後輩と爆豪勝己


「お疲れ様です、センパイ」

体育祭が終わり、生徒達が帰り始めた頃。
顔を出した操に 職員室が騒がしくなった。

「お前…」
「いやー、結局 体育祭も見れなかったです」

今年から雄英の教師になった彼ではあるが、ヒーローとしての仕事がメインであることには変わりなく。
学校に顔を出したのも両手で収まるくらいの回数であった。

「仕事は終わったのか?」
「はい。一斉逮捕しましたよ。で、直接来ました。一応」

アングラ系。
特に潜入捜査に長けた彼は いつもどこかの組やらチームに所属していて。
それの逮捕に尽力している。
だが、それのせいで彼が教師として働くことはなく ほぼ籍を置いているだけに過ぎない。
一応 1年ヒーロー科の副担任ではあるが それを知っている生徒はいないだろう。

「なんか手伝えることあります?また明後日から 潜入で消えますけど」
「…お前、なんで教師やってんだ」
「いや、センパイがやれって言ったんじゃないですか。忙しいって先に言いましたよね」

確かにそんなこと言ってたか。
やれる仕事、と考えるが今目の前にある作業は俺がやれば事足りる。
折角来てもらったが、帰らせようかと考えていた時に思い浮かんだ過去一悪人顔をしていた彼のこと。

「今日 車か?お前」
「あ、はい。車ですよ」
「教室に爆豪がいるから、家まで送ってくれ」

俺の言葉においおいまじか、とマイクが俺の方を見る。

「爆豪くんって、あの爆発の子?」
「そう。ちょっと色々あって、ブチ切れてるから。普通に帰らせるのも怖いし 声かけても反応ねぇし」
「なるほどね」

お前ならなんとかなるだろってセンパイの言葉に俺は笑う。

「やむを得ない時は使っていいんですね?」
「あぁ、」
「了解です」

そのまま直帰でいいから、と言えば 来た意味ないじゃんと彼は笑いながら職員室を出て行った。

「あの状態の爆豪どうにかできんのかよ」
「あぁ、お前…あいつの個性知らないんだっけ」
「知らねぇけど…教えてくんねぇし あいつもお前も」

まぁ大丈夫だよ、と伝えて 自分の作業に戻った。





「爆豪、勝己くん」

ドアが開く音の後、聞こえた声。
聞いたことのない声に僅かに視線をそちらに向ければ知らない人が立っていた。
いや、正確には一方的に知っている ヒーロー が立っていた。
雄英の講師はヒーローだ。
だが、彼を見たのは初めてだった。

「初めまして」

最近になって メディアに出ることが増えたアングラ系のヒーロー。
ヒーロー名はルーラー。
支配者という意味だ。
個性についてやヒーローコスチュームがメディアに出たことはないが、犯罪組織の検挙率は群を抜いている。

「ルーラーです。知ってる?」

返事はしなかった。
だが、彼は気にした様子もなく教室の中に入ってきた。

「なんでメダル咥えてるの?」

彼はクスクスと笑いながら 俺の頭を撫でた。
その瞬間にからんと音を立てて落ちたメダル。
自分で口を動かした感覚はなかった。
だが、確かに メダルは床に落ちていて 彼はそれを拾い机の上に置いた。

「金メダルじゃん」
「…だったらなんだ」
「不満があった?この金メダルに」

まぁ本物の金じゃないしね、と机の上に置いたそれを細い指がそれを突っついた。
ヒーローにしては綺麗な指だ。
だが、捲られたシャツから覗く腕には 傷が沢山ある。

「…別に、」
「そっか」

それ以上 彼は何も聞いては来なかった。

「…何で、あんたがここにいるんだ」
「あ、俺ね 1年ヒーロー科の副担任なの。じゃなきゃ、わざわざ知らない高校生とお喋りしに来ない」

そりゃ、そうか。
彼ほどのヒーローが 俺の名前を知っている時点で不思議に思うべきだった。

「初めて、みた」
「仕事忙しいからね。学校に来たのも両手で数えられるくらい」

だから君がどんな子で どんな考えを持って どうして今立ち止まってるのか わからない。と彼は笑った。

「相澤センパイなら、わかるのかもしれないけど。俺は初対面だから。君を慰める気もないし励ます気もないし怒る気もないんだけど」
「じゃあ、何しに来たんだよ」
「怒ってるって聞いたから、宥めに?」

まぁけど、もう結構落ち着いてるかな?と彼は首を傾げた。
あぁ、確かに。
彼と話す前まであった苛立ちは今は 静かだ。

「まぁ、何もわからないなりに先生っぽいこと言うとね」
「なんだよ」
「一位になっても 不満を持つってことは そこがゴールだと思っていない証拠だと思うから いいことだと思うけど。だったら、どうして…君は今立ち止まっているの?って 思うかな」

自分を見下ろす彼に西日が当たって。
前髪で出来た影で 表情が見えなくなる。

「体育祭が終わって、どれくらいかわからないけど。爆豪くんはここで何もせずに いたわけでしょ?その間に 君に負けた人たちは前に進むために何かしてるよ。トレーニングかもしれないし、体を癒すための休養かもしれないし。気分転換のために趣味を楽しんでいるかもしれない。自分の弱さと 向き合っているかもしれない」

じゃあ、君は?
首を傾げた彼の瞳を見たら 言葉が出てこなくなった。
そして、彼の視線から逃れるように 俯く。

「反省していたとか、振り返りをしていたとか。そんなんなら別にいいと思うけど。そう言うんじゃないんじゃない?だったら君は 体育祭が終わったその瞬間から 置いていかれているわけだ。もしかしたら もう追い抜かれているかもしれない」

一位になっても納得いかなかった。
自分の中にあったのは ただの苛立ち。
認めない 許さない そんな感情が渦巻いて 自分で処理できずにいただけ。

「ヒーローには、無駄にしていい時間は1秒もないよ。今、そんなことないだろって思ってるかもしれないけど その瞬間が来た時 その1秒を悔いるんだ」
「言いてぇことは、わかる。けど、じゃあ!!この感情はどうすればいい?!殺せばいいのか!?納得いかねぇんだ、俺が欲しかったのは完膚なきまでの一位だ。あんな…あんな、半端な勝ち方じゃ、意味がねぇ」
「君の感情もわかるよ。仕事をしてても、ある。納得いかないことも欲しかった結果が得られないことも。不完全燃焼なんて 日常茶飯事だ。俺の管轄は特にな」

その場にしゃがんだ彼は俺の顔を覗き込んだ。

「けど、そこで足を止めるわけにはいかないんだ。他人の命がかかってる。俺の感情を優先して、救えない命があった…なんてことになったら 俺はきっと 俺を殺したって許せない。だから、そーいうマイナスな感情は全部飲み込め。そんで、次の戦いの糧にしろ」

彼の手が伸びてきて、頬に触れた。
雑誌の切り抜きみたいに、彼は柔らかい笑顔を見せた。

「フラストレーションは溜めとけ。溜めて溜めて溜めて、ここぞって時に 爆発させんだよ。それは間違いなく、パワーになる」

溜め方を間違えるとと体に毒だから、そこは上手くやらなきゃいけないけどな と彼は苦笑をこぼした。
頬を撫でていた手は、頭を数回撫で 離れる。

「小さな燃料で起きる爆発は小さい。だろ?」
「あぁ、」
「だから、燃料を溜めろ。今回の納得いかねぇ一位っていう燃料は ここぞって時に爆発させろ」

飲み込めそう?と彼は首を傾げる。

「…あぁ、腹ん中 爆発しそうだ」
「それでいいよ。怒りって感情は パワーに直結してる。それと、上手く付き合っていけたら もっと強くなるよ」

彼は笑った。
そして、俺の首に あの忌々しい金メダルをかけた。

「おめでとう、爆豪くん。君は、大きな大きな 燃料を手に入れた。喜べよ」

胸で光るそれは オールマイトから貰った時よりは 受け入れられそうだった。
これを燃料に 俺はもっと大きな爆発を起こす。

「帰る、」
「それがいいね。家まで送るよ」

彼は立ち上がり ドアの方へ歩いていく。
首に下げられた金メダルを鞄に突っ込み 彼の後を追う。

「いいんか、家まで送るとか」
「もう遅いからね。相澤センパイにも頼まれてるし」

彼の手が俺の頭を撫でて 笑った。

「職員の駐車場わかる?職員室に顔だしてから行くから、そこでまってて」
「あぁ、」





「相澤センパーイ」
「操。どうした?」
「爆豪 落ち着いたんで 家まで送ってきますね」

なにしたんだ!?なんて騒ぐプレゼントマイクに内緒です、と笑う。

「使ったのか」
「口からメダル離させる時だけ。会話してたら、落ち着きましたよ」
「……お前だからだろ」

そんなことはないはずだ。
だが、否定をしてそれ以上会話を広げる気もなかった。

「彼、まだまだ強くなりますよ。怒りをパワーにして」
「そうか」
「けど、コントロールするにはまだ練習が必要だも思うんで、そこはちゃんと見ててあげてください。相澤先生?」

簡単に言ってくれるな、とセンパイは舌打ちを零した。

「以上報告です。爆豪くん送って直帰しますね」
「明日は休みか?」
「はい」

終わったら行く、と小さな声で言った相澤センパイに目を瞬かせてから ふっと口元が緩む。

「ご飯作っておきますね。じゃ、お疲れさまです」

足早に駐車場に向かえば 彼の姿があった。

「悪い、待たせた」
「いや、別に」

車に乗り込み 助手席に散らばしたままだった捜査報告書をまとめて後部座席に放り投げる。

「普通の車だな、」
「高級車とか乗ってると思った?目立つことはしないよ」
「モデルやってんじゃねぇか」

あれは仕事の一環、と言えば爆豪は首を傾げた。

「ルーラーの個性ってなんなんだ?あの化け物みたいな検挙数…本物か」
「個性は内緒。検挙数は本物だよ。表に出せてないのもあるから、実際はもうちょい増えるかな」

なんなんだよ、あんたって言葉に俺は首を傾げた。

「俺はね、ルーラー。支配者だよ。俺に関わった全ても 俺の思いのままにする」
「それって、」
「爆豪くんも、俺の思いのままに動かされたかもね?」

唇に人差し指を当て、 頬を緩めれば 舌打ちが1つ。
車は発進して 家どのへん?と尋ねれば手慣れたように カーナビに住所を打ち込んでくれた。

「いつか、暴く」
「楽しみにしてるね、爆豪くん」




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