普通科先生と過去
「ヒーロー科じゃない人を授業に呼ぶ方法?」
「はい」
「生徒なら申請を出せばできるでしょ?」
生徒ではないんです、と言えば彼女は不思議そうに首を傾げた。
「普通科の先生を…心操の試験の時に」
「あぁ、雨月ね」
え、と固まった俺に「言ノ葉雨月じゃないの?」と彼女は言った。
「そうですが、えっと…お知り合いですか?」
「雄英の同期よ。ヒーロー科と普通科だけどね」
「知らなかったです」
ミッドナイトさんと同期というのなら俺も同じ時期に学校に通っていたことになる。
だが、知らなかったなと思っていれば「後輩ならそうかもね」と彼女は笑った。
「私達の代で知らない人はいないだろうけどね」
「有名なんですか?」
「えぇ。ヒーロー科のスカウトを3年間蹴り続けたの、雨月は」
それにねぇ、と彼女は自慢げに話しを続ける。
「1年の体育祭で1位になったのよ。普通科の生徒で初!ヒーロー事務所からもスカウトとか来てたみたいだけど、最後まで断ったのよね」
「1位…?」
「後にも先にも、彼だけじゃないかしら?」
あの頃の彼からは先生してる今の姿は想像つかないけど、と付け加えて彼女は紙を一枚こちらに差し出した。
「これ、アンタと本人の印鑑押して提出すれば授業見学はできるわ」
「あ、ありがとうございます」
「今度また飲みに行こうって伝えておいて」
そう言って笑ったミッドナイトさんにはい、と答えながら受け取った用紙。
「けど多分、雨月は来ないわよ」
「え?」
「…なんでもないわ」
今、来ないって言ったか?
ミッドナイトさんは目を逸らし仕事を再開させていて、これ以上聞ける雰囲気ではなくなっていた。
滅多に行くことのない普通科の職員室の戸を開ければ、視線がこちらに刺さる。
「すいません、言ノ葉先生を」
一番近くにいた人に声をかければ今の時間は面談室にいる、と教えてくれた。
「面談室…?」
「生徒からの相談を受けることが多いんです、言ノ葉先生は」
「へぇ…」
届出を出すとカウンセリングをしてくれるんですよ、と丁寧に教えてくれた。
「そうなんですね、」
「ヒーロー科のオールマイト先生もお越しになっていたって生徒の中では話題に…て、ごめんなさい、引き止めてしまいましたね」
「あ、いえ…貴重なお話ありがとうございます」
カウンセリング…。
まぁあの爆豪を手懐けた人なのだから驚きはしないが。
オールマイトさんまでとは、驚きだ。
面談室に向かえば丁度生徒が出てきたところだった。
見るところ3年生のようだが晴れやかな表情で振り返り頭を下げた。
そんな彼にいってらっしゃい、と言ノ葉先生は手を振った。
「さ、てと。今日はこれだけだっけ…」
「失礼します」
「はい?て、相澤先生…?」
どうしたんです?と目を丸くさせ首を傾げた。
「お話があって。こちらにいらっしゃるとお伺いしたので」
「わざわざご足労いただいて、すいません。よかったら中へどうぞ」
椅子を引いて、彼は微笑む。
お言葉に甘えてと腰掛ければ目の前にコーヒーが置かれた。
「もしよろしければ、」
「ありがとうございます」
片付けるので少し待っててください、とプリントをファイリングし本を閉じた。
どうやら大学情報誌のようだ。
「…進路相談ですか?」
「まぁ、そんなところです」
「…カウンセリングをされてるとか、」
資格を一応持ってるんです、と彼は言った。
「…迷ってる人を導く、彼らの気持ちを掬い上げる…その為に教師になったので」
「そうだったんですね…、ヒーロー科のスカウトを断り続けたのもその夢があったからですか?」
「誰からそれを…て、香山ですかね」
アイツは相変わらずお喋りだな、と彼は笑う。
「教師になると決めたのは2年の冬でした。それまでは、ただ個性を使いたくなかっただけですよ」
「…それでも、1年の時に優勝してるんですよね?体育祭で」
「あぁ…それは、色々…ありまして」
言葉を濁し、彼は笑った。
それでお話って?と話題を変えられ持ってきていたプリントを机の上に置いた。
「今度、心操がヒーロー科の授業に参加することはお伝えしていたかと思うんですが…。もしよろしれば言ノ葉先生にもご一緒していただけないかな…と」
「俺ですか?…いえ……すいません、俺は遠慮しておきます」
返ってきた返事は意外なものだった。
彼が断るとは、思っていなかった。
「申し訳ないんですが…俺はヒーロー科と関わる気はないんです」
「え?けど、爆豪やオールマイトさんは…?」
「彼らは俺を求めて、俺の元へ来ていますから。ヒーロー科とは能動的に関わるつもりはないんです。すいません」
心操の良い報せが聞けることを楽しみにしています、と言ノ葉先生は微笑んでプリントをこちらに押し戻したのだった。
▽
「あら、やっぱり断られたのね」
職員室に戻れば白紙のプリントに気づいたミッドナイトが苦笑をこぼした。
「…意外でした。ヒーロー科とは関わるつもりはないって」
「雨月が体育祭で優勝した時、ヒーロー科と揉めたのよ」
「え、」
ヒーロー科を黙らせる為に、彼は優勝したのとミッドナイトさんは大きな溜息をついた。
「きっかけは私のクラスメイトの何人かがね、学食で会った普通科の生徒たちと揉めたこと。体育祭なんてヒーロー科の為のもんだろうっていう普通科の子たちの会話にヒーロー科の生徒がせいぜい良い引き立て役になってくれよって言ってね。…その普通科の生徒達の中にヒーロー科落ちた子とかもいて…まぁ取っ組み合いにまでなって…」
「…今もまぁ、よくある話ですよね…」
「まぁね。その時はヒーロー科が先に個性を使ったのよ…。体育祭も近かったから厳重注意で終わったけどね」
あの頃の写真残ってるかしら、と引き出しを漁りながらミッドナイトさんは話を続ける。
「…あの頃の雨月は…うーん、個性があまり好きじゃなかったのよね。多分。汚い言葉とかも…今と変わらず嫌いで。けど人と自分から関わるタイプでもなくて、気になっててもわざわざ注意するような人ではなかったんだけどね…」
食堂にいて現場を目撃した雨月はヒーロー科の態度に怒ったみたいで。とミッドナイトは1枚の写真を見せてくれた。
「これ、雨月ね」
表彰台の上。
今の言ノ葉先生からは想像のつかない姿があった。
体操服のポケットに両手を突っ込み、そっぽを向く冷たい目をした姿はどこか入学した頃の轟や爆豪と重なる。
「…開会式の選手宣誓を彼の親友がジャックして、マイクを雨月に渡した。…そのマイクを通して彼なんて言ったと思う?」
「入れたってだけで随分とデカい態度取るんだな、ヒーロー科ってのはさァ。なんだっけ?普通科はヒーロー科の良い引き立て役になってくれ、だっけか。よく言えたもんだよ。テメェら全員、俺の引き立て役にしてやっからさァ。楽しみにしてろや」
振り返れば爆豪が立っていた。
「お前なんで…」
「DVD遡って見た。雄英の卒業生って聞いたから」
ん、と爆豪から差し出された訓練場の使用許可届の用紙。
「そんな理由でキレてたんだな、あの人。…同じ学年だったら、多分俺もキレられてたんだろうな」
ぽつり、と呟いてミッドナイトさんが見せてくれた写真を手に取った。
「圧倒的だった。炎を操ろうが、水を操ろうが、超パワーだろうがあの人の前じゃ皆一様に無個性だ。それだけじゃねぇ、」
「個性がなくとも、強かったのよ。腕っぷしが、というか…喧嘩がね」
「…なるほど、」
個性を消して、力で制圧。
個性で優位に立っていた人たちに対してはこの上ない屈辱を与えるだろう。
あの人がそんなことをしていたとは…。
「…で、決勝は雨月vs問題起こしたヒーロー科のリーダー」
「態と言霊使わずに戦ってた」
「そ。準決までは個性で圧倒的な力の差を見せてきたのに、決勝ではそれさえせずに戦って。個性を使うヒーロー科の生徒を負かした。」
写真を机に戻した爆豪がポケットに両手を押し込む。
その横顔は随分と険しい。
「この表彰式が結構、問題になってね…」
ミッドナイトさんが動画共有サイトから流してくれた動画。
表彰台の上、気だるげな彼はインタビューをしようとする教師のマイクを奪った。
「個性の使い方も言葉の遣い方もままならず、人を見下し、嘲笑い、優位に立った気でいるヒーロー科の皆々様。良い引き立て役だったよ。普通科の人間に無様に負けるお前らが、ヒーローなんてもんになれるとは思わねェけどさァ?精々頑張れば?」
彼はポイ、とマイクを教師の方に放り投げ 首にかけられた金メダルを外した。
そして、隣の 2位の少年の前に降り立ちその首に自らの金メダルをかけたのだった。
そして、何かを耳打ちしそのまま表彰台を降りていった。
なるほど。
爆豪のその表情の意味もわかる。
あの言ノ葉先生にそんな過去があったとはな…。
やることなすこと、随分と捻くれているようだし…。
「雨月もわかってはいたのよ、ヒーロー科が全員そういう人じゃないって。けど許せなかったんだって。ヒーロー科の人間が先に、個性を無断使用したこと」
あの人ほど、個性の怖さを知る人はいないんだろう。
あの頃から、今 先生という立場になっても彼の貫くものは変わっていない。
ただ方法が、違うだけ。
「…それでヒーロー科が好きじゃないのか…」
「それだけだとは、思ってないけどね。それが主なとこではあるでしょうね」
「他にも何か?」
ミッドナイトさんは爆豪をチラ、と見る。
爆豪の前では話しにくいことなのだろうが、本人はそれを分かった上で聞かせろと言った。
「……わかったわよ。このリーダーだった子、亡くなったのよ」
「は?」
「ヒーロー免許取得試験の最終試験中にね」
言葉を失った。
はく、と口を動かした爆豪だったが俯く。
「本当に不慮の事故だった。けど、誰かが言い始めた。これも、言ノ葉雨月の言霊なんじゃないかってね。本人は否定も肯定もしなかったし、信じちゃいないけど。その事故死の報せを聞いてから、雨月は徹底してヒーロー科を避けるようになったから…」
▽
言ノ葉先生は殺してない。
先生は、母親を殺してしまったことを誰よりも悔いている。
だから誰よりも個性の使い方には気をつけていた。
けどどうして、否定しなかったんだろう。
口を閉ざしてしまえば、外野は肯定と捉えるじゃねぇか。
「先生、」
準備室の前、俯いて立っていれば近づいてきた足音。
顔を上げれば資料を抱えた先生が不思議そうに首を傾げた。
「来てたの?ごめん、職員室で仕事してた」
「いや、勝手に来ただけっす」
「鍵、開けるね。ちょっと待ってて」
映像の中、写真の中の彼にはどうしても結びつかない。
この柔らかい笑顔も頭を撫でてくれる優しい手も。
学生の頃の人を寄せ付けようとしない雰囲気や喋り方からは想像もつかない。
「コーヒーは?」
「すぐ、下校時刻になるから…大丈夫です」
「そう?」
じゃあ、どうしたの?と資料を置いて彼はこちらを振り返った。
「なんで、否定しなかったんすか…同級生が、試験中に亡くなった時…」
「え?あぁ…誰から聞いたの、そんな話。今日は昔話が多い日だな」
先生は俺に背を向けて、いつものようにコーヒーメーカーの電源をつけた。
「…ヒーローってのは、自分の正義の為なら真実も捻じ曲げる」
「え、」
「ヒーローだけじゃないか、人間誰しもそうなんだよ。…だから、あの時は真実を語っても受け入れられなかった」
ただそれだけの話だよ、と背を向けたまま彼は言った。
「んなことねぇだろ!?」
「あるんだよ。あったから、俺は口を閉ざしたんだから」
振り返った彼の視線はあの写真の中の彼みたいだった。
机に寄りかかり、腕を組み首を傾げる。
「俺が殺したわけじゃないと伝えても、アイツの友達はじゃあ証拠を見せろって言った。証拠って?どうしたら証明できる?」
「個性をかけてない証明なんか、できるわけねぇだろ…?言ノ葉先生のは目に見えねぇし」
「そう。けど、彼らは証明できないならお前が殺したんだと言ったよ」
彼は「馬鹿だよなぁ」と嘲笑する。
「疑う奴ら全員に個性で俺は無実だって、信じ込ませることだってできたよ。けどやる必要も感じなかった。」
「っ…」
「言葉って不便だよね。真実を真実として伝えても、それが真実であると証明する力を持たないから」
先生は、諦めたんだ。
諦めて、口を閉ざし目を逸らし心に鍵をかけた。
「…だからかなぁ、生徒の言葉を信じてあげられる先生になりたいと思ってるし、真実を引き出してあげられるようにカウンセリングの資格もとった。言葉の中の嘘に埋もれた真実を見つけてあげられるように努力してる」
「……けど、先生は救われねぇ…」
「君は信じてくれた」
俺を見つめた先生はふわり、と表情を綻ばせた。
「それだけで、救いだよ。何百分の一、何万分の一でもいいんだよ。自分を信じてくれる人がいるだけで救われる」
「そんなん…」
「下校時刻ギリギリに、俺の為に来てくれたんでしょ?こんな嬉しいことはないよ」
歩み寄ってきた彼は俺の頭を撫でて、ありがとうと呟く。
その手に、優しい瞳に目の奥がツン、とした。
「……先生、」
「うん?」
「ヒーローとか、ヒーロー科…嫌いなんか…」
先生は目を瞬かせてから困ったように眉を下げた。
「嫌いって言葉は適さない。けど、みんなみたいに…好きかと言われるとちょっと違うかなって。けど、ヒーローを目指して頑張る君たちを応援してないわけじゃないし…ヒーローやってる相澤先生とかオールマイトさんが嫌いなわけでもないし…ちょっと、難しいな。」
傷つけた人も沢山いるんだ、と彼は言った。
「沢山のヒーロー科の人たちを、傷つけた。俺のせいで夢を諦めた人だって、いた。絶望した彼らの顔を俺は忘れられないんだよね。…だから、それもあってさ。関わらない方がいいんだろうなって、もう関わりたくはないなって思うんだよね」
「そんなん、弱かったそいつらが悪ぃだろ」
「…爆豪君はそうかもね。けど、折れないことって、案外難しいんだよ」
▽
「折れねェよ」
爆豪君は俺をじっと見つめてそう言った。
「俺は、俺たちA組は折れたりしねェよ」
あぁ、彼は強くなったんだなと胸が熱くなった。
俺が 俺がと自分のことに真っ直ぐすぎた彼が周りを見て、こうやって認められるようになっていたなんて。
「だから、先生にはその目で見てほしい。先生が見てきたモブとは違ぇから。アイツらはどんな逆境でも折れたりしねぇから。だから、先生の言葉で教えてほしい。俺達が強くなる為に、何が必要なのか」
真っ直ぐ俺を見つめた目は沈黙に耐えられなくなったのか、伏せられてしまう。
彼の瞳に宿る志はあの頃の同級生たちにはなかったものな気がした。
「爆豪君、」
「…んだよ」
「強くなったんだね」
は?と彼は伏せた目を俺に向けた。
「そろそろ下校の時間だから、帰りな。俺はちょっと、用事を思い出したから」
「は?ちょ、なんで急に!?」
「君に救われたからかな」
学生時代の俺は、彼に出会っていたら何か違ったのかもしれない。
体育祭であんなことをすることも、諦めて口を閉ざすこともなかったのかもしれない。
親友のようにそばにいてはくれなかっただろうけど、口を閉ざした俺を殴って叱咤してくれただろう。
俺の無実を当たり前のように信じて戦ってくれただろう。
たらればは、好きじゃない。
けど、君がいたら違う未来もあったんだろう。
「なァ、ヒーロー…」
「え、」
「お前みたいな奴がいんなら、ヒーロー科も捨てたもんじゃねェんだろうな」
その喋り方、と驚く爆豪君に「なんてね」と笑う。
「鍵開けっ放しでいいから、ちゃんと帰りなね。ちょっと行ってくる」
おい、って驚いてる彼を残して向かった先はヒーロー科の職員室。
扉を開ければ刺さる視線。
「あら、珍しいわね。雨月」
「お前の口の軽さも偶には役に立つな」
「は?」
けどやり過ぎたら呪うぞ、と声を潜めて呟けば、肝に銘じておくわと苦笑した。
「相澤先生は?」
「そこ」
指差された所には寝袋に包まれたままパソコンに向かう彼の姿があった。
「相澤先生」
「はい、て…言ノ葉先生?!」
「自分の言葉をすぐに覆すようで、申し訳ないんですが…。やっぱり見学させていただいてもいいですか?ヒーロー科」
見開かれた目。
嘘でしょ、と香山も呟くのが聞こえた。
「こちらとしてはありがたいですが、いいんですか…?」
「はい」
「見て、みたくなりました」
あの爆豪君にあそこまで言わせた、彼らを。
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