後輩と相澤消太


雑誌の表紙で半裸の男は髪をかきあげ妖艶に笑う。
それを片手にぎゃーぎゃーと騒ぐマイクを無視して、パソコンに視線を向けた。
相澤センパイと俺を呼ぶ彼は一個上の俺らの代にも有名なほどのプレーボーイだった。
同時に何人もの人と関係を持っていたし、男も女も関係ない。
そんな男だったのだから、雑誌の表紙を飾るくらいは特に驚きもしなかった。
あいつには人を魅了する力があるのだから。

「最近連絡とってるか?操と」
「いーや。忙しいんだろ」

自分が学校の教師になった頃から彼とは連絡を取ることがなくなった。
操のモデルとしての仕事が増えたこともあるし、俺が教師になったが故にこなせなくなった仕事が彼に回っているのも原因だろう。
こんなメディア受けする見た目をしておきながら、彼はヒーローとしてはアングラ系でやっていて。
彼がヒーローとして働く姿を見たことあるのは一緒に組んだことのある俺くらいのものだろう。
事実、彼の個性についてや ヒーローコスチュームが世間に出たことがない。

「あんなに仲良かったのにな」
「…そうだな」

仲良くなったきっかけは覚えちゃいないが、後輩の彼と過ごすことは多かった。
アングラ系目指してるってこともあり、話はあったし プレーボーイでチャラついてる割に素の彼は非常に静かな男だった。

「たまには連絡してやれよ」
「別にいらんだろ」

こんな小汚いおっさんといるよりもよっぽど、雑誌の中の綺麗な女たちといる方が似合っていた。
だから、そう。
会いたいなんて感情は、口にする気は毛頭ないのだ。
だったらせめて見てやれよ、とその雑誌を置いてマイクは授業に向かった。
職員室に残ったのは僅か数人。
静かになった職員室で溜息を吐きつつ、その雑誌のページをめくった。
着痩せするタイプなんですよね、と話してた彼はあの頃よりか体に筋肉をつけていて。
所々に見える傷跡は ヒーローとしての勲章だろう。
何個か記憶にある傷もあるが、知らない傷もある。
それだけ、彼は俺の知らぬ所で任務を遂行しているのだろう。
ページをまた一枚めくれば インタビューを受ける彼の姿があった。
お気に入りなんです、と胸に抱くのは黒猫のクッション。
俺が彼の家に入り浸っていた時に、買ったものだった。
まだ持っていたのか、という気持ちと それ俺のだろという気持ちを抱えつつ 猫アレルギーなんですけどねと写真の中で笑う彼は俺の知ってる操とは全く変わりないようだった。

俺と彼は別になんでもない。
ただの先輩と後輩。
だが、後輩の中では1番特別な存在であったことは間違いないだろう。
だから、気づいてしまった。
写真の中で見えた彼の癖。

「……相変わらずだな、」





女々しいものだ。
黒猫のクッションを胸に抱きつつ、グラスに何杯目かもわからぬウイスキーを注ぐ。
別に俺と相澤センパイはなんでもないただの先輩後輩。
今後も何かになろうって気もない。
だが、教師になった途端連絡もくれなくなり 現場で会うこともなくなったから わかりやすく言えば 拗ねていた。

「まぁ、それだけの存在だったってことだろー」

家の中には未だに相澤センパイの私物が転がっている。
存在を忘れているのか、取りに行くより買う方が合理的と考えたのか。
彼ならどっちもありそうだな、と1人考えながらグラスを傾けた。

アングラ系ヒーローとして活躍しつつもメディアに出始めたのは潜入捜査が増えたことに起因する。
ヒーローとしての姿を隠す為に 世間に俺の姿をより濃く記憶に植え付けるための手段でしかなく、別に好きでやっているわけではない。
元々人と関わるのも好きではなかったが、関わりを断ることの方が面倒で来るもの拒まず去る者追わずの精神でやってきた。
だが、その中で唯一 俺から関わっていたのが相澤センパイだった。

「あ、てか 今日誕生日じゃん」

酒でふわふわしてる頭でも 気づいてしまうなんて 重症だな。
夜23時のニュース。
アナウンサーのお姉さんが伝えた日付はたった今頭の中にいた彼の誕生日だった。
あと1時間で終わってしまうが、思い出したのだから連絡してみようかと携帯を手に取るも 送る文章が浮かばず俯いた。

「…今更か、」

連絡を取らなくなってどれくらいだろうか。
彼のことだ俺のことなど忘れてしまっていてもおかしくはない。
からんと音を立てたグラスの中の氷。
グラスの中身を一気に喉に流し込んで、喉がひりつく感じに目を閉じた。
明日の仕事は何時からだっけ。
目覚ましかけないと寝坊するな。
てか、ベッドで寝ないと、また体バキバキになるだろうな。
あと…なんだっけ。

「おい、大丈夫か」

あぁ、そうだ。
手紙の返事をしなくちゃ。
悩んで悩んで 返事を後回しにしているが 流石に催促の連絡が増えたからな。
答えてあげねば…
まぁ、いいや。
全部また明日やれば。

「操、」
「ん…」
「お前は寝るならベッドいけ」

あれ。
懐かしい声だ。
顔を上げれば俺の頭を占有する男が俺を見下ろしていた。

「誕生日おめでとーございます。相澤センパイ」
「もう終わる」

ベッド行くぞと 彼が手を伸ばす。
それを掴もうと手を伸ばせば手首を捕まえられた。

「センパイ?」
「変わってないな、疲れると手握りしめる癖。爪痕残ってんぞ」
「、えー」

手のひらを彼のカサついた指がなぞった。
そういえばそんなこと彼に昔言われたっけ。

「てか、急にどーしたんですか」
「お前がうちからの手紙に返事しないって校長が嘆いてて。仲良いなら返事回収してこいって派遣された」

手首を引かれ立たされた俺は 隣の部屋のベッドに投げ捨てられる。
優しくないやり方なのに、布団をかけてくれるのは彼らしい。

「やらないって答えといてください。俺、今忙しいから」
「なら、なんでモデルなんて始めたんだ?」
「潜入捜査 しやすくする為」

彼なら知っている。
俺が仕事の時どんな様相をしているのか。
まるで、別人な自分の姿を。

「潜入捜査、」
「裏社会はいつも騒がしいんですよ」

クスクスと笑えば彼は何か言いたげな顔をして、俺の頭を撫でた。

「なぁ、」
「なんです?」
「やれよ。雄英の教師」

相澤センパイの言葉に俺は目を瞬かせた。
まさか、彼の口からそんなことを言われるとは思っていなかった。

「なんで?」
「誕生日プレゼント。今年は貰ってねぇ」
「いつも、いらないっていうじゃん」

それでも押し付けるだろ、と彼は言って ベッドに腰掛けた。

「今の仕事を減らせとは言わん。ただ、やっとけ」
「なんでですか」

彼の背中を布団に潜り込みながら 見つめた。
相澤センパイ来るならお酒飲まなきゃよかったな。
いや、けどまさか来るなんて思わなかったし。
しかも俺に会いに来たというより、仕事で来てるし。

「今よりは、会えるようになんだろ」

薄暗い部屋でもわかる、赤く染まった耳。

「……会いたいって、思ってくれてたんですか」

ねぇ、と体を起こして 彼の腕を引く。
振り返った彼の顔も 耳と同じように赤く染まっていた。

「俺がそんなこと思うと思うか?」

彼の口は素直に気持ちを伝えてはくれないが、彼の体は正直だ。

「……いいよ、先生になってあげます。今の仕事 減らす気は無いけど」
「いいさ、それで」

彼が両腕を広げる。
そこに体を埋めれば、ぽんぽんと慣れない手が頭を撫でた。

「誕生日おめでとう。相澤センパイ」
「…ありがとう、」



目が覚めた。

「頭痛い…」

ぐらぐらと揺れる脳内。
水を飲もう、とベッドから足を下ろし ペタペタと音をさせながらリビングへ続くドアを開く。
そこに転がる白い塊に つい笑ってしまって頭に痛みが走る。
せめてソファで寝ればいいものを。
そう思いながらも、言ったところで聞かないことはもう嫌というほどわかっていた。
水と共に二日酔いの薬を流し込み、テーブルの上のウイスキーのボトルが3分の1よりも少なくなっているのに気づく。
昨日買ったばかりだったはずなのに、馬鹿みたいに飲んだのだろう。
時計はまだ3時を過ぎた時間を指す。
今日の仕事は5時出勤だから、きっと相澤センパイよりも先に家を出ることになるだろう。
簡単に朝食を作り テーブルの上に乗せてラップをかける。
自分はカロリーメイトで朝食を済ませた。

「あ、そうだ…」

玄関に置かれたままの雄英からの手紙に返事を書いて 同じようにテーブルに乗せる。
そして、彼が教師になると聞かされた時に買ったラッピングされた箱をそこに乗せた。

「…じゃあ、いってきます。センパイ」





携帯のアラームが鳴る。
もぞもぞと体を起こせば視界に入った彼が作ったであろう朝食。
そして、雄英の手紙とラッピングされた箱。

「…操、」

辺りを見渡すが 既に人の気配はない。
もう出勤したのか。

手紙には先生を引き受ける旨が書かれていた。
相澤センパイへの誕生日プレゼントです、という言葉が添えられていて プレゼントを用意してるのによく引き受けたものだと考えながら ラッピングされた箱を開く。

「…絶対高いだろ…」

中に入っていたのは ボールペンたった。
わざわざ名前と猫のシルエットが刻印されたそれに溜息をつく。
試し書きも兼ねて 近くにあったメモにありがとう。雄英で待っていると書いて 用意されていた朝食を食べた。

学校に着けば相変わらずマイクは煩かった。
機嫌がいいな、と目敏く気づく彼に 流石だなと思いながら 彼に贈られたペンを手に教室を出る。

「何があった!?」
「別に。ただ少し、いいプレゼントを貰っただけだ」

会いたいなんて、言う気はないのだ。
彼が会いにくればいい。
来年には 彼もここにいる。
それだけで、満足だった。


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