後輩とI・アイランド


「やれやれ。相変わらずやってくれてるなぁ」

見るも無残に破壊されたヘリポートと ぼろぼろになった雄英の生徒たち。
まさかこんなに来てるとは思わなかった。

「敵だ!!」

瓦礫を蹴飛ばした音で気づいたのか、一斉にこちらに向けられた視線。

「お前らのボスはもう使い物になんねェぞ!?お前一人で俺ら全員どうにかなると思ってんのか!?あ゛!!?」

俺に向かって吠えたのは いつぞやの爆豪くんだった。
随分と元気良くなったものだが、体の限界は明らか。
オールマイトを庇うように立つ緑谷出久ももう戦える状態ではないだろう。

「半分野郎、まだいけっか」
「っ、あぁ!」
「いいよいいよ、無理しないでさ」

顔につけていたマスクを外して、地面に捨てる。
そしてもう一つ、顔に貼り付けた変装マスクを引き剥がす。

「仕事で来てるだけだから」
「「ルーラー!!?」」

ちら、とオールマイトの方を見れば 体から僅かに見える白い煙。
活動限界はとうの昔に来ているのだろう。

「ま、君らのせいでめちゃくちゃになったけど。まだ仕事中なんだよね。一旦、ご退場を願うよ」
「どういうこった!!」
「どうもこうも、」

地面を蹴って、片っ端から生徒たちに触れていく。
何が起きたの、とオロオロしてる生徒たちを視界に入れつつ俺を睨みつける爆豪の前で 足を止めた。

「いいね、前とは顔が違う。随分と吹っ切れたようだし」
「俺が立ち止まってるわけ、ねぇだろ」
「そういうことにしておくよ」

彼の頭に手を伸ばせば、パンッと音と共に弾かれた手。

「…手伝ってやんよ、アンタの仕事ってやつ」
「優しい心遣いをありがとう。けどね、君じゃまだ足手まといだ」

俺を弾いた手を握って、笑ってやれば彼は舌打ちを零す。

「おやすみ、未来のヒーローたち」
「な、ん…」

崩れ落ちていく生徒たちに緑谷くんが「何をした!?」と声を荒げる。
地面を蹴って、今度は緑谷くんの前に立ち 彼の後ろにいるオールマイトに視線を投げた。

「…緑谷少年は、大丈夫だ」
「そんなことだろうとは、思ってましたよ。オールマイトさん」

オールマイトの体が白い煙に包まれて、痩せ細った姿が現れる。

「すまないね、気を遣わせて」
「いえ。生徒たちは一旦病院でいいですか?」
「私も運ぶのを手伝うよ」

大丈夫です、足手まといなのでと笑ってやれば彼はしゅんと肩を窄めた。

「えっと…どういう、」
「緑谷少年、彼のことは知っているだろう?」
「は、はい!ルーラーですよね!?」

彼もまた私の真実を知る者だよ、とオールマイトが立ち上がる。

「まさか、今回も潜入していたとは」
「AFOが関与してくるという話を小耳に挟んだもので。どうやら、使い捨ての駒でしかなかったようですけどね」

鉄柱に引っかかり、こうべを垂れる敵を一瞥して やれやれと首を振った。

「貴方方が動かずとも制圧する準備はできていたというのに」
「いや、まさか君がいるとは思わないだろう?いるならいると、言ってくれればいいものを…」
「敵も味方を欺いてこその、自分なので」

とりあえず、無事で何よりだ。

「下は全て制圧済みです。怪我人もなし。あと、救急車も手配してあるので、」
「…用意周到だね、相変わらず」
「そういう現場で生きてますから。まぁ、しかし…いい生徒を育てるものですね、相澤センパイも」

ここまで仕事をさせてもらえなかったのは初めてだ、と笑いながら怪我をした博士を抱き抱える。

「自分で歩けるますよ!?」
「一応、連行も兼ねてますので。ご協力ください。オールマイトさんと緑谷くんは自分で歩けますか?」
「だ、大丈夫です!!」

本物だ、と目を輝かせる彼は先程まで戦っていた彼とはまるで別人だ。

「あ、他の皆は…」
「彼らも対して怪我はないようだから。大丈夫だよ」

眠ったまま立ち上がった彼らに、緑谷くんは肩を大きく揺らした。

「…え!?な、何がおきて…?ルーラーの個性って、一体…」
「俺に個性を聞くのはタブーだよ。ここも危ないので、行きましょう」





「考えるより先に、体が動いてしまうのもここまでくれば考えものだよ。爆豪くん」

つい先程目を覚ました爆豪くんは迷わず俺に飛びかかってきた。
それを止める赤髪の子は確か切島くんだったか。

「なんで、アンタが敵の服着てたんだ!?あ゛!?」
「潜入捜査中だったんだよ。中から壊す為にね」
「…中から、」

今回も時間をかけて潜入したというのに、計画はめちゃくちゃだ。
勿論、全員検挙は出来たが 本来の目的であったAFOへの手掛かりは手に入らなかった。

「さて。そろそろこの手を離してくれる?爆豪くん」

胸倉を掴む彼の手に触れようとすれば、触れられる前に彼は手を離した。

「…俺に触んな。アンタは、それが発動条件だろ」
「あれ、大正解。さすが、相澤センパイの教え子だね」

まぁ、ツメが甘いのは若さ故か。
ピタリと動きが止まった爆豪くんの瞳だけがこちらに向けられる。

「発動の限界時間がわからないんじゃ、タネがわかったところで。って感じかな。まだまだやることあるから 俺はもう行くね」

頭を撫でて病室を出る。
後を追いかけそうになった別の生徒たちの動きも止めて 予備のマスクを顔に貼り付けた。

手首の内側のスイッチを入れれば、身に纏う洋服が変わる。
長くなった髪を結わいて、個性を解除すれば なだれ込むように生徒たちが外に飛び出してきた。

「探せ!!」
「病院で大声を出してはいけないぞ、爆豪くん!」
「お前ェの方がうるせぇ!!」

大きな足音が近づき、俺を追い越していく。

「病院の廊下を走っちゃダメですよ」

俺の声に切島くんがすいませんと叫ぶように謝って、爆豪くんの腕を掴んだ。

「看護師さんに怒られてっから!走んな!」
「離せ、クソ髪!!」
「なんでそんな怒ってんだよ、」

言わなきゃなんねぇことがあんだよ、と爆豪くんは目をギラつかせて言った。

「言われっぱなしは趣味じゃねぇ。絶対、アイツを超える。支配なんて、されねぇ」
「なんのことかよくわかんねぇんだけど!?」

若いなぁ。
まぁ、前に進んでいるなら それで良い。
初めて俺が関わった生徒だし、彼の行く末には興味がある。
精々、足掻きながら進むといい。
かっこ悪くとも、前に進めば道は拓けるだろう。

コンコン、とノックをして開いた病室のドア。
マッスルフォームでこちらを見たオールマイトさんに この人は相変わらず生きにくそうだと 内心思った。

「俺ですよ、オールマイトさん」
「その声…ルーラー!?」
「はい」

本物の看護師さんかと思った、とオールマイトさんがマッスルフォームを解いた。

「相変わらず、凄い変装技術だね…」
「これがなくちゃ、俺はポンコツなので」
「その姿で俺って言われても…」

胸にある膨らみ。
そして、鏡に映る女性の顔。

「失礼しました。私の今回の仕事は終わったので、先に帰国しますね」
「そうか。迷惑をかけてすまなかった」
「いえ、ほとんど仕事してませんし気にしないでください。生徒たちが戦闘してしまったことも上手く誤魔化したので 安心してください」

ありがとう、と彼は深々と頭を下げた。

「爆豪少年が随分と君にこだわっているようだったけど、」
「体育祭の後、少し関わりがありまして。まぁ、こう見えても肩書きだけは雄英教師ですし」
「そうだったのか」

肩書きだけなんて、言わないでくれよと彼は言う。
君の頑張りをみんな知っている、とも。

「…みんなよく出来た生徒です。考えるより先に体が動く。誰かのために、必死になる。きっと、貴方や相澤センパイの影響でしょう」
「心はもう、一人前のヒーローだからね」
「だからこそ、気をつけてくださいね。私は 敵として過ごす時間の方が圧倒的に長い。信頼を勝ち得る為なら、法にも触れるし多少の犠牲は厭わない。…最大多数の最大幸福が 俺に与えられた使命です。今までだって犠牲になった人が、少なからずいます」

貴方のように全てを救う術を、俺は持ち得ていない。
俺の言葉をオールマイトは知っているよ、と頷いた。

「だから、君が取りこぼす分を 私が救う。他のヒーローたちが救う。そうやって、今までもやってきただろう?」
「雄英の生徒たちであっても、変わらない。信頼を勝ち得る為に犠牲にしなければならないなら、私は犠牲にします。彼らを。現場に踏み込みすぎれば、そうなるリスクが増える。わかっていてくださいね」
「……辛い仕事をさせているね、君には」

自分が選んだ道ですから、と笑うしかなかった。

「今回は全員無事でしたけど、次はそうとは限らない。私が誰かを手にかけなければ ならないかもしれない。…体が動くのは大いに結構。ですが、若さ故の無謀さは褒めていいものではありませんよ」
「君の言う通りだね。しっかりと、伝えておくよ」
「…ありがとうございます。それじゃ、自分はこれで」

病室を出ようとドアに手をかけた時。
オールマイトさんは俺を呼び止めた。

「…まさかとは思うけど、」
「何ですか?」
「敵連合に潜入しようなんて、考えていないよね?」

何も答えず、俺はドアを開けた。

「失礼します」
「待ってくれ、ルーラー!」
「…ダメですよ、オールマイトさん」

閉まるドアの隙間から 彼の姿が見えた。

「最大多数の最大幸福。……一番の犠牲になるのは、」

俺だ。
だから、巻き込まないよ。
誰のことも。

「俺は支配者」

影から、人を操るのみ。
誰も俺の道連れになんかしないよ。
だからね。

「見つかんねェ!!あの似非教師!!」

ダメだよ、爆豪。
こっち側に来ちゃ、俺に執着しちゃ、ダメだ。

「君は君の道を、進むといい。俺のことなんて、忘れてね」

すれ違った彼がこちらを振り返った時。
そこにもう、俺の姿はなかっただろう。

「ルーラー…絶対ェ追いつくぞ、俺は」

そんな彼の言葉を聞きながら、手首に触れた。
変わった洋服。
結わいた髪を解いて、病院を出た。

「さてと、次を探そう」


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