09
薬は問題なく完成し、大釜の水は海水になった。未だフロイド先輩は目を覚ましてはいないが、じきに目を覚ますと先生は言った。
授業はそのまま終わり、ジェイド先輩と俺を残し教室から皆の姿がなくなる
俺も帰ろうとしたのだが、先生に引き止められたのだ。
「sit down,bad boy」
言われるがまま座れば、手袋を剥ぎ取られた。
「…いつからだ?」
「先生が来た時には、」
「何故すぐに言わなかった」
俺の両腕を見て目を丸くさせたジェイド先輩が視界の端に映り込む。
「……大丈夫だと思いました」
「薬の時と、同じことを繰り返すつもりか?」
「……すいません、」
赤く爛れた肌を見下ろしながら頭を下げる。
「あの場には2年生もいた。お前が無理せずとも、救えた」
「…そうかもしれないです」
「原因はわかっているのか」
先生の言葉に「魚アレルギーです」と一言。
「魚、アレルギー……?嫌いっておっしゃっていたのは…そういう…」
「食べることはおろか、触れることもできないです」
「…アレルギーの薬なら作るより貰ってくる方が早いな。いいか、大人しくここで待っていろ。後で躾直しだ」
あぁ、またこっ酷く怒られるな。
カツカツと音を鳴らし 教室を出ていった先生を見ながら笑った。
「……そんなに、なるくらいなら……助けなきゃ良かったのに」
ちゃぽん、と水の音がしたと思えばそんな声が聞こえた。
大釜の方を見れば少しだけ、顔を出すフロイド先輩が見えた。
だが目が合うとすぐに、水の中に潜ってしまった。
「それ、どういう意味ですか」
立ち上がり、釜の中を見下ろす。
水面が揺れ先輩の顔が泣いてるみたいに歪んで見えた。
「見殺しにして欲しかったってことですか?」
「クロヴィスさん!」
「おい、答えろよ」
水から出てこない彼に、イラついた。
いや、それよりもさっきの言葉にイラついた。
爛れた手を水面に翳す。
「クロヴィスさん?」
小さな声で呟いた言葉に水面が揺れる。
前のように迷いなく発動した俺のユニーク魔法に水の中に閉じこもっていた彼が慌てて顔を出した。
「今…の!?」
「もう一度聞きますね、見殺しにして欲しかったんですか?」
「っだったら、なん!?」
彼の言葉が言い終わる前に、俺の手は彼の首を絞めていた。
「…っ、」
「そうですか。これだから、与えるのは嫌いなんだ…つけ上がるから…」
「ちょ、クロヴィスさん!?やめてください!貴方の手も酷くなるでしょう!?」
お爺さんの教えは好きだった。
綺麗で。
あの人といた時間は、世間の嫌なことなんか何も 何一つ知らなかった。
お爺さんが病に倒れて、あの医者は言った。
与えられたければ、まず与えよと。
自分の命が危ぶまれるわけでもないのに、アイツは助けてくれなかった。
心優しかったお爺さんは 何故、死ななくちゃいけなかったのか。
ルヴトーは町を襲った。
そして、森の動物達も町を襲い始めた。
お爺さんとルヴトーがずっと町を守っていたことを 俺はその時初めて知った。
そして、町の人間は俺の元へやってきた。
俺たちを救えと。
でなければその狼を殺すと。
ルヴトーの首を鎖をかけて 彼らは言った。
なぜ?救ってくれなかったくせに。
あの町医者の息子が笑って さぁ選べと言った。
腹立たしかった。
それでも、お爺さんの教えを信じたかった
だから、ルヴトーに動物たちに町を襲わないよう伝えてもらった。
町は平穏が訪れたはずだったのに。
彼らは今度は、ルヴトーを殺そうと森へ攻め込んできたのだ。
危険は先立って排除すると。
俺は、俺たちは お爺さんの言う通り命を奪わない選択をしたのに。
彼らは奪おうとしている。
何故?何故だ?
「あぁ、そうか。理想論なのか。」
先に与えてはいけない。
つけ上がるから。
与えられたくば、与えよ。
それが真理だ。
こいつらは、俺に何も返さない。
なら、もう与える必要もない。
「ルヴトー。森の動物に伝えてくれ」
彼らは悪魔を見るような顔をした。
「もう町を…守らなくていいと。」
やめろと彼らは言った。
私達を殺すのかと。
「じゃあ、アンタらは俺に何をくれる?与えられたければ…まず、与えよ」
そしたら、止めてやる。
そう言った俺は確かに、笑っていた。
▽
俺の首を絞め上げるくらげちゃんは見たことない冷たい目をして薄ら笑いを浮かべていた。
いや、硝子を叩き割ったあの時に…少し似ているかもしれない。
心の底から、彼が欲しかった。
自覚したあの日から感情は募るばかり。
モストロ・ラウンジに来ていた彼に声をかけたかったけど、無理だった。
伸ばした手が届かないことをあの時改めて 痛感した。
見ないように、気付かないように。
そう思えば思うほど、頭の中もこの目も彼を求めた。
1人でご飯を食べる姿、イシダイ先生と楽しそうに話す姿、同級生と授業を受ける姿。
ただ、ずっと 遠くから眺めていた。
けどもう、近付いちゃいけないと思ってた。
彼が倒れたのは俺のせいだから。
好きな人を苦しめたい、わけじゃない。
嫌がる顔も好きだったけど、彼が倒れたり怪我をしたりしてほしいわけじゃない。
だから離れようって。
もう近付かないようにしようって決めたのに。
爛れた腕が涙目で歪む。
なんでまた、傷つけなくちゃいけないのさ。
「…くら、げ…ちゃん……」
「クロヴィスさん!!」
ジェイドが腕を掴み、「離してください」と珍しく焦っていた。
「見殺しにされたかったなら、殺されたって同じだろ」
「っ違います!!全然違うでしょ!?」
「ごめ、ん…ね…」
あは、と笑ったけど きっととても下手くそだっただろう。
彼の手が離れ、水に落ちる。
水の中で噎せこみ、最初とは逆だなってちょっと可笑しくなった。
「なんで素直にありがとうって言えないんですか」
ジェイドがちょっと泣きそうな顔で俺を見た。
「…助けてくれなんて、頼んでない」
くらげちゃんの表情が歪む。
そんな風に怒るんだね、くらげちゃんって。
知らなかったな。
「そうだな、そうだった。与えられる前に、手を出した俺が悪かった」
くらげちゃんはそう言って、俺に背を向けた。
「クロヴィス」
イシダイ先生が瓶を手に戻ってきた。
目が覚めたのか、と俺に伝えてから 少し待っていろとくらげちゃんの手を取る。
あぁ、やだな。
見たくない。
苦しいんだもん。
俺は触れられないのに。
▽
刺さる視線が鬱陶しい。
フロイド・リーチはこの男が好きなのだろう。
痣になるくらい掴み、離したくなかった。
そして、俺に触れさせたくない。
彼の目がありありとそれを語る。
「…好きな子を虐めるなんて、許されるのはエレメンタリースクールまでだぞ」
爛れた肌に薬を塗りながら呟いた言葉に目の前の男は首を傾げ、その後ろフロイド・リーチは顔を真っ赤にさせ固まった。
「クルーウェル先生?」
「いや、独り言だ」
この男には感情が足りない。
恐らく幼少期、人と殆ど関わらずに生きてきたからだろう。
話を聞けば学校に通うのもこれが初めて。
ここへ来るまで、魔法士という存在すらも知らなかったような世間知らず。
と、なれば 恋愛なんて以ての外だろう。
「よし。とりあえずこのままにしておけ」
「はい」
薬を塗り終えて、教室に戻るかと尋ねれば彼は頷き また放課後にと出ていった。
その腕で放課後にやるつもりか、と思ったが アイツはそういう所も含めて躾直す必要があるなと溜息をついた。
「さて…と。どうやら自覚はあるようだな 仔犬」
「っ」
「別に構わない。馬鹿な仔犬が恋愛でうだうだするくらい可愛いものだ」
だが、それにしてはあれが傷つきすぎている。
この男も自覚があるのだろう。
「助けてくれなんて、頼んでない。自分を傷つけてまで」
「…イシダイ先生きらい…」
水の中に顔を半分埋め、ぶくぶくと泡を作る姿を見ながら これは本当に子供だなと溜息をつく。
「言いたいことはちゃんと言え。でなければ、あれには届かない」
「…言えるわけねぇじゃん…今まであんなことしてきたのに」
「その自覚があるなら、まずごめんなさいからだろ」
元の体に戻れそうか、と変身の薬を渡す。
それを受け取り、不味い不味いと文句を言いながら飲んだ彼にはジェイド・
リーチがタオルを手渡した。
「ありがと、ジェイド」
「…こんなこと、これっきりにしてくださいね」
「うん…」
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