普通科先生とヒーロー科


ヒーロー科の建物に入るのは久しぶりだった。
雰囲気は対して変わらないな、と周りを見ながら聞こえてくる声に耳を傾ける。

「見てよ、このアンケート!文化祭でとったんだけどさァーア!A組ライブとB組超ハイクオリティ演劇どちらが良かったか!見える!?2票差で僕らの勝利だったんだねぇ」
「マジかよ。見てねーから何とも言えねー!!」
「入学時から続く君たちの悪目立ちの状況が変わりつつあるのさ!!」

聞こえる高笑い。
原因となっているプリントを持っている男の子から拝借して、首を傾げた。

「正式な数値、実行委員が取ってるよ」
「ん゛!?」
「人に物事を納得させたいなら、根拠のある証拠を持ってきた方がいいよ。燕尾服の少年、後学のために覚えておきな」

プリントを燕尾服の彼に渡しながらにっこりと微笑んでやれば何とも言えない表情をされた。
ダメだな、最初からこういう態度になるのは。

「言ノ葉先生」
「遅くなってすいません。カウンセリングが長引きまして」
「大丈夫です、これから始まりますので」

誰?という声が聞こえる中 先生達の隣に並ぶ。

「えー、今回特別参加者がいます。しょうもない姿はあまり見せないでくれ」

相澤先生の言葉で影に隠れていた心操が前に出る。

「ヒーロー科編入を希望してる普通科C組 心操人使くんだ」
「「「あーーーーーー!!!!心操ーー!!」」」
「一言挨拶を」

この騒がしさはいつもの事なのだろう。
相澤先生は淡々と進めていく。

「何名かは既に体育祭で接したけれど拳を交えたら友だちとか…そんなスポーツマンシップを掲げられるような気持ちの良い人間じゃありません。俺はもう何十歩も出遅れてる。悪いけど必死です。立派なヒーローになって俺の個性を人の為に使いたい。この場の皆が超えるべき壁です。馴れ合うつもりはありません」
「そらからこちらの方は、」

相澤先生が俺の方を見てそう言ったのを手で制し、大丈夫ですと伝えた。

「C組の担任をしています。今回は心操の付き添いという形で来てますのでお気になさらず。ただの一般人だと思って"いつも通りやって"くださいね」
「…そういう事だ。失礼のないようにな。じゃ、早速やりましょうかね」

チーム分けしているのを眺めていれば、俺に歩み寄ってきた彼。
その後ろであわあわと俺たちを見てるのは以前も彼と一緒にいた子たちだった。

「言ノ葉先生」
「爆豪君のヒーローコスチューム初めて見たよ。カッコいいね」
「…下手な話の逸らし方っすね」

バレた?と首を傾げれば 彼は真っ直ぐ俺を見つめた。

「来てくれると、思ってなかったです」
「君にあそこまで言わせたからさぁ。そりゃ、見てみるのも悪くないなって思うよね」
「…B組は正直知らねぇ。俺たちA組は…折れたりしない」

そうだといいね、と答えれば 少しだけ眉を寄せた。

「ごめんごめん、ちょっと意地悪だったね。楽しみにしてるよ、ヒーロー」
「…先生がそう言う時、皮肉ってるだろ」
「楽しみにしてるのは本当だよ。ただまぁ、そうだね。爆豪君に限った話じゃなかったんだなぁ、とは思ってる」

彼は不思議そうに首を傾げた。

「君たちヒーロー科は、言葉の怖さを知らなすぎる」
「そ、れは…」
「昔も今も、変わらないものだね」

彼の頭を撫でて、「爆豪君が気にすることじゃないよ」と笑う。

「ほら、そろそろ戻りな。皆、心配してる」
「は?」

振り返った爆豪君が「見てんじゃねェ!!」と心配そうに見ていた子達に怒鳴った。

「以前俺と揉めたから心配してくれてるんだろ?そういう言い方しないの」
「………はい、」
「素直でよろしい。じゃ、頑張れ。ちゃんと見てるから」

若干不服そうではあるが彼はクラスメイトの中に戻っていく。
ちらり、とこちらを見た瀬呂君に手を振って「頑張れ」と声をかければ分かりやすく表情を綻ばせた。

「意外と仲良くしてるじゃない、ヒーロー科と」
「香山」
「せめてここではミッドナイトにしてくれる?」

オールマイトさんと歩いてきた彼女はやれやれと首を振った。
この間はありがとう、と笑ったオールマイトさんにこちらこそと答えて、香山に視線を戻した。

「爆豪君と瀬呂君はカウンセリングをしただけだよ」
「……それ以外は違いますって?」
「ヒーロー科と関わるつもりはないから。今も昔も、変わらずにね」

ならなんで来たのよ、と彼女は言った。

「爆豪君がさ、俺たちは折れねぇって言ったから?」
「は?」
「自分の事しか見えてなかったあの子にそんなこと言わせるクラスメイトってどんなもんなのかなって思って」

香山はなるほどね、と視線を爆豪君に向けた。

「…似てるものね、アイツに」
「さて、誰のことを言ってるんだか」
「わかってるでしょ?」

彼女とは視線は交わらない。
友人たちに囲まれる彼を見ながら、思い出すのはあの絶望した顔だった。





試合が始まる前、爆豪が話しかけに行った。
その後ミッドナイトさんとオールマイトさんと少し言葉を交わしていたがその後は全ての訓練が終わるまで、言ノ葉先生は何も言わなかった。
ただ、ただ画面を見つめて、飛び交う言葉にも注意をすることはなかった。
あの表情、まるで写真の中にいた彼のようだ。
総評を終えてチラリ、と彼に視線を向けた。
それに気づいたのか無表情だった顔をパッと綻ばせる。

「もし、よろしければ最後に何か、」
「え?あぁ…じゃあ、少しだけお時間いただいて」

彼は1歩前に出て、並ぶ生徒たちの顔を見た。

「…正直、ヒーロー科ってのはいつまで経っても変わらないね」

いつもの彼より冷たい声色だった。

「君達ヒーローは、誰かの人生に常に関わり続ける。君達の行動・言動・立ち振る舞い、その一つ一つが人に見られていることの自覚が足りなすぎる。子供の頃、ヒーローごっことかしたでしょ?今日の君達を、子供達が真似るかもしれないって自覚はある?」

水を打ったようにその場が静まりかえった。

「見る人たちは君達のことは知らない。たとえ、それが普通の 普段通りなのだとしても。たとえ、それが自らを奮い立たせるためだとしても。たとえ、それが自分なりの優しさだとしても。見る者がそう判断してくれるとは限らない。まず、自分達の見られ方をよく考えるといい。君達の事を何も知らない俺は今日の君達を見てて、受けたのは良い印象だけではなかったよ」

隣にいたミッドナイトさんが眉を顰め、額に手を当てた。
恐らく、学生時代を思い出しているんだろう。

「それから、戦闘で建物を壊しすぎだし、広範囲攻撃をしすぎ。なんで一般人がいない想定で戦ってるの?訓練だから?実際の現場で 訓練ではやってないのでできませんって言うのかな?それともぶっつけ本番でやるの?…ヒーロー科の教育方針は知らないけど。最近のヒーローはそういうパフォーマンスとしての派手な攻撃好むよね。テレビ受けしてたとしても、それで何人の生活を奪ってるか考えたことはある?」

彼の言ってることに否定のしようがない。
実際、パフォーマンス性が強くなって 個性の使い方も派手になった。
建物の被害を最小限に、とは言えども それを実践するヒーローは少ない。
それが出来ない技量のヒーローだって、実際多い。

「…あとはそうだね。"君達は無個性だ"と仮定しよう」

彼の言葉に爆豪が肩を揺らし、自分の掌を見つめた。
まさかと思って個性を発動しようとすれば、やはり発動できない。
ここにいる全員を、無個性にしたのか…?

「それから"電気系統も止めよう"。あとは"通信手段も"」

彼の言葉で、照明が落ちる。
それに慌てる生徒達を言ノ葉先生は気にした様子もなく続けた。

「さぁ、ここで俺が敵を呼びでもしたら 大変なことになるだろうね。無個性な君達に 一体何が出来るのか…」

個性が出ないことに気づいたのか、ブラドが「何を考えている!?」と声を荒らげた。

「こういうトラブルに君達は巻き込まれてきたんだってね。これ 未熟だから巻き込まれてんの?未熟だから引き起こしてんの?じゃあ、君達の先生も未熟ってことになるけど 間違いないかな?」

その質問は真っ直ぐ物間に向けられた。
物間の「トラブルってのは未熟者が引き起こすんだよ」というA組 特に爆豪に向けた言葉 やっぱり聞いてたのか。
あの手の言葉は嫌いそうだと思ってた。

「USJ襲撃も、神野事件も…。A組の子達が起こしたアクションで起きたの?林間合宿ではB組も襲われたんだったよね?それ、君達が未熟だから起きたの?」

物間は答えなかった。
いや、答えられなかったんだろうな。
多分アイツはそこまで深く物事を考えて話してない。
A組をライバル視して、煽る為に思いついたことを言ってる気がする。
ただ、言ノ葉先生に言わせれば 口にしてしまった瞬間にそれはその人の責任になるんだろう。

「…発した側も、それを聞いた側も。見て見ぬふりをするな。聞いていないふりをするな。間違ってることを間違ってるって伝えてやらないで、何の為の級友なんだ?」

電気がポツポツとつき始める。
個性を解いたのだろう。
前は植物を枯らしていたけど、こういう使い方まで出来るのか…。

「未熟故に、無謀故に、無知故に、人は死ぬぞ。お前らの何年も前の先輩は…敗北しても尚、驕り高ぶり、個性に胡座をかき、人を見下すことで強くなった気になり、自分の弱さを知らず、無謀なことをして ヒーロー免許取得の最終試験で死んだ」

え、と声を漏らしたのはミッドナイトさんと爆豪だった。
他の奴らもゴクリ、と唾を飲む。

「誰も指摘しなかった。そいつの態度の悪さも。言葉の粗暴さも。強い個性にかまけて訓練の手を抜き続けたことも。それが彼の普通だからと 誰にも指摘してもらえなかった。クラスメイト達に、見て見ぬふりされ続けて。結果として ヒーローにもなれず 死んだ」

お前らは自分のクラスメイトに同じ道を辿らせたいか、と静かな声で問うた。

「今一度、考えることだよ。個性があるだけでヒーローになれるわけじゃない」

パン、と先生は大きく手を叩いて「と、まぁ怖い話はこれくらいにして」と微笑んだ。

「捉え方は君たち次第だ。ヒーローでもない奴が何を言ってんだと思ってくれても構わないし、心に留めて行動するでもよし。次はこんなこと言わせねぇと奮起するもよし。我々本職教師ってのは機会を与えることが仕事だと思ってる。この機会をどう使うかは君達次第だ。…楽しみにしてるよ」

もう大丈夫です、と言ノ葉先生がこちらを振り返る。

「以前も言いましたが、生徒に個性をかけないでください。せめて事前に言って欲しいです…」
「すいません。そっちの方が手っ取り早かったので。俺の言葉、大体50人位には効くんですよね」
「それが…一体「誰か1人が死ねと言えば、ここにいる全員殺せるってことですよ」っ!?」

生徒達にも会話が聞こえていたのだろう。
表情が強ばったのがわかる。

「くれぐれも、気をつけて。言葉は…凶器ですよ」

にっこりと笑った。
この人、今日の授業で相当フラストレーション溜めてただろ…





言いたいことだけ言い終えた俺に香山が歩み寄る。

「随分、大人気ないことするじゃない」

香山の言葉にそうだな、と答えた。

「アイツの話まで出さなくたって…」
「凄く強いと思うよ、皆。だからこそ、同じ道を辿って欲しくない」
「…だから、忠告しましたって?」

何かあったらまた貴方が疑われるかもしれない、と彼女は言った。
その可能性はあるだろうね。
だが、それは覚悟の上だ。

「…今更、罪が増えることには何も感じないよ。これで少しでも救えることがあるなら それでいいよ」
「……そう」
「心配してくれてありがとう。今も、あの時も」

授業が終わり、相澤先生とB組の担任が俺の元へ来た。

「お疲れ様です。最後は失礼しました」
「…言ノ葉先生らしいと、思いましたよ」

相澤先生はそう言って困ったように笑った。

「B組の先生。お名前知らなくて、大変恐縮なんですけど。一つだけ。クラスの贔屓はどうかと思いますよ。今日見ていて そういうのがまるっと生徒に受け継がれてるように見えました」
「…申し訳、ありません」
「自分の生徒が可愛いのはいい事ですけどね。今時、貴方ほど生徒を愛してくれる先生も珍しい。彼らは…とても良い先生に出会えたと思います。ですが、あの実況じゃ、勝った側も負けた側も蔑ろにしてしまいます。勝敗は確かに大事ですけど。授業において言えば、勝った側のフィードバック、負けた側のフォロー…これがいかにできるかで 成長を促しますので」

生徒を選ぶ権利は先生にはありませんよ、と最後に付け加えて今日はありがとうございましたと頭を下げた。

「いい機会をいただいたと思います。…もし、生徒の心が折れてしまっているようだったら声掛けてください。そこら辺のアフターケアは責任を持ってやりますから」

それじゃあ失礼しますともう一度頭を下げて背を向けた。

ヒーロー科も変わったな。
あの頃は弱い者を狙って、強さをひけらかしていたのに。
今はあんなに真っ直ぐ強い人に向かっていくのか。

「言ノ葉先生!」

腕を引いて俺を止めたのは爆豪君だった。
どこか泣きそうな表情にとりあえず、頭を撫でれば彼は俯いた。

「どうしたの?」
「どうしたって…俺が無理矢理呼んだようなもんなのに…」
「え?あぁ……。ごめんね、たしかにあれじゃ勘違いするか」

え?と顔を上げた彼に「いい子達だったと思うよ」と伝えた。

「だからこそ、勿体ないなって思った。だから、ああいう話をしたんだよ。俺が爆豪君に声をかけた時と同じ。…君達ならちゃんとヒーローになると思ったから。だからこそ厳しいことを言った」

わかりずれぇ、と彼は顔を顰めた。

「呼んでくれてありがとう。少しだけ、ヒーロー科の見方は変わった」
「…そんなら、よかった…」
「それと、凄くカッコよかったね。爆豪君。強かったし、女の子を庇った時。まぁ、足でやるのはどうなの?ってちょっと思わないでもないけど」

彼の表情が解けて、微かに頬が染まる。

「…ん、」
「君が、強くなってて 俺は安心した。言葉遣いはちょいちょいまだ気になるけど」
「……気をつけます、」

こう素直に答えられるようになっただけ凄いんだろうけど。

「先生。放課後、行っていいっすか」
「いいよ」
「…じゃあ、また後で」

あざした、と頭を下げて戻って行った彼をクラスメイトが迎えた。
何かいじられているのか手の中でバンバンと小さな爆発を起こしている。

「変わるもんだな」

人も、風潮も。
変わる 変えられるとあの頃の自分が知っていれば。
あの頃の俺が 口を閉ざさなければ 違う未来があったのかもしれないな。


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