後輩と相澤消太U


「すいません、遅れました」

会議室のドアを開けば沢山の視線が刺さる。

「ルーラーじゃない、久しぶり」
「ご無沙汰してます」
「来るなら連絡してくれよー」

校長には連絡いれておいたんですけど、と呟けば 「メインはこれからさ。間に合ってよかったよ」と優しい声が相澤センパイの首元から聞こえた。

「…資料だ」

不機嫌そうな相澤センパイから資料を受け取り、空いてる席に腰掛ける。
咳払いを1つして、動き出した会話を聞き流しながら資料に視線を落とした。

「元々各事務所と我々の間で決めた自粛…様子見だったわけだが、今回なんと公安委員会からヒーロー科全生徒の実地研修実施を要請された」
「要請〜!?インターンをしろって言ってるのか!」
「うん…」

叔父さんの予想した1番最悪な方向に進んだな。
ヒーロー内にも、権力者にも裏切り者がいる。
今あるヒーローの頭数はイコールでこちらの戦力ではない。
戦力が欲しいのはわかる。
だが、本気か?

「人手が足りなくなるって言ってる?このヒーロー飽和社会で」
「昨今増加している組織化した敵への対応学習を目的とし…泥花市ノ件デ何カアッタニ違イナイ」
「連合が絡んでるはず。なんでこう…ぼかしてる」

経験の浅い1年生を現場に出すというのか?
確かに色々なトラブルに遭い、彼らは強くなっただろう。
だが、強いから勝てるというわけではない。
自分の行動にどれかの命が左右される、そんな重圧に彼らは耐えられるのだろうか。
仲間の為に、人を…殺さねばならない。
そんな場面がないとは、言いきれない。
彼らは…殺す気で向かってくる。
それを受け止められるのか。

「公安は何か重大な危機を嗅ぎ取ったんだろうね。ぼかすのは誰かに知られたくないから…。香山くんの言う通りこれ自体がメッセージのように感じる」
「そりゃあ学徒動員なんて大っぴらに言えませんよ。尋常じゃない」
「こんな事初めてです…」

何にせよ…と前置きをして校長は資料を机の上に置いた。

「危機に備えるのはヒーローの常さ。極力実績のあるヒーローたちにあたってみよう。冬休みの課題だな。皆はその後生徒に伝えてくれ…それと相澤くん。公安ついでに例のプログラムのー」

トントン、と指で机を叩く。

これじゃあ、犠牲が多すぎる。
俺たちの最大多数に、彼らは 生徒は含まれるのだ。
守らねばならない。
出来るのか?今の場所にいて、本当に?
公安は生徒に何かあった時、どうする気なのか。
ホークス1人に責任を負わせるにはあまりにも重くないか?
学徒動員など知られれば世論はこの決定を下した公安に矛先を向ける。
いや、それを許したとして叔父さんに向きかねないか?
それが狙い、って可能性もあるのか。
ホークスと総理大臣を犠牲に、自分たちを守る。

メインの議題はこれだけなのだろう。
読み合わせも終わり各々が話し始める中、席を立とうとすれば校長と話していたセンパイがこちらを見た。

「まだ時間あるなら残れ。話がある」
「……分かりました」
「アンタ、そんな合間に来てんの?」

心配そうなミッドナイトさんに今仕事が立て込んでるんです、と笑った。

「アンタが立て込んでない方が珍しいでしょ」
「…確かに、」
「ちゃんとご飯食べてる?睡眠は?」

大丈夫ですよ、と答えて椅子に座り直す。

叔父さんが表情を曇らせる姿が目に浮かぶ。
どうするつもりだろうか、彼は。
公安の首を変えることを目的としてしまうのなら、これも見て見ぬふりか?
そうなれば、俺はどう動けばいい?
とりあえずこの件については、叔父さんと公安の間に共有がなかった証拠は集めておかなくちゃいけない。
何かあった時、世間に公表できるように記者も雇うか?

携帯で叔父さんに今日中に時間を作って欲しい旨を送れば、日付が変わるくらいの時間帯が送られてきた。
それに了解、と返事をいれ あとで荼毘にも連絡をしないとなと携帯をポケットに押し込んだ。





会議室に入って来た時から感じていた違和感。
彼が忙しい事なんて、別に今更だ。
飄々と受け流し笑うのだって、彼にはよくあることだ。
ただ、一つだけいつもと違うことがある。

「操、外出るぞ」

校長との話を終えて彼にそう声をかければ、不思議そうに瞬きをしてから立ち上がる。

「それじゃ、お先に失礼します。センパイとの話終わったらそのまま戻ります」
「あんま無茶すんじゃねーぞ!?」
「そうですよ。何かあればいつでも言ってくださいね」

マイクと13号の言葉にありがとうございます、と操は笑い俺の後を追いかけてくる。
2歩後ろを俺と足音を重ねながら歩く彼に、隣に来いと声をかける。

「どうしたんです?今日は」
「…お前、今どこに潜ってる」
「センパイであっても、それは言えないです」

操と連絡がつかないことは決して珍しいことではない。
既読無視、未読無視は常習犯。
だが、電話だけはどんな状況であっても折り返す。
そんな彼が、この連絡のつかない期間中 1度として電話を返しては来なかった。
期間が長すぎる。
そして、用心しすぎている。

「敵連合にいる、なんて…言わないよな」
「どうでしょう。その可能性はありますし、そうじゃない可能性もあります」

感情のない返事だった。
淡々と機械的に彼はそう返して、俺の仕事の詮索をするなんて貴方らしくないと言った。

「…なぁ、本当に大丈夫なのか…お前」
「何がです?」

自惚れでなければ、俺は彼とは親しいはずだ。
なんだかんだ懐いてくれていたし、俺は俺で彼が可愛かった。
だからこそ、わかる。

「お前、あてられてるよな…?今潜ってる、そこに」

普段の彼なら、人が多いところでも必ず、俺に挨拶をする。
どれだけ目上の人間がいても、今までならそうだった。
けれど今日はどうだ?
俺に挨拶をするどころか、俺に視線さえ向けなかった。
全体に向けた笑顔の、彼の目はあまりにも無感情すぎた。

「…何言ってるんですか、センパイ。俺は俺の大義の為に、戦ってますよ」
「その、大義は正しいのか…?」
「そこに疑問を抱いたら、過去の俺全てを否定することになりますよ」

足音が止まった。
振り返れば彼は口元にだけ笑みを浮かべ、感情の消えた目を俺に向けていた。

「俺の土台はその大義です。その為に、今までだって 沢山の犠牲を見て見ぬふりしてきた。それを、今更疑うんですか?俺の罪を今更、責めるんですか?」
「違う、そうは言ってないだろ。不変的なものなんて 存在しない。今まで正しくても 今正しいとは限らない」

そうかもしれないですね、と彼は答えた。

「確かに全てのものは変わっていく。けど、変わるわけにはいかないものもあるんです」

だらり、とぶら下がる手のひらにはくっきりと残った爪の痕。
彼の疲れている時の癖。

「大丈夫です、心配しないでくださいよ」

今までだって上手くやってきました、と彼は笑う。

「あてられることも、別に珍しくないですし。そうしなきゃ、潜り込めない場所もあります。これが終われば、また元に戻りますから」
「…本当にやばい時は必ず言え。必ず、助けに行くから」
「ありがとうございます、優しいですね。センパイは」

彼が何かを言おうとした時、彼の携帯が鳴った。
ちょっとすいません、と呟き携帯を耳にあてる。
ふっ、と小さく息を吐いた彼の横顔はまるで別人のようだった。

「もしもし?…はぁ?今から?…いや、仕事だって言ったろ…」

この変化は、見たことがある。
潜入してる時に彼がよく見せる。
まるで人格を入れ替えたかのような 顔を付け替えたかのような切り替え。

「違ぇよ、今は女じゃなくて運び。…あー、はいはい。終わらせてすぐ戻るから。あぁ、けど深夜また出てくぞ?」

そう、そっちは女と 彼は言って携帯を切った。

「…すいません、もう戻らなきゃ」
「大丈夫なのか、本当に」
「はい。大丈夫ですよ。俺はいつまで経っても 何が起きても相澤センパイの後輩の操です」





差し出した資料を見て、彼はやはり表情を曇らせる。
そして大きな溜息の後、叩きつけるようにタブレットを置いた。

「どう、しますか」
「呆れて物も言えんな」

ギィ、と音をさせて彼は椅子を回す。
背もたれがこちらに向いて、彼の表情がわからなくなった。

「未来ある若者の命を…なんだと思っているんだ」

声から伝わる憤り。
何も言えず、俺は俯いた。

「…このインターン、戦線はどう受け止める…?」
「これ自体に違和感等は感じないかと。ヒーローサイドに情報が漏れているとは気づいていないと思うので…。ただ、それがいつまで続くかは…」
「そうか…」

生徒たちがインターンに出れば、多少なりとも戦線の目につくことになるだろう。
だが、そこに疑問を持たれたとしてもホークスが上手く隠す…そういう算段なのではないだろうか。

「…操、」
「はい」
「……事態は最悪な方向へ進んでいる。気を引き締めろ」

いつもより静かに、だが重たい声だった。

「はい、」
「今後、学徒動員なんてことになれば…私の首も危ういだろうね」
「自分も、それは思いました」

情報が伝わっていなかった、を言い訳に出来る立場ではないのだ。

「…私はこの椅子を空けるわけにはいかない。公安への監視を強めよう」
「方法は?」
「君が戦線から離れる機会を増やせば、疑われる可能性も増える。潜入はせず、ネットワークの方に潜ってくれ。私の持つアクセス権限は付与する。私でも閲覧権利がないものに関しては、法に触れても構わない」

IDとパスワードが端末に送られてくる。
それを暗記して、情報を削除した。

「使うデバイスだけ後で提出を。警察の方には私から連絡をしよう」
「お手数おかけします」
「…それから、ホークス……彼に、盗聴器でも仕掛けようか。必ず公安へ暗号を送っているはずだ」

承知しました、と答えれば彼は椅子を回しこちらを向いた。

「いいか、操。学生は1人も犠牲にはしてはいけない」
「はい」
「死んでも彼らは、守れ」

その、大義は正しいのか?とセンパイの声が聞こえた気がした。
最大多数未来ある若者を守ることが俺の仕事。
その為には、俺含めて犠牲はつきものだ。
公安であれ、戦線であれ、犠牲にしてでも…彼らを守らねばならない。

「必ず、守り抜きます」

間違ってない。
間違っているはずがない。
だが、いつから…公安、そしてヒーローも最大多数から外れてしまったのか。
いや、仕方ない。
センパイだって言ったじゃないか。
変わらないものなんてないんだ。

彼とこの国の未来を担う人材を守る。
そして、叔父さんがこの国のトップに君臨し続ける。
これが変わらなければ、変わらないようにしていれば…例えそれ以外が変わってしまっても大丈夫だ。





「操、」


戦線に帰還した俺をわざわざ出迎えた荼毘にただいま、と微笑めば無言でタオルを投げられた。

「なに?」
「香水臭い」
「…あぁ、ごめん」

叔父さんか付けてる香水だろう。

「女じゃなかったのか」
「女だよ。俺が、抱いてるんだから」
「……女役、ってことな」

荼毘が顔に浮かべた嫌悪。
そして、溜息を吐いた。

「だから、んな顔してんのか」
「え?」
「苦しそうな顔」

歩み寄った彼が俺の眉間を指で押した。

「……嫌なら、やめちまえよ」
「嫌、な…わけじゃないよ」
「ふぅん?……まぁ、いい。風呂入って、いつもみたいに笑え」

荼毘はそれだけ言って、ソファに腰掛けた。
いつもみたいに、笑っていたはずだ。
自分の顔に触れ、硝子に映る自分と目が合う。

変わらない。
彼は戦線に潜入している操で、間違っていない。
硝子の中の自分がにやり、と笑った気がした。
そして言った。

「お前の大義は正しいのか?」

センパイの声じゃない、自分の声でそう聞こえて 気付けば硝子を殴り割っていた。

「操!?」

荼毘に肩を揺すられて、はっと自分の手を見た。
硝子で切れた手から血が滲み出す。

「お前、何してんだ!?」
「…ごめん、お風呂…行ってくる。硝子、後で片付ける…から、近づかないようにしといて」

センパイがあんなこと、言うからだ。
きっとそう。
そういうことに、しておこう。

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