Another Story:爆豪勝己


ノックをしても珍しく返事がなかった。
職員室にいなかったからここにいると思ったんだけどな。
ドアに手をかければどうやら鍵は開いているようだった。

「言ノ葉先生…?」

少し開けた隙間から中を覗けば普段彼が腰掛けているソファに横たわる人。
ジャケットは脱いでデスクの椅子にかかっているが、恐らく先生だ。

「……寝てんの?」

顔の上に乗せられた分厚い本。
息苦しくないんか、と思いながら 彼のソファの傍らにしゃがむ。

「この人、寝るんだな…」

当たり前の事だが、少し意外だった。
いつも凛として隙がないから。
自然と手は本に伸びる。
こんな機会もう二度とねぇだろうし、どんな寝顔してんのか見たい。
そんな好奇心で、音を立てないように本に触れた瞬間 ドアが勢いよく開いた。

「雨月!」
「は?」
「あ?」

ドアを開けたのは金髪にデケェサングラスをかけたお世辞にもガラが良いとは言えない奴。
つーか、今 雨月って言ったか?名前呼び?

「…あー…、少年。雨月がイケメンなのはわかるけど、寝込みを襲うのはやめとけ」
「は!?!違ぇわ!!!」
「あ、違う?ならよかった」

やばいもん見ちゃったかと思った、と彼はケラケラ笑い 「雨月寝てんの?」と首を傾げる。

「…うるせぇぞ、雷」
「んだよ、起きてんじゃん」
「テメェの声で起きたんだっつーの…」

もぞ、と目の前の体が動き 顔を隠していた本を綺麗な手が持ち上げた。
どこか気だるげな目が金髪を映してから俺に向けられる。

「……おはよう、爆豪君。来てたんなら起こしてくれりゃいいのに」
「疲れてんのかと、思って…」

喋り方、崩れてる。
なんか大人の色気?っつーの?
普段と違ぇ…

「気ぃ使ってくれてサンキュ…」

体を起こした先生はいつもの優しい手で頭を撫でて、金髪の方を振り返った。

「お前さ、いい加減 来るなら事前に連絡しろ」
「昨日決まったばっかでよ」
「なら今日連絡できんだろ」

まぁいいけど、と先生は呆れたように溜息をついた。

「あの、先生…あの人って…」
「あれ、1度前に話さなかったっけ?アメリカでヒーローやってる親友」
「は!?!こんなチンピラみたいな奴が!?」

先生はきょとん、としてから笑い出す。
それに俺はちょっとびっくりした。

声に出して笑ってんの、珍しくね?
親友の前だといつもこうなんかな。

「それ、もっと言ってやって?いい歳した大人がする格好じゃねぇんだよ。ヒーローコスチュームの時はまァだマシなのに」
「キレるぞ、雨月」
「若い子からも言われてるんだから、変えた方がいいよ。雷」

うるせぇ、と吐き捨てた彼の親友はサングラスを外し、先生の隣に座った。

「で?この子誰?」
「前電話した時話しただろ。最近よく来てくれるヒーロー科の子がいるって」
「あぁ…己に勝で勝己くんだっけ?」

こちらに視線を寄越した彼は確かに勝己って感じだな、と笑う。

「てことは、寝込みを襲うのはお前の方」
「俺は!!襲ってねェ!」
「俺も流石に寝込みは襲わねぇよ」

寝込み"は?"と先生に聞き返しながら彼はケラケラと笑う。
ずっと笑ってんな、この人。
そういうとこはオールマイトにも、似てるか。

「家泊めねぇぞ、雷。あと、ちゃんと自己紹介しろ」
「あぁ、そうか。悪ぃな。俺は波天 雷。知っての通りアメリカでヒーローやらせて貰ってる。雷でいいよ」
「…爆豪勝己」

ここで会ったのも何かの縁だしよろしくな、と差し出された手。
傷だらけだな、手。
この人の個性、なんだっけ。
差し出された手を見つめながらそんなことを考えていれば「ハグの方がよかった?」と彼はまた笑った。
容赦なくそんな彼の足を踏んだ先生は「触るなよ。馬鹿が伝染る」と吐き捨てた。

「先生、キャラ違う」
「雨月猫被ってんだよ、普段はさ。この姿は超レア」
「…被ってねぇよ。公私混同してねぇだけだわ」

生徒にガッカリされるから、学校では俺に声をかけるなと心底迷惑そうに先生は言って 立ち上がる。

「爆豪君、コーヒー飲む?」
「…飲む」
「俺もー!」

お前は勝手に自分でやれ、と先生が言えば 雷さんは先生の横に並び普段閉じたままの棚を開けた。
そこから出てきたのは先生と色違いのマグカップだった。
仲良いんだな、ほんとに。

「はい、どーぞ。砂糖とミルクは?」
「今日は、いい」
「ん、」

俺の隣に座った先生はお前はそっち、と向かい側のソファを指差し雷さんを見た。

「そうだ、雨月。今回来た理由なんだけど」
「それ、今じゃなきゃダメか?生徒の前だ」
「全然、今でいいよ。追ってる組織の幹部がこっちに飛んじゃってさ。居場所は突き止めたんだけど、ドラッグの保管場所がわかんなくさァ」

隣に座った先生は態とらしく溜息をつき、却下と一言。

「と、言うと思ったけど。お前じゃなきゃ無理なんだよ。雨月。お前が動いてくれりゃ、終わるヤマだ。油売ってらんねぇんだよ、こうしてる間も助けを求めてる人がいる」

雷さんは、先生の個性を使って保管場所を喋らせたいのか。
まぁ、先生の個性なら容易いことだし 雷さんの言い分も分からないでもない。

「先生なら余裕なんじゃね…?やんないんすか?」

ポツリと呟いた言葉に先生はチラ、と視線をこちらに投げ また雷さんの方へ向けた。

「今でいい、じゃなくて 今がいい、だろクソ野郎」
「なんのことだか」
「俺の生徒はお前の駒じゃねェ。お前の策略の為に使うな。通すべし義理があんだろ。下げるべき頭があんだろ。なァ雷」

トントン、と先生の指がテーブルを叩く。
雷さんは俺ならやれって言うと、思ってたのか。
先生はそれがわかってて、今を避けようとした。

「キレるな雨月。頼む、力を貸してくれ。救いたい人達がいるんだ」

雷さんはテーブルにつくギリギリくらいまで頭を下げた。
それを見下ろして先生は舌打ちを零す。

アメリカのトップヒーローが、こんなに簡単に頭を下げるのか。
いや、そうだ。
この人は デクと同じ。
救うためなら、なんだってするんだ。

「明日は朝一で会議がある。それまでに終わらせろ」
「…恩に着る。勝己君もありがとう」
「いや、俺は別に…」

先生の方に視線を向ければ、目が合った彼はいつもみたいに微笑んだ。

「ごめんね、忘れていいよ」
「……見れて、よかった。他の奴らが知らない先生の姿だし」
「恥ずかしいから…忘れて欲しい、切実に」

先生はそう言って苦笑を零した。





翌日。
授業はないが、制服に着替えてわざわざ学校に来ていた。
普通科の職員室に彼の姿はなかった。
朝一で会議って言ってたからいると思ったのに…。
まさかと思って 準備室に行けば昨日と同じように眠る彼の姿。
向かい側には雷さんが座っていた。

「よぉ、おはよう」
「…っす」
「昨日より素っ気ないな」

怒りもせず彼は笑った。

「明け方までかかっちまって、会議終わったら速攻このザマよ。午前休貰ったみたいだけどな」
「…怪我、」

眠る彼の頬に大きなガーゼ。
それを指摘すれば、敵の個性でと彼は言った。

「何で個性が使えんだ?捕まえてから先生が接触したんじゃねぇんか」
「もし仲間が捕まった現場にいたら?…連中がブツを運び出すだろ」
「…一般人を、現場に連れてったんか…」

俺があの時不用意に発言しなければ、怪我しなかったのか?

「…雨月はわかってたよ。そういう状況になること」
「けど!」
「……君がそうやって自分を責めるかもしれないから。だから雨月は君に聞かせたくなかった。俺がここに直接来る時はそういう時が多いし。俺の表情とか見て 来た時にはもうわかったんじゃね?」

なら無理矢理にでも追い出せばよかったはずだ。

「勝己君は考えてることがすぐにわかるな。雨月は俺っていうコネを作りたかったんだよ、君にね。ヒーロー社会はアメリカの方が進んでる。君にはいい影響を与えるんじゃないかって、電話で話してた」

愛されてんだな、と彼は微笑む。
愛されてる?

「雨月は確かに生徒にはあれこれやってあげるけど。生徒とは…いや、基本的に人とは一定の距離を持って接するんだよ」

あのマグカップ 君のだろ?と彼は指を差した。
だったらなんだ、と言えば それがまず普通じゃないんだよと彼は言う。

「面談室あんの知ってっか?生徒とはそこでしか2人きりにならない。こいつ、元々そう決めてた。けど、勝己君はここに入り浸ってる。それをこいつも容認してる。…電話すりゃ、何が楽しいんだか お前の話良くするしな」

込み上げてくる恥ずかしさと何とも言えない感情。
嬉しいのか?いや、多分 優越感みてぇな…

「気をつけろよ、勝己君」
「何を、」
「寝込み、襲われねぇように」

立ち上がった彼がサングラスをかけ、ジャケットを羽織る。

「俺、一旦 警察行ってくるから。あとはよろしく。…今日の夜 泊まりに行くって伝えておいて」

ヒラヒラと手を振って彼は部屋を出ていく。
残された俺の顔は鏡で見なくても真っ赤になってるって分かるくらいに熱かった。

「…なんだよ、それ…」

ごめん、忘れ物と急に開いたドア。
サングラス越しに目が合って 「照れてんの?」と彼は笑った。

「うっせぇ!!!さっさと行けや!!」
「これ、俺のプライベート用の連絡先」
「は?」

差し出されたのは名刺だった。
裏面にはQRコード。

「雨月みたいに人間的なとこはなんも教えてらんねぇけど、個性のこととか戦闘についてなら 相談のるよ。すぐに返事出来ない時とかもあるけど」
「……なんで、」
「雨月の惚れ込むヒーローだろ?そりゃ、将来楽しみじゃん?卒業したらうちでサイドキックやる?」

冗談だろ、と言えば 君次第と彼は答えた。

「そういう道も、あるよ。まぁ、雨月とは離れ離れだけどな」
「……考えとく」
「おう。じゃ、またな。…雨月、意外と手 早いから気をつけな」

今度こそ部屋を出ていった彼。
手の中の名刺には 雷さんの名前。

「……先生さァ、俺に甘すぎんだろ…」

自然と表情が緩むのがわかった。
もし、本当に 雷さんが言うように俺が特別なんだとしたら…多分すげぇ嬉しいんだろうな。





「ん…」

目を覚まして体を起こす。

「雷、コーヒーいれて…て、いねぇし」

向かい側に座っていたはずの雷の姿はなく代わりに爆豪君がこくりこくりと船を漕いでいた。
今日休みなのにわざわざ来たのか…?
その手には雷のプライベート用の名刺が握られている。

「……昨日頼んだ時はプライベート用は渡さねぇとか言ってたくせに」

俺が寝る時暇だから体育祭の映像見るって言ってたし、気に入ったのか。
まぁ気に入ると思ってたけど。
戦闘中の雰囲気は随分と似てるしな 2人。

「それにしても、無防備」

雷にはバレてたみたいだけどな。
まぁ、わかりやすく贔屓してるし、仕方ないか。

「…寝込みは襲わねぇけど」

欠伸をすれば頬の傷が痛んだ。
この傷分くらいはお礼を貰ったってことにしておくか。

ケトルのスイッチをいれて、眠る彼の横顔を眺める。

「早く、大人になりゃいいのになぁ」


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