マリーゴールドを贈りたい


ステンドグラスから光が差し込む。
昼過ぎの教会におめでとう、と拍手が飛び交った。

「幸せそうやな」
「せやなぁ」

昔からよく遊んでくれていた親戚の兄ちゃんが結婚をした。
隣には純白のドレスを身に纏うお嫁さん。
高校時代の同級生なのだそう。

「俺らもいつか結婚するんかなぁ」
「どうやろなぁ」

結婚という言葉で思い浮かんだのは恋人の顔だった。

「俺、飯上手い人がええわぁ…」
「お前、食いもんのことばっかやん」

大事やろ、とサムは当然だって顔で言った。

「北さん、年上の和風美人と結婚しそうやと思わん?」
「あー、わかるわぁ。黒髪の控えめな人な」
「そう!そんで、アランくんはボンキュッボンの外人」

それないやろ、と笑えばワンチャンあるやろと彼は笑った。

「なまえさんは、ショートヘアが似合う明るそうな人」とサムが言った。
その言葉には、同意も否定も出来なかった。

なまえさんは1個上のバレー部の先輩だ。
俺らとそう変わらない身長でありながら、リベロをやってる。
しなやかに伸びる手足に何度救われたことか。
セッターできるやろってくらい綺麗なオーバーから打つスパイクに何度心を踊らせたことか。
北さんとセットでいる事が多くて、基本的に寡黙な人だ。
北さんとは違う近寄り難さがあって、雑談なんて部活中はほぼない。
けれどいざコートに入れば、色んな人に気を使い声をかける。
その声にも俺らは何度も救われてきた。

「なまえさんはなぁ……」
「ええお父さんになりそうやんな」
「…せやなぁ」

年の離れた弟がいるから、子供は好きだと言っていたっけ。
サムの言う通り いい父親になるだろう。

「よく試合の見に来とる女の人とか、彼女なんかなぁ」
「あの、髪短い なまえ〜!って手ぇ振ってる?」
「そう」

あの女か。
思い浮かんだのは最前で試合を見てる髪の短い女の人。
なまえさんのアップ中に上から名前を叫ぶから随分と有名だった。
当の本人は気にした様子もなくひらりと手を振るだけ。
あの女が誰か、俺は未だに聞けずにいる。
付き合ってるんは、俺やろと。
詰め寄ってやりたい気持ちもあるが、ゴリ押しで付き合わせた自覚はあるのだ。
サムの言う通り、なまえさんはいい父親になるだろうし。
綺麗な奥さん貰って、皆に祝福される結婚式がお似合いだ。
頭では、そう思う。
けれど、そんな未来受け入れられるわけも無いのだ。

「なまえさんは、もっと……ええ人おるやろ」
「ツム?」

あんな女は認めない、と声が零れてしまいそうで ぐっとそれを飲み込んだ。





少し前から侑の機嫌が悪い。
決して調子を落としている訳ではないし、些細なものだろうけど。

今日の試合は大丈夫だろうか、と考えながら彼に視線を向ける。

声掛けるか?
あんま、部活中にそういうやり取りはしないようにしているのだが。
試合中に崩れるよりはマシか、と立ち上がった時「なまえ」と自分を呼ぶ声が聞こえ振り返る。
手を振る姉と姉の子供がぴょんぴょんと跳ねながら手を振っていた。

「行ってくるか」

隣を歩く北の言葉にすまん、と声をかけ集団から抜けようとした時 聞こえた舌打ちと恐らく鞄を蹴った音。
視線を向ければ自分を睨む目と目が合った。

「なまえ?」
「いや、すまん。ちょっと頼むわ」

機嫌悪い理由俺か?
なんでまた。
そう思いながら 姉たちに歩み寄れば、甥っ子が俺に抱きついた。

「元気しとったか」
「おん!めっちゃ会いたかった!!」
「俺も会いたかったで」

姉がいつもすまん、と苦笑する。

「ええよ、忙しいのにいつもありがとう」

兄ちゃん頑張ってな!と笑う甥っ子の頭を撫でる。
俺の影響でバレーを始めたという甥っ子は時々姉と試合を見に来てくれるのだ。

「上で応援しとるわ。怪我せんようにな」
「ありがとう。じゃ、またな」

さて。
問題は侑だろうな。
試合中に引きずることはないだろう、と思っていた。
だが、そんな期待も外れ 正直見てられない。
無茶なセットも多いし、明らかに冷静でないのは分かる。

こんなことなら試合前に済ましとけばよかったかと、思いながらハーフタイム。
北に声をかけ 不貞腐れた侑を連れてベンチから少しだけ距離を取った。

「なにしとんねん」
「別に」
「別にであんなクソみたいなセットアップしとるんか」

俺の言葉に彼はキッ、と俺を睨み付けた。

「なんや、言いたいことあんなら言いや」
「…試合前に女ときゃっきゃっしとるなまえさんに言われたないわ」
「女と…て…はぁ?」

元はと言えば、なまえさんが悪いんやんと彼は呟いた。

「何が悪いん?あ?言ってみぃや」
「俺がおりながらなんで女といちゃいちゃしとんの?なんなん?俺は遊びなん?…そらそーやろな。男やし?子供も産めへんし?どうせ、ポイって捨てられて アンタは綺麗な奥さん掴まえて子供作って幸せになるんやろ」
「はぁ?何の話してんねん」

彼はそこで口を閉ざし、それ以上語る気はないらしい。
何がどうなってそんな話になったのか、全然わからん。
それに、何故そんなしょうもないことで試合をダメにしているのか。

「とりあえず、女って姉さんのこと言ってんのか」
「は?」
「いつも来とるあいつちゃうの?ちっさいの甥っ子やけど。ん?」

まん丸くなった目。
そんなベタな話あるか?

「んで?結婚云々はなんなん。時間ないから早よしろ」





思ってたこと全て言い終われば沈黙。
体育館の騒がしささえ、静かに聞こえる。

「…なまえ、さん…」

あの、と声をかけようとした時 彼は急に笑いだした。
ぎょっとしてベンチにいた北さんたちもこちらを見る。

「何バカ笑いしてんねん、なまえ」

北さんの言葉にスマンと声をかけたなまえさんは「しょーもな」と吐き捨てた。

「勝手に勘違いして、勝手に嫉妬して、勝手に俺にキレて?」
「っ」
「挙句、バレーにまで影響だして?」

視線が俺を責めた気がした。
分かる。
自分でもドツボにハマったとは思ってた。
それでも、本気でこの人が好きだったから。
どうしようよなく、この人を失いたくなかったから。

俺が女だったら。
子供を産めたら。
俺たちの関係を公に出来たなら。
きっとこんな不安に駆られることもなかった。
なんならさっさと既成事実作ってしまっただろう。

「北、こいつもう大丈夫だから そのまま使ってええよ」
「…了解」

頭の上に大きなタオルをかけられた。
視界を埋めた白。
何すんねん、とそれを払おうとすれば タオルを押さえ、彼は俺の唇を塞いだ。

「っ、は…?」
「捨てる前提で付き合うアホがどこにおんねん。笑かすな、アホ」

キスした?
こんなとこで?
タオルで隠れてたとはいえ、なまえさんがそんなこと するはずないって。

「ほんっま、しょーもな」
「う、、うっさいわ…しゃーないやん、」
「侑」

タオルの上から頭を撫で、片腕で抱き寄せられる。
彼は耳に口を寄せ、いつもより低い声が耳を擽った。

「嫌という程愛してやっから。とりあえず、勝て」

ポンポンと頭を叩いた後 手が離れ、彼はベンチに戻っていく。
一言二言北さんと話す姿をタオルの下から見つめ、あっつい顔を両手で抑えることしかなかった。





結局あの後いつも以上に絶好調になった侑に北は最初からこれをしろと冷たく言い放った。
まぁ、その通りなのだが。

この男は知らないのだ。
そんなアホなとこさえ愛おしいと思っていることを。
押せ押せ、って感じで俺に迫ってきた。
それに俺が折れたとでも、この男は思っているんだろう。

「や、ぁっ…も、むりっ」
「ん?何が無理なん?…離したないって締め付けてんのお前やろ」
「ちゃ、ぅ…ぁ、」

泣きじゃくりいやいやと首を振る彼を見下ろしながら、腰を揺らし 彼の好きな奥に擦り付ける。

「姉さんに嫉妬して。妄想の中の俺の奥さんと子供に嫉妬して?なぁ…っほんま可愛いなぁお前」
「ゃ、あっ」
「そんな不安なら言えばええのになぁ」

いわれへん、と彼は俺の背に手を回し、肩に顔を埋める。

「きらわれ、た ないっもん…」

嫌や、と子供みたいにぐずぐずになった彼を抱きしめ、体を起こす。
体重でより深く繋がり、奥を抉ったのだろう。
背中に爪が立てられ、甘ったるい嬌声が零れた。

「ぁ、あかっん これ、っ」
「気持ちええなぁ?奥、ずっと届いとるもんなぁ?」
「ひっぅごっ、かんで、やっ」

動いてるのは俺ではなく彼の腰なのだけど。
もうそんなこともわからないくらい蕩けてんだろう。

「侑、」
「んっぁ、な、に?」
「俺なぁ…子供も綺麗な奥さんもおらんくてもええよ」

女みたいに柔らかくない。
背もデカけりゃ、生意気で どうしようも無い気分屋で。
バレーしてなきゃ、クソガキやんかって思わんでもないくらい子供で。
それでもバレーしてる彼は格別に魅力的で。
俺の前でだけ、甘ったるく俺を求める声も欲望のチラつくこの目も。
嫉妬して不安になってあんな風になっちゃうアホなとこも。
どうしようもなく、愛おしくて仕方ないのだ。

「そろそろ、イこか?」
「っ、イくっイキたいっ」

ずっとほったらかしていたドロドロな彼自身を柔く握る。
それだけで、ぎゅっと後ろが締まった。
腰に手を回し、下から突き上げながら手を動かせば すぐに限界が訪れたのだろう。

「も、イくっぁ、っ」
「っ俺も」
「な、かっ…抜かん、でっ や、ぁあ゛っ!」

離さない、と言うように俺の腰に彼の足が絡まり、キツく締め付けられた。

「な、か…きとる…」

俺に凭れながらお腹を摩った彼が幸せそうに表情を綻ばす。
ゆっくり彼から抜き出し、そのまま彼を抱きしめた。

「侑」
「、なに?」
「綺麗な奥さんなんていらん。子供もいらん。祝福だってなくてええ」

彼の髪を撫でながら、そう伝えれば彼はぎゅうと背中に腕を回した。

「お前がおってくれるなら、それでええ。よう覚えとけ。アホちん」
「アホって言う方がアホなんや」
「愛してんで」

アホだの、馬鹿だの散々言ってから彼はごめんと小さく呟いた。

「ええよ、そんなアホなとこも俺は愛してんだから。けど、明日みんなに謝るんやで」
「ん、」
「ええ子、侑はお利口さんやなぁ。…ん?眠いんやろ?あとやっといたるから、寝てええよ」

こくりと頷いた彼はぎゅうと俺に抱きついてすぐに寝息をたて始める。
子供みたいな寝顔を見ながら、ふぅと溜息をついた。

「ほんま、アホやなぁ…」

彼の体を綺麗にして、ベッドに寝かせパソコンを起動させた。


朝、目を覚ました彼は顔を真っ赤にさせ 俺が印刷したもんを持って 朝ご飯を作る俺に抱き着いた。

「男同士でも、最近は結婚式できるん知らんかったん?」
「知らん!!」
「胸張って言うな」

彼と付き合い始めてすぐに調べたってことは恥ずかしいから言わないでおこう。

「教会でも披露宴だけでも、お前が安心できるんならやろう。親にだって、土下座しに行ったるわ」
「……めっちゃかっこええやん」
「知らんかったん?アホやなぁ侑は」



戻る