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鏡の間に彼は立っていた。
私服姿は初めて見たけれど、意外とラフなものを着ているらしい。
アクセサリーとかもなく、シンプルだ。

「くらげちゃん!」
「あ、おはようございます」

ふんわりと表情を緩めた彼が 私服姿は新鮮ですねと言った。

「くらげちゃんもね」
「そうですね。それじゃあ、行きますか?」
「うん!」

はい、と差し出された手。
それと彼を交互に見ればこてん、と首を傾げた。

「手、繋ぐんでしょう?」
「っ…ほんとに、いいの?」

冗談でデートと言ったつもりだったのに。
本当に意味を知らないんだな。
それに付け込んでいいのかなって、少し思ったけど 差し出された手が魅力的すぎて 自然と手を伸ばしていた。

鏡を潜り抜ければ、花の香りが鼻腔を擽った。

「わぁ、」

さわさわと木々の音がして、街には沢山の花が植えられていた。

「すっげぇ…」
「華の街、と呼ばれてる場所です」
「確かに!花!沢山!」

陸の街は初めて見た。
海の中とはこんなにも違うのか。

「何からしたいですか?」

繋がれた手を軽く引いて、彼は歩き出す。
その隣に並んで とりあえず街中を見たいと答えた。
人は決して多くはない。
けれど、明るい街だった。
どこを歩いても、花の香りがする。

「くらげちゃんはよく来てたの?」
「よくではないですね。基本、森の中で自給自足していたので。狩猟をした時に、ここへ売りに来てたんです」
「狩猟…?」

狩りですよ、と彼は手を離し、何かを構える素振りを見せた。

「歴史の授業で出ませんでした?銃を使って動物を仕留める話」
「出た!え!?くらげちゃんあれできんの??」
「できますよ。動物も捌けます」

離れた手はすぐに繋がれて 意外ですかと彼は笑った。

「…育ての親が狩猟を生業としていたんです。ルヴトーも猟犬みたいな扱いでしたよ」
「使い魔なのに?」
「はい」

無駄遣い、と呟けばそうですよねと彼は言った。

「ねぇねぇ、このお店何?」
「ここですか?これは、この街特有のアクセサリーです。花から作ってるんですよ」

入りますか、と言われ素直に頷けば彼は手を引いて店の中に入っていく。
キラキラと輝くそれは、海の中にはない輝きだった。

「魔法で花を小さくして固めたり、石の中に閉じ込めたりしてるんです」
「…すっげぇ…」

水色の石の中に、青い花が浮かんでいる。
まるで咲いてるみたいなそれを光に翳せば、「見るのは初めてかい?」と店のおばあちゃんが声をかけてきた。

「初めて!俺、海ん中から来たんだよねぇ」
「こりゃまた珍しい…ゆっくり見ていきなねぇ」

アクセサリーはこのピアスしかつけないのだが、これは少し欲しくなる。
ストラップとかならつけられるだろうか。
折角だし、思い出に…とか。
ちょっと女々しいかな、やめておこう。

「くらげちゃん、アクセサリーはつけないの?」
「え?あぁ…あんまり興味がなかったというか…触れる機会がなかったというか…」
「そっかぁ。似合いそうなのにねぇ」

きょとん、と彼はしてから ふふっと笑う。
あ、今笑い方好きだなって 思った。

「じゃあ選んでくれますか?」
「え、」
「嫌ですか?」

嫌じゃないけど、と何とも言えない返事をして 手元に視線を落とす。

「…うーん、ピアス……いや、ネックレスかなぁ」

人に何かを選ぶなんて初めてだった。
ましてやそれが、好きな人なんて。

「これ、とか…」

濃いピンクというか紫に近い花が 不思議な形の石の中にある ネックレスを彼に差し出した。

「ペンデュラムのブーゲンビリア…」
「んんん?何?」
「ペンデュラムがこの石の彫り方って言うんですかね?形で、ブーゲンビリアが花の名前です」

相変わらず詳しいねぇ、と店のおばあちゃんが笑うとくらげちゃんは少しだけと困ったように答えた。

「じゃあこれにします」
「え、、いいの?」
「はい。選んでいただいたのに、ダメな理由ありますか?」

これください、とおばあちゃんに渡す彼の横顔から視線が外せなくなる。
これがくらげちゃんの自然な笑顔なんだなぁって。




ちょっとトイレ行ってくる、と 食事をしたお店でフロイド先輩は席を立った。

「ねぇ、お兄さん?」

この後はどこへ行こうかって考えていれば 上から落ちてきた声。
顔を上げれば 小綺麗な女の人がいた。

「私と遊ばない?」

あぁ、そうだった。
この街がそういう街だったことを忘れていた。
華の街。花街と咲き誇る花々を掛けたのだ。

「連れがいる」
「男の子でしょ?背の高い。今頃あっちも楽しんでるわ」

なるほど、2人組だったか。
とりあえずフロイド先輩の所へ行こう、と席を立とうとすれば女の手が俺に触れた。
その瞬間に体に走った不快感。
気付けばその手を払い落としていた。

「…触るな、」

不快だ。
こんな、虫唾が走るなんて思わなかった。
手を服に擦りつけながら、トイレに向かえば案の定女の人に絡まれていた。
その姿さえ、不快に思った。

「ねぇ、いいでしょ?ちょっとだけ」
「あ〜もう、うざい!!」
「フロイド先輩、」

くらげちゃん!と先輩がこちらを見た。

「あれぇ、断ったの?好みじゃなかった?」
「見てたんでしょ?俺らが街歩きしてるの。わかんなかった?」

フロイド先輩の手を引いて自分の方に引き寄せる。

「デート、してんだけど」
「え、なに?!くらげちゃん!?」
「恋人持ちには手出ししない。この街のルールじゃなかったっけ」

何だ、観光客じゃないのねと 彼女は自ら着崩したであろう着物を直した。

「別れたら、また来てね。お兄さんたち」

ひらひらと手を振っていなくなった彼女を見送り、溜息をつく。

「すいませんでした。大丈夫でしたか?」
「へ、いき…だけど…」
「言い忘れてました。ここ 花街としても有名なんです。華売り……えっと、遊女は色んなとこ自由に出歩いてて、好みの男がいるとあんな風に声かけるんです」

逆も然りですけど、と少し早口で説明すれば 何故か彼は顔を赤くして固まっていた。
女性…ダメだったのか?いや、逆?

「…フロイド先輩?」
「っ、」
「えっと、遊女と…遊びたかったですか?」

んなわけないじゃん、馬鹿じゃないの!?と怒られた。
いや、だって。
顔真っ赤で固まってたら そう思うでしょう。

「なんで……知ってんの」
「何をです?」
「恋人って……デート、」

俯いた彼の言葉に首を傾げる。

「ケイト先輩たちが…。デートは恋人がするもんだって、」
「っ!!知ってて、なんで…受け入れてんの…」
「別に、嫌じゃなかったから」

繋いだ手を引いて、とりあえず外に出ましょと声をかける。
1歩2歩後ろを彼は俯きかながらついてきた。
お店の裏、日陰になった所で足を止め彼を振り返る。

「恋人ではないけど。したかったんじゃないんですか?手を繋いでお出かけ」
「そ、う…だけど」
「嫌じゃない、と思ったから…俺はしてたんですけど。嫌でしたか?」

繋がれたままの手を少しだけ引いてみる。
俯いたままの彼はふるふると首を横に振った。

「じゃあ良くないですか?」
「…くらげちゃんが知らないことに、つけこもうと…したのに?」
「まぁ、嫌なことされてる訳でもないですし」

うー、と唸った彼が背を丸め、俺の肩に額を押し付けた。

「騙そうとして、ごめん」
「いいですって、楽しんでますから」
「……ぎゅーってしていい?」

突然どうしたんです、と笑いながら 手を解き彼の背をポンポンと撫でれば 俺の背に彼の手が回る。

「ねぇ、くらげちゃん」
「なんですか」
「嫌じゃないの、恋人に見られるの」

別に気にしないですよ、と自然と答えていた。

「男同士なのに?」
「別に。よくある事じゃないですか?」
「……くらげちゃん」

なんですか、ともう一度問えば 「好き」と小さな声で呟いた。

「はい?」
「くらげちゃんが、好き……デス……だから、デートしたかった…です…」

ぐりぐりと肩に額を押し付けながら彼はごめんと言った。

「…なんで謝ってるんですか」
「沢山傷付けたくせに。好きとか」
「…傷付けられてないですって」

彼の頭を撫でながら、どうしたものかと思案する。
告白されるとは思っていなかった。
恋人ごっこでもしたいのかと、軽く考えていたのだが。

「考えてもいいですか」

好きって、なんだろう。
別に嫌いじゃないけど。
多分それは彼の言う好きとは違うんだろうなって。

「……今すぐに出せる答えは、俺には無いです」
「素直だね」
「すいません」

いーよ、と彼は顔を上げて笑った。

「好きって、言えただけ。いーや、」
「…顔真っ赤」
「うーるーさーい!!」

続きしますか?と彼に手を差し出せば 危機感ないの?と彼は言った。

「え?何がですか?」
「いーよ、もぉ…くらげちゃんはそういう人だもん」
「なんかちょっと怒ってます?」

怒ってねぇし、とそっぽを向く姿は確実に拗ねているようにしか見えない。

「…じゃあ、手離しますか?」
「絶対ぇ、やだ」
「ふふっ、じゃあ このまま回りましょ。美味しいアイスクリームのお店あるんですよこの先に」

行きませんか?と首を傾げれば 彼は素直に頷いた。

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