後輩と荼毘U


※時系列は相澤消太Uの後


操は草臥れた顔をして帰ってくることが時々ある。
それは決まって仕事だ、と俺から離れる時。
そして多くは、同じ男物の香水の匂いをさせて帰ってくる。

今日も、その日だった。

おかえりなさい、と外から声が聞こえて部屋から出れば、草臥れた顔をする彼がいた。
名前を呼べば彼はこちらに気づき、「ただいま」と下手な笑顔を見せる。
周りにいた人にじゃあ、と声をかけて彼はこちらに歩いてきた。
距離が近づけば気づくいつもの彼と違う香り。
また、あの男物の香水だ。

「なに?」と首を傾げた彼に タオルを投げ 香水臭いと文句を言えばすん、と鼻を鳴らした。

「…あぁ、ごめん」

その匂いが何かわかったんだろう。
彼はふる、と首を振った。
その男はお前のなんだ、とは聞けなかった。
聞けるような立場に俺はいないから。
けど、何となく腹は立つ。

「女じゃなかったのか」
「女だよ。俺が、抱いてるんだから」
「……女役、ってことな」

女だったら良い、とかそういう話でもない。
この香水の女役の男と、親しい関係でいるってことが問題なのだ。

「だから、んな顔してんのか」
「え?」
「苦しそうな顔」

くっきりと刻まれた眉間の皺を指で押せば、彼はきょとんとして。
不思議そうに目を瞬かせた。
まさか、気づいてねぇの?

「……嫌なら、やめちまえよ」
「嫌、な…わけじゃないよ」
「ふぅん?……まぁ、いい。風呂入って、いつもみたいに笑え」

彼にそれだけ言って、ソファに腰掛ける。
彼は不思議そうに自分の顔に触れながら窓ガラスに視線を投げた。
その男は、彼にとってなんなのか。
嫌なわけじゃない、といいながら お前の顔には確かに嫌悪のような拒絶が見えた。
彼から視線を逸らし、溜息をついた時彼が何かを呟いた。
なんだ、と尋ねようと視線をそちらに向けた瞬間、ガラスが割れた音が部屋の中に響いた。

「操!?」

握り締めらた拳が硝子を叩き割り、ぽたりぽたりと血が滴っていた。
当の本人はどこかぼんやりとしていて、肩を揺する。
はっ、と顔を上げた彼が自分の手に視線を落とした。

「お前、何してんだ!?」
「…ごめん、お風呂…行ってくる。硝子、後で片付ける…から、近づかないようにしといて」

割れた硝子を汚す赤い血。
彼はそれをぽたりぽたりと落としながら、汚れた手でドアノブに手を伸ばした。

「汚れんぞ、」

血に濡れたその手を掴み、声をかければ彼は動きを止めた。
傷は1つのようだが深いようだ。
流れる血は止まる気配はない。

「……お前は、」
「うん?」
「いや……いい。痛むぞ」

彼の手を握り火をつける。
青い炎が揺らめくと彼は安心したように ほっ、息を吐いた。

「……ありがとう」
「お前、怪我しすぎだろ」
「そうだな」

傷は塞げただろう、と手を離そうとすれば 彼の手に力が入った。

「操操」
「…ねぇ、」

交わった視線。
今まで事を致す時、誘うのは俺からだった。
それを彼は拒みはしない、そんな一方的な関係だった筈だ。
だが、今。
間違いなく、彼の瞳が俺を誘惑した。
その熱に、今までにない緊張を感じた。
手は繋いだまま、反対の手が頬を撫で ドラマのワンシーンのように顎を掬った。

「操、」
「目……閉じて、」

普段は開けておけ、と言う癖に。
彼はそっと目を閉じて、釣られて俺も瞼を下ろした。
呼吸が触れ、そして唇が重なる。
舌を入れられたわけでもない、ただ重ねただけのキスなのに体から力が抜けた。

「っ、」
「…大丈夫?」
「………やんなら、ベッド…」

彼はそうだね、と微笑んで 俺を軽々と抱き上げた。
彼の体から香る匂いが消えるように、彼に肩口に額を擦りつければ優しく背中に手を回された。

やめろ。
なんだ、なんなんだよ、それは。
まるで、お前に…
愛されていると、錯覚する。

優しくベッドに下ろされて、彼は赤く爛れた手で髪をかき上げた。

「……どうした?」
「こっちの、セリフだ」

何が、なんて彼は笑う。

「お前からなんて、なかっただろ」
「…抱きたくなった、それだけ」

彼はそう言って、俺の口を塞いだ。





「も、うっ…いい加減に、しろっ」

ぐるり、と景色が変わった。
押し倒し、愛撫していた彼の体が目の前に。
荒い呼吸と彼の口付けが落ちてくる。

「ねちっこく弄りすぎなんだよ」
「…たまにはいいだろ」
「いらねぇ」

初めてだった。
今まであれだけ沢山の人と体を重ねてきたのに、自分から欲しくなったのは 彼が初めてだった。
愛撫し、体を解けば解くほどに聞こえる嬌声が心地よかった。
まぁどうやらやりすぎたらしい。

「欲しいっ、つってんだろ…」

腰を浮かせた彼が俺のものを後孔に擦り付ける。
んっ、と少しだけ喉を鳴らした彼がゆっくりと腰を落とす。

「…いい眺め」
「はっ、おっさんっかよ…」

微かに涙を浮かべながらも悪態をつく彼が、可愛くて仕方ない。
頬にキスをして、縫い目を指先で撫でれば 猫みたいに手に擦り寄り目を細める。

「っ、はぁ」
「荼毘ん中…熱い」
「うっる、せぇ」

散々解した穴は俺をすっぽりと飲み込んだ。
お腹に手をついて息を整えている彼を抱き寄せれば、喉を晒し 甘い声が弾けた。

「ゃ、めっ」
「まだ…届いてないでしょ」
「ちょ、まっぁああ゛っ」

抱き締めたまま1番奥まで腰を打ち付ければ、腹に吐き出された白濁。
はっはっ、と荒くなった呼吸をキスで奪って 腰を揺する。
見開かれた青い瞳が涙で濡れ、綺麗だった。

「っ、ん」

1度イって敏感になっているのだろう。
キスで塞いだ口から、嬌声が零れ出し背中に回った手が容赦なく爪を立てる。

「気持ちい?荼毘」
「っぁ、あっゃ…とま、止まって」
「やだ。これ、いいね。…荼毘の顔がよく見える」

目の前の彼に微笑みそう呟けば彼は顔を隠すように肩に額を擦り付けた。
ぐちゃぐちゃとやらしい音と彼の嬌声が耳元で混ざり溶け合う。

「む、りっまっ、ぅあっんん、っ」
「荼毘、」
「っ、なっん…だょ」

名前呼んで、と言えば 彼はほんとにどうしたと息絶えだえに言った。
顔を上げて視線を合わせた彼が、蕩けた顔で操と俺を呼んだ。

「っ、もっと」
「操っ、」

迷うな。
悩むな。
考えるな。
俺は間違ってない。
俺の大義は間違ってない。
たとえ、たとえ……守るものが少なくなっても。
あの人をあの椅子に座らせ続ければ いつか 拾い落としたものを 救える日が来る。
俺じゃない誰かが、きっと。
救ってくれるはずなんだ。

「操、っ」

相澤センパイに出会って、なりたいと思ったヒーローってそんなんだっけ。
取りこぼす前提の救いなんて、あの時の目指したヒーロー像からはかけ離れていないか?
いいのか?それで。
本当に お前は それが 正しいと思ってるのか?

「やめ、ちまぇ…っ」
「荼毘?」
「ぁ、くっそ…もぉ、いいっだろ…」

彼の手が頬を包み込む。
青い瞳は細められ、唇は綺麗な弧を描く、

「俺とっ、一緒に……堕ちろ」

思考が切れた。
一瞬のブラックアウト。
そして、気付けば 荼毘を押し倒していた。

聞こえる嬌声と背中に縋り付く手。

「操っ、はげっしぃ、っ」
「荼毘、っ…なぁ、、」

お前と一緒に、堕ちてみたい。
なんて。

「中で、イっていい?」

返事なんか聞かずに、腰を打ち付ける。
さらに大きくなった嬌声に自分の声は掻き消された。

「操っ、も、イクっ」

背中に突き立てられた爪が皮膚を破る。
吐き出された白濁が俺たちのお腹を汚し、最奥に自分のモノを吐き出した。

「っ、操…?」

背から手が離れ、そして抱き締められた。
触れ合う肌の間にある精液が気持ち悪いけど、それよりも伝わる温もりが心地よかった。

「このまま、寝たい」
「…腹壊すぞ」
「……風呂、連れてけ」

そうだと思った。
彼を抱き上げて、シャワーに向かう。

「なぁ、操。本気だぞ」
「何が?」
「俺と一緒に、堕ちろ」

荼毘が笑った。

「全部捨てて、俺と一緒に。なぁ、いいだろ?」

甘い誘惑だった。
擦り寄る彼の温度に、身を委ねて堕ちれたら どれだけ幸せだろうか。
こんなこと考えたのも初めてだ。

「…考えて、おく」

全てを捨てて。
そんな未来あってもいいのかもしれないなんて。
あぁ、ダメだな。
らしくない。
今日はもう、考えるのをやめよう。

「荼毘、」
「うん?」
「……名前呼んでくれないか」

操、と彼は俺の名前を呼んだ。

「お前は、俺の操だよ」
「いつからお前のものになった、」
「初めて出会った時から」

手を貸せと言われて彼に手を見せればがぶりと親指に噛み付いた。
前に噛まれた痕が治り始めていたというのに。
ギリギリと歯を擦り、痛みを残し彼は離れた。
血が滲むそこを見て満足そうに目を細める。

「…なんだ、」
「別に」

まぁ、いいか。
傷が1つ増えたくらい、なんてことは無い。
彼がくれたものなら、尚更。
なんて。
らしくない思考が気持ち悪いと思ったけど、腕の中で満足気な彼を見たら 悪くない気がした。


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