後輩と心操人使


心操の面倒を個人的に見始めたのは少し前のこと。
体もしっかり鍛えるようになってはきたが、問題は精神的なものだった。
ヒーローになりたい感情は間違いなくあるが、それに陰りを落とす自分の個性へのコンプレックス。

「しょうがねぇな、」

敵向きと言われてきたことが、どうやら彼の枷になっていた。
そこに限っては俺にはどうもしてやれず、頼れそうなやつは操しかいなかった。
だが、個性を明かさないことを明言する彼に お願いしていいものか という葛藤もあった。

「もしもし、操か?」

とりあえず相談しよう、と電話をすれば数回のコールで彼が出た。

『あ、センパイ?どうしたんすか?』
「今 平気か?」
『今?あー…んー、平気ですね」

何ですか、と問う彼の声の向こうで聞こえるのは 聞き間違いでなければ銃声だ。
テメェ余所見してんじゃねぇという怒鳴り声が聞こえたと思えば 呻き声が聞こえる。

「…ほんとに、平気か?」
『大丈夫ですよ。片手塞がるくらい、どうってことないです」

この電話の向こうにはきっと、地獄絵図が広がっているんだろう。
彼との仕事は幾度となくこなして来たが、彼の肉弾戦は正直心臓に悪い。

「お前に、会ってほしい生徒がいて」
『なんで俺に?』
「そいつの個性 洗脳なんだ」

洗脳、と彼は電話の向こうで復唱した。

『そんな子、ヒーロー科にいましたっけ?』
「普通科の奴だ。ずっと転入を希望してて」
『なるほどね。俺と同じなんですね』

ちょっと静かにしててよ、と電話の向こうで重い音が響く。

『明日から別件入ってるから…今日の放課後なら、なんとか』
「大丈夫か?完全下校までに間に合うのか…その、戦闘」
『いや、別の組織とかち合っちゃって。とりあえず全部しょっぴくんで、大丈夫です。今、12時だから…16時にはそっち行きますね』

無茶苦茶な時間設定だが、彼がやると言ったのだから やるんだろう。

『じゃ、急ぐんで。切りますね』
「あぁ、怪我すんなよ」
『はーい』

切れた電話。
明日のトップニュースはこれだろうな、と思いながら 心操の元へ向かった。






「お疲れさまです」
「あら、ルーラーじゃない」

職員室にいたミッドナイトさんが 相変わらずイケメンねと笑う。

「センパイいます?」
「訓練室にいるわよ」
「あ、了解です。ありがとうございます」

時間は16時きっかり。
警察への時間内に受け渡しは終わったが、報告書が終わらなかったから 帰ってやらなきゃと思いながら訓練室に入る。

「センパイ」
「間に合ったか、」

振り返ったセンパイと目の下に2匹の真っ黒いクマを飼っている少年。
寝れてないのかな。
センパイよりも顔色悪いじゃん、この子。

「…会わせたい人って、ルーラー…?」
「そうだ。俺の雄英時代の後輩で、お前と同じだ」
「同じって…?」

センパイの視線に促され、俺は笑った。

「初めまして。ルーラーです。俺も普通科出身なんだよ」
「え…?」
「ヒーロー科に転入したのは1年の終わり」

そういうことだ、とセンパイが彼を見た。

「あとは、個性についても。君に似ているところがあるのかな。まぁ、とりあえず…名前を聞いても?」
「あ、すいません。普通科の心操人使です。個性は、洗脳です」
「心操くんね。洗脳のギミックは?」

自分の呼びかけに返事をすることです、と彼は言った。
俺にやってみてよ、と言えば彼は 少し躊躇ってから俺の名前を呼んだ。
それに返事をすれば 頭の中がぼんやりとする感覚。
それはすぐに晴れて、彼が個性を解除したのだとわかる。

「うんうん、いいね。声真似とか得意?」
「え、いや…」
「あれ。現場で敵の声を真似た方が返事してもらえそうだなって思ったんだよね」

確かにと頷いた心操。

「工房には行った?」
「いや…あれは、ヒーロー科しか…」
「あ、そうなの?そうだっけ?じゃあ俺の贔屓先に頼む?多分、喜んで作るよ。ボイスチェンジャー、作ってもらいなよ。聞いた声を真似できる機能とかあれば 役に立ちそうだよね。通信機器に接続とか出来たら、敵の無線ジャックしたりとかとできるかな?いいよね、できたら」

落ち着け、と叩かれた頭。
呆れ顔のセンパイときょとんとしてる心操。

「あー、ごめんね」
「それは今度でいい。今日呼んだのはそこじゃない」
「はーい。とりあえずこれ、さっきの話興味あったら連絡してね。話は通しておくから」

彼の手に握らせた俺の贔屓のサポート会社の名刺。
この学校で出会った友人のやっている小さな会社だが、彼が作るものには間違いがない。

「あ、ありがとうございます」

それを受け取った彼はその名刺をじっと見つめていた。
力が入って白くなった彼の指先。

「俺なんかが、って思ってる?」
「え、、あ…いや、」
「ヒーロー科じゃないし。ヒーロー科に上がれるかもわからないのに、とか。こんな個性なのに、とか。そんな感じ?」

見開かれた彼の瞳。

「自分の個性は、嫌い?」
「好きでは、ないです…」
「どうして?」

敵向きだと言われてきた過去を彼は話してくれた。
人に言われて、彼自身も思ってしまったのだ 敵向きだと。

「そうかそうか。まぁ、悪いことには使えるよね。使い方によって」
「…はい、」
「俺もだよ」

え、と俺を見上げた彼の頭を撫でる。

「よし。じゃあ、今から俺とゲームをしよう」
「ゲーム、ですか?」
「3回じゃんけんをしよう。俺は先に何を出すか教えるから、心操くんは俺に勝てる手を出してね」

何をしようとしたのかわかったのかセンパイがやってみろよ、と心操くんに声をかけた。

「やってみろって…」
「じゃあ、最初はグーを出すね」





おかしい。
何が出るかわかっているはずなのに自分の手は 彼に勝てる手を出せない。
結局 3連敗。
自分の手を見つめてからルーラーを見上げる。

「…なんで、」
「俺の個性は 支配」
「支配…?」

ルーラーの個性はメディアに出たことはない。
だが、凄い功績だったからもっと派手なものだと思っていた。

「触れた人を自分の支配下における。君は俺の支配下にあったから じゃんけんに勝てなかった。頭では勝つ手が何かわかってるのに 体は言うことを聞かなかったでしょ?」
「はい、」
「それが俺の個性。意識はある。思考もできる。けど、体は俺の支配下なんだ。だから、俺が人を殺せと指示を出せば殺してしまうことができる。支配された側からすれば自分の体が勝手に人を殺し始める。だが、その目は間違いなく その瞬間を目撃する。自分自身が犯罪の証人になる」

怖いでしょ?と彼は首を傾げた。

「俺はこの個性が怖いし、それこそ敵向きでしょ?この個性持ってる敵がいたら最強だなって、思う」
「それは、確かに…」
「けど、嫌いだとは思わない」

どうして、って言えば彼は笑った。

「これで人を救えることを、知ってしまったから」

彼は話してくれた。
元々ヒーローを目指してたわけじゃないこと。
偶然、街で起きた強盗事件を自分の個性で解決したこと。
その時に、インターンでその近辺の管轄の事務所にいた相澤先生と出会い ヒーローを目指すことを勧められたこと。

「この個性が嫌いだったから、学校では無個性のふりをしてた。けど、センパイに俺の個性で救える命があることを教えてもらった。だから、これを人の為に使おうって思った。それで、やっと この個性を受け入れられるようになった。心操くんの個性もだよ」
「俺の個性も、」
「心操くんの個性は、きっと人を救える。俺は触れなきゃいけないし、周りを巻き込みかねないから単独での潜入捜査なんて1番危険なやり方してるけど。君は遠くから、犯人を止められるんだよ?他の人と連携してても、敵を止めてくれる その一瞬が命に直結するかもしれない」

素晴らしいと思わない?と彼はしゃがんで俺の顔を覗き込んで 笑った。
大きな手が頭を撫でる。

「誇っていいんじゃないかな、自分の個性を。辛い思いをしてもヒーローを目指してきた自分を。俺は、その個性もその想いも誇ってほしい。君が道を迷わず、ここに来て 俺に出会ってくれたことが 嬉しい。よく頑張ったね、ありがとう」
「っはい、」
「うんうん。迷わず進めよ。ヒーロー科に行って、君はヒーローになるべきだ」

彼の目から溢れてきた涙。
彼は目を瞬かせてから、そっと俺を抱きしめた。
優しい手が頭を撫でて、泣かないでよって声が耳に届く。

「大丈夫だよ、ね?君に敵向きだって言ってきた人たちを救ってあげて。すげぇヒーローじゃんって、思わせてあげな」
「はい」

涙が止まれば、恥ずかしくなってしまって 顔を上げられなくなった。
そんな俺を見て彼はクスクスと笑う。

「学校には殆どいないけど。何かあれば連絡頂戴」

自分の手に握らされたのは 名刺。
それの裏面には、メッセージのIDが書かれていた。

「あ、これダメ?センパイ」
「まぁお前がいないのは確かだし。いいんじゃないか。バレなきゃ」
「じゃあ、内緒ね。俺の個性のことも、内緒」

しーっと子供みたいに笑った彼に俺をつられて笑って、頷いた。

「俺、ヒーローになります」
「うん」
「いつか、一緒に…ルーラーと 活動してみたい」

自分の言葉に彼は目を瞬かせてから 笑った。

「おいで。待ってるよ」
「はい」
「まぁ、俺と活動するなら 体は鍛えなね。ゴリゴリの戦闘ばっかりだから」

え、と相澤先生を見れば凄く複雑そうな顔して頷いた。

「銃も刀も炎も氷も…生身で突っ込んでくぞ」
「ほら、相手に触れなきゃいけないから。ね?」





「こんなんでよかった?」

心操が帰った後、操は少し心配そうに俺を見た。

「大丈夫だ。多分、もう迷ったりしない」
「それならよかった」
「それよりも、覚えてたんだな。あの強盗事件」

そりゃあね、と彼は笑った。

「お前がヒーローを目指した理由、初めて知った」
「本人にこんな話するの恥ずかしいじゃないですか。センパイに憧れてたから、態々センパイのインターン先に行ったんですよ」
「俺のこと大好きだな、お前」

知りませんでした?と彼は悪戯が成功した子供みたいに笑った。

「ま、お前だけじゃないさ」
「急にデレるのやめてください、センパイ」
「なんのことだか」

歩き出した彼の横に並び 腕時計を確認する。
意外と時間を使ってしまったみたいだ。

「この後は?暇か?」
「いや、今日の件の報告書があります。あと、明日からの準備が、」
「…そうか。じゃあ、また落ち着いたら飲みに行こう」

はい、と彼は嬉しそうに笑った。


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