後輩と葛藤
敵連合、改め超常解放戦線に潜入を始めてどれくらい経ったか。
一日のほぼ全ての時間を荼毘と過ごし、他のメンバーと話す機会も増えた。
熱心にやっていたモデル活動も以前より回数を減らし、荼毘に怪しまれることから叔父さんとの報告会も対面では行わなくなってきていた。
要するにヒーローとして過ごす時間が、減ってきているのだ。
思い返せば子供の頃、自分の個性が嫌いだった。
この個性のせいで、両親に捨てられて 叔父さんに引き取られた。
議員だった叔父さんと共に過ごした記憶は少ないが、それでも何不自由なく生活させてもらえた。
無個性を装い、人と関わることも好まず過ごし、勉強しかしなかった中学時代を経て、雄英の普通科に入学した。
その時初めて、叔父さんに言われた。
君の不幸はその個性のせいじゃない。君のせいじゃないんだよ、と。
その言葉があの時はとても、心を軽くしたのを覚えていた。
あぁ、俺も俺の個性も存在していていいのだと。
その1年後、俺は先輩に出会いヒーローを目指すことになった。
叔父さんは目を丸くしていたが、静かに微笑みを浮かべ俺の頭を撫でてくれた。
編入したヒーロー科。
1年の遅れは大きかった。
それでも、勉強しかしなかった中学時代があったからか、なんとかやっていけた。
そして、仮免も本試験も一発で合格して 晴れて俺はヒーローになった。
沢山スカウトの声もかけられたが、先輩と仕事がしたくて断った。
だが、本試験に合格した日に珍しく叔父さんが設けてくれた祝いの席で、力を貸してほしいと言われた。
思えばそれが、全ての始まりだった。
一瞬、迷ったのを覚えている。
それでも悩みはしなかった。
恩を感じていたのもあるが、何より俺は彼を尊敬していた。
国の為に寝る間も惜しみ努める彼の力になれるなら、と先輩と働きたいという願いを捨てた。
その日、ヒーロー公安委員会のデータベースから俺のデータが消され 叔父との繋がりを消す為に苗字を捨てた。
俺に残されたのは、操という名前と免許を有効化する為だけにルーラーというヒーロー名、そして変装をした 素顔とは異なる顔写真だけだった。
卒業後間もなく、容姿を変えて名前を変えてとある犯罪組織に潜入をした。
その数日後、俺を捨てた両親が事故で亡くなったことを知った。
自分の潜入していた組織の抗争に巻き込まれたのだ。
葬式には、行かなかった。
あれから何年、俺は犯罪組織に身を沈めたのだろうか。
ヒーローとしてヒーローらしく活動したのは、その時間比べてどれくらいだっただろうか。
潜入をする度に容姿を変えた。名前を変えた。
個性を理由に俺に気付いてくれた先輩以外、ルーラーとして自ら名乗り表に出ない限り俺に気付いてくれる人はいなかった。
その頃から、鏡に映る自分が自分なのかわからなくなった。
叔父さんの前に経つ俺は、先輩と話す俺は、先生をする俺は、本当に俺なのか。
元々の俺とは、どんな人だっただろうか。と。
沢山怪我をしてきた。
敵として生きていたから、病院に行けないこともしばしばあった。
傷を自分で焼いたことも何度もある。
焼いてもらったことだって数え切れないほどに。
潜入中に警察に心臓を撃たれかけたこともある。
助けてくれたのは、その時仲間だった金属を操れる敵だった。
ヒーローに制圧されかけたことも、怪我をさせられたことも数え切れない程。
そういう日々を過ごして傷付く体を、他人の物のように思い始めたのは一体いつからだっただろうか。
俺じゃない時の傷は、俺の体だが俺のものではなくなっていたのだ。
じゃあ、俺の時っていつだ?
いつなら、俺は俺の痛みを感じるのだろうかと。
「操、」
ドアのノックの音と俺を呼ぶ声。
振り返れば荼毘が顔を覗かせていた。
「鏡の前で何してんだ?」
「いや、なんでもない」
一瞬で表情が変わったのが鏡に映ってわかった。
「…ほんとに大丈夫か」
「なにが?俺は大丈夫だよ」
なぁ、その俺って誰だ。
荼毘は入るぞと声をかけてから、ドアを閉めた。
黙ったまま歩み寄り、彼の手は俺の頬に触れた。
「なに?」
「いや、」
平気ならいいよと彼は目を伏せた。
そんな彼の手に自分の手を重ねる。
「操?」
この手に、縋りたくなったのはいつからだっただろうか。
先輩の大丈夫かって言葉が苦しくなったのはいつからだっただろうか。
俺の救う人が、その対象が少なくなっていき始めたのはいつからだっただろうか。
正義とは、なんなのだろうか。
大義とは、悪とは、敵とは。
俺が正しい保証なんてない。
いや、正しいはずがない。
けど間違ってはいないのだと信じるしかなかった。
「夢を、見んだよね」
「夢?」
「
救わなかった人達が毎晩毎晩、俺を責め立てる」
どうして救ってくれなかったの。
貴方はヒーローなのに。
どうしてどうしてどうして、と。
私たちの命より、自分の命が敵の命が大事なのかと。
「けど責め立てられればられるほど、体の傷が痛む。この痛みを見よ、って。お前らのせいで俺はこんなに傷ついた。お前らは俺を助けはしないだろうって」
「……死んだやつを考えたって、意味ねぇよ。死んだ人間は、生きてる人間に関与しない。 考え過ぎても、毒になるだけだ」
「うん、違いない。間違いない」
「…それでも、考えすぎちまうもんだよな」
俺を見つめる荼毘の目は優しかった。
優しくしないでくれ。
これ以上、俺を追い詰めないでくれ。
「経験者は語る?」
「そうかもな」
俺はエンデヴァーの息子なんだ、と彼は笑った。
「は?」
「自分の炎で自分を焼いて死んだ、エンデヴァーの 轟炎司の長男」
「ちょ、と…待て…お前、何言って…」
計画を動かす時が来た、と彼は言った。
その目がどうしても、嘘を言っているようには見えなかった。
「力、貸してくれるか? 操」
頬に触れていたのと反対の手が俺に向けられる。
その手を、俺はとってはいけない。
エンデヴァーは俺の救う人のはずだ。
「俺の全てを、知って欲しい」
はず、なのに。
俺は真っ直ぐ向けられたその目から、目をそらすことが出来なかった。
▽
真夜中だった。
外の風は冷たく、息を吐けば白くなる。
それをぼんやり眺めていれば、足音が聞こえた。
「何してるんですか」
振り返ればホークスがいた。
「いや、別に」
「仲間になったのに、冷たいなぁ」
何故俺に話しかけてきたのだろうか。
俺が 俺だとはバレていないはずだ。
荼毘の近くにいる人間として目をつけられただけだろうか。
「ヒーローは嫌いだ」
「そんなこと言わないで下さいよ、今は仲間じゃないですか」
交わった視線。
彼の翼には無数のカメラがついている。
今はそれは俺を映しているだろう。
それを見て、先輩は俺に気づいてくれるだろうか。
他の人は?
俺を見て、どう思うだろうか。
「いつからいるんですか、ここに」
「さぁな」
「…荼毘とは仲良いんですね」
さぁな、と答えた。
何かを探るその視線が鬱陶しい。
「……… 操さん、て言いましたっけ」
「だったら?」
「痛くないんですか?それ」
彼は何かを指差した。
その先を視線で追えば、掌に刺さる爪がある。
ゆっくり手を開けば、硝子を割っていつぞやに荼毘に焼いてもらった傷に爪が刺さっていた。
じんわりと血が滲むそれを見ていれば「俺の知り合いにも同じようにそれ、やる人がいるんですよ」と彼は笑った。
「へぇ、」
「珍しい癖なのに……似てますね?」
含みを持たせた笑みだった。
なるほど、よく調べたらしい。
いや、もしかしたら相澤先輩か雄英かに翼を忍ばせていたのかもしれない。
「ねぇ操さん、初めて人を殺したのっていつですか?」
「それ、聞いてなんになる?」
「俺、最近人を殺して…あ、それをきっかけにここに入れたんですけどね」
そう言えば、荼毘がそんなことを話していたっけ。
彼はベストジーニストを殺したと。
まぁそれが本当かどうかは、定かではない。
公安なら、替えの死体くらい用意出来るだろうし。
「それが初めてで…時々、夢に見たりするんですよ。操さんにもそういうのあったのかなぁって」
彼の話は本当だろうか。
俺と荼毘の話を聞いていて、俺に探りでも入れているのか。
もしそうなら、ルーラーを揺すり公安サイドに引き入れたいのだろう。
「もし覚えてたら聞きたいなぁ、なんて。どうやって乗り越えたかもかも」
初めて殺した人は誰だったか。
そう考えてみれば、思い当たるのは1人だけだった。
あぁ、そうか。そうだったか。
「俺が、………初めて殺した奴は、操って名前だった」
「え?同じ名前の人なんですか?珍しい」
「いいや、俺だよ」
俺が初めて殺したのは、俺だよ。
そう言って笑ってやれば彼の表情は分かりやすく歪んだ。
「
俺は 俺を殺して、今の
操が生まれたんだ。次に殺したのは両親だった。助けられたけど、見殺しにした」
「本気で……言ってます?」
「あぁ。それから先は覚えちゃいない。覚える必要も、ないと思った」
俺は死んだ。
俺が操になる時に、自分の手で殺した。
そうだ。
叔父さんの手を取った時、操になる為に俺は本当の俺を殺したのだ。
そして、両親も。
彼らは俺の目の前で息絶えた。
抗争に巻き込まれて、死にそうになっている彼らから両親だとわかっていながら、俺は目を逸らした。
本当の俺なんて、もうとっくの昔から存在はしていなかったのだ。
死人に痛みも感情もない。
今に関与することもない。
分からなくて当然だったんだ。
じゃあ、操はどれなんだろう?
今俺の中を占めている操はどれが1番大きいんだろう。
そう考えたら、答えは一つだけだった。
「ありがとう、ホークス」
「え?」
「覚悟が決まった」
自然と笑顔が零れた。
そして、掌にちりっと痛みが走る。
「あーぁ、血出てるや」
痛い。
そう思った。
ちゃんと、俺の痛みとして 痛いと。
「ちょ!?え。ま、待って!操さん、」
「じゃあね、ホークス」
足は自然と動いていた。
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