05
静かな森の奥深くで暮らしていた。狩猟を生業とするお爺さんと。
穏やかな人だった。
孤児だった俺を拾って育ててくれた優しい人。
引き金を引く時だけは別人のように鋭い目をしたが、命に感謝をして両手を合わせる姿はどうしようもなくかっこよかったことを覚えている。
だが、彼は流行病で亡くなった。
彼を背負い、麓の町医者を尋ねたが 彼は俺たちを見て笑ったのだ。
与えられたければ、まず 与えよ。と。
お前たちに施しを与えて、なんになると。
金なら払うと言った。けれど、アイツらは笑った。
「薄汚れたお前たちには、お似合いの結末だ」
そう言って笑った町医者を、その家族を 忘れることはないだろう。
自ら背で、冷たくなっていったお爺さんを 背負い森へ帰る虚しさを忘れることはないだろう。
お爺さんが亡くなり、小屋の前に大きな穴を掘った。
彼を埋め、彼が大切にしていた銃を一緒に埋めた。
本の中で見たお墓を真似て、石を立て、近くの花を積んで帰った時 大きな狼がその墓標の前に座っていた。
真っ青な瞳が俺を振り返り、大きな遠吠えをひとつ。
「…悲しんでくれてんのか、お前も」
狼は静かにその場を去り、翌日。
麓の町が狼に襲われ 死人が出たと知ったのは その数ヶ月も後のことであった。
「………夢、」
目を覚ましたらしい。
懐かしい胸糞悪い夢だった。
ベッドをおりようして気づく。
自分の手と手首に巻かれた包帯。
軽く手首を回せば、痛みはなかった。
「……何してたんだっけ」
薔薇を塗って、トレイ先輩と話をして…。
あぁ、そうだ ご飯を食べて…そこから何をしたんだっけ。
「起きたか」
カーテンを開ければクルーウェル先生がいた。
「えっと…?」
「覚えていることは?」
「…朝ご飯を食べに行った…ことくらいです」
そうか、と彼は溜息をついた。
「新しい薬はいつから違和感があった?」
「え?あー…期末試験くらいから」
「なぜ言わなかった」
効いてはいたから、と言えば 薬を甘く見るなと彼は顔を顰めた。
「副作用を甘くみるなよ。死にたいのか」
「え、いえ……すいません…」
「疲労とストレス…免疫が低下してる状況で副作用がより強く出たんだろう。幻覚と食欲不振、頭痛もそのあたりだろう」
あぁ、あの脳味噌を掻き混ぜられる感覚もそれだったのか。
「食堂を出て、幻覚により暴走。無理矢理眠らせて…今は翌日の13時だ」
「…幻覚による暴走…?」
「うるさいうるさいと頭を抱えていた」
それであの夢か。
あの町医者たちの笑い声。
思い出せばそれがずっと、聞こえていた気がする。
「……寝ている間に治療はしてもらった。手首の痛みももうないだろう?」
「はい、」
「痣は軽く残っているが、時期に消えるだろう」
ありがとうございます、と頭を下げれば 先生は何かを言おうとしてからやっぱりやめようと口を閉ざした。
「数日は寮で休息を取るように。…全快したら、また来てくれ。手伝って貰いたいことは山ほどある」
「え?」
「与えられることは、堪えるんだろう?せいぜい、こき使われてくれ。仔犬」
はい、と答えれば 先生は部屋を出ていった。
先生は何を言い淀んだのだろう。
何か、忘れている気がしたが 思い出せないのだからそのままでいいか。
▽
フロイドの気分が乗らないことなんて別によくあることなのだが。
今回はどうも酷いらしい。
アズールのオーバーブロットもなんとか落ち着き、アトランティカ記念博物館に皆で行こうとなったのだが。
楽しみだと話しながらも、フロイドは心ここに在らずという感じだった。
「フロイド、」
「なぁに?ジェイド」
「明日のアトランティカ記念博物館…クロヴィスさんもお誘いしたらどうですか?監督生たちとも仲が良いようですし」
いい、とフロイドは顔を背けた。
「……何かあったんですか?」
「ジェイドには関係ねぇし」
フロイドは両手をポケットに押し込み、逃げるように背を向けた。
「……あの、」
やれやれ、と溜息をついた時ジャックくんがフロイドを視線で追いながら声をかけてきた。
「クロヴィス…倒れたんすよ。フロイド先輩と一緒にいる時に」
「え、?」
「クルーウェル先生が保健室まで…。その日は目を覚まさなかったって話っす」
口論になってたって話もあって、と彼は言った。
「そうだったんですね…ありがとうございます」
フロイドが何か、やらかしたのだろうか。
いつか大事になるかも、とは思っていたけれど。
結局、フロイドは博物館に彼を呼ぶことはなく。
その日から クロヴィスさんに声をかける姿を見ることはなかった。
それでもその目は、彼を探すように彷徨っていた。
そして彼を見つけると、目を伏せ 背を向けるのだった。
▽
イソギンチャクが取れ、寮に戻れたのだが。
先輩たちが少しザワついていた。
「どうしたんすか?」
「エース、デュース…頭のイソギンチャクは取れたんだな」
「監督生のおかげで」
それで、どうしたんすかと首を傾げれば 前の方にいたリドル先輩が身をずらした。
その先 クロヴィスの部屋の前に座る大きな黒い狼。
青い瞳はこちらを睨みつけていた。
「狼!?」
「え、クロヴィスは?」
「多分中にいるんだよね〜、連絡しても出ないし」
俺たちの知らない間に体調を崩したという彼が寮に帰ってきたのが今日の昼頃。
先輩達に挨拶を交わし、部屋に籠り 夕飯の時間だからと声をかけようとしたらあの狼がいたのだそう。
「本物……なんすか」
「あぁ」
攻撃はしてこないが、部屋に近付こうとすると威嚇をしてくるのだそう。
「デュースの大釜で捕まえられたりしねぇ?」
「……無理だろ」
「それじゃあ、リドル先輩のユニーク魔法で…」
封じられるのは魔力だけだ、と言われ それは確かにと納得する。
と、なれば打つ手なし。
この状況も頷ける。
「あ!繋がった!!クロヴィスちゃん!?部屋の前に狼がいて 危ないから出てこないでって、ちょ!?!」
ケイト先輩が伝え終わる前に開いたドア。
狼はドアの方を振り返り、1度だけ鳴いた。
「…おはよう、ルヴトー」
彼の手は狼の頭を撫でる。
「ちょ、どういうことだ…?」
「俺の使い魔です、一応」
一応ってのが気になるのだが、それは他の皆もそうだったらしい。
「イメージ的に、監督生とグリムみたいな感じです。俺はちゃんと契約してますけど、基本的に好きにしてるんです。召喚すればいつでも来てくれますけど、それ以外の時は故郷の森にいるんです」
「今回は…君が呼んだのかい?」
「いえ、多分…俺は体調が悪いのに気付いて守りに来たんだと思います」
ありがとな、と穏やかに彼が笑うと 狼は彼の足に擦り寄って扉の中へ入っていく。
「もう少し、俺は休みたいので…ご迷惑おかけしました」
「いや。お大事に…」
びっくりしたねぇ、と呑気に笑うケイト先輩と使い魔がいるなんて珍しいなとトレイ先輩が話す。
「…知ってたか、デュース」
「いや…」
使い魔がいることも、まず体調を崩したことも俺たちは知らなかった。
監督生はクロヴィスは薄情な奴だと 怒っていたし ジャックはクロヴィスは悪くないよと言っていたし。
思えば、クロヴィスが俺たちに何かを話してくれることは少ない。
「……明日、には元気になってるかな」
「どうだろうな」
「アトランティカ記念博物館…誘ってみねぇ?監督生と喧嘩してんのも…多分俺らがイソギンチャク生やされたからだろうし」
名案だな、とデュースも笑った。
だが翌日、声をかけたが彼は俺はいいやと首を振ったのだった。
「体調まだ良くねぇの?」
「いや。もうすっかり元気。ただ、嫌いなんだ」
彼はにっこり、と笑った。
何が、とは聞けず 行ってらっしゃいという言葉に頷くしかなかった。
部屋の奥から狼は、変わらずこちらを睨んでいた。
「…ダメだったな」
「な。何が嫌いなんだろうな?」
「さぁ…?」
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