後輩と荼毘(後編)


「荼毘ィ!甘かった!俺たちとやってる時は本気じゃなかったんだ…!ギガントマキアはとまらない!死柄木が危ねェぞ!!早よ決着つけろォ!!」

Mr.の声が鼓膜を揺らす。
その後ろ、確かに聞こえる破壊の足音。
氷野郎を早く倒して、リーダーんとこ行かねぇと。
いや、その前に…操はどうした…?

早々に離れてしまったが、無事なのか…。
動けるようになったとはいえ、あの背中の火傷はまだ痛むはずだ。
チッ、と自然と舌打ちが零れた。

大きな衝撃音が聞こえたと思えば氷野郎は俺に背を向け飛び出した。

「…氷野郎…もう少して燃やしてやれたのに」

逃げられた。
追いかけようにも、体からは焦げた匂いがする。

「ドクター!聞いてんだろ!転送頼む!マキアやば過ぎ!みんな死んじまう!」

Mr.の声がする方を振り返る。
壊れた街並みが視界を埋めた。

「Mr.!操はどうした?」
「最初にはぐれた」
「くっそ、」

操は後でいい、とMr.が言う。

「今は死柄木を!」





闘いはリーダーの勝利で幕を閉じた。
ギガントマキアもリーダーに従うという答えをだしたらしい。
スピナーやMr.がリーダーに駆け寄る中、俺は彼を探した。
倒れたらごめん、と言うくらいだ。
体の限界は近かったはずだ。

「トゥワイス、操知らねぇか?」
「知らねぇよ!知ってるさ!」
「あっちで戦ってたぜ!いや、こっちだ!」

人数が増えて喧しくなかった彼が指差した先に行けばそこだけ、異様な空気が流れていた。
ひれ伏す何百もの人々と、真ん中に聳え立つ人が折り重なった台座。
その上に腰掛け、俯く姿。

「…操、」
「荼毘」

彼はゆっくりと顔を上げ、笑った。

「終わった?」
「…あぁ、義爛も無事だ」
「そりゃ…よかった…」

立ち上がった拍子に、赤いパーカーのフードが外れる。
血の滲む頬と座っていてわからなかったが切れたり燃えた跡のあるパーカー。
右腕からは血がぽたりぽたりと落ちる。

「お前、怪我!」
「大丈夫、全部軽い怪我だから。これは?どうするの?殺す?」

台座の人を1人彼は蹴落とした。
それは死体のように、そのまま転がり落ちていく。

「解放軍はリーダーに従うらしい」
「じゃ、殺しちゃダメか」

台座から降りた彼は「また、血出てるよ」と俺の頬に手を伸ばした。

「それよりも、お前だ」
「…優しいね、今日は」

血を掬った彼は個性を解いたのか、周りの人達が動き始める。
だが、彼らは化物を見るように操に恐怖に染まった眼差しを向けた。
頬の皮膚が捲れたような傷を血に濡れた右手で擦る。
そのせいでまた血に汚れてしまっているのだが、本人はさして気にした様子はない。

「とりあえず、手当すんぞ」
「荼毘も」
「…わかってる」

彼はゆったりと歩き出す。
数メートル離れてはじめて、ひれ伏していた人達が肩の力を抜いた。

「みんな生きてる?」
「おそらく」
「…無事だといいね、みんな」





結果的に言えば、敵連合に死者はなし。
それだけでなく数名に個性を成長が見られたらしい。
叔父さんに現状の連絡だけでも、と思ったがこの1週間この建物に軟禁されてしまい叶わなかった。
お陰様で傷は癒えたから、そこだけが唯一プラスなとこだろう。

「ただまぁ、厄介だな」

超常解放戦線と姿を変えた連合。
各業界に顔の利く面々とこの人数。

地下神殿のような場所の片隅。
上に並ぶ幹部たちを見上げながら溜息をつくしかなかった。

参加している面々の中にも有名所は多く、その中に目立つ赤い羽。
パーカーのフードを被り彼に歩み寄り、彼の手に触れる。
こちらを向こうとした彼を操り、前だけを向かせ彼の死角に立った。

「…お前、」
「こんな所で会うなんて奇遇だね、ホークス」
「ルーラー…」

彼は声を潜めてそう、呟いた。

「本当に潜入してたのか」
「…君より深いところにね。これは持ち帰って報告するの?公安に」
「お前には、関係ない」

まぁ、しないわけがないか。

「深いところに、いるなら。何故止めなかった」
「守る人間が少なくなる分には困らない」
「は?」

ここにいる人間は、俺の守る最大幸福の外側の人間だ。
何人死のうが、どうなろうが知ったことはない。
それに人が多ければ多いほど、俺は操る駒が増えるのだ。
悪いことだけではないだろう。

「お前!それでも、ヒーローか?!」
「声を荒げるなよ。…戦線の中にもヒーローやら有名人が多い。くれぐれも、気をつけることだね」
「心配してるって?」

そうだよ、答えればなんだそれと彼は舌打ちをした。

「大丈夫、君は…犠牲にはしない。俺が救ってあげるから」
「…頼んでない」
「君の意思なんて関係ないよ。俺の主君が、それを望んでいるってだけだから」

じゃあまたな、と彼から離れてから個性を解けば物凄い勢いで彼は後ろを振り返った。

「…俺は、ヒーローだよ」





「すいません。全然連絡できなくて」

久々に着たスーツ。
呆れ顔の叔父さんは「何か言い訳は?」と首を傾げた。

「言い訳はしませんよ。その代わり情報は嫌という程に持ってきました。とりあえず、泥花市のニュースご覧になってます?」
「あぁ、見ているよ」
「あの現場にいたんです。今報告書送ったんで、見て貰えます?」

画面を見つめた彼は「ふむ」と呟き、いつも使ってる万年筆でトントンと机を叩いた。

「超常解放戦線、か」
「はい。最後のページに確認できてるだけのヒーローや著名人をリストアップしてます」
「……また、随分と有名所が揃ってるね」

大きな溜息をつきながら、彼はタブレットを置いた。

「公安は?」
「決起集会にホークスの姿がありました。おそらく同様の内容の報告は上がっているかと」
「…私には、なんの報告もなし…か」

やれやれと首を振った彼は座っていいよ、と立っていた俺に声をかけた。

「公安はどう動くかね」
「…まだ見えませんね。ただ、雄英から緊急の職員会議をする報せは届いてます。議題について聞いたところ、インターンについてだとか。タイミングもタイミングなので、怪しいかなと。とりあえず明日みたいなので、参加してきます」
「…まさか、学生を戦力としてカウントしてる…なんてことはないだろうな」

彼の言葉に否定は出来なかった。
一つの志の下に集まったあれだけの兵隊。
俺でさえ、手を焼いた。
オールマイトを失った今のヒーローたちで太刀打ちできるのか?
しかも、ヒーローの中に裏切り者がいるなかで。

「……力を、与えすぎたな」
「と言いますと?」
「ヒーロー公安委員会だ。ホークス潜入といい、掴んでいるであろう情報を隠匿し続けていることも…」

それはそうだ。
形式上、ヒーロー公安委員会は総理大臣の管轄下にあるはずなのに。

「…公安に潜りますか?」
「いや、」

叔父さんは少し黙ってから、このまま見過ごそうと言った。

「いいんですか?」
「公安の首をすり替えたいとは…前々から思っていたからね。責任を取って、辞職してもらうとしよう」
「ですが、ホークスに全てを擦り付けるのでは?」

その為の君だ、と彼は笑った。

「ホークスが命令の下動いてる証拠を集めておいてくれ。可能なら、公安がこの情報を掴んでいる証拠もね」
「…畏まりました。戦線に対しては何かしますか?」
「とりあえず引き続き潜入を。今後のことはまた改めて」

その間に戦争にでもなったら、と呟けば彼は笑った。

「情報を持っていて、何もしなかった公安が責任をとることになるだろうね」
「…助けは、しないんですね」
「私がこの椅子を空ければ、より多くの人々を不幸にする。聡明な操ならわかるだろう?」

反論など、出来るはずがなかった。
過去1の支持率を誇るこの総理大臣が失脚などすれば、それこそこの国は沈むだろう。

「他国に舐められるわけにはいかない。…中のことは、中で終わらせよう。たとえ、多少の犠牲を孕むとしても…最大多数の最大幸福だ」
「…貴方の仰せのままに」
「ひとまず、明日の職員会議の内容の報告を待ってるよ」

はい、と答えて立ち上がり部屋を出ようとすれば彼は静かに俺の名を呼んだ。

「まさか君が裏切るなんてことはないだろう?連絡が来なくて、心配したよ」
「………そんなこと、あるわけないでしょう。俺がここへ帰らぬ時はきっと…死んだ時です」
「そうか。では、生きてる限り操を待ってるよ」

胸中を当てられた気分だった。
俺の迷いまで彼には見えていたのだろうか。
相変わらず怖い人だ。

「だがまぁ、可哀想な公安…」

まぁ、自業自得か。
あの人に目をつけられて生きてなどいられるはずはずがないのだ。

建物を出て姿を変える。
そして、赤いパーカーのフードを被った。

「もしもし、荼毘?今終わった」
『遅ぇ』
「ごめんって。仕事だったんだよ」

今ドクターに連絡入れる、と言われて 人のいない場所で待っていれば口から溢れてだ黒いもの。
気付いた時には、あの建物の中だった。

「何してたんだよ。ちょくちょくいなくなるよな」
「裏稼業でバイトしてて」
「…趣味悪…」

似合うだろ?と首を傾げれば彼は呆れたように溜息をついた。

「お前、俺の部隊になった」
「ん?そう。よかった。荼毘が一緒なら怪我しても自分で焼かなくて済む」
「俺を何だと思ってんだ…」

俺はヒーローだ。
裏切るつもりなんてない。

「痛いんだろ、ちゃんと。やめとけ」

けど、ここは 案外優しいから。
俺の痛みを、拾ってくれるから。
だからちょっと、心が揺らいでしまっただけなんだと。
そう思うことしか出来なかった。

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