01
ただの通りすがりだった。
フロイド・リーチ先輩を怒らせた子達の横を通り過ぎようとしただけ。
だけだったのに、気付けば自分の首は絞められていた。
うざいうざい、と呟く彼に思いっきり 首を絞められながら、意識が遠のくのを感じる。

私闘禁止だっけ?校則ちゃんと読んどきゃよかった。
これって正当防衛になんのかな。
ペンに手を伸ばすが、後わずか指が届かなかった。
こうなれば、出来ることは一つだけ。
だが、いいのか。
頭の中で声が響く。

「これは、人へは使ってはいけないよ」

穏やかな、優しい声がそう俺に囁きかける。

「ただね、クロヴィス。君の命が危ういと…そう思ったなら 迷わず使いなさい。君の命以上に…守るべきものなんてないのだから」

今は命の危機だろうか。
学園内で人殺しなんて、するわけない。
そうは思っても、目の前の男の目は 脅しやその類にはどうしても見えなかった。
震える手に力を込める。
大丈夫、まだ 動く。
薄れていく意識の中 選択肢はこれ以外なかった。

首を絞めつける手に触れ、魔法を発動させれば彼の体は糸の切られたあやつり人形のように崩れ落ちた。

「は、ぁ?!」

急に喉に押し寄せた空気に噎せ込む。
生理的な涙が浮かび、それを手の甲で拭えば彼と目が合った。
地面に膝をつき俺を見上げる両目。
何が起こったかわかっていない彼に 呼吸を整えてから「俺は、関係ないです」と一言伝えて逃げ出した。

巻き込まれて死ぬなんて真っ平御免だ。
なんて。
あの時の俺の安直な考えは今思い返しても後悔しかない。
次の日には彼は俺の教室まで辿り着き俺の前に現れたのだから。

「昨日のやつ、なぁに?くらげちゃん」

彼はなぜか俺をくらげと呼んだ。
よく聞けば他の人も金魚とかウニとか言ってるみたいだから癖なのだろう。
と、そんなことはどうでもよくて。

「何がでしょうか、」
「昨日、俺にかけた魔法なに?って聞いてるんだけど」
「魔法?俺が?…なんのご冗談を」

人違いじゃないですか、なんて下手なすっとぼけ通用するわけもなく。
予鈴が鳴り、渋々帰ったと思えば それから彼は頻繁に俺の前に現れるようになったのだ。

「くらげちゃん、おはよぉ」
「……おはようございます」
「今日も暗いね、くらげちゃん。ねぇねぇ、そろそろ言う気になったぁ?」

この男1人でも厄介なのに。
この人が来るとオマケもついてくる。

「おや、またですか?」
「ジェイド、今日もくらげちゃん冷たいんだけど」
「それは酷いですねぇ」

彼と同じ顔をした兄か弟かわからない双子の兄弟がふふっと笑う。

「おはようございます、クロヴィスさん」
「……どうも、」

正直、こっちの男も苦手だ。
いつも目が笑っていないのだ。
腹ん中にやばいもんこっそり飼ってるタイプだろう。
フロイド先輩の方は隠さずヤバいから、どっちもどっちだけど。

「なんです?僕の顔に何かついてますか?」
「いえ、別に」
「なんで、ジェイドばっか構うの?俺は?」

俺とも遊ぼうよ、と彼の手が俺に触れる。
そしてゆっくりと力が込められていく。

「ね、くらげちゃん?」
「…痛いです、フロイド先輩」
「なぁに?聞こえない」

聞こえてないはずがないのに。
彼はまた、俺のユニーク魔法を使わせたいのだろう。

「ほら、早く使いなよ。折れちゃうよ」
「何のことか分かりません。……折りたいなら、どうぞ折ってください」

内心死ぬほどビビっているのに、淡々と感情を殺し伝えられるようになったのは成長だろう。

「あ〜あ、つまんない。もういいや」

彼はパッと手を離し、「行こうジェイド」と俺に背を向けた。
はぁ、と大きな溜息をついて制服を捲ればまた真っ赤になった手形が増えた。

「使って差し上げればいいのに」

ジェイド先輩がそう言って笑った。

使って、その先は?
何が返ってくる?
面白いって付き纏われんの?
それともつまんない、で終わり?
終わってくれるなら、使う。
けど、その保証はない。
あの何考えてるか分からない男じゃ、尚更。
だから、静かに待つ。
彼が飽きて消えるのを。
今までだって、そうやってきたのだから。

「フロイドは諦めは悪いですよ」
「ジェイド〜?」
「すぐに行きますよ」





「フロイドは、彼が好きですね」
「はぁ〜?好きとか何言ってんの。あいつのヘンテコ魔法見たいだけ」

それにしては執着しすぎている、ということに彼は気づいていない。
勿論諦めが悪いのは事実なのだが。
朝も昼も、隙あらば彼を探す姿を見ていればそれだけには思えなくなってくるのだ。
クロヴィスと話した後はつまらないと文句を言っていたとしても機嫌が良い。
普段なら手をつけられないほど不機嫌になるのに。

「聞いた?ジェイド。折ってください、だって」

面白いね、と甘ったるい声で彼は言った。

「…可哀想に」
「何か言った?」
「いえ、なんでも」

目をつけられたのが運の尽き。
好きな人を苛めてしまうエレメンタリースクールの同級生を思い出す。
まずはフロイドがこの好意を自覚しなければ、きっと彼らの関係が変わることはないのだろう。
まぁ、あれだけ拒絶を示すクロヴィスが応えてくれる可能性は限りなく低いか。
このまま苛め続ければ、それに比例して。
アズールに1度話してみようか。
フロイドの言葉が事実なら、アズールも彼のユニーク魔法を求めるかもしれない。





「いただくんだゾ!」

あぁ、うるさい。
俺の皿の上の唐揚げを盗んだ泥棒猫を思いっきりテーブルに押え付ける。

「は、離せ?!」
「またやってんのかよ」

泥棒猫の眉間を思いっきり指で弾き、彼が奪おうとした唐揚げを取り返す。

「なんか言うことは」
「……ごめんなさい」
「監督生、ちゃんと世話をしろ」

ごめんねと苦笑する監督生に猫を放りなげ、自分の食事に箸をのばす。

「クロヴィスって、こう……容赦ねぇよな」
「優しくされたければなにかしてくれ。世の中ギブアンドテイク」

エースとデュースがそういうとこ、と苦笑する。
彼らは同じ寮のクラスメイトだ。
あまり関わることはなかったのだが、なんでもない日のパーティーで彼らがやらかし、俺はまた巻き込まれたのだ。
俺が泥棒猫と呼ぶグリムと監督生もそこからの縁だ。

「お前らに巻き込まれっぱなしなんだよ、こっちは。そろそろ何か返してくれてもいいんじゃないか」
「…その節は申し訳なかったと思ってる…」
「俺もそれは謝ったじゃん。昔のことは水に流せよ」

カラッと笑ったエースに 巻き込んだ側がそれを言うのはどうなんだと思った。
だが、それを指摘するのすら面倒くさくなって 彼らを視界から外した。

「あ、」

その先で、キョロキョロと辺りを見渡すフロイド先輩を見つけてしまった。
あの長身はとても目立つから、威圧感はあるけれどそこだけはありがたい。
食べきらなかったご飯に名残惜しさを感じつつ、席を立つ。

「どした?」
「怒ったのか…?」
「悪い、これ片付けといてくれ。残りは食いたきゃ食え」

いいのか!?と唐揚げに飛びつくグリムと、どうしたのと心配そうにこちらを見た監督生。

「急ぎの用を思い出しただけだ」

フロイド先輩がいるのとは対角線にあるドアへ足早に向かった。
朝掴まれた腕を摩る。
あの人は自分の力の強さをわかってるか?
わかっててやっているなら、尚更タチが悪い。
同じ場所ばかり掴むせいで 消えなくなった痣に彼は気づいているのだろうか。

早歩きで廊下を歩いていたのだが、後ろを振り返っていたからか曲がり角で誰かと衝突した。

「っ、すいません…」
「しっかり前を見ろ」

ぶつかったのはクルーウェル先生で、不機嫌そうに眉を寄せた。

「すいません…、気をつけます」

会釈をして、彼の横を通り過ぎようとした時 また同じ場所を掴まれた。
咄嗟に漏れた「痛っ」という声に彼はすぐに手を離した。

「すまない、そこまで力を入れたつもりはなかったんだが、」
「ぁ、…いえ、大丈夫です。すいません」

じっと俺を見ていた先生だったが、なんでもないと背を向ける。

「怪我をしているのなら、保健室に行け」
「ぁ…はい、」

そうか、保健室…。
湿布くらいは貰えるだろうか。
それよりも魔法で治してしまった方が楽か。

「あの!クルーウェル先生、痛み止めの作り方教えて下さい。それか、怪我を治す薬」
「…話を聞いていたのか?」
「保健室、毎日通う訳にも行かないので。代わりに雑用とか、しますから」

先生は呆れたように溜息をついた。

「放課後」
「え、」
「放課後時間を空けておいてやる。感謝しろ仔犬」


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