15
「おや、お連れさんはどうしたんだい?」

フロイド先輩と共に1度寮まで戻り、また戻ってきた華の街。
お婆さんは俺を見てそう尋ねた。

「送ってきましたよ、ちゃんと」
「森の守り神が海の子を連れてくるなんてねぇ」
「守り神って…。どちらかと言えば、ルヴトーじゃないですか?」

2人でひとつみたいなもんだろう、と彼女は笑う。

「わざわざ戻ってくるなんて。忘れ物かい、」
「…ストラップ、1つ作って欲しくて」

手のひらから咲かせた花を見て、相変わらずアンタは綺麗な花を咲かすとその花を受け取った。

「ペンタス……なんて可愛らしい」
「さっきの人の誕生花なんです」
「へぇ…随分と惚れ込んでるんだねぇ」

惚れ込む?と首を傾げれば違うのかいと彼女も同じように首を傾げた。

「あの子のことが、愛おしいって顔してたのにねぇ」

素材の色と形は、と聞かれて 思い浮かんだのは彼の髪の毛の色だった。
そして、水をモチーフにした雫型。

「学校ってとこは、楽しいかい」
「はい。色んなこと…知れます」
「…そうかい」

ペンタスがフロイド先輩の髪色に似た透明な雫に閉じ込められる。
花の色が映り、少し紫がかって見えるのが またフロイド先輩っぽい気がした。

「あの爺さんも、アンタが人を連れて街に来たなんて知れば喜ぶだろうねぇ」
「…そう、ですかね」
「そうさ」

お爺さんを背負い、山を越えれればきっと彼の命は救えていただろう。
そう、何度思ったことだろう。
長時間の移動は良くない、と麓の町へ行ったのが間違いだった。
この街はお爺さんを、そして俺を受け入れてくれる。

「アンタがいなくなるって聞いてね…みんな、不安がってたんだよ」
「…悪さはしませんよ。あの森の動物たちは優しい子達なので」
「そうだね」

ルヴトーもいるので安心してください、と言えば 皺を深くして彼女は微笑んだ。

「…アンタはねぇ、そろそろ自分を許してやんなさいよ」
「え?」
「あの爺さんだって、アンタの幸せ以上に望むものなんてないよ」

手のひらに乗せられた茶色い紙袋。
触れた手の温もりに、ありがとうございますと笑った。

「また、来ます」
「あぁ。待ってるよ」





勢い任せに告白をしてしまった。
寮に帰ってから、後悔した。
けど拒否られは…しなかったな。

彼とずっと繋いでいた手を見つめながら、はぁと溜息をついた。
どんな顔して会えばいいのか。
今回はちゃんと、そういう意味で 伝わってしまっている。
また避けられんのかなぁ。
最近仲良くなれたと思ってたんだけど。

「おはようございます」
「ぅわっ?!」

制服に身を包んだ彼がすいません驚かせました?と申し訳なさそうに俺を見上げた。

「くらげ、ちゃん…」
「はい。おはようございます」
「…はよ」

なんら変わりない笑顔を見せて 遅刻しちゃいますよと首を傾げる。

「……普通」
「何がですか?」
「なんでもなーい」

くらげちゃんにとっては、そんな気にすることでもなかったか。
そうだ、そういう…人だった。

「昨日はありがとうございました。楽しかったです」
「…俺も、楽しかったけど」
「これ、よかったら。昨日のお礼です」

渡された茶色の小さな紙袋。
何これ?と聞くまもなく彼はそれじゃあ、また放課後にと1年生の教室の方へ歩いていった。

「…なんだろ、」

お礼なんて、寧ろ俺がしたいのに。
紙袋を掌にひっくり返せば、ころんと何かが転がった。
それはストラップのようで よく見ると薄い水色の雫の形の石の中、ピンク色の小さな星型の花が散りばめられていた。

「ちょ……は?……あ゛ぁ〜〜〜!もう!!!!」

本当にそういうとこ。
そういうとこなんだって。
昨日のだってそうだよ。
期待させることばっかりすんじゃん!?
俺をどうしたいわけ!?って頭の中で文句を言っても 直接伝えることなんてきっと出来ない。

「最初の店の…ストラップじゃん。いつの間に買ってたんだろ…」

紙袋をポケットに押し込んで、ニヤけそうになるのを隠し俯く。

欲しいなぁ。
手を繋いで、またどこかへ行きたいなぁ。
なんて。
もう断られちゃうだろうな。





オクタヴィネル寮の談話室。
放置された携帯には珍しいものが付いていた。

「…誰のですかね」

デザイン的にはフロイドのものと同じようだが、彼にしては可愛らしいすぎるものがついている。
確か、ペンタスという花だったはずだ。
作り物なのか雫形の石の中に沢山の小さな花を咲かせている。

「あ、アズール!!俺の携帯知らねぇ!?!」
「知りませんよ、今度はどこに置いてきたんです」
「わっかんねぇ」

て、あんじゃん。とフロイドが僕の手から携帯を取った。

「それ、フロイドのですか…?」
「そーだよ。持ってるのになんで知らねぇとか言うのさー」
「…そのストラップは…」

可愛いでしょ?と愛おしそうに彼は笑う。
今まで見たことの無い、甘く蕩けた顔にまさかと思った。

「クロヴィス…さんですか?」
「え、よくわかったね。さすがアズール」

くれたんだぁ、とストラップを彼は揺らす。

「その花、ご存知ですか?」
「知らないけど」
「ペンタス……貴方の誕生花ですよ」

ん゛!?と固まった彼に、僕も同じ反応をしたいと内心思った。
どこで誕生日なんて知ったのか。
それをこんなさり気なく贈るなんて。

「……誕生花……」
「希望が叶う。そういう花言葉を持った花です………素敵な贈り物ですね」

みるみるうちに赤くなる顔。
フロイドにこんな顔をさせられるのは後にも先にも彼くらいのものだろう。

「…た、たまたま偶然…かもしんねぇじゃん」
「そうですね。凄い確率ですけど、」
「うるさいうるさい。………もう寝る」

携帯を大事そうに握りしめた彼に笑ってしまいそうになるのを堪える。
恋をすると、人はここまで変わるのか。
それにしても、クロヴィスはどんな意図を持ってあれを贈ったのか。
仲良くなってきたことは気付いていたけれど、特別な感情は彼にあるのだろうか。

知りたいという欲が湧き上がった。
翌日の休憩中彼にそれを尋ねれば彼は目を瞬かせた。

「誕生日は本人から聞きましたよ。あのアクセサリーのお店 持っていった花で作ってくれるのは知っていたので、」
「作って…?」
「あ、はい。あれオーダーしたやつです」

季節じゃない花はどうやって、と尋ねれば 魔法でと答えた。

「…どうして、フロイドにそこまで?」
「どうしてでしょうね」

自分でもよく分からないんですけど、と前置きをして彼は困った顔をして笑った。

「あの人が笑ってくれるのは…嫌いじゃないんです」

こんな顔も出来るのか。
そう、思った。
これはもしかしたら、フロイドにも望みかあるのかもしれない。

「フロイドのこと、特別に思って下さってるんですね」
「そうなんですか?」
「そうでしょう?だって、同じ状況で僕やジェイドに あれを贈ろうと思いますか?」

首を傾げながら 確かに思わないかもしれないと呟いた。

「…フロイドだから、わざわざ花を咲かせて…贈りたくなったんでしょう?笑って、欲しいから」

噛み砕いて彼の感情を指摘すれば以外にもすんなりと彼はそれを受け入れた。
感情の起伏が少ない人だと思ってはいたけれど、ただそれがなんなのか知らないだけなのかもしれない。
何故、知らないのか とは思うけれど。
この学校へ至るまで 皆違う道を歩んできているのだから 何かあったのかもしれない。

「くらげちゃーん、交代〜」

水槽の下から聞こえた声に すいませんすぐに行きますと彼は答えた。

「お話し相手になって下さってありがとうございます」
「いえ、こちらこそ。不躾に申し訳なかったです」
「知らないことを知れたので、良かったです」


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