10
爛れた肌は次の日には良くなった。
クルーウェル先生には予想通りこっ酷く怒られたけど、判断は間違ってなかっと最後に頭を撫でられた。
「クロヴィスさん」
「ジェイド先輩…と、フロイド先輩」
放課後。
いつも通り先生のいる教室に行ったのに そこにいたのは2人だけ。
「クルーウェル先生は?」
「今日はいらっしゃらないです。…どうしても時間が欲しくて、」
ジェイド先輩はそう言って、俯いているフロイド先輩を見た。
「フロイド、」
「……っ、」
はぁ、と呆れたように溜息をついたジェイド先輩が「僕からお話ししましょうか」と呟く。
「ま、待ってジェイド!?」
「クロヴィスさんに言いたいことがあるんでしょう?」
「……ある、」
なんて言うんでしたっけ?と彼は首を傾げ フロイド先輩が俯いたままくらげちゃんと俺を呼んだ。
ジェイド先輩は何も言わず部屋を出て、扉を閉めた。
「…ごめん、なさい……」
「え?」
聴き逃してしまいそうな程、小さな声だった。
「………助けて、くれて……ありがと」
前とは言っている事が違うけど。
大きな背を丸めて、微かに肩を震わす姿を見て 嘘ではないんだろうなと思った。
「別に、勝手にやったことですから」
沈黙。
これは、俺の言葉選びが悪かったかもしれない。
「……俺、くらげちゃんに沢山…酷いことしちゃった…から」
「そうでしたっけ」
「っ!そうじゃん!!手首の痣も、倒れたのも!!両腕、あんなになっちゃったのも!!!」
叫ぶように彼は言った。
顔を上げた彼の目には涙が浮かび、苦しそうに表情が歪んでいた。
なんで痣のこと知ってんだろう。
あぁ、そんなことどうでもいいのかな。
「…貴方が謝るべきことは、1番最初。貴方を怒らせた生徒たちと間違えて俺に手を出した その1点だけですよ」
「…は?」
「それさえなければ、俺がユニーク魔法を使うことも 貴方が俺に付き纏うこともなかった」
手首の痣に関して言えば、あそこまで悪化する前にどうにかすればよかった話だし。
クルーウェル先生にもこっ酷く怒られたのだが、俺は自分の痛みに疎いらしい。
痣になるより前に手首の違和感に気づいていれば 保健室にも行けたし。
根本的にルールを守らずユニーク魔法を使ってしまったが為に、俺も隠蔽が必要になっている訳で…。
「倒れたのだって、別に。ジェイド先輩にも言いましたけど、貴方が一因ではあれど 貴方が原因ではないんですよ。エースとグリムが後期課題をダメにしてやり直しになったり、薔薇塗りが終わらなかったり…まぁタイミング?が悪かっただけで」
アレルギーが出た両腕に至っては、分かった上でやっているのだから彼を責めようもないだろう。
手袋を外したのは自分自身だし、先生も言ったように俺が出しゃばる状況でもなかった。
「……まぁ、そういうわけなんで。いいです、別に。謝ってもらいましたし、これで終わりでしょ?」
俺の言葉に彼はギザギザの歯で唇を噛む。
痛くないのかなぁ、なんて 呑気なこと考えてたけど 彼は小さく息を吐いてまた俯いた。
「…助けて…ほしくなかった…くらげちゃんが怪我してまで……そんなこと、して欲しくなかった……」
「はい?」
「……あの時ちゃんと、言えなくて…ごめん」
▽
くらげちゃんがどんな顔してるのかは分からなかった。
返事もなく、ただ足音だけが近づいて 俯いていた俺の顔を覗き込む。
「なんで泣いてるんですか」
くらげちゃんの手が頬に触れそうで、慌ててその手を払った。
きょとん、とした彼が首を傾げる。
「アレルギー…て、」
「あぁ…人の姿の時は別に平気ですよ。でなきゃ、もっと前に症状出てるでしょ」
なんで泣いてんのか知らないですけど、と今度こそ彼の手が頬に触れ 涙を掬った。
「俺が助けるべきでなかった、ってのは耳が痛いくらい聞かされましたよ。だから、謝らないでください。まず、普通に考えて 解毒剤が用意されてないわけないんですよね。冷静さを欠いた俺の判断ミスです」
「ちがう…ちがくて、」
「何が違うんですか?」
ふわふわと宙を彷徨った手はとりあえず彼の服を掴み、落ち着いた。
「1番に、助けて…くれて、嬉しかった…」
「は?」
「俺のこと、なんて嫌いだと思ってた…から…」
水をかけられた時はなんだ、と思ったけど。
駆け寄ってきた時の心配した表情とか、本当に凄く嬉しかった。
あんな風になってるなんて知らずに、喜んでしまった その事が申し訳なかった。
「助けてくれたのは嬉しかったけど、怪我なんてしないで欲しかった…てことであってます?」
「…わざわざ、なんで言い直すの…」
「あぁ、いえ…すいません」
顔が熱い。
恥ずかしさと、顔に彼の指が触れてるから。
「んー…」
なんとも微妙な反応をしたくらげちゃんは頬に触れていた手を離し、頭の上に乗せた。
ぽんぽんと軽く撫でた後 彼は笑う。
「何笑ってんの…」
「フロイド先輩も人間らしいとこあるんですね」
「馬鹿にしてる?」
してませんよ、と彼は言った。
「ねぇ、くらげちゃん…」
「はい?」
触れても、良いのだろうか。
頭の上から離れた彼の手に 自分の手を伸ばす。
爛れた肌はもう元通りに戻っていた。
自分より少しばかり、温度が高い気がするその手を 両手で掴めば 彼は不思議そうに首を傾げた。
「くらげちゃん…」
「なんです?さっきから名前ばっかり呼んで」
「……また、話しかけてもいい?」
彼の手の平は思ったより硬かった。
細くて弱そうだと思っていたけど、手の平にはマメを何度も潰したのか固く歪な部分がある。
「もうユニーク魔法は見たでしょう?まだ何か興味があるんですか?」
あぁ、そうか。
最初は 彼のユニーク魔法が見たくて付き纏ったんだった。
水の中にいてもわかった。
あれは振動を起こすものだ。
初めて会った時、俺が倒れたのも俺の中身を揺さぶられたからだろう。
「…くらげちゃんのことが知りたい」
「俺?…別段興味を唆るようなこと、ないですよ。俺」
「好きな人のこと…知りたいのは普通にでしょ?」
ポロッと零れた本音。
何バカ正直に言っちゃってんの!?ってちょっと驚いたけど 彼はさして表情は変えなかった。
「よくわからないですけど、好きにしてください。騒がしくしなければ別に」
淡々と返ってきた言葉に あぁ、本当に伝わらない人なんだなと、ちょっと残念な気持ちになった。
けど、今告白したところで受け入れられるはずも無いから少しずつ距離を詰めていくしかないだろう。
「…ねぇねぇ、くらげちゃん」
「なんですか」
「モストロ・ラウンジ行かない?…お詫びに俺が奢るから」
少し首を傾げたが「クルーウェル先生来ないならいっか」と彼は呟いた。
ひとまず、イシダイ先生を超えることが目標だな。
「じゃあ、決まり〜!ほらほら、早く行こ〜」
▽
「どうやら…なんとかなったようですね」
ラウンジの奥。
水槽がよく見える席に座るクロヴィスさんとフロイド。
「まぁ……進展したわけではないんですけどね」
「あぁ…なるほど」
やっと、エースくんやデュースくんと同じ位置に並んだと言うだけ。
ただクロヴィスさんは 思っている以上に難攻不落なようだ。
「彼…感情が乏しいようで…」
「また難しい相手に惚れましたね。フロイドも」
「そうなんです」
まぁ、今は幸せそうだからいいか。
水槽を眺めるクロヴィスさんを見ながら表情を緩める彼に 僕達が溜息をついてしまったのは仕方ないだろう。
「彼、とても優秀だったとか?」
「えぇ、判断力も知識量も申し分なく」
「うちで働いたりしませんかね」
人手は最近足りないですし、とアズールが笑う。
「…どうですかね。放課後はクルーウェル先生が独占してますし」
「声をかけるだけはタダでしょう?」
「それはそうですね」
悪い顔をして彼らに歩み寄るアズールの後ろを追いかけながら、どうか報われればいいのにと願わずにはいられなかった。
彼が意外にもすんなりアズールの申し出を受け入れ、週3でここで働くことになるのはまた別のお話。
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