後編
初めてを捧げた人は名も知らぬ女性だった。
甘ったるい香水の匂いをさせて、サービスよなんて人差し指をふっくらした唇に当てて微笑んでいたのを覚えている。
そこに快楽があったかも、もう覚えてはいない。
ただ、華売りの気紛れに巻き込まれただけの話だった。

特別なものだと言われても未だに、実感はない。
こんな事を言えばクルーウェル先生ならきっと嫌な顔をする事だろう。
それでも、それが彼となら 特別なんじゃないかと思えるのだから不思議なものだ。

ぐちゃぐちゃと綺麗とは言えない水音に混ざる彼の零す音。
色の違う瞳は今、固く瞼に隠されてる。

「痛く、ないですか?」

元々受け入れる為にある場所じゃない。
そこが指を飲み込み、解かれていく。

「だ、い…じょ…ぶ」

ぎゅう、と枕を抱き抱え耐えるように目を瞑る彼を見ていると、別に無理にしなくてもいいんじゃないかなと思ってしまう。
実際に途中でそう声もかけたけど、彼はそれを受け入れはしなかった。
気が紛れるような時折キスをして、彼自身を撫でる。
人間になったが為に付けたその生殖器は殆ど触れたこともないのだろう。
あまりにも快感を拾いすぎるらしい。
苦痛と快感が混ざって、溺れそうな彼はあまりにも辛そうだった。

せめて気持ちいい場所が見つかれば、とは思うが。
まずもって、人間になったとはいえ人魚だった彼に人間と同じそれがある保証もない。
あまりにも勉強不足だったな。

「今日は、やめましょ。先輩。時間はまだありますし」
「や、だっ」
「フロイド先輩」

泣きそうな、いや、もう多分泣いてしまっている彼は嫌だ嫌だと首を振る。
枕を離し、俺にしがみついた彼は離さないでと声を震わせた。

「離しませんよ。今回できなくても、また次やれば「いやだっ」先輩…?」

体を動かして指を抜いた彼は俺を押し倒した。
さっきまで解していたそこに俺のものを擦り付け、甘い声を鳴らす。

「今じゃ、なきゃ…だめなの」

腰を浮かせた彼が片手で俺のものを支え、ゆっくり腰を落とす。
辛そうに顔を歪ませて、それでもどこか恍惚な笑みを浮かべる。
俺を誘う時は震えていたはずの手が、今は震えもしない。
色の違う瞳には不安さえ浮かばないのだから、不思議なものだ。

「あ、はっ!ほら?みてみてくらげちゃん?入ったねぇ」

ぐちゅん、と水の音がして、彼は笑った。
愛おしいそうに目を細め、俺が入っているであろうお腹の辺りを撫でる。
感じたことのない圧迫感と火傷しそうな熱に息が詰まる。
それ以上にこの人は、目に毒だ。

「やっと、ひとつになれたね」
「む、ちゃ…しないで」
「やめっようと、するから」

涙で濡れた瞳がきらきらと輝く。
さっきの涙が嘘みたいに幸せそうに彼は笑う。

「…フロイド先輩」
「なぁに?っん」

抱き寄せて、キスをした。
それだけで今以上に締め付けられて、彼の体はまた大きく震える。

「くらげ、ちゃっ」
「…ほんとに、」
「んっ、ぁ」

この人は俺をおかしくさせる天才だと思う。

「愛してます」
「ひ、ぁなっ、」
「だから、こそ。アンタを大事にさせて」





彼は優しすぎる。
その自覚があるかは微妙なところ。
何度も何度も、俺が苦痛に顔を歪めれば進むことをやめた。
どうしようもない優しいとその内側にある愛情が、嫌なわけじゃない。

ただ。
ただね、失いたくないから。
繋ぎとめておきたい、その何かが欲しい。
俺が。
俺なんかが、くらげちゃんを変えれてしまったのなら、他の誰かだってできないはずがない。
それを誰かに取られたくない。
たとえ、イシダイ先生でも よく一緒にいる小エビちゃん達でも。
それこそアズールやジェイドにだって。
奪われてしまいたくない。
彼を変えるのは、今までもこれからも俺でなくちゃいけない。

ぐちゅり、と濁った水の音。
体の内側を暴かれる感覚に背筋が震える。
俺を押し倒し腰を打ち付ける彼の伏せられていた瞳が俺を映した。

「フロイド、先輩」

彼の瞳に確かに見え隠れする欲情。
いつも涼しい顔してる彼の顔にじんわりと浮かんだ汗と何かを耐えるような眉間の皺。
きっと、きっと。
俺しか知らないくらげちゃん。

「なっ、に?ん、っ」

指で解かれていた時は感じなかった、湧き上がるような快楽を抑え込みながら彼を見つめる。
好きって言葉が自然と溢れ出す、それを俺もですよと彼は受け取って微笑む。
鬱陶しそうに汗で額にくっついた髪をかき上げた彼は「ずるい、人だ」と呟いた。

その言葉の意味を聞く前に、目の前がスパークした。
喉が自分の意思に反して、声を零す。

「ぁ、あっだめっ」
「気持ちっ、よかった?」
「まっ、まってっ!ぁ゛っ」

溺れる、そう思った。
目の前の彼に縋りついて、助けてって言おうと思ったのに。
喉から零れるのは鳴き声みたいな嬌声ばっかり。
俺を抱きしめてくれた腕は火傷しそうなくらい熱い。

「そろそろ、イきましょっか」
「ゃ、ぁあ゛っだめっだめ、」

彼の熱い手が、俺自身に触れた瞬間もうダメだった。
強すぎる刺激に吐き出した白濁を彼の手は受け止めて、彼は俺の中からそれを抜いた。





「先輩、」

性行為を終えてから、魔法で彼の体を清めたところまでは良かったのだが。
彼はずっととろりと溶けた瞳で綺麗な弧を描き、ぽやぽやと笑ってる。

「お水飲めますか?」
「ふふっ」
「何笑って、ってちょ!?コップ持ってるから飛びつかないで!?」

何とかコップを死守して、俺を押し倒した彼を見上げる。

「フロイド先輩?」
「泡になっちゃいそう」
「それ、前も言ってましたよね。人魚ジョーク?」

そんなとこ、と彼は笑った。

「俺とするの、どうだった…?」
「どうって…まぁ、なんというか…気持ちよかったですよ」
「ふふっじゃあさ。またしてくれる?」

次の日がお休みなら、と返せば彼はまた笑った。

性行為の価値は、正直まだわからない。
けど失った初めてよりもとても印象に、記憶に残った気がした。
彼が快楽に溺れる姿に、間違いなく優越感に似た何かに感じた。
誰にも渡さない、誰にも見せない。
知っているのは、俺だけで良い。そう思った。
それが、その執着こそが性行為で生まれる愛だというのなら。
俺はきっと、ちゃんと彼を愛せていたのだろう。

「そーだ。途中、ずるい人って言わなかった?」
「言いましたよ。貴方は自覚なく俺を惑わせるずるい人だなって思って」
「…それ、くらげちゃんが言う…?」

え?と首を傾げれば「そういう所も好きだけどね」と彼は幸せそうに笑った。
コップをベッドサイドに置いて、抱きついた彼の背に腕を回す。

「このあとどうします?」
「いちゃいちゃする」
「具体的には?」

ぎゅーってして、沢山ちゅーして。
彼は俺を見つめ、微かに頬を染めた。

「飽きません?それ」
「くらげちゃんとなら、飽きないよ」
「そういうことに…しておきますね」





「若いな」
「はい?」

かちゃかちゃ、と音をさせてながら実験道具を洗っていた手を止める。

「首、隠れてないぞ」

振り返れば呆れた顔をしたクルーウェル先生が頬杖をついて、鞭で俺の首裏辺りを指していた。

「隠すな、と」
「……若いな」
「先生、そんな歳じゃないでしょう」

30過ぎたら人間はおっさんだ、と彼はため息混じりに笑った。

「人間になっているとはいえ、体液も人間の物なのか?アレルギーは?」
「出てないですね。て、そうか…。薬が切れたら触れられもしないんですね」
「ま、そうなるな」

そう言えば、考えていなかった。
手を止めて彼の噛み跡を掌で撫でる。

「……仔犬」
「はい?」
「俺はお前の爺さんが残した本の数々が欲しい。いや、形見だろうから…自由に閲覧する権利が欲しい」

いいですけど、と何も考えず返せば彼は違うと言った。

「お前にはわからないかもしれないが、少し見ただけでもわかる。お前の爺さんが残した物は歴史的にとても貴重なものだ。特に、爺さんの手記はな。…だから、生徒から借り受けるとしてもとてつもない借りを作ることになるな」
「え?」
「だから、そうだな。この借りを返す為に…このクルーウェル様がお前に力を貸そう」

give and takeだ、と彼はニヒルに笑う。

「アレルギーを完治させる薬を…作ってみる気はないか?」
「え、」
「お前が気に病む必要はない。与えられたら返さねばならない、だろ?」

彼の言葉につい、笑ってしまった。

「それなら、本を貸す代わりに力を貸してくれませんか?あの人を、あの人として愛せる日がくるように」

彼は鼻歌でも歌いそうなほど上機嫌に笑い、立ち上がった。

「交渉成立だ」

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