11
くらげちゃんがモストロラウンジで働き始めた。
断ると思っていたのに、お金が必要だからと彼は言った。

「4番10番のドリンクお急ぎで」

接客は嫌だと彼が言い、アレルギーの件もありドリンカーに落ち着いた彼は淡々と仕事を熟すからアズールからはとても好評だった。

「ねぇねぇくらげちゃん。飽きた〜」
「…フロイド先輩が飽きないことなんてないでしょう」

前のように嫌悪や拒絶を向けられることはなくなったけど基本的に塩対応。
それでも会話をしてくれるだけ、マシなのだが。

「クロヴィスさんのところで直ぐにサボらないでください」
「げっ。また、怒ってるよアズール」
「怒らせてるのは先輩ですよ」

2番のファーストドリンクです、と俺のお盆の上に乗せられた飲み物。

「…はーい」

渋々ドリンクを持っていけば小エビちゃんやカニちゃん達がいた。

「よく来るねぇ」
「こんにちは、フロイド先輩」

小エビちゃんがにっこりと微笑む。
くらげちゃんもこれくらい愛嬌があればいいのに。

「クロヴィスが働いてるって本当ですか?」
「うん。ドリンカーやってるよ〜。これも、くらげちゃん作です」

テーブルの上にドリンクを乗せていけば、あいつ器用だなとカニちゃんは言った。

「でもよくリドル先輩が許したよなぁ」
「お金が必要なんだって」
「なんでまた?」

理由までは知らないけど。
アズールが声をかけた時 意外にもすんなりと受け入れた。
その返事の後に 「リドル先輩にだけは確認とってもいいですか」と聞いていた。

「けど、仲直りできてよかったっすね」
「え、」
「ジェイド先輩心配して作戦を…て、これ言わない方がよかったやつ?」

途中まで言いかけたカニちゃんがサバちゃんを振り返る。
もう時効だろ、と彼は言ったが どうやらジェイドが裏で何かやろうとしていたらしい。

「…ま、いいよ。今回は許してあげるけど。次はないからねぇ」
「うげっ、マジかよ」

珍しくずっと黙りだった小エビちゃんにどうしたの?と尋ねれば 代わりにアザラシちゃんが「こいつはまだ喧嘩してるんだゾ」と答えた。

「……仲直りすればいいじゃん。小エビちゃんは友達だったでしょ?」
「仲直りはしたいけど。友達に見返り求めるのはやっぱ、許せなくて…」

小エビちゃんはそう言って俯いた。

「それは、俺たちが悪かったからだって。別にクロヴィスがいつもそうってわけじゃ…」
「小エビちゃんは優しいんだね」

くらげちゃんは多分、見返りを求める。
というより 一方的なのを嫌っているのだろう。
俺を助けた時も言っていた。
これだから先に与えるのは嫌いだと。
与えて 返ってこなかった過去があるのかもしれない。
与えたくなくなるくらいの。

「…けど、くらげちゃん。見返りもなく俺の事助けてくれたよ?」

見てたでしょ?って言えば小エビちゃんははいと頷いた。

「フロイド先輩、」
「あれぇ、くらげちゃん!」
「俺、休憩なんで ドリンカー入って貰えますか」

テーブルに座る彼らなど目に入っていないのか。
くらげちゃんは必要なことだけ伝えて くるりと背を向ける。

「休憩の賄い。皆と食べたら?」

俺と言葉にくらげちゃんは足を止めテーブルに視線を向けた。
お疲れ、と声をかけたカニちゃんサバちゃんにありがとうと答えたけど 彼は裏で食べますと答えた。
きっとまた、水槽の上で食べるんだろうな。

「じゃ、小エビちゃんたち。ばいばぁい」

この水槽を随分と気に入っているらしい。
初めて来た時に、ずっと見てたってジェイドも言ってた。

「良かったの?皆と食べなくて」
「なんでですか?」
「なんでって…」

誰と食べても味は変わらないですよ、と彼は言って 賄いのサンドイッチを持って裏に入っていってしまった。

「おや、フロイドが入ったんですね」
「あれ?ジェイド?ジェイドいるなら、ドリンカー ジェイドで良かったじゃん」
「元々僕の予定でしたけど…」

あれ。
じゃあなんで、くらげちゃんはわざわざ呼びに来たんだろ。

「まぁいいや〜このまま俺やるね〜」
「わかりました。お願いします」





「…何してるんだろう」

ドリンカーの交代は確かジェイド先輩だったはずだ。
なぜわざわざフロイド先輩に声をかけにいったのか。
後でジェイド先輩に謝っておこう。

上から水槽を見下ろしながら、サンドイッチを口に押し込む。
監督生とは未だに気まずい。
まぁ、向こうがあれだけ態度に出してくると 正直こちらとしても扱いに困るのだ。

「今まで、与えても返ってきたんだろうな…」

与えた上で奪われたことなんて ないんだろう。

「おや。またここで食べていたんですか」

アズール先輩が何か入れ物を持ってこちらに歩み寄る。

「気に入っていただけたんですね、この水槽」
「まぁ…」
「よかったら、エサあげますか?」

彼が持っていたものは魚のエサだったらしい。
差し出された入れ物の中には小さな粒が沢山入っていた。

「ご飯食べてからでいいですか」
「ええ、構いませんよ」

彼は隣に座った。
この人地べたに座る、なんて出来るのかってちょっと驚いた。

「アレルギーさえなければ、僕達の海にご招待したいところですが…」
「まぁ無理でしょうね。俺はこの小さな海で満足してますよ」
「…そうですか」

俺が餌をあげ終えるまでここにいるのだろうか。
会話が終わっても隣に座ったままの彼を横目に見る。
少し居心地の悪さを感じつつ、残り1口だったサンドイッチを飲み込んだ。

「…どうして、引き受けたんです?ここで働くこと」
「お金が必要だって言いませんでしたっけ」
「なぜ必要なのか、聞いてるんです」

ぱらぱらと小さな餌を水面に落とすと、魚が水面に上がってきた。

「そう言っておけばいいかなぁって」
「はい?」
「元々クルーウェル先生に 錬金術やる以外の趣味を作りなさいって言われてて」

これ、餌ってどれくらいあげるのが正解なんだろう?
よくわからないけどとりあえずもうちょい入れていいだろうか。

「別に何にも興味ないんですよね、俺。だから とりあえずやって意味があることをしようと思って」
「金銭という見返りのあるうちに…?」
「はい、そういうことです」

水面から飛び跳ねた魚に咄嗟に手を引く。
魚って飛ぶの?嘘でしょ。
ここでご飯食べてんの 結構危ないのか…?

「…クルーウェル先生はなんと?」
「まぁいいんじゃないかって」
「先生も諦めたんでしょうね…」

なんの事か分からないが随分と呆れられたらしい。

「楽しいですか、働くの」
「まぁ、退屈はしてないです」
「それなら良いですけど…」

幼少期に習い事とかは、と尋ねられ 特に何もと答える。
あの頃やっていたことと言えば、魔法に関する本を読むことと狩猟の手伝いくらいのものだろう。

「餌、あとどれくらいあげればいいですか?」
「それくらいでもう大丈夫ですよ」
「そうなんですね。ありがとうございます」

餌の入れ物を返し、時計に視線を落とす。
そろそろ休憩も終わる時間だ。

「そろそろ戻りますね」
「あぁ、すみません。休憩の邪魔をしてしまって…」
「いえ、餌やり楽しかったです」

アズール先輩は何をしたかったのだろうか。
そんなことを考えながら休憩から戻れば フロイド先輩が珍しくまともにオーダーを捌いていた。

「お疲れ様です。代わります」
「おかえり。くらげちゃんが交代間違えるなんて珍しいね〜。ジェイドだったらしいよ〜」
「あ、はい。すいません」

ジェイド先輩怒ってましたか、と尋ねればぜんぜーんと彼は笑った。

「はい、どーぞ」
「ありがとうございます」
「ここまでオーダー終わってるよ〜」

ちょっと休憩〜と 俺の傍らにしゃがんで、恐らく失敗して作ったドリンクを飲み始めた。

「監督生たちのとこ行かなくていいんですか?まだいるんでしょ?」
「…行って欲しいの?邪魔?俺」
「いや、そういうわけじゃないですけど…」

俺はくらげちゃんと喋りたいよ、とフロイド先輩は笑った。
それがなんだが、少しだけ。
気分が晴れるような不思議な気分になった。

なんだろうな、これ。
今日は少し いつもと違う。

「くらげちゃん、終わったら夕飯一緒に食べに行こ〜」
「…まぁ、いいですけど」
「やった」

じゃあ残り少し頑張ってこよう、と彼は嬉しそうにドリンカーから出ていった。


[twstlisttop]