17
バサバサと何かが落ちた音。そして、待て!!と駆け出した足音。
振り返ればエースとデュースがグリムを追いかけ、監督生は落ちたノートを拾っていた。
少しだけ考えてから監督生の前にしゃがみ、ノートに手を伸ばす。
「え、」
監督生が顔を上げた。
交わった視線、動揺が見て取れた。
「はい、」
「あ、ありがとう…あ、の…さ!」
「この間はごめん」
何かを言い出そうとした監督生が口を噤んだ。
「…こっち、こそ…ごめん。意地張っちゃって…なんか、どうにも出来なくて」
「今更だけどさ、少しだけわかるようになった…と思う。見返りも求めず、頑張れる監督生のこと」
ノートを受け取った監督生に手を差し伸べ、立ち上がらせる。
「ご飯、食堂?」
「あ、うん」
「一緒に行く?」
少しの沈黙、そして監督生が頷き笑った。
「ノート置いてくる」
「うん」
らしくない、とは思う。
今までの自分なら絶対にしなかったこと。
それでも、色んな人に教えてもらった。
自分が見ないようにしてきた自分のこと。
「すごい、今更なんだけど……体調はもう大丈夫?倒れたって、聞いた」
「もう全然平気。そっちこそ、グリムのお世話大変なんじゃないの?」
「…もう、半分くらい諦めてる」
まぁあれじゃ仕方ないか、と彼らが走っていった先に視線を投げた。
「クロヴィスと話せないってグリムが拗ねてたよ」
「…ただ、唐揚げが貰えないからじゃなくて?」
「あー、それはあるかも」
いつも食べてる唐揚げランチを頼み席につく。
追いかけっこを終えたのかエース達も食堂へ訪れ、俺たちの姿を見て目を丸くさせた。
「クロヴィスなんだゾ〜!!!」
「うるさ」
「席!隣!!取っといて!!」
俺のも、とデュースが言って 2人と1匹は列に並びにいった。
「あれ〜珍しい組み合わせだぁ」
頭の上から落ちてきた声。
ずし、と頭に重さがかかる。
フロイド先輩、と名前を呼べば「せいかーい」と両腕が首に回った。
手を繋いだだけで顔を赤くする割に、自分からのスキンシップは激しいんだよな。
「仲直りされたのですね」
「はい!」
嬉しそうに返事をした監督生にジェイド先輩も安心したように微笑んだ。
「ねぇねぇ、くらげちゃん。今週末空いてる?部活なくなったぁ」
「空いてますよ。今度 フロイド先輩を誘おうと思ってたのでちょうど良かった」
「え?」
行きたい所があるんです、と言って上を見上げれば 思いのほか顔が近かった。
先輩はぱちぱちと目を瞬かせて、その頬がみるみる赤く染まっていく。
「っ!!」
「予定空けておいてくださいね。約束ですよ?」
「…うん」
おやおや、とジェイド先輩が笑ってた。
腕を解きまたね、と背を向けたフロイド先輩はジェイド先輩に肩パンをしていた。
「…仲良いんだね。フロイド先輩と」
「最近ね」
「どこ行くの?」
その質問にずっと行きたかった場所、と俺は笑った。
「お待たせ〜!」
「いや、別に待ってない」
「おい、冷てぇな!?」
隣に座ったエースがじっと俺を見つめた。
「なに?」
「……いや、別に」
「そう」
へへっ、と笑いながらご飯を食べ始めた彼の肩を「ねぇ、」と声をかけながら引いた。
「ん?なに?」
「返ってこなくても、与えたい人。できた」
「ん゛!?!!」
喉に詰まらせたのが変な音が聞こえた。
水を差し出せば「何で今言う!?」と彼は言った。
「ありがとう、エース」
「俺の話聞いてる?」
「聞いてない」
おいこら、ふざけんなと文句を言う彼を無視して 唐揚げ泥棒をしようとしているグリムの額を指で弾く。
「痛いんだゾ」
「すぐ人のものに手を出すな」
「はーい」
▽
「あ、くらげちゃん!」
ぶんぶんと振られた手。
「お待たせしました」
「ぜんぜん待ってないよ〜」
「それならよかった」
じっと俺を見つめた先輩だったが、すぐに表情を変えて「どこ行くの?」と首を傾げた。
「着くまでのお楽しみですかね」
「えぇ〜なにそれ」
「ほら、行きましょ?時間が勿体ない」
彼の手を握り、鏡をくぐる。
見えた景色は、今まで見たことない 綺麗な世界だった。
「え…?」
うわぁ、と自然と漏れた声。
隣に立つ彼は固まったと思えば、慌てて俺を抱き締めた。
「ちょ、先輩?」
「馬鹿なの!!?何で来たの!?!!」
早く戻ろう、と言う彼に大丈夫ですと伝え 背中を叩く。
「今、アレルギーを抑える薬飲んでるんです」
「え…?」
「だから、大丈夫ですよ」
少しだけ腕が緩んだ。
顔を上げて見れば泣きそうな彼の顔があった。
「……ほんとに?」
「本当です。だから、案内してくれませんか?フロイド先輩の故郷」
あぁもう、と文句を言いながら彼はズルズルとしゃがみこむ。
ここまで心配させてしまうとは思ってなかった。
「ごめんなさい、驚かせちゃいましたね」
「…心臓止まるかとおもった」
しゃがみこんだ彼の頭を撫でて すいませんともう1度呟く。
「クルーウェル先生の所で、調合したんです」
「それでイシダイ先生のとこまた通い始めたんだ…」
「はい。と、言っても3時間くらいしか持たないので…すぐ帰ることになっちゃうんですけど」
アレルギーを抑える薬の作り方は調べればすぐに出てきた。
けれど、その材料のひとつが俺の体には合わなかったらしい。
以前痛み止めを作る時にも使ったものだった。
結局、クルーウェル先生とお爺さんの持っていた古い文献まで漁ることとなった。
完成はしたが持続時間は短く、体内にまで効果はない。
だから、触れられるが食べることはできないのだ。
まぁ俺はそれで十分だったのだが。
「…そういうのは先に言って。時間無駄にしちゃったじゃん」
立ち上がったフロイド先輩がとっておきのところに連れて行ってあげると歩き出す。
その彼の手を握れば、また顔が真っ赤になった。
「っこの間から!なんなの!?」
「言い忘れてました。俺とデートしてくれませんか?」
顔を赤くして文句を言いながらも繋がれた手に力がこもった。
「あんま!!そういうこと人にすんなよ!」
「はい、わかってますよ」
「…ぜってぇわかってねぇじゃん」
▽
3時間なんてあっという間だ。
急に来たってのもあって、テンパったのもある。
けれど彼は、楽しそうにしてくれていたから よかった。
「…そろそろ、時間…だよね?」
「そうですね。すいません、こんな短い時間で」
申し訳なさそうな彼に首を横に振った。
「次…は、もっと色んなとこ連れてく。…ちゃんと、考えて」
「ありがとうございます」
今日も沢山見れて楽しかったですよ、と彼は微笑んだ。
「フロイド先輩、最後に1個だけ。我儘言ってもいいですか?」
「なぁに?」
「先輩の本当の姿、見たいです」
え、と声が漏れた。
そんなお願いされるとは思ってなかったから。
「いいけど…なんで、」
「俺、倒れた先輩しか見たことないから。泳いでる姿見てみたくて」
「……わかった」
気持ち悪い、と思わないだろうか。
そんな不安が少しだけあったけど、体を元に戻せば くらげちゃんは綺麗ですねと笑った。
「綺麗とか、男に言うことじゃねぇし…」
「本当に綺麗だと思いますよ。触ってもいいですか?」
「……いいけど、」
恐る恐る彼の手が俺の腕に触れた。
指先が肌を撫でるのが、少しだけ擽ったい。
「あの時はわからなかったけど、ツルツルしてる」
腕を撫でた手はするすると下に滑り落ち、また手を繋がれた。
それだけで息が詰まりそうになる。
「フロイド先輩」
「なぁに?」
「先輩のこと、好きですよ」
目の前の男は今、なんと言った。
投げかけられた言葉が頭の中で反芻する。
「フロイド先輩、」
「ちょ、待って。え?……何言ってんの、くらげちゃん」
そりゃちょっとは期待してたよ。
してましたとも。
けど、え?
繋がれた手を引かれた。
彼の顔が近付いて思わず目を閉じれば、唇にふに と何かが触れた。
その何かが、なんなのかなんて 目を開けなくてもわかった。
キスされてる。
くらげちゃんに。
夢?魔法?
そんなこと、ある??
「ねぇ、フロイド先輩」
「っ」
「なんか答えて」
目の前でくらげちゃんが不服そうな顔をしてた。
答えてなんて、無茶苦茶な。
俺をどれだけ驚かせれば、彼は気が済むんだろう。
「くらげ、ちゃん……」
「はぁい?」
「……すき、」
知ってます、と彼は答えて、俺もですって言ってるんですけど?と首を傾げた。
「泡になってもいいや、」
「え?いや、やめてくださいよ」
「……俺、くらげちゃんのこいびと?」
フロイド先輩がいいなら、と彼は答えた。
あぁ、ずるいな。
抱き着いて、尾っぽを彼に絡める。
俺の。俺のもの。
こんな日が来るなんて、思ってなかった。
「こいびとがいい。くらげちゃんと付き合いたい」
「じゃあ、よろしくお願いします」
「っ!うん!!よろしくねぇ、くらげちゃん」
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