後輩と荼毘(前編)


「荼毘」
「あ?」
「血、出てるよ」

彼は俺の頬に手を伸ばし、滲んだ血を指先で掬った。

「いつものことだ」
「…だとしても、痛くないわけじゃないんでしょ?」

彼は操。
少し前に敵連合に入った。
敵になるには聡明で、だが敵らしく残酷な奴だ。
未だに俺以外の連合メンバーとは行動を共にすることはないが、顔を合わせれば和気藹々としている所を見ると気に入られてはいるのだろう。

「もう慣れた」
「痛みに、慣れちゃダメだよ」
「…お前が言うか」

彼の戦闘スタイルは特殊だった。
強い個性を持ってはいるが、発動のギミックが悪い。
触れなければ個性を発動できないらしく、彼は生身で火を吹く奴にも、超パワーにも向かっていくから正直見ていて気が気ではない。

「俺は慣れてないよ。いつも痛い」
「…平気な顔してんだろ」
「戦闘中に弱みは見せられないじゃん?けどちゃんと、痛いんだよ」

だったら俺の心配じゃなく、自分の心配をしろと言えば彼は目を瞬かせてから笑った。

「背中、斬られただろ」
「うん。血、ドバドバ出てる」
「それを先に言え」

暗い路地だから気づかなかった。
炎で照らせば彼の白いシャツは赤く染まっていた。

「…病院は、」
「なんて言って診せる気だよ。とりあえず止血したいから、焼いてくれる?」

彼はシャツを脱いでこちらに背を向けた。
なんの冗談だ、言えば それが1番手っ取り早いと当たり前のように言ってのけた。

「…痛みに慣れるなって言ったばっかりだろ」
「大丈夫、ちゃんと痛いから」
「……何が大丈夫なんだよ」

ただまぁ、放っておくわけにもいかないか。
手に出した炎をゆっくりと彼の背中に押し付ければ、「う゛っ」と短い呻き声が聞こえた。

「……血、止めた」
「ありがとう」
「………大丈夫か、」

意識飛びそう、と彼は笑った。
何を笑ってるんだ、と思ったがいつもの事な気もする。

「とりあえず、気失う前に戻るぞ」

彼に手を差し出せば、ありがとうと呟き手を握る。

「…倒れたらごめん」
「その時は捨てる」
「ひでぇ、」





目を開けたら枕が見えた。
背中が重く首だけ動かせば。隠れ場所として使っている建物のようだった。
背中をバッサリ斬られて、焼いて貰ったのは覚えている。
じゃあこの背中は?と手を伸ばせばひんやりとした何か。

「…氷、?」
「目覚めたか」
「荼毘」

起き上がるなよ、と彼は言ってベッドの傍らに座る。

「焼いたせいで、ひでぇ事になってる」
「ホント?困ったな」
「病院、今からでも行くか?闇医者とか」

行ったところで貰えるのは痛み止めくらいのものだろう。
潜入捜査中はよくある事だ。

「つーか、お前。背中…」
「ん?」
「ひでぇ傷ばっかり」

モデル ルーラーには一つだけルールがある。
それは、背を向けた写真を撮らないこと。
体の至る所に傷はあるのだが、背中だけは見せれるものではない。
だからそんなルールが出来たのだが。
それ故に、何かあった時背中で庇ってしまう癖がついたのだ。

「火傷も、初めてじゃねぇだろ」
「まぁ、ちょくちょくね。自分で傷塞ぐ為に焼いたこともあるし」
「…何したらそうなんだよ…」

火傷も、斬られたのも、撃たれたのも。
数えだしたらキリがない。
潜入捜査にはそういう危険はつきものだ。

「大事にしろよ、自分のこと…」
「してるよ、一応ね」
「どこがだ…」

痛いんだろ、と荼毘は俺の頭を撫でた。
その手はどこか相澤センパイに似ていた。
不器用に、でも節々から伝わる優しさに目を閉じて、枕に頭を沈める。

「痛いと、生きてんだなぁて…思うんだよね。ちゃんと、俺なんだなって」
「は?」
「自分を見失いそうになるんだよ…いつも、」

ヒーローになったはずだった。
相澤センパイに憧れて、ヒーローになったはずだった。
だが、気づけば自分は敵に身を置くことが多くなった。
敵にも志がある。
時にはそれは、下手なヒーローよりも真っ直ぐな事がある。
それに当てられると、ぐらりと自分の足場が削られるような気分になるのだ。
最大多数の最大幸福。
それって、本当にこれで間違っていないのかなって。

「…自傷行為の類かよ、」
「そうかもしれない」

お前って、と呟きながら彼と手が止まる。

「なに?」
「…いや、別に」
「なんだよ」

ふー、と息を吐いて体を起こす。
ジクジクと刺すような痛みはあるが、体は動くらしい。
横になってろよ、という言葉に笑って ベッドに腰掛ける。

「お前の隣は、居心地がいいね」
「は?」

枕元にあった煙草を口に咥えてライターを探せば荼毘が青い炎で火をつけた。

「煙草は好きじゃない」
「けど火、つけてくれてんじゃん」
「…1本だけだ」

ありがとう、と肺いっぱいに煙を吸って、ゆっくりと吐き出した。

今回は特に、染まりそうになる。
この男との相性が問題なのか、ホークスを潜入させようとする公安の腐敗が問題か死柄木弔にあったカリスマ性故か。
今までで1番、俺の足元を崩していく。
だから時折 死柄木弔の言うように、1度壊してしまうのだって 悪くは無いと思ってしまうのだ。

「どうしたもんかねぇ」
「何が?」
「いーや、」





結局、あの後寝込んだ俺がちゃんと動けるようになったのは3日後だった。

「もう平気か?」
「大丈夫、ご迷惑をおかけしました」

着ていた汗の染み込んだシャツを脱ぎ、替えの洋服に手を伸ばす。
そんな俺の背に彼のかさついた指が触れた。

「これ、」
「あぁそれ?殺されかけた時のやつ」

彼が触れたのは銃創だった。
心臓の真裏にある俺を殺そうとした意志の痕。

「撃たれたんだ、警察にね」

敵への潜入捜査中だった。
初めて死線を彷徨った傷だ。
その時思った。
俺はこうやって、敵として死ぬんだと。
ヒーロー ルーラーはあの輝かしい面だけを残し、誰にも本当の姿を知られず死ぬのだと。
この偽物の面を、剥がすこともできずに。

「アイツらからすりゃ、人殺しも正義だ」

体に張り付くアンダーシャツを着て、赤いパーカーを羽織る。
フードを被れば、いつもの俺の出来上がり。
敵連合に潜入している敵の操の出来上がりだ。

誰に知られずに、死ぬのだとしても。
俺のこの痛みだけは本物だ。
見た目も生い立ちも、作っては捨て、作っては捨て、まるでティッシュのように浪費されていく。
けれどこの痛みだけは、昔から変わらず俺のものであり続ける。
だから、痛みは生存証明だ。

「おまたせ、次はどこへ行く?」

この痛みがある限り、俺は操でいられる。
たとえ、ヒーロー ルーラーでなくなっても俺は俺でいられるはずだ。

「リーダーからの招集だ」
「はーい」

死柄木からの招集に声をかけて貰えるようになっただけ、進展はしてる。
ここ数日は報告の連絡もできていないし、招集が終わったら連絡をいれよう。





「ザ・地方だな。大きくもなく小さくもなく…」
「雰囲気は好きだ。ムカツクぜ」
「奴が起きるまであと1時間40分。マキアをぶつけるには俺たちが戦ってねェといけねェ。これよう…かなりきついんじゃね。ひょっとして」

妙にボロボロな彼らの会話を聞きながら首を傾げる。

「ったく何で俺までこんな面倒なことを…」
「…いや、まずどこだよ。ここ」

つい呟いてしまった言葉にボロボロな死柄木が笑った。

「馬鹿に売られた喧嘩を、買いに来ただけだ」

敵連合が集まるのは丘の上。
眼下に広がるのは長閑な街。

「仲間の義爛が人質なんだよ」

Mr.はそう言って「だから助けにきた」とトゥワイスが続けた。

「お前がぶっ倒れてる間に、義爛の指とかが俺たちの関係した場所に置かれてたらしい」
「…へぇ、てかもっと事前に説明くれ」

そんなことがあったのか。
敵連合に喧嘩を売った相手って、誰なんだろう。
情報が後手に回ったのは俺のミスだな

「…とりあえず、活躍してもらうぞ。操」
「はーい」

連絡するのは、これが終わってからになりそうだな。

「誰か来てます!」

トガの声に皆臨戦態勢に入る。

「ストップ!!私は案内役を仰せつかった者!」
「……ヒーロー…!?知らんやつだが」
「解放軍指導者と話したければ私について来たまえ!!」

連れていかれた街には人の気配はあれど人の姿はない。

「この町全部…」
「私の管轄は別だが今日は特別さ!」
「その通り!ここは泥花市。ヒーロー含め人口の9割が潜伏解放戦士の解放区なのであります。遠路はるばるようこそ起こし下さいました!本日は記念すべき日。あなたがたは主賓。さァ始めてまいります」

家の中や影に隠れていた人が一気に動き出す。

「異能解放軍再臨祭!」

はぁ、と溜息をついた。
叔父さん、俺は時々わからなくなるよ。
敵は確かに、悪だけどさ。
守られるべき人間たちの腐敗が酷いんだ。
叔父さんなら、こいつらをどうする?
最大多数の最大幸福を。
その最大多数に…ここにいる人間は当てはまるのかな。

「操!」

荼毘が攻撃されそうになった俺の手を引いた。

「悪ぃ、連れてくるんじゃなかった」
「心配してくれてんの?優しいね」

叔父さんに聞いたら、答えを教えてくれるかな。
体から力を抜いて、「荼毘、」と彼を呼ぶ。

「倒れたらごめん」
「は?」

いや入らないよね。
こいつら救ったところで、誰を幸せにできる?
解放軍だっけ?
結局、こいつらも敵だろ。
敵vs敵で潰し合おうぜって話だろ?

「…なら、全員…犠牲にして…最大幸福を、」

ぐらりと、足元がまた崩れた気がした。

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