03
あぁ、どうしよう。
リドル先輩が落とした白い薔薇を見つめながら、痛む頭を押さえた。

「聞いているのか、お前たち」

ここ数日の寝不足の頭に、彼の声が響く。
ぐわんぐわんと脳味噌を掻き混ぜられている気分だった。

「何故、薔薇が塗り終わっていない?」

1列に並んだ寮生は俯き、答えはしなかった。
ハートの女王の法律、と彼はいつものように口を開く。
それが、耳障りで頭を抑えながら口を開いた。

「お言葉を返すようですが」

リドル先輩が俺を睨み付けた。

「今回は、アズール先輩と契約をした生徒が多く準備に参加できる寮生が少なかったです。その状態で、普段通りの期間で準備をせよと言われても…正直無理な話です」

そう。
俺に勝負を持ち掛けてきたアズール・アーシェングロットと期末試験の対策ノートを貰う為に契約をした愚か者が多数いたのだ。
かくいう友人であるエース、デュース、そして監督生の飼い猫 グリムもその愚か者の一員であった。

「…ならばなぜ、誰かに相談をしない?手伝って貰わない?」
「手伝って貰うって、誰にです?言いましたよね、人が足りてないんですよ。今回は薔薇塗りだけ終わってないですけど 他の役割を振られたメンバーもギリギリでした」

その状態で助けを求めろと?と首を傾げる。

「ていうか、元はと言えば…貴方の監督不行届では…?」
「ちょちょちょ、クロヴィスくん!?」

静かに抗議を聞いていたケイト先輩が俺の肩を引いた。

「……わかってましたよね?アズール先輩と契約した寮生がどれだけいるか。普段、どれだけの生徒がパーティーの準備に携わり どういうスケジュールで動いているのか。…普通、考えればわかりません?この人数で、このスケジュールで…やれなんて 無理な話だって」
「クロヴィス。口を慎め。首をはねられたいのかい?」
「はねたきゃどうぞ ご自由に。今回ばかりは、自分が間違ってるとは思ってませんので」

ケイト先輩の手を払い、痛みを逃がす為に大きく息を吐いた。

「ていうか。試験真面目に受けて、準備までした俺たちが怒られる意味がわからない。元はと言えば、ズルして愚かなことをしたアイツらが悪いんじゃないんですか?なんで、無茶なスケジュールで 自分の時間削ってまでやった俺たちが怒られてんですか」
「言いたいことはわかるが、落ち着け」

トレイ先輩が俺の背をポンポンと宥めるように叩いた。

「リドル、クロヴィスの言う事も一理ある。今回は確かに人数的にも厳しいものがあったよ。期末直後で 期末課題の提出の為に参加出来ないメンバーもいたし。俺やケイトもそうだったし」
「なら、もっと早く言えば良かっただろう?」
「言ってなんになるんですか…パーティーを中止にでもしてくれたんですか?」

出来ないこと言わないでくださいよ、と吐き捨てれば彼の表情がより険しくなった。

「何故出来ないと?」
「ハートの女王の法律…何条だっけ…?忘れたけど、1度決定したことは覆してはならない…でしょ?」

微かに見開かれた彼の瞳。
あのオーバーブロットで多少なりとも彼は変わったが、それでも人は育った環境で身につけたものを簡単には捨てられない。
規則に生きるのが彼の常だったのだ、法を破る判断を即座にできるようになったとは思えない。

「……人員はいない。どうせパーティーも中止には出来ない。それなら相談なんて無駄なことしてる暇があったら薔薇塗ってる方がマシだ。…例え、終わらないとしても。魔力も無限じゃないから、手塗りしてくれた子だって……いや、もういいや。」

言ったところでどうせもう無駄だ、と笑った。

「首をはねるでしたっけ?それ、俺だけでいいですか?責任は俺が取りますよ。残った薔薇も俺が全部塗ります。それでいいでしょ」
「ヤケになるなよ、クロヴィス。リドル…」
「……今日はもう中止でいい。また日を改める」

踵を返したリドル先輩をケイト先輩が追いかけていった。
そして、隣に並んでいた同級生達が、俺たちの為にごめんと頭を下げる。

「いいよ、別に。思ってたこと言っただけだから。夜遅くまで 頑張ってくれてたのに俺のせいでごめん」

頭冷やしてくる、とリドル先輩が落とした白い薔薇を踏みつけ、その場を離れようとすれば トレイ先輩が後を追いかけてきた。

「クロヴィス、」
「トレイ先輩もリドル先輩のとこ行っていいですよ。俺は別になんともないんで」
「今回は俺達も手伝えていなかったから…」

別にいいです、と笑う。

「中止になったんだから、もう良いです。首もはねられてないし」
「けど…」
「課題あるんで、学校戻ります」

俺、リドル先輩に謝るつもりは無いので。と言い残し背を向ければ大きな溜息が後ろから聞こえた。





顔色が頗る悪い。
釜の中を覗き込みながらぐるぐるとかき混ぜるクロヴィスを見てそう思った。
痛み止めを作る為にここに入り浸るようになった彼は、今日は期末課題を作っていた。
同じ授業を受けるエース、グリム両名のいざこざに巻き込まれ 授業中に作った課題のものを割ってしまったからだ。
元々成績も授業態度も申し分なく。
あの時も作業工程になんら問題はなかったから、あのまま瓶詰め出来ていれば問題なく合格していたであろう。
それを1からやり直し……というより材料集めからやり直す羽目になったことには少しばかり同情する。
件の両名には反省文を提出させたが 課題は授業中に提出済なのだから 尚更だ。

丁寧に希釈し、瓶に注がれた液体。
出来ましたとこちらを見た彼の目の下にはくっきりと隈が浮かんでいた。

「Good boy。完璧だ」
「…ありがとうございます」
「それよりも、寝不足か?」

少しだけ、と笑った彼は使ったものを丁寧に片付け始めたが、ガラス瓶が滑り落ちる。
大きな音をたて割れたガラス瓶を見下ろし彼は、顔を顰めた。

「怪我はないか」
「っ、はい。すいません」

直ぐに片付けます、と素手を伸ばした彼を制し 箒を持ってくるように伝える。
彼は申し訳なさそうな頷き 教室の隅に歩いていった。

やはり普段の彼らしくはない。
箒でガラスを片付ける彼の手が 微かに震えているように見えた。

「…今日は早く戻って休むように」

私の言葉にお気遣いありがとうございます、と彼は困ったように眉をさげた。

「痛み止めは足りているか?」
「はい、今の所」

効き目は、と尋ねれば問題ありませんと彼は答えた。
綺麗に部屋は片付けられ、お忙しい中ありがとうございましたと彼は頭を下げた。

「これで期末課題は終了だ。実技の成績も問題ないだろう」
「…よかったです」

今日はこれで失礼します、と教室を出て行った彼は少しふらついて額に手を当てた。

「クロヴィス、」
「あ、はい?」
「…見るからに体調が良くなさそうだ。手首の件も含めて、無理をするなよ」

ありがとうございます、と笑った彼はぺこりと頭を下げた。
ヘラヘラと笑うのはもう癖なのか。
伝わったのかわからないな、と考えながら溜息をついた。





魔法を使うのも億劫だった。
赤いペンキで白い薔薇を塗りながら 暗くなった空に星を見つけた。

「……休憩…」

薬を変えてから、調子が悪いのか。
はたまた、色々と重なった件で疲労しているのか。
寝不足なのは間違いないし、眠れば良くなるだろうか。

「クロヴィスくん」
「……監督生?」

何故ハーツラビュルに?と尋ねれば 後ろにジャックもいることに気付く。

「ちょっと力を貸して欲しくて」

話を聞けば、イソギンチャクの生やされた愚か者 エース、デュース、グリムを助ける為に力を貸せと言うのだ。

「…悪いけど、断る。自業自得だろ…助けてやる義理はない」
「友達なのに?」
「友達って?言ったよな?世の中ギブアンドテイクだって。俺の後期課題を駄目にした挙句笑って済まし、なんでもない日のパーティーの準備も手伝わず こっちはリドル先輩に怒られてるわけだけど。これ以上俺は何を与えろって?」

表情を曇らせた監督生とそれはひでぇなと呟いたジャック。

「……悪いけど、帰ってくれ」
「けど!」

ジャックが帰るぞ、と監督生の肩を引く。
監督生はこちらを振り返り、「友達なのに見返りを求めるんだ」と呟いた。
それの何が悪い。
友達ってなんだ?
友達には与え続けろと?
それなら、友達なんて 必要ない。

「与えられたいなら、まず与えよ。……世の中は、そうやってできている」



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