後輩と荼毘



掴まれた胸ぐら、落とされた煙草。
目を見開いた俺のことなど無視して、彼は俺の唇を奪っていた。

数秒の口付け。
そして、離れたと思えば沈黙。

「え、?」

動揺する俺に彼は何を言うでもなく、地面に落ちた煙草を踏みつけ満足気に鼻で笑った。

「いや、は?どした?」
「別に」
「別にて…。俺が初めてだったらどうすんの、」

俺の言葉に初めてなのか?と彼は首を傾げる。

「いや、まさか」
「だと思った」
「…て、違くね?なんでキスしてんの?」

したくなった、と彼は言って向かい側の雀卓に腰掛けた。
わざとなのか、伸ばされた足がこつりと俺の足にぶつかる。

隠れ家として使っているこの雀荘は夜逃げでもしたのか、ソファも雀卓もそのまま。バーカウンターにある冷蔵庫にはぬるくなった未開封の酒やペットボトルが転がっていた。
スモークの硝子窓からは月明かりだけが差し込み、薄ぼんやりとした室内に彼の青い瞳が燃えるように浮かぶ。

「…そっちの人だっけ?」
「いや、?」
「じゃあなんだよ」

腰掛けていた雀卓の上、置いてあった煙草に手を伸ばそうとすれば「吸うなよ」と彼が言う。

「今までは許してたじゃん」
「今日からは嫌だ」
「…なんだそれ。じゃ、外で吸ってくる」

元々煙草は嫌いそうだったし、仕方ないか。
そう思いながら煙草とライター片手に立ち上がれば 彼は俺の手首を掴んでいた。

「なに?どうしたの、荼毘」
「……別に」

そうは言えども、手を離すつもりはないらしい。
顔が伏せられ、青色が見えなくなったのが どこか残念に思えた。

「口、寂しいのか?」
「は?」
「…煙草、」

彼らしくない、要領を得ない会話だ。
何がいいたいんだろうか、と思いながら俺の腕を掴む彼の手を見て まさかと一つだけ思い浮かんだこと。

「……そうだとしたら、代わりにキスでもしてくれんの?」

頬に手を添えて、親指で縫い目をなぞりながら微笑む。
息を詰まらせた彼に、これが正解かと妙に冷静な頭で考えていた。

別に、男が初めてなわけではない。
求められれば答えるし、必要であれば自ら誘い体を明け渡すこともある。
タチネコどちらも経験はあるし、まぁネコなんて二度とやらねぇと決めているので荼毘がネコでいいならいいけど。
そういうこと、するタイプだと思っていなかったっていうのが正直な感想。
まぁまぁ心を開いて貰えてる感はあったけど それにしたって、ぶっ飛びすぎでは?
まぁ、いいか。

「目、閉じるなよ」
「は?」

固まった彼に唇を重ねれば、体を引いて彼は逃げようとする。
それを片腕で抱きとめて、自分の方に引き寄せた。

「っ、」

至近距離に浮かぶ青い瞳が見開かれる。

今更抱く相手が1人増えたところで変わらない。
嫌悪感がないだけ、マシだろう。

「お前の目、好きなんだよね」
「な、に…?」
「だから、逸らさず見せて」





煙草を吸ってる横顔が、どうにも気に入らなかった。
薄暗い雀荘でも、路地裏でも、光が差し込む公園でも。
煙草を吸う瞬間だけ、彼は表情を変える。
安堵でもなく、嘆きでもなく、悲しみでもなく。
名前のつけようのないその表情を崩してみたくなった、だけだった。

「操、」

なのにどうして。
気付けば、皮の剥げたソファに押し倒されて 肌を露わにしていた。
縫い目を丁寧に舌でなぞられる感覚に、背筋が震える。

「ん?」

慣れて、いるのだろう。
俺を押し倒してから、自身で触れたことすらない穴を解かれるまでがスムーズすぎた。
しかも痛みもなけりゃ、どこか快楽さえも拾い始める。
服のポケットからは当たり前のようにゴムとパックのローションが出てくるし。

「どうしたの、荼毘」

俺を見下ろし微笑む彼から顔を背けようとしたが、頬に手を添えられ阻止される。

「言ったろ、瞳。見せて」
「っ、悪趣味かよっ」
「お前だけだよ」

チュッ、と音をさせて触れた唇。

「セフレ、にも…キスできるタイプか、」
「可愛いこと聞くね?キスもSEXも変わらなくない?」

コミュニケーションだよ、と彼は笑う。
別にガッカリしたわけじゃない。
ただまぁ、こういう人間だったのかとどこか諦めたように思った。

「ねぇ、もう入れられるくらいだけど」

グッ、と内側から押されて 「ぅあ、っ」と喉が鳴いて 体が仰け反る。
それを目を細め微笑みながら、彼は首を傾げた。

「入れる?…やめても、いいけど」
「……立って、んの…かよ…お前」

こんな汚い体で、と言う前に布越しに押し付けられた固いもの。
中を解す指とはまた違う感覚に「ひっ」と情けない声が零れた。

「へん、たい…かよ」
「前ダラダラ零してるお前が言う?」

緩く握られた俺の息子。
わざと音を立てて、擦られ零れそうになる声を唇を噛んで噛み殺す。
それが気に入らなかったのか、尻の穴から指が抜け 押し付けられた固いものが布越しで擦り付けられた。

「っ、」
「こーやって、やられるとさ。内側 疼くでしょ?」

彼の言葉で下半身に力が入る。

「指で擦られたところとか、お前が嫌がった触れただけで飛びそうになったとことか。指で届かなかったもっと奥の場所とか」
「ゃ、めっ」

挿入されたんじゃないかってくらい強く押し付けられて、自分のものとは思えない声が出た。
咄嗟に口を抑えたが、後の祭り。
ピストンするように何度も腰を揺らされれば、強く押し付けられる度にズボンの布に入口が刺激される。
声を出さないようにしても、喉が音を漏らす。

「荼毘、」

吐息が耳に触れるくらい近くで、彼はどうする?と囁いた。

「っ操、」
「…なぁに」

彼の背に無意識に伸びた手。

「いれろ、」

縋るように背中に爪を立て、消え入りそうなほど小さな声で言えば彼は心底満足気に目を細めて笑った。

「よくできました」





ベルトを解いて、俺自身を彼の解いた穴に押し付ける。
ゴム越しでも分かる熱は、きっと彼にも伝わっているんだろう。
薄ぼんやりとした室内でも、頬が染まっているのがわかった。
はくはくと入口が収縮して、俺の先端を飲み込もうとする。

「いれるよ、痛かったら 爪たてていいし噛んでもいいから」
「っあ゛、」

初めてで突っ込むのはちょっと意地悪すぎたかなぁ。
受け入れる為に出来てない体なのだ。
明日はきっと、動けないだろう。

「ぁ、っつ」
「俺も熱い。溶けそうなくらい」

キツすぎるぐらいの締め付けだが、丁寧に解したのが効いたのが 痛みはないらしい。
ただまぁ、感じたことのない圧迫感は 辛いだろう。
俺もやられた時、痛いとか気持ちいい以前に苦しかった。

「息、止めないで。無理なら、抜くし」

ふるふる、と彼は首を横に振った。
浅く息を吐いて、呼吸を整える姿はどうにも健気だ。
痛ぇ、やめろって終わるもんだと思っていた。

「ま、だ…かよっ」
「んー、あと半分」
「っ、、無理っ」

これ以上入らない、と泣きそうな声で彼は言った。
よく頑張った方だな。
まぁここで終わりにするのがいいだろう。
下手にトラウマ植え付けて、関係が崩れてもあれだし。
本当に抱かれたいのなら、ラブホくらいとってやる。

「大丈夫、泣かないで。ここでやめるから」

そう言って抜こうとすればまたいやいやと首を振る。

「…荼毘?」

微かに震える体と言いつけを守って俺を見つめる青い瞳。
涙が浮かび滲むその瞳がゆっくりと細められ ほしいと消えそうな声で言った。

「無理って言ったのお前だろ。無茶させたいわけじゃないし、」

こっちはイかせずに何連発、なんて悪趣味なことをやらせてくる女も多いし 別にイくのを我慢し続けることには体は慣れた。
寧ろ、相手の望むタイミングでイけるからさながらAV男優なのだが。
そうであっても、性欲がない訳では無い。
どちらかと言えば男の穴の方が気持ちいから好きだし、何より彼の瞳や反応は唆られる。

「俺、あんまりお預けくらうの好きじゃねぇんだけど?」

だから、滅茶苦茶にしてしまいたいという欲求がぼんやりと浮かび始めるのだ。優しくし続けるには、彼はあまりにも毒であった。
頬を撫で、目元にキスを落としながら腰を引けば今日1番の嬌声が零れた。

「ぁ、やっ…そこ、」
「あぁ…いい所擦れちゃった?」
「んっぁあ」

抜こうとした自身をもう一度中に押し込めば、目は見開かれて 甘い声が零れる。

「ゃ、あっやめ、」
「可愛い」

ゆっくりと、奥に押し込まないよう浅い所で律動を始めれば体が快楽に震え 零れる声を抑え込もうと唇を噛む。
ソファに縋りつく手を自分の背に誘い、親指を彼の口の中に滑り込ませた。

「噛むならこっち。…気持ちいんだろ?抗わないで、受け入れて」
「は、ぁ…ゃらっ」
「大丈夫、ほら。もっと、強く突いてあげる」

いい所だけ狙って、腰を動かせば魚みたいに体が跳ねる。
突っ込んだ親指を噛んで、快楽を堪える姿に加虐心がそそられたのは仕方ないだろう。
ゆっくり腰を引いて、また来るであろう快楽を目を瞑りやり過ごそうとする彼に自然と笑みが零れた。
ギリギリまで引き抜いて、さっきは入ることが出来なかった最奥まで腰を打ち付ければ 体が大きく震え、ガリッと音がするほど噛まれた指。
見開かれた瞳から雫が零れ落ちた。

「ぁ、あ…お、まっ」
「っ、はぁ…やば、」

超気持ちい、と自然と零れた言葉に荼毘の瞳が揺れ、ぎゅうっと締め付けられる。

「なぁ、わかる?全部入ってんの」
「うる、せぇ…くそっ…」

少しだけ腰を揺らしただけで、彼の声が零れる。
それが自分の耳を刺激したのか、恥ずかしそうに目を伏せて指に噛み付いた。

「なぁ、動いていい?」
「む、り」
「やぁだ」

じゃあ聞くな、と舌足らずに言った彼に笑い 腰を揺らす。

「荼毘」
「あ゛、ぁ むりっくるし、っ」
「苦しい?その割に…腰揺れてんの気付いてる?」

違う嫌だ、と首を振りながらも 彼の腰は揺れ ドロドロになった彼の息子が俺の腹に擦り付けられる。それがまた、快楽を生み出してることに彼は気づいちゃいないんだろう。
初めから後ろだけじゃイけないだろうし、可愛いからいいけど。

「っ、ねぇ…?そろそろイきたい?」

こくこくと頷いた彼に「じゃあ、イかせてあげる」と笑って濡れた彼自身を手のひらに包み込む。
ダメだ、無理だと壊れたように言う彼に 俺の事見てと 囁けば青い瞳に俺が映った。

「も、ぉ…むりっ」
「どーぞ、」
「ぅ、あ゛っ」

さっきと同じとこに噛み付いて、反対の手には生温いものが吐き出される。
はぁはぁ、と浅い呼吸を繰り返す彼の中で、自身も吐き出せば その体はビクリと震えた。

「…よくできました」

涙で濡れた目元に口付け、自分を抜けば彼は背中に爪を立てながら 俺の名前を呼んだ。

「どうしたの?」
「………全部、忘れろ」

俺の肩に顔を埋める彼を横目で見れば、普段の肌色は真っ赤に染まっていた。

「……はいはい。俺が適当にやっとくから 寝てていいよ」
「忘れろよ、ほんとに」
「わかったってば」

背中から手が離れたと思えば、彼の体から力が抜けた。
そっと背中を抱いて、ゆっくりソファに下ろして溜息をつく。
親指から滲む血を舐めとって、彼の白濁を近くにティッシュに擦り付ける。

「……はぁ」

何やってんだか。
若干の後悔のような自己嫌悪を抱きながら、タオルを探す。
目を覚ましたらどこか風呂に入れるところに連れていくとしよう。
まぁ、彼が歩けたらの話だが。





ライターの音で目が覚めた。
体に残る感じたこともない倦怠感に首だけ動かせば 雀卓に腰掛けた彼の姿を見つけた。
手にしたライターをつけていた親指にくっきりと残っている瘡蓋。
それが昨晩俺が付けたものだということはすぐにでもわかった。

何を血迷ったのか。
男とやるなんて、どうかしてる。
しかもそれが気持ち良いのだから、尚更だ。

「ん?…起きた、荼毘?」

穏やかな声、緩く首を傾げ 彼は付けたばかりの煙草を口から離した。

「起きてねぇ」
「……あれ、おかしいな。じゃあ、これ独り言」

煙草を咥えなおし、彼は俯いた。

「ひとまずご飯買って来ようと思うんだけど 食べたいものある?」
「……なんでもいい」

随分と大きな独り言は、じゃあ適当に見繕うねと答えた。

「動けるようになったら、お風呂行こう。近くに借りれるところ見つけたから」
「……あぁ、」
「あとは…そう、昨日のことは忘れたよ。だから安心してね」

顔を上げた彼と目が合った。
微笑んで、じゃあ行ってくると彼は立ち上がる。

「…と、そうだ。忘れてはいるんだけど」

こちらに歩み寄ってきた彼は俺の頭を撫で、そしてその手が頬を撫でる。

「欲しくなったら、いつでも言ってね」
「…死ね」
「物騒な寝言だ」

彼はケラケラと笑い、背を向けた。
親指の痕にどこか優越感を感じたのはきっと何かの気のせいだ。

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