08
俺を育てたお爺さんは命を刈り取る仕事をしていた。
だけど、だからこそ 命の尊さを 嫌になるほど俺に説いて聞かせた。

命を大事にしなさい。
他の命を奪ってはいけないよ。
けれど、なによりも自分の命を大事にしなさい。
その為なら奪うことも許されるだろう。
でも、奪ってしまったその命は お前が背負っていくのだよ。
そして奪ってしまった以上の数の命を救うのだ。

そう話すお爺さんの背には一体どれだけの命が背負われていたのか。
俺は知らないままだった。

「考え事をするなんて、余裕だね」

目の前でリドル先輩が首を傾げた。

「…すいません、」

今日は2年生と合同の錬金術の授業が行われていた。
先輩と2人1組になって、作るのは魔法効果封じの薬。
そう。
先日クルーウェル先生が材料を用意していたものだ。

「錬金術は得意なんだって?後期の期末課題は1番成績が良かったよね」
「あれは先生の温情ですね。元々、授業内で提出できていないので」
「…失敗したのかい?」

エースとグリムのいざこざに巻き込まれて、と呟けば呆れたように溜息をついた。

「まぁ終わった話です。その埋め合わせも、してくれましたし」
「そうか」
「…どうして俺をペアに選んだんですか?他にも寮生はいますよね?」

今回、ペアは自由に決めることが出来た。
俺としては誰でも良かったから余った人と、と考えていたのだが リドル先輩はわざわざ俺の元へきて 僕と組まないかと首を傾げた。

「君が優秀な事は誰よりも知っているからね」
「……勿体なきお言葉です」
「それに。先日の件も、まだ謝れていなかったから」

大釜を混ぜていた手が止まりそうになった。
すまなかった、と小さく頭を下げた彼に 何を謝ることがあるんですと返す。

「トレイ先輩から聞いてませんか?八つ当たりだったって、」
「…聞いてはいるよ。けど、そこまで追い詰めてしまったことも事実だ」
「自己管理不足です。先輩が気に病むことではないです」

クルーウェル先生にもこっ酷く怒られたのだ。
薬を甘く見るな、自己管理を怠るなと。
勝手にルヴトーが現れるくらいだし、仕方ないけれど。

「…色が変わったね。最後これをいれて 規定値まで希釈する」
「はい、」
「あの狼……ルヴトーって言ったかな」

はい、と頷けば どこで使い魔に?と彼は首を傾げた。

「元々自分を育ててくれた人の使い魔です。お爺さんが亡くなって、そのまま俺と」
「…そうか、」
「と、言っても。この世に留まるためだけに交わした契約です。アイツを使って、戦うとか そういうことは考えてないんです」

あの森を あのお墓を守る。
それが彼の望みで、俺の願いであった。
利害が一致したから交わした契約。
そうでなければ、彼は俺の言うことなど聞きはしないだろう。

そんな時だった。
授業中には珍しい放送が流れ、クルーウェル先生を呼び出した。
先生は1度教室を見渡してから「いい子にしていろよ、仔犬共」と言って 教室を出て行った。
まぁ、2年生がいれば大丈夫だっていう判断だろう。

「随分と君に懐いていたよね」
「弟か何かだと思ってるんじゃないですかね。きっと、俺が拾われる前からお爺さんの使い魔だったので」
「…さっきから育ててくれた、とか拾われたとか…」

リドル先輩が何か言いかけた時、硝子が割れる音と「熱っ」という声が教室に響いた。
音の方を振り返れば、フロイド先輩の体に液体がかかっていた。

「大丈夫っすか!?フロイド先輩!」
「へーきへーき。手ぇ滑っちゃった」

フロイド先輩と組んでいたエースが慌てたように先輩に駆け寄る。

「…珍しいな、フロイドがあんな失敗をするなんて」

リドル先輩の言葉も無視して教室の隅の水道の蛇口を捻る。
流れ出る水に魔力で操り、へらへら笑うフロイド先輩にかければ沢山の視線がこちらに向いた。

「ちょ、なにしてんの!?クロヴィス!」

魔法薬は経口摂取が主だ。
だけど、経口摂取出来るように希釈しているのだ。
本来なら 触れただけで効果が出る。
だから俺たちは手袋をして、錬金術の授業を受けているのだ。

「エース!クルーウェル先生呼んできてくれ」
「え?」
「この薬の解毒剤が必要だ」

何故、とリドル先輩が呟いたがが 彼はハッとしてフロイド先輩の方を見た。

「エース早くするんだ!寮長命令だよ!」
「うぇ!?あぁ、もう。訳わかんねぇけど、了解っす!」

白衣は水を弾かない。
あれだけ盛大に浴びれば、恐らく水をぶっ掛けたくらいじゃ流れきらないだろう。

「っ、あ…れ」

フロイド先輩に駆け寄った時、彼が喉を抑えて顔を顰めた。
薬がかかった腕を捲れば既に肌が戻り始めていた。

「デュース!」
「な、なんだ!?」
「大釜出してくれ。思いっきり、でかいヤツ」

動揺しながらも頷いたデュースが大釜を出す。
これだけはどんな状況でも出せるって、知っていて良かった。
何事だ、大丈夫かよなんて 呑気な声が聞こえて舌打ちをしたくなった。

「くら、げ…ちゃん…?なん…で…」
「喋んないでください。すいません、リドル先輩!」

とりあえずただの水で許してくれ、と言い 彼が釜に水を貯め始める。

「突っ立ってないで、皆手伝わないか!」

リドル先輩の言葉で 空気が変わった。
こういう所は、やはり寮長って凄いなと 感心する。
それよりも、こういう状況でジェイド先輩がダメになるとは 思っていなかった。
長年共にいる兄弟だからか?

「ジェイド先輩!!」
「っ、」
「運ぶの手伝ってください。アンタが助けないで、誰が助けるんですか」

体は殆ど人魚の姿に戻ってしまった。
苦しそうに胸を抱える彼を抱き上げようとするが、大きな体と手袋が滑るせいでどうにもならない。

「……ぁあ、クソッ」

脱ぎ捨てた手袋。

「せーので持ち上げますよ」
「っはい」

俺達も、とデュースと数人のクラスメイトがこちらに駆け寄る。
せーの、と声をかけ 何とか持ち上げた彼を大釜の中に運び入れた。

「フロイド…」

大釜の中を覗き込むジェイド先輩が泣きそうな顔をしていた。
あぁ、この人も 大切な人の命が危うくなれば 人間らしい表情をするのだな。
そんなことを考えていれば 凄い勢いで教室のドアが開いた。

「先生!」
「状況は?」
「希釈前の原液500mlが体に」

相当かかったな、と先生は顔を顰めた。

「かかってから8分ちょい。効果が出始めてまもなく5分くらいかと」
「Good boy。上出来だ。だが、それだと解毒剤の量が足りないな。隣の準備室から持ってきてくれ」
「はい」

放り投げられた鍵を受け取って隣の部屋へ。
伝えられたラベルを探しながら、痛みと痒みが混ざったような感覚に自分の両手を見た。

「あぁ……だから、嫌なんだ」

掻きむしりたくなるのを堪えて言われた瓶を持って 隣の教室へ戻り薬を手渡す。
水の中、蹲るフロイド先輩はまだ意識は戻っていないらしい。

「クロヴィス、」
「はい」
「水を海水に変える薬の作り方は覚えているか」

解毒剤を使っても、新たに薬を飲み変身するか 彼自身が目を覚まし変身するしかない。
それまで水の中にいるしかない。
となれば、水道水ではダメだろう。

「はい、覚えてます」
「材料の残りがある。作ってくれ」

リドル先輩が手伝うよ、と俺に声をかけてくる。
それに頷いて、痛みと痒みの蝕む両手に手袋をつけた。

「材料は覚えているけれど、調合の順番までは定かじゃないんだけど」
「大丈夫です、最近教えて貰ったばかりなので」
「…頼もしいね」

後で保健室に行かなくちゃいけないな。
水を使っていなかった釜に注ぎ、リドル先輩が持ってきてくれる材料をひとつずつ入れていく。
定かではない、と言っていた割にスムーズに材料を用意してくれるところを見ると、改めて彼の優秀さを知る。

「…ありがとうございます、手伝ってくれて」
「何言ってるんだ。当然のことだろう?」

当然のこと。
そうか、そうなのか。

「後輩が頑張っているのに手伝わない先輩なんていないよ」
「…変わりましたね、寮長」
「え?」

育った環境で身につけたものを簡単には捨てられない。
そう思っていたけど、そうでもないのかもしれない。
前の彼だったら、俺を手伝いなどしなかった。
規則に雁字搦めになり、寮長という位置にふんぞり返っていた彼なら。

「クロヴィスに寮長と呼ばれたのは初めてだね…」

リドル先輩は少しだけ嬉しそうに笑った。

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