後輩とホークス


「やっと見つけた。荼毘、勝手にいなくならないでよ」
「あぁ、悪い」

振り返った彼の向こう。
立っていたのは予想外の相手だった。

「……ホークスじゃん。荼毘、何してんの」
「仲間になりたいんだとよ。ま、今回は 合格出来なかったから うちのボスには会わせないけどな」
「やめときなよ、ヒーローなんて」

俺の言葉に荼毘は笑う。
相変わらずのヒーロー嫌いだな、という言葉に さっさと行こうと彼の手を引く。
振り返れば交わった彼との視線。
ホークスが敵連合の仲間になりたい?
そんなはずがないだろう。
彼は公安の犬。
あの犬が飼い主に噛み付くとは思えない。

「荼毘、アイツ信じてんの?」
「別に。今は情報をくれるから使ってるだけだ」
「…ヒーローは人種が違う。此方側に寝返ることはない」

お前のそれは病気だな、と彼は笑った。

敵連合に潜入を始めてもう随分と経つ。
まさか、こういう形で邪魔者が現れるとは思わなかった。
誰かと仕事をするのは面倒なのだ。
個性のコントロールが必要になるから。
それに俺とは飼い主が違う。
飼い主の命令次第では彼の邪魔者になる。

「No.2ヒーロー……殺せるかな」
「早速物騒だな、お前。まだ殺さなくていい。見極めてる最中だから」
「…緩いなぁ」


なんて、出会いの1週間後。
まさか彼と仕事で会うことになるとは思ってもいなかった。

「初めまして、ホークスです」

差し出された手。
きっと俺には気付いていないだろうけど。
邪魔者は先に排除しておくべきだろうか。

「ルーラーです、宜しくお願いします」
「生で見ると めっちゃカッコいいですね」
「ホークスさんには負けますよ」





ルーラー。
それは、公安が手を焼いているヒーローだった。
公安から免許を発行されてはいるらしいが、情報は一切非公開。
アクセス権限を彼らは持たないのだそう。
誰が彼に仕事を命じているのかがわからないのだ。
仲良くなってきなさい、なんて曖昧な指示をされたが 要は探りを入れろという事だろう。

モデルの仕事中は愛想よく笑っていた彼だが、仕事が終われば彼はそそくさと控室に戻っていく。
その後を追って、部屋に入れば 振り返った彼が目を丸くさせるが すぐに表情を消した。

「ルーラーさんって、誰の直属の部下なんですか?」
「それは君の質問?それとも、君の飼い主かな?…公安の飼い犬さん」
「え?なに言ってるんですか」

何故 知っている?
平静を装ったが、見破られてはいないだろうか。

「幼い頃 とある大きな事故現場で 貴方は全員の命を救った。そして、家族の生活の保障を交換条件に 貴方は公安に飼われた」
「なんのことだか、さっぱり」
「まぁ、飼い主が誰かなんて興味はないんだけどね。知ってることを本人に確認する必要もない」

彼は椅子から立ち上がり こちらに歩み寄ってくる。
異様な威圧感に 後退りすれば 今しがた自分が閉めたドアが翼に触れた。

「1つ忠告させてもらうよ。慣れないことはしない方がいい」
「は?」
「君に、潜入捜査は無理だ。手を引け」

公安の犬だと言われたこと以上の衝撃。
頭ぶん殴られたみたいな衝撃だ。
翼を臨戦態勢にさせようとするが、何故かいうことを聞かない。

「人を殺す覚悟はあるかな?」
「何が言いたい、ルーラー」
「敵連合に入って、人を殺す覚悟がないなら。潜入捜査なんて、やめろと 言ってるんだよ。わかる?」

翼は動かないが体は動く。
彼の襟首を掴み上げ地面に押し倒せば 彼は面白そうに笑った。

何故 敵連合への潜入を知ってる。
何故 公安に拾われた時のことを知ってる。
彼は 一体なんだ。

「人には向き不向きがある。君は潜入捜査には向いてない。身を引くといい」
「アンタには、向いていると?」
「そうだよ。俺は最大多数の最大幸福の為に生きてる。多少の犠牲は厭わない。それが、信頼を勝ち得る為ならば 尚更」

組み敷いた彼は俺の頬を撫で、笑う。
その笑みが妙に不気味だった。

「潜入捜査に必要なことは 敵からの信頼だ。ヒーローとしての信頼など、邪魔でしかない。悪に染まるといい」
「そうやって、誰かを犠牲にやってきたってことか、アンタは」
「そうだよ」

訴えてみるか?と彼は余裕そうに笑う。
きっと証拠は出てこない。
そして何より、公安より上に立つ誰かに握り潰される。

「その命1つで、その後の何百万 何千万の命が救えるなら 仕方ない。無償のものなんてない、何かしらの犠牲は必要だ」
「犠牲にされる側のことは何も考えないのか?ヒーローだろ」
「考えているよ。だって、俺も含めての犠牲だからね。いつ何時、俺はヒーローに殺されるかわからない。実際それで大怪我をしたこともある。こちらも、命をかけてやっているんだ」

潜入捜査の事が周りに知れているとは思わない。
彼は潜入捜査中、俺たちから見れば敵でしかないのだろう。
彼に指示をしてるその人は きっと彼を助けはしない。
潜入捜査は公に許されていないのだから。

「俺に任せておけばいいよ。汚れ仕事は慣れてる。敵連合は潰してあげるから、邪魔をしないでくれ」
「、そういうわけにも、いかないんだよね こっちも」
「そう。残念だね」

頬に触れていた手が、俺の首にかかる。
慌ててそれを外そうとするが 強すぎる力に 意識が遠のいていく。

「交渉決裂だ」

意識が途切れる直前、聞こえたのはそんな声だった。





意識を失ったホークスの携帯に手を伸ばす。
彼の指で指紋認証を開け、電話帳を開けば やはり公安の上の奴らの名前があった。

「彼らの独断だろうな、」

こちらに報告はない。
No.2ヒーローの裏切り なんて パパラッチが好みそうな話題だ。
何かあった時、トカゲの尻尾切りで彼を切り捨てる気だろうか。

「…まぁ、いいか」

彼の携帯をパソコンに繋いで バックアップを取り 携帯を彼のポケットに押し戻す。

「あ、もしもし。俺です」

横たわる彼を見下ろしながら 電話をかけた先。
電話は珍しいね、と呑気な声が返ってきた。

「ホークス。やっぱり、公安の上の指示で動いてるみたいです。潜入捜査。はい、辞めるつもりはないみたいなので」

仕方ないね、と電話の向こうの彼は笑った。

『邪魔になれば、始末しても構わない。責任は私がとるよ』
「わかりました」
『こっちに顔は出せるかな?お茶でもどうだろうか』

そんな簡単に時間を作れるのか、と思いながら すぐお伺いしますねと 伝え電話を切る。

「…可哀想に」

地面に横たわる彼を見下ろしながら 自然と出たのはそんな言葉。
20歳かそこらで、こんな仕事をさせられているなんて。
自分が望んだわけでもなく、親に金で売られたようなものだろう。
…自分が 切られるかもしれないことを 彼は気付いているのだろうか。

彼を抱き抱え、ソファに寝かせる。
起きるのを待ってもいいが、起きたら刺されかねないし 離れておくのが得策か。

「じゃあね、ホークス」

彼の手に自分の名刺を握らせて、控室を出る。
ホークスを探すマネージャーに調子が悪かったみたいで、今控室で休んでますと伝え、スタジオを後にした。
そして、乗り込んだタクシーで そのまま向かった先。
目的地の少し手前でタクシーを降り、手首の内側に触れる。
身を包んだスーツと短く切り揃えられた髪を軽く手で撫でて、仰々しい門を潜った。
警備の人に身分証を提示して 踏み入れた建物は妙に革靴の音が響く。
ノックした部屋からは 空いてるよと やはり呑気な声が返ってきた。

「失礼します」
「やぁ、お疲れ様。操」
「お気遣いありがとうございます。総理」

堅苦しいな、と彼は笑い ソファに座るよう促した。

「失礼します」
「人払いは済ませてある。いつも通りでいいよ」
「……お気遣い、ありがとうございます。」

やはり公安が勝手に動いているね、と俺の送ったデータをタブレットで見ながら彼は足を組む。

「どうする気ですか、叔父さん」
「当分は様子見だな。だが、目に余るようなら 公安そのものも 対象にしなければならないな」
「…ですよね」

我々は仕事が多くて困るね、と冗談なのか本気なのか 彼はそんなことを言って タブレットをテーブルの上に置く。

「ホークス。No.2ヒーローが、敵に潜入…しかも生身、とはね」
「慣れないことは、すべきではない。いずれ、身を滅ぼすかと」
「とりあえず、彼の監視及び警護を頼むよ。あれだけのヒーローを 使い捨てるの勿体ない。捨てられそうになったら、拾ってしまおうかな」

あんな優秀なのが来たら お役御免ですね と笑えば 何を言うんだと彼は笑った。

「操を手放す気はないよ。君は、唯一信頼のおける存在だからね」
「…叔父さんの付き人たちが泣きますよ、そんなこと聞いたら」
「常に狙われる身。仕方ないことだ」

やはり、彼は相当用心深いな。
ヒーローを1人 懐刀として飼うくらいだし、わかってはいたことだけど。

「そうだ、やっぱり公安に潜入するか?」
「別にいいですけど。上に接触するのには時間かかりますよ。ピラミッドが出来てる組織は面倒です」
「そうか…少し、方法を考えておかねばな」





目を覚ませばもう彼の姿はなかった。
代わりに手のひらに握らされていたのは 彼の名刺。
どうしようもなくなったら 連絡しておいでと 手書きの電話番号が添えられていた。

「…なんなんだ、あの人」

俺と敵対するような態度を見せていたのに 何故連絡先を残した?
これを俺が公安に提出するとは思わなかったのか。
いや、されても支障がないんだろうな。

「ルーラー…支配者…か」

俺も含めて公安は彼の手のひらの上で転がされているのだろうか。
彼さえも駒で、操る大元はもっと上から高みの見物してるんだろうか。

「……どげんして報告すりゃ、よかね…」

知られていたとなれば 大問題になるだろう。
とりあえず、仲良くなれなかったと伝えて 彼のことと今後も調べることにしよう。
きっと彼も、連合に潜入している。
信頼を勝ち得れば、接触することもあるだろう。


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