12
「モストロ・ラウンジは楽しいか」

クルーウェル先生の元で資料の仕分けを手伝っていれば、彼はそんなことを尋ねてきた。

「どうでしょう…?」
「聞き返すな」
「あまり、わかんないんですよね。楽しいとか楽しくないとか」

それなら何故私の手伝いをしている、と言われて手が止まった。

「…助けられた恩があるから」
「もう十分返して貰ったから、不要だ。と、言ったら?」
「これ以上は俺が与える側になるってことですか?」

そうだ、と彼は言った。

「それなら、ここへ来るのは今日で辞めます」
「……そうか」

これはもしもの話なのだろうか。
それとも、実際にそうなのだろうか。

「仔犬」
「はい?」
「ここへ来るのは今日で最後だ」

先生はそう言って、呆れた表情をしていた。
あぁ、この表情 昨日のアズール先輩と一緒だ。

「分かりました」
「…もう、怪我はするなよ。薬を甘く見るのも アレルギーを甘く見るのも ダメだからな」
「はい、わかりました」

色々とご迷惑をお掛けしました。
そう言って頭を下げた俺に その言葉はもう必要ないだろうと彼は笑ったのだった。

ぽっかりと空いた予定。
ラウンジのシフトを増やして貰うか、と考えながらもあまり気乗りはしなかった。
別に働くのが嫌いなわけではないのに。

「明日から何しよう」





「クロヴィス!今日はラウンジ?先生?」

授業が終わり、珍しくゆっくり荷物を片付けていた彼に声をかければ「どっちも違う」と彼は答えた。

「え、」
「何?」
「いや……え、珍しいな、と…思って」

忙しいのが好きなのか、暇なことが嫌いなのか。
クロヴィスはいつもクルーウェル先生の元へ通っていたし、それが減ったと思えば空いた日は全てラウンジでのバイトになった。
その彼が両方ない、と答えるなんて。

「えっと…なんで?なんかあった?」
「いや、別に。クルーウェル先生のところに行く必要がなくなっただけ。ラウンジは固定シフトだから。急に穴が空いたんだよ」

エースは部活だっけ、と彼は俺の動揺なんて気にする様子もなく立ち上がった。

「ちょ、待て!部活ねぇし、飯いこ!」
「…なんで?」
「なんでって?」

前みたいに何か企んでるの?と彼は首を傾げた。
まさか、気付いてたのか…?

「今度は誰に頼まれたの?監督生?」
「いや!いやいやいや!違うって?!」

終わったことだからどうでもいいけど、と歩き出したクロヴィスの隣に並ぶ。

「マジ!違うって。あの時は課題で迷惑かけちまったから」
「じゃあそういうことにしておくよ」

どうでもよさそうな横顔だった。
変わらない声色、変わらない表情、変わらない歩調。
クロヴィスにとっては、俺がどうであろうとどうでも良いんだろうな。

自分の足が、少し重くなった気がした。
昨日はああ言ったけど、クロヴィスは…俺に何かあったら助けてくれるのだろうか。
あの時みたいに、怒らせていなければ…力を貸してくれたのだろうか。

「あ!くらげちゃん!」

校舎の入口辺りで フロイド先輩が手を振った。
それを見て、クロヴィスが少しだけ笑った。

「今日は先生んとこでしょ〜?」
「いえ、もう行かないですよ」
「え、」

フロイド先輩の反応もわかる。
そうなるよな?
クルーウェル先生とクロヴィス見てた人ならきっとそうなるんだって。
クロヴィスは先生には懐いてたし、慕ってた。
先生も特別甘やかしてた。
そんなん見させられてきて、こんなあっさりと。

「何かあった…の?」
「いえ、何も。与えられた分を返せたので終わっただけです」

淡々と答えたクロヴィスにフロイド先輩は目を瞬かせてから笑った。

「やっぱ、くらげちゃんはくらげちゃんだねぇ」
「何がですか?」
「んーん。あ、じゃあさ!俺と遊ぼ?」

クロヴィスの腕に自分の腕を絡めたフロイド先輩がこてんと首を傾げた。
その腕を解くこともせず、クロヴィスは先輩を見上げた。
仲直りしてからこの2人も妙に…距離が近い。

「すいません、エースに先に声をかけられてるので」
「え!?」
「あ、何?行かないの?」

きょとんとしてこちらを見た彼は首を傾げた。

「あ、いや。行きたい、けど…」
「すいません、フロイド先輩」

フロイド先輩を断るとは思わなかった。
怖くねぇのかな…

「ちぇ…」
「クルーウェル先生のところ、もう行くことはないので。次の休みが重なったら遊びでなんでも」
「約束だかんね?」

はい、と答えたクロヴィスにフロイド先輩は満足そうに笑い、腕を解いた。

「じゃあ、またね。くらげちゃん、カニちゃん」

断られたら機嫌悪くなるかと思ってたけど、そうでもなかったな…。

「で?どこ行く?」
「え?」
「さっきから何?誘ったのそっちでしょ?」

確かにそうなんだけど。
なんでわかんねぇかな、この俺の動揺。

「行かないなら帰るけど」
「いや!行く!行くけど!良かったのかよ、フロイド先輩」
「なんで?先に誘ったのはエースじゃん」

そうだけど、と何とも言えない返事しか出来なかった。

「ご飯ってことは、学食かラウンジ?エースはどっちがいい?」
「ちょっと金欠だから学食かなぁ」
「じゃあ行こっか」

歩き出したクロヴィスの隣に並ぶ。
横顔はやっぱり、変わらない。

「クルーウェル先生とかフロイド先輩のこと、好きなんじゃねぇの?」
「好きって?」
「え?」

好きって何?と彼は言った。
その声色が、どうにも冗談には聞こえなかった。

「何って…あんじゃん、好き嫌いって」
「別にない。」
「うっそ!?まじで言ってんの!?」

人間に優劣付ける必要あるか?と首を傾げた。

「必要不必要じゃなくて、自然と…」
「俺にはないよ。全員同じ。与えてくれるなら、与え返す。与えてくれないなら、与えない。それだけ」

あぁ、俺が思っていた以上に 彼はそうなんだな。
友達なのかな、とか俺は不安がってたけど 彼にとっては友達なんて枠組みないんだろうと 思った。

「…寂しいな」
「何が?」
「なんでもねぇよ!」

寂しいよ。
だって、お前には何も無いんだろ?
自分とその他大勢しかいないなんて。
お前が辛い時、躓いた時、悩んだ時。
お前1人で抱え込むなんて。
友達だと俺は思ってるから、やっぱり寂しいじゃん。

「…なんかあったら、いつでも言えよ。俺でよければ力になるから」
「何してほしいの?今度は」
「いや!まじでそういうんじゃないんだって。ギブアンドテイクとかそういうの取っ払って、俺はお前の為なら何かしたいってだけ!」

クロヴィスは不思議そうな顔をした。
だよね、そうだと思った。

「監督生もエースも、変わってる。何も返ってこないのにどうして与えるの?」
「それだけ、そいつが大事だから。返ってこなくたって、そこに いてくれるだけでいいから」

クロヴィスはそうなんだね、と少しだけ寂しそうに笑って、前を向いた。





夜。
寮の庭に出たら、ルヴトーが現れた。
足に擦り寄り、そのまま眠りにつく姿を見ながら溜息が零れる。

「難しいな、ルヴトー。返ってこなくても、与えたいなんて」

眠ってるルヴトーの耳がぴくりと動いた。

「爺さんは、なんで俺を拾って育てたんだろうな。俺は何も返せないのに。何も返せなかったのに。…最後、救うことすらできなかったのに」

青い瞳が俺を見上げた。

「それでも、与えたいと…思ってたのかな…」
「クロヴィス」
「え?あ、トレイ先輩?」

もう消灯の時間だ、と彼は言って 足元にいるルヴトーに視線を向けた。

「すいません、すぐに戻ります」
「…クロヴィス。フロイドを助けたんだって?リドルに聞いたけど、どうしてあの時フロイドを助けたんだ?」
「え、」

見返りなんかなかった。それに、お前はあまり好いていなかっただろ、と。

「命を、大事にするように言われてたから。自分のも、他人のも…」
「命の為なら見返りはいらない?何も返ってこなくても、命は救い続けるのか?自分を危険に晒しても」
「それは…」

トレイ先輩がルヴトーの前にしゃがみ、触ってもいいか?とルヴトーに手を伸ばす。

「ルヴトー、噛んじゃダメだよ」

静かに目を閉じたルヴトーは先輩の手を受け入れ、少しだけ耳を下げた。

「見返りを求めるのに、クロヴィスは何も欲しがらないよな。見返りなんて本当は求めてないんじゃないのか?」
「それ、どういう…」
「受け取るのが怖いんだろ、人から」

先輩の目が俺を射抜く。
その目に全て見られているようなそんな気持ちになる。

「……すまん、お前の独り言最初から聞いてた」
「あ……なる、ほど…」
「その誰かに、何も返せなかったこと。後悔してるんだろ?だから、貰いたくないんだろ。だから、お前も…与えないって線引きして…距離を取りたいんだろ」

ルヴトーを撫でていた手が俺の頭を撫でた。
お爺さんもよく、頭を撫でてくれたっけ。
ゴツゴツした硬い掌が、優しく髪を撫でてくれてたっけ。
クルーウェル先生もよく、俺の頭撫でてたな。
その感覚も、嫌いじゃなかった。

「なぁ、クロヴィス」

トレイ先輩が微笑んだ。

「お前の感情から、目を背けてしまうなよ」



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