんなことないよ」

立ち上がり新しくコーヒーを入れる彼の後ろ姿を見つめる。

「親友とは、今も?」
「うん、こっちに帰ってくるときは俺の家に泊まってるし。今年はまだ来てないけど、毎年雄英にも帰って来てるし」
「…あれ、待て。てことは言ノ葉先生って雄英の卒業生?」

言ってなかったっけ?と彼は首を傾げた。

「香山の…て、わかんないか。ミッドナイトの同期だよ。俺は普通科だけどね」
「…まじか、」

てことは、ミッドナイトは過去の先生を知っているのか?
むしろ、体育祭の映像とかに映ってるかもしれねぇか。

「話ずれちゃったな。もう大丈夫かな、勇者くん」
「俺じゃねぇよ」
「そう言うことにしておこうか」

彼は「けどよかったよ」と優しい目を俺に向けた。
何がって聞けば彼の手がまた、俺の頭を撫でた。

「爆豪君が、他人のために考えて行動してることが。俺は嬉しいよ」

さっき撫でられたのとは違って、急に恥ずかしくなった。
顔が熱くなっていくのを感じながら顔を伏せる。
だが、彼の手を振り払おうとは到底思えないから。
俺はこの人に絆されているんだろう。

「言ノ葉先生、」
「うん?」
「強くなる。その、親友よりも」

だから、俺を見ていてほしいと伝えようと思ったが言葉にはできず俯けばぽんぽんと俺の頭を撫でて、その手が離れていく。

「いつでも、帰ってくるといいよ。来年、再来年…この先、ヒーローになっても。俺はきっとここにいるから」
「…その頃には、予約がなきゃ話もできねぇかもな」
「そんなことあるかな。まぁもしそうなった時は、特別扱いしてあげるよ」

俺は君たちの帰る場所だから、と彼は微笑んだ。

「そして、君たちが見てきた景色を教えてね」

この部屋を出る時、先生がいってらっしゃいと声をかけるのはここに帰ってきていいよ、ということなのだろう。
下校時刻を知らせるチャイムが鳴り、2つのマグカップを手に水道に。
洗わなくていいよ、と毎回のように言う彼にうるせぇと舌を出してやれば困ったように笑った。

「じゃあ、帰るわ」
「うん、またね」
「…行ってきます」

小さな声で言った言葉。
だが、彼は微笑んでいってらっしゃいと手を振った。



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