13
「………ねぇ、ジェイド」
「……なんです、フロイド」
「……くらげちゃん……機嫌悪い?」

ラウンジのドリンカー。
もう見慣れてしまった彼の姿があるのだが、その横顔はどこか険しい。
話しかけてもいつも以上に塩だし。

「また何かしたんですか、フロイド」
「え!?俺じゃねぇし!」
「では一体……」

作り終わったドリンクをトレーに置いた彼がこちらに気づく。

「どうしたんですか」
「あ、いえ……体調、悪かったりしますか?」
「いえ、別に。これ9番のファーストドリンクです」

あ、はい。と素直に受け取ってしまったジェイドがそれを運ぶためにここを離れる。
となれば残されるのは俺1人。

「くらげちゃん」
「なんですか」
「…なんかあった?」

恐る恐るそう尋ねればグラスに氷を入れていた手がピタリと止まった。

「……別に、」
「俺、またなんかしちゃった?それとも、ジェイド?アズール?」
「いえ、皆さんは別になにも。ただ、少し考えがまとまらないだけです」

自分の両手を見下ろしながら、彼は変なこと聞いていいですかと前置きをした。

「いいよ」
「俺、なんでフロイド先輩のこと助けたんだと思います?」
「え?えー…それ、俺に聞く?」

すいません、と彼は笑った。

なんで。
なんでだろうね。
そんなん、俺が知りたかった。
正直、好かれてなかっただろうし…。

「俺を助けて恩を売れば…付き纏われないって…思ったから?」
「あぁ、俺なら…考えそう」
「…自分で言ったけど、ちょっと凹むよ。そんな普通に納得しないで」

すいません、ってまた彼が笑った。
変なくらげちゃん。
普段そんな風に笑わないのに。

「後悔してんの?助けたこと」
「それは、してないですね。」
「じゃあどうして?」

何が返ってくるとか考える前に、助けていたと彼は言った。
ピーピー、とオーダーが入る音がしても、彼は俯いたまま。

「けど、そんなこと今までなかったから」
「…くらげちゃん、優しいから」
「は?」

優しい人はそうなんだよ、と言ってみれば 彼は心底不思議そうな顔をした。

「その…うん。なんだろう。与える、与えない…とか。ギブアンドテイクとか。それはくらげちゃんが自分のために決めたルールでしょ?」
「俺のため?」
「傷つかないために」

くらげちゃん。
ほんとは、多分 凄く優しいんだろうなって。
一緒に過ごしてくれるようになってから知った。
けど、わざと 距離を置いてる。
踏み込まないように、踏み込まれないように。
与えないように、与えられないように。

「くらげちゃん、気づいてないだけで 沢山無償で与えてるんだよ。…見返りも求めずに」
「そんなこと、」
「あるから言ってんの。けど、冷静になると…怖くなるんでしょ」

何か思い出して、と言い切る前に 彼の手が俺の口を塞いだ。
もうやめて下さい、と彼の声が震える。
そして、だらりの下ろしていた手に痛みが走った。

「痛っ!?!」
「ルヴトー!?」

大きな狼が手首に噛みつき、俺を睨み上げる。
いつの間に。
てか、今くらげちゃん 名前呼んだ?
ルヴトー?

「やめろ、ルヴトー。俺は何もされてないから。大丈夫だ」

ドリンカーから慌てて出てきたくらげちゃんが狼の頭を撫でると やっと口を離した。

「すいません、フロイド先輩。手当てを…」
「大丈夫だよ〜」

くらげちゃんに痣をつけてしまった場所と同じとこ 噛んだな。
俺を睨みつける青い目は どうやら今までの俺の過ちまで責めているらしい。
じわりと血が滲む手首を摩る。

「…ごめんね、くらげちゃん。踏み込みすぎた」
「あ、いえ。俺が…始めた話なので」
「ちょっと消毒だけしてくんね。アズールに見つかる前にその子隠しておきな」

オーダーの切り電が溜まってる。
そろそろアズールが様子を見に来るだろう。

「ルヴトー、大丈夫だよ。来てくれてありがとう」

くらげちゃんがそう声をかければ、その狼は姿を消した。

使い魔…かな。
あのユニーク魔法といい、くらげちゃんの魔法力は底が見えないな。
だからこそ、唆られるのだけど。




営業終わりにフロイド先輩を捕まえた。
大丈夫だって、と笑う彼の手首を見ればくっきりと歯型がついていたし、まだ血が滲んでいた。

「そこ座ってください」
「本当に大丈夫だよ」
「いいから、お願いします」

自分の声は思いの外、焦っていた。

「……じゃあ、はい」

それに気づいたのかフロイド先輩はソファに座って手首を差し出した。
滲む血を拭い、消毒液を付ければぴくりと体が震える。

「いたい」
「…すいません、」

冗談だよ、と彼は笑った。

「こんくらいへっちゃら」
「すいません、」
「もー、すいません以外なんも言えないの?つまんなーい!」

だって、と呟けば自分の頭に何かが乗せられた。
手元に影ができて、少し目線を上げればそれが帽子だとわかる。

「くらげちゃんは、悪くないでしょ」
「俺の使い魔です」
「だと思った。けど、あの時 動揺させたのは俺。踏み込んじゃ、いけなかったんでしょ」

帽子の上からぽふぽふと俺の頭を叩きながら よく出来た使い魔だねと彼は言った。

「俺、沢山痛いことしちゃったから。おあいこ」

フロイド先輩は俺が巻いた包帯を撫でた。

「手当て、ありがとね」
「…何か、お詫びさせてください」
「えぇ…なんでそんなに深刻に考えるのかなぁ」

むっ、と唇を尖らせた彼だったが 「まぁ、いいや」と笑う。

「じゃ、デートしよ」
「はい?」
「デート!」

デートってなんだ。
嘘知らないの、と目を丸くした彼に素直にこくりと頷いた。

「デートは手ぇ繋いでお出かけすんの。ご飯食べて、遊んでー、とか?」
「なんで手繋ぐんですか?」
「そんなん、離れて欲しくないからでしょ」

包帯を巻いた彼の手が 俺の手を握った。

「こーやって、手ぇ繋ぐの」
「…動きにくそう」
「そーいうこと言う?普通」

彼はそう文句を言ったけど、実際に俺もやったことないと笑った。

「どこへ行くんですか?校内?」
「それはやだ。から…どうしよっか。俺の故郷は…くらげちゃん来られないからなぁ…」

くらげちゃんの故郷は?と聞かれて 何も無いですと答えた。

「森の奥深くなので…あぁ、けど……山を1つ越えれば栄えた街があります」
「じゃあ、そこにしよ?」
「…いいですけど」

次の休みに外出許可は出しといてね、と彼は上機嫌に笑った。
まぁ、喜んでくれているのならそれでいい。
怪我をさせてしまったお詫びはしなければいけないから。

「楽しみだねぇ、デート」

彼はそう言って、少しだけ繋いだ手に力を入れた。
それでも、痛みは感じなかった。





「おかえり」
「ただいま戻りました」

寮の談話室には珍しくエースとデュースの姿はなく、リドル先輩とケイト先輩、トレイ先輩がいた。

「お仕事お疲れ様!」
「ありがとうございます」
「嫌なこととか、されてないかい?」

心配そうなリドル先輩に優しくしていただいていますよ、と答えればそれならいいとほっと息を吐いた。

「あ、そうだ。今週末、外出したいんですけど大丈夫ですか?」
「…珍しいね。構わないよ。後で書類にサインして持ってきてくれ」
「分かりました」

どこ行くの?と首を傾げたケイト先輩に「デートです」と答えたら 彼らがぴたりと固まった。

「ちょ、ちょっと待ってね。クロヴィスちゃん…え、デート?」
「はい、そう言ってましたけど」
「すまないが…誰と?」

フロイド先輩と、と答えれば彼らは顔を見合わせた。

「……嫌なら断ってもいいんだぞ?クロヴィス」
「そうだよ、クロヴィスちゃん!」
「脅されてるのか…?」

反応は三者三様だが、どうにも心配されているらしい。

「大丈夫ですよ。ただ、手を繋いで出かけるだけだって」
「うそん、そこから?デートって恋人が2人で出かけることだよ?」
「恋人?」

流石に僕でも知ってるいるよ、とリドル先輩も呟いた。

「…?じゃあ、デートするから俺とフロイド先輩は恋人なんですか?」
「いやいや、逆だ逆。恋人だから、2人で出かけるのをデートって言うんだよ。付き合ってもないのに、手なんか繋ぐな。2人で出かけるのはまだいいが…」
「…わかりました」

本当にわかってるかな、と心配そうな彼らを他所に俺は自分の部屋に戻った。

なんで、フロイド先輩はデートって言葉を使ったんだろう。
普段はご飯行こう、遊ぼうって誘うのに。
本当に嫌だったら拒否するんだよ、とケイト先輩は言ってた。
けど今日、フロイド先輩に手を触れられた時 別に嫌な感じはしなかったのだ。
それが、当たり前だと思っていたけど 違うのだろうか。

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