ザッハトルテみたいに甘いね


夜が嫌いだ。
眠るのが、嫌いだから。
朝が来るまで、長い長い時間を気を張っているのが嫌いだから。
眠らずに生きれる薬が欲しいとクルーウェル先生に言って、怒られたこともある。
人間を辞めたいのか、と言った彼にそれもいいかもしれないと笑った。

今日は、眠れない日だった。
何度も寝返りを繰り返し、目を閉じては開き、また寝返りを繰り返す。
時計の針が2時を過ぎた頃 嫌な音が聞こえてきた。

ひたり、ひたり。
足音が近づいて来る。
そして ぎぃ、と扉が開く音。
寝返りを打って、枕の下に手を入れて 握り締めたナイフ。
足音が1歩2歩と近付いてきて、目を開く。
足音が止まり、手が伸びてきた。
その手を掴み、ベッドに引き摺り込み 体を入れ替える。
首に突きつけたナイフが外から射し込む月明かりに照らされていやに輝いて見えた。

「痛ぇ…離せ、」
「レオナ…?」

ベッドに押し付けた誰か、は呆れたように俺の名前を呼んだ。

「なまえ、」
「…なんだよ…ごめん」

パッと手を離し ナイフをサイドテーブルに置く。

「足音隠して入ってくるなよ」
「寝てると思ったんだよ」
「普段なら気にせず起こすだろ」

まぁ確かにと彼は言った。
多少は遠慮したのか、ただの気まぐれか。

「で?何の用?」
「…腹減った」
「はぁ?」

夜食が食いたい、と彼は呟いた。

「普段はラギーに頼んでるだろ」
「お前が作ったスープが食いたい…」
「はぁ?…まぁ、いいや。わかったよ……とりあえず、食堂行くぞ」

こうなれば説得するよりも作ってしまった方が早い。
どうせもう、眠れはしないだろうから。

「枕の下にナイフなんて…いつも隠してんのか」

1歩後ろをひょこひょこと尻尾を揺らしながらついてくる彼にそうだよと短く答えた。

「昔からの習慣」
「魔法の方が楽じゃないか」
「確かに魔法は強いけど。無効化する方法がないわけじゃない」

用意周到に食事に薬を混ぜられていたら?と彼を振り返れば 眉を顰めていた。

「ナイフはいいよ。上手くやれば一発で殺せる。それに、殺せなくても 血液っていう証拠が残る」

何か言いたげな目を俺に向けたがレオナはお前はそういう奴だったと溜息をついた。

真夜中の学校は静かだ。
普段あれほど騒がしいのに、聞こえるのは自然な音だけ。
人の声がしなくて、どこか張り詰めた空気を感じる。

「どんなスープ食べたいの?」
「…肉入ったやつ」
「こんな時間に何言ってんだよ」

大食堂の調理場の一角。
自分の食材を入れてある冷蔵庫に手を翳し、魔力で鍵を解除する。

「…まぁ、鶏肉くらいなら入れていいか」
「野菜はいらん」
「肉入れんのやめるぞ」





調理場の中が見える席に座り、慣れた手つきを眺めながら欠伸を噛み殺す。
隣の彼の部屋からは 夜魘されている声がよく聞こえる。
呻き声や時折叫び声なんかも上げたりする。
そして、その後は必ず部屋を出ていき明け方に戻ってくるのだ。

普段の温厚さや態度からはあまり知られていないが、彼はどこか大きな国の王族らしい。
王位継承権第1位の。
と、なれば夜に狙われることなんて日常茶飯事なんだろう。
食事もいつも自分で作る徹底ぶりだしな。

「生きずらそうだな」
「うん?何が?」
「…別に」

王になることは出来ない自分には分からない苦労がきっと、あるのだろう。
もちろんそれが、理解出来る訳ではないけれど 同情はする。

「はい、」
「…野菜……」
「人に作らせて文句言うなよ」

湯気のたつスープの中、大きな野菜と鶏肉がごろごろと入っていた。
彼は向かい側に座り、溜息をつきこんな時間にも関わらずコーヒーを啜った。

「お前は食わねぇのか」
「こんな時間にご飯は食べないよ」

そうかと呟き、スープを口に運ぶ。
彼が作るご飯は 野菜の嫌な味がしないから好きだった。
大きめに切ってあるのに舌の上でほろほろと崩れる野菜とお肉を堪能していれば頬杖をついていた彼の頭がこくりと揺れた。

「…なまえ?」

いつも穏やかに細められる瞳が今はすっかり瞼に隠されていた。
スプーンを置いて、身を乗り出す。
恐る恐る髪に触れ、顔を覗き込むと規則正しい寝息が聞こえた。

「……寝てんのか」

珍しい。
というより、寝顔は初めて見たかもしれない。

「…無防備な面晒してんなよ…」

俺がお前に牙を向かない保証など、ないだろうに。
だが 嫌な気はしなかった。
常に気を張るこの男の、弱さを見た気がしたから。

それから10分くらい。
そろそろ飯が食い終わる、そんなタイミングで彼は魘され始めた。
眉間に皺が寄り、空いた手が首にそえられる。

「っ、おい…!」

そして、その左手が自らの首を絞めていた。
いつも隣から聞こえた苦しそうな呻き声の意味がやっとわかった。

「なまえ!!!」

手を掴み声をかけても手の力は弱まらない。
左手を無理矢理引き剥がし、とりあえず頭突きをかませば 彼はやっとその目を開いた。
荒い呼吸を繰り返して、俺を見上げた目。

「……な、に……てか、痛った…」

レオナ顔怖い、と呟きながら額を摩った。

「もっと優しく起こせよ」
「……お前、いつもか」
「何が?」

きょとんとして彼は俺が掴んだままの左手を見た。

「なんで手掴んでんの?てか、何で頭突き?お前のおでこも赤くなってんじゃん」

どんな夢を見てた、と尋ねれば彼はぱちぱちと目を瞬かせ、首を傾げた。

「あぁ…兄様の従者に首締められてる夢?まだナイフとか仕込んでなかったから、為す術もなくて。死ぬかと思ったよな」

この夢が1番多いんだよなぁ、と彼は笑う。
何を、笑っているんだと 舌打ちが零れた。
残り少なかったスープを掻き込んで、彼の手を掴み立ち上がる。

「え、なに?どした?」
「…うるせぇ」

食器を返却口に雑に放り投げれば、もっと丁寧に置けよと後ろから声が聞こえた。

自室のベッドに彼を放り投げれば、彼は意味がわからないって顔をした。

「何?どうした?夜伽の相手でもしてほしいの?」
「お前にそんなこと頼んだことねぇだろ」
「いや、だって。夜中のベッドなんて、やることそれくらいじゃない?」

寝るんだよ、と言って彼を巻き込み、ベッドに倒れ込む。
離せ、と俺を叩く左手を掴み そのまま抱え込む。

「え、このまま?」
「黙れ、抱き枕」
「いや、えぇ……?」

少しの間腕から抜け出そうとしていたがすぐに諦めたのだろう。
ナイフだけ持ってきてもいい?と苦笑する。

「いらねぇだろ、俺がいんだから。もう寝る。話しかけんな」
「え、ちょ………いや、寝んの早すぎじゃん……」





話しかけんな、と目を閉じて5秒もせずに彼は眠ってしまった。
握り締められた左手は離れそうにもなく、体の上にある腕をどかそうとするも、叶わず 仕方ないかと溜息をついた。

まさかレオナの前で転寝するとは…。
ここの所眠れてなかったし、疲れでも溜まっていたのだろうか。
猫のように丸まって俺の肩に額を擦り付けたレオナの力が少し強くなる。

「……人と同じベッドに入んの…いつぶりだろう…」

布団の無機質な温度じゃなく、人の温もりを感じる。
ふぁ、と自然と欠伸が零れた。
少しだけ、眠れそうな気がして 目を閉じた。


「レオナさーん!!朝ですよー!!!て、ええぇぇ!?!!!」

バンッと勢いよく開いたドアと朝から元気な声。
何でラギーの声が聞こえるんだ、と目を開ければ 自室ではないことに気づく。

「ちょ、大丈夫っスか!?なまえさん!」
「…おはよう、ラギー」

朝か。
いや、朝……?
あのまま、起きなかったのか?

体を起こそうとするがまだ俺を抱き締めたままのレオナ。
繋がれた左手を揺らし、起きるぞと声をかければ 薄目で俺を見た。

「おはよう、レオナ」
「よく寝てたじゃねぇか…なまえ」
「そうみたい。ありがとう。おかげでスッキリした」

彼の手が離れ、俺はベッドを降りるが彼はまた布団に潜り込んだ。

「なまえさん、大丈夫っスか?なんもされてないっスか?」
「大丈夫だよ、心配してくれてありがとう。部屋戻るから、後はよろしくね」
「あ、、はい!」

人の温もりというのは悪くない。
珍しく夢も見なかったし、目も覚まさなかった。
たまにはああいうのも、いいのかもしれない。
なんて、思っていたのだが。
その日の晩、レオナは俺の部屋 俺のベッドの上にいた。

「……えっと?」
「寝るぞ」
「いやいやいや、昨日は助かったけど。流石に男2人毎晩寝るのは違くないか?」

うるせぇ、と彼は言って 不機嫌そうに尻尾を揺らした。

「……寮長命令」

ぽつりと呟いたその言葉に、あぁ折れる気はないのだなと悟った。

「わかった、わかったよ。…とりあえず課題やるから、好きにしててくれ」
「最初からそうしてりゃいいだろ。あぁ、そうだ それやるよ」

彼は机の上を指差す。
そこにあったのは黄金色に輝く瓶だった。

「なにこれ?」
「蜂蜜。ホットミルクに入れると…よく眠れる」
「へぇ…随分と可愛らしいこというね」

いいよ、用意すると言えばお前のだと彼は言った。

「……ありがとう、」

溜息が聞こえ、ベッドを下りた彼はこちらに歩み寄り蜂蜜を指で掬って自分の口に運んだ。
甘い、と呟きながら 瓶が差し出される。

「これなら食えんだろ」
「……ありがとう。気を使わせたね」

今度こそその蜂蜜を受け取って、指先で掬う。
舌の上で飴玉みたいにその甘さを転がしていれば 彼はふっと笑った。

「…なんだよ」
「別に。早くしろよ、俺はもう眠い」
「お前が眠くないことなんてないだろ」

揺れる尻尾はどこか機嫌が良さそうだった。
あいつの尻尾はすぐに感情が現れるから可愛らしい。
なんて、年上の男に言うことではないか。

「ありがとう、レオナ」
「…うるせぇ」




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