16
放課後来なくなって暫く経つ。クロヴィスの表情は 少しだけ明るくなった気がする。
成績は相変わらず優秀。
ラウンジでの仕事も楽しめているのだろう。
笑う姿を見かけることが増えたように思う。
クロヴィス・クシランダーと関わっていくうちに感じた不安。
それは、彼が彼自身の感情を封じ込めていた事だった。
怪我や痛みを隠し、命にさえ関わる状況でも自分のことを話せない。
引っ込み思案とか、そんな可愛いものではなく。
あれは一種の呪いのようにも思えていた。
俺の所にいることは、彼にとって 逃げだった。
大人…それこそ先生なんてものは 一定の線引きをし生徒に接する。
それが彼にとっては居心地が良かったのだろう。
その線がある限り 彼も線の外側から見ていられるのだから。
そういう線ない関わりを増やしてもらいたい、という思いで 突き放してみたのだが。
上手くいったようで安心した。
「クロヴィス」
「あ、はい?」
「放課後俺のところまで来るように」
わかりました、と彼は答えた。
少しだけ 不思議そうに。
「失礼します」
ドアを開けた彼は顔を覗かせ、入れと声をかければもう1度失礼しますと呟いた。
「モストロ・ラウンジは楽しいか」
前にも同じことを聞いた。
あの時はどうなんでしょう、と首を傾げていたが 楽しいと思いますと彼は笑った。
「…そうか」
目の下にクマもない。
以前に比べると 少しだけ表情も優しくなった。
「あれ以来、怪我や体調不良は?」
「特には問題なく過ごせてます」
「フロイド・リーチとは上手くやれているのか?」
はい、意外と彼は答えた。
あの子供じみた恋愛をしていた彼も少しは進歩したのかもしれない。
「それなら良かった」
「……心配してくださったんですか」
「そうだとしたらどうする気だ」
何かお礼を、と彼は言った。
今までのような 必死さは感じない。
あの強迫観念的なものも 少しは緩和されているのかもしれない。
与えられたら返さねばならない。
与えるなら返してもらわねばならない。
それは、あまりにも厳しく自分を縛り付けていたルールだった。
「また手伝いに来るか?」
「え?あ…先生が、ご迷惑で…ないのなら」
「人手はいつも足りん。しっかり働けよ、仔犬」
目を瞬かせた彼は表情を綻ばせてから よろしくお願いしますと頭を下げた。
早速書類の整理を頼めば、定位置の椅子に座り慣れた手つきで書類を捲る。
後回しにしていた書類整理も彼がいると早い。
「ここへ来ない間はどう過ごしていた」
「ラウンジか…エースやデュースとご飯を食べたり…トレイ先輩のお菓子作りを手伝ったり…けど、殆どは図書館で本読んでました」
作りたい薬があるんです、と彼は言った。
「何の薬だ?」
「一時的にでも、アレルギーを起こさない薬を」
なんでまた、と尋ねれば 「海に行ってみたいんです」と。
それは彼の口から出た 初めての願望な気がした。
▽
「え。イシダイ先生んとこまた行くの!?」
「はい。週2回くらいですけど」
「やだー。つまんな〜い」
ラウンジの仕事終わり。
オクタヴィネル寮の談話室にお邪魔していた。
もしよければ、とジェイド先輩が用意してくれたのは沢山のきのこ料理だった。
元々山の民である俺からすれば馴染み深い。
「この味付け美味しいですね」
「!本当ですか!」
「はい。何のスパイス使ってるんですか?」
ちょっと無視しないでよ、とフロイド先輩が肩に額を擦り付ける。
ルヴトーも拗ねるとこういうことするなぁ、と思ったけど言ったら怒りそうだ。
「ラウンジの仕事は今のままですし、安心してください」
「休み減るじゃん」
「先輩の休みがわかってたら予定空けますよ」
約束だからな、と不機嫌そうに彼は言った。
「…随分とまぁ、仲良くなりましたねぇ」
「いいでしょ〜」
「えぇ、そうですね」
ふふっと含みのある笑みを浮かべたジェイド先輩にこの笑顔はまだ少しだけ苦手だと思った。
「このキノコ。焼くよりも煮た方が美味しいですよ」
「え?」
「ご飯と一緒に炊くのもおすすめです」
参考になります、とメモを取り 本当に詳しいですねと彼は言った。
「森の生まれなので」
「森…?山みたいなものですか?」
「一応山ですかね。そんなに高いものじゃないですけど」
ジェイドにそれ言っちゃダメだよ、と小さな声でフロイド先輩が呟く。
なんで、と聞く前にジェイド先輩が山の魅力を語り始めた。
へきへきとしてるフロイド先輩を見て、よくあることなのだろうと苦笑するしかなかった。
「ジェイド、ストップ。さすがにこれ以上はリドルさんに怒られてしまいます」
売上の集計を終えたのだろう。
寮に戻ってきたアズール先輩がジェイド先輩を止めた。
確かに、時計を見ればもういい時間だ。
「今日はこれで失礼します。遅くまでお邪魔しました。きのこ料理美味しかったです」
「フロイド。こちらは他寮生をお預かりしてる身。鏡の間までお送りしてください」
「…はーい」
行こう、と歩き出した彼を追いかける。
「フロイド先輩」
前を歩きながら、彼はこちらを振り返らない。
恐らくジェイド先輩とずっと話してたから拗ねているのだろう。
どうしようか、と少し考えてから ぶらぶらと無防備な手に気付き それを握った。
「っ!?!!!」
「フロイド先輩」
「ちょ、なに!?」
振り返った彼が暗くても真っ赤になったのがわかる。
あぁ、この人の目に 俺が映っている。
誰の目にも映らない透明人間で良いと思っていたけど、この人の目が俺を映すのは…好きなんだと思う。
色の違う2つの瞳に、自分だけ映っていればいいのにと あの日女の人に迫られる彼を見てから思うことが増えた。
「なに?!なんか言ってよ!!」
動揺してる彼はちょっと幼く見えた。
繋いだ手を振りほどこうとはしないけど、所在なさげに反対の手が宙を彷徨う。
「送ってくれてありがとうございました」
「、は?」
するり、と手を解き 微笑む。
「ここまでで大丈夫ですよ。おやすみなさい」
彼に背を向けて 鏡を潜った。
最後の固まってる先輩を思い出すと 自然と笑みが零れた。
機嫌良いな、と談話室にいたエースとデュースが呟きおかえりと笑った。
「ただいま。ちょっといい事があったんだ。…てか、2人してなにしてんの?こんな時間まで」
「…クルーウェル先生の課題……」
「あぁ、明日までのやつ?」
彼らのノートを覗き込めば頑張った形跡は見える。
「先輩達に聞けば良かったのに」
「お前らは自分でどうにかしなさいって…」
「あらら」
彼らの向かいのソファに座れば2人は不思議そうに首を傾げた。
「え、と……教えてくれんの?」
「答えは教えないけど。ヒントくらいなら」
「ありがとう!!クロヴィス!!今度何かお礼をする」
いいよ、と言えば彼らは「え。」と固まった。
「これくらいなら、別にもういいよ。ほら教科書開いて」
「お前……なんで、」
「助けて欲しくないの?」
2人はぶんぶん、と首を横に振る。
「けど、お前……」
「少しはエースや監督生の考えてることもわかるようになってきた…てだけ。ほら、早くやろう。明日の授業辛くなるぞ」
「…ありがとう」
エースが少しだけ、泣きそうに見えた。
けどすぐにいつもの笑顔を見せた。
▽
熱い。
顔も彼が触れた右手も。
膝から力が抜けて、その場にしゃがみこむ。
なんだあれ。
ずーっとジェイドと喋ってるから ちょっと拗ねた。
それは、間違いない。
フロイド先輩、と彼が名前を呼んでくれるのが嬉しくて ちょっと無視した。
そしたら、なに?何が、起きた。
「手…」
繋いだ、よね。
ぎゅって、した。
デート、って言って繋いで貰った時と同じなのになんか違う気がした。
心臓の音が早い。
無理だ。
自分から触れるのとは、求めるのとは違う。
それが返ってくると 心臓が持たない。
「……くらげちゃんのばかぁ」
鏡をくぐる時、彼が楽しそうに笑っていた。
あの街にいた時みたいな、彼の表情。
それに、本当は気づいてた。
ジェイドと話しながらも 時々俺の方を見てくれていたことも。
擦り寄る俺を拒まず、受け入れてくれていたことも。
それに。
彼の首にあのネックレスがある事も。
あとどれだけ 俺を好きにさせれば気が済むのだろうか。
あとどれだけ 期待させれば気が済むのだろうか。
いつか、いつか…返ってきたり するのだろうか。なんて。
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