07
正直に言えば、あまり気乗りはしていなかった。
いらっしゃいませ、と俺たちを迎え入れたウェイターが店の奥のテーブル席へ俺たちを案内した。
「ここ、料理はマジで美味いから!好きなの頼めよ」
そう言ってニコニコと笑ったエースがメニューをこちらに差し出す。
並ぶ料理名を眺めていれば、それに影が差した。
「いらっしゃいませ、クロヴィスさん エースさん」
顔を上げればいつものように微笑むジェイド先輩がいた。
先程俺たちを案内したウェイターと同じ服を着ている。
オクタヴィネルの寮の敷地内にあるし、もしかしてウェイターは皆寮生なのだろうか。
「……どうも」
「お越し頂いたのは初めてですよね?是非、ゆっくりしていってくださいね」
「俺、フード付きのセットお願いします!」
かしこまりました、と腰を折る姿は随分と様になる。
「クロヴィスさんはどうされますか?」
「…魚が入ってないやつ、どれですか」
「え?」
切身すり身その他諸々。
原材料に魚が含まれていないやつ、と言い直せば目を瞬かせた彼がコホンと咳払いをした。
「失礼致しました。それでしたら、このチキンステーキのセットはいかがでしょうか。飲み物も付きますし…」
「じゃあそれで」
「…クロヴィス魚嫌いなの?」
まぁそうだな、と返せば意外だとエースは呟いた。
「好き嫌いなさそう、っていうか 食事に興味無さそう」
「強ち間違ってないよ。魚以外はなんでもいい」
「…魚も美味しいんですけどね、残念です。今ご用意致しますので、ごゆっくり」
それにしても、混んでいる。
学園内に店があるってのも不思議な話だが、働いているのも学生、客も学生ってのが尚更。
店内を見渡しながらそんなこと考えていれば 視界に入った大きな水槽。
「クロヴィスと2人で飯って初めてじゃね?」
「エースが期末課題をダメにしなけりゃ、わざわざこんなことにはってないよ」
「いや…それはホントにごめんって。あの後大丈夫だったのか?」
一応、と答えれば 彼はよかったーと笑った。
本来であれば授業内で提出出来ていない時点で減点対象なのだが、クルーウェル先生の気遣いのお陰か 減点されていなかったし。
「ん?……何見てんの?」
「いや、あれ…」
「あぁ、水槽?」
エースの視線も同じく水槽に向き 水族館みたいだよな、と彼は笑った。
水族館。
聞き慣れない単語だった。
「お待たせしました」
「わ、美味そー!」
テーブルに置かれたプレート。
確かに美味しそうではあるが、それよりも水槽に視線が向いた。
「……ご興味があれば、近くでご覧になりますか?」
「え?あぁ……」
「温かいうちに召し上がっていただけたら…ですけどね」
そう言って微笑んだ彼に 冷ましてしまうのは勿体ないかと料理に視線を向けた。
わかりました、と答えて いただきますと両手を合わせる。
2人の視線を感じながら、1口大にカットされたチキンステーキを口に運べば「どうですか?」とジェイド先輩は首を傾げた。
「美味しいですよ。…このバジルの味付け、好きです」
「それは良かった」
「じゃ、俺もいただきまーす」
▽
食事を終えたクロヴィスさんは 水槽の前に立っていた。
「気に入っていただけましたか」
「何がですか」
「この水槽です」
嫌いじゃないです、と呟いた彼は海ってこんななんですねとその手を水槽に伸ばした。
「私たちが生まれた海がモチーフなんです」
「へぇ……」
何を考えているのだろうか。
エースが連れて来てくれたところまでは上手くいったのだが、そこからどうすればいいのか。
フロイドはこんな日に限って、先生に呼び出されたとかでまだ現れていない。
「海は、嫌いですか」
「さぁ?」
「え?」
見たことがないので分かりません、と彼は言った。
今時、珍しいと思ったのが伝わってしまったのか彼は視線をこちらに向けた。
「深い森の中で育ったんです。学校に通うのも 初めてです」
「え!?」
「お爺さんが亡くなってからは人ともまともに話してませんでした」
ポンポンと衝撃的な事実を投げてくる。
当の本人はさして気にした様子はないが。
「え、と……もし、よれけば海に行ってみませんか?水の中で呼吸できる薬もありますし」
「あ、いえ。それは大丈夫です。魚……ダメなので」
「……硝子越しなら良いんですか」
触れられないので、と彼は言った。
「……あの」
「なんですか?」
「気分を害してしまったら、すいません」
水槽の青い光が彼の頬を照らし、いつも以上に無機質に見える。
感情のない瞳。
水槽に触れたままの手も、まるでドールのようだった。
「……フロイドを、許してやって貰えませんか」
きょとん。という言葉が1番似合う。
そんな表情をして彼は首を傾げた。
「今まで付きまとわれたことですか?」
「え、いえ…それもそうなのですが。…フロイドのせいで、貴方が…倒れたと…」
「なんのことですか?」
彼は心底不思議そうだった。
なんか、話の意図が伝わってなくないか…?
「先日…倒れたと聞きました」
「えぇ、まぁそうですね」
「それがフロイドのせいだって…」
彼はやはり不思議そうだった。
「間接的に 一因ではあれど、倒れたのはフロイド先輩のせいではないです」
それはどういうことだ。
フロイドの言っていたことともジャックさんが言っていたことともズレる。
「…ですが、貴方が倒れた時にフロイドも一緒にいたと…」
「そうなんですか?」
「そうなんですか、って……貴方のことでしょう?」
記憶がないんです、と彼は水槽に視線を戻した。
「クルーウェル先生曰く、幻覚を見ていたそうで。朝食を食べ終えた辺りから…記憶にありません」
「フロイドがその場にいたことも…?」
「今初めて。……先生、それを隠してたのかな」
それでフロイド先輩が俺の前に現れなかったのか、と彼は呟く。
「……まぁ、いいんじゃないですか?このままで」
「え、」
「元々 俺はこれを待ってたんですから。飽きてくれるのを待つより、手っ取り早く済んでよかった」
水槽から彼の手が離れた。
そして、綺麗に微笑んだ。
彼の青い瞳が細められ、綺麗な弧を描く。
「新しい玩具が見つかりますよ」
「フロイドは、貴方を玩具にしていたわけでは…!」
そんな時だった。
小エビちゃんだ〜とフロイドの声。
入口の方に視線を向ければ 監督生に抱きつくフロイドの姿があった。
なんて、タイミングの悪い…。
「ほら、ね?」
「違うんです、あれは…」
「監督生なら、きっと受け入れてくれますよ。フロイド先輩の行き過ぎた執着も」
手首を摩った彼は そろそろ帰りますと微笑んだ。
「ご飯、美味しかったです。それに素敵なものを見せていただきました」
「っ、クロヴィスさん」
「その裏にどんな思惑があったかは知りませんけどね」
水槽に背を向けた彼は数歩歩き「あぁ、そうだ」とこちらを振り返った。
「エースにご馳走様って伝えておいて貰えたりします?監督生と楽しそうに話してますし、邪魔しちゃ悪いでしょう?」
いつから気づいていたのか。
もしかしたら、最初から?
「クロヴィスさん!」
名前を呼んだ声が聞こえたのか フロイドと監督生の目がこちらに向いた。
彼の姿を捉え、目を丸くした2人に気付いたのか気付いていないのか。
彼は凛としたまま、彼らの横をすり抜けていった。
フロイドの手が僅かに、彼に伸ばされて そのまま何も掴まずに落ちる。
あぁ、失敗した。
「ジェイド…?なんで、くらげちゃんがいたの…」
「……お客様ですよ」
エースが声をかけたことに思惑があるとわかった上で、乗っていたのか。
となれば、やはり…彼らの言う通り 人を無下に切るようなタイプではないだろう。
だが、そこに至るには…少し壁が高すぎる。
「……そう、なんだ……」
「あの、フロイド。クロヴィスさんなんですが、」
「小エビちゃん!俺と遊ぼ?」
私の話を遮って、監督生の腕を掴んだ彼は空いてる席に監督生を連れていった。
「……タイミング悪かったっすね」
エースがそう声をかけてきた。
「そうですね…ある程度、話は聞けたんですが……」
逆に難しくなった気がする。
今の状況を、彼は望んでいたのなら…変えることなんてできないのではないか?
[twst|list|top]