いつかワルツを踊っておくれ


今日は珍しく1軍のオフだった。
休息もかねて、自主練も禁止。
寮でごろごろするという意見もあったが、練習の声を聞いていれば野球がしたくなる。
と、いうことで出かけることになったのだ。
それぞれ数人ずつ話をしていたのだが、「もう皆で行けばよくね?」と誰かが言い出したかと思えばあれよあれよという間に全員で数駅離れたところにあるショッピングモールに行くことになっていた。

皆で来ても20人近くいるのだ。
現地に着けば、俺はあそこに行きたい。あれを見に行きたいと皆がばらばらに動き出す。
俺もカルロ、樹と3人で行動していたし、なまえは白河とどこかへ。
途中で他のメンバーと出会えばまた組み合わせが変わり、また違うお店で同じように組み合わせが変わる。
そんなことを何度か繰り返して少し疲れたなと思っていれば、外のベンチに腰掛けるなまえを見つけた。
テイクアウトのコーヒーを片手に、傍らには本屋の袋と紙袋。
白河と最初に向かったのは本屋だったのか、と考えながら声を掛ければ「あぁ、鳴さん」と表情を綻ばせた。

「一人?なにしてんの?」
「さっきまで江崎と一緒でしたよ。ちょっと休憩中です」
「お前、こういう時は体力あんまないよね」

皆で出かけるときも以前行ったお祭りでも彼は早々に離脱し休憩してる。

「人が多いと疲れません?」
「わからないでもないけど」

隣に座れば、何も言わず彼は荷物を反対側へ。

「何買ったの?」
「本と洋服を…」
「ふぅん?そのブランド好きなの?」

袋を指させて聞けば、昔からここで買うんですと彼は答えた。

「チームメイトがモデルしてて」
「へぇ…て、ん?え、モデル?」
「いつもはそいつが見繕ってくれてたんですけどね。今は一緒にいないんで、似合いそうなのでると連絡くれるんです」

結構有名なブランドのモデル…?
嘘だろ、と思いながらサイトを開けばこいつですと俺でも知っているモデルを指差す。

「マジか…お前のチームなんなの…やば」

かっこいいでしょう?と自慢げに彼は微笑む。
やわらかな日差しに照らされたその笑顔が妙に、擽ったい。
俺に向けられたものじゃないけど、それでも彼は俺の前で笑ってくれるようになった。

「けど鳴さんもこういうのやるんだろうなぁ」
「え?」

似合いそう、なんて呟きながら彼は微笑む。

「そ、れは…俺がかっこいいってことであってる?」
「他に何があるんですか」

きょとん、と彼はしてそう答えた。
あぁ、本当にこの男は…と思ったがそれを飲み込み、彼の頭をちょっと強めに撫でる。
なんですか、と擽ったそうに笑うけどこの手が振り払われることはない。

「お前も、やるでしょ。俺ほどじゃないにしても、かっこいいし?」
「えぇ…やらないと思いますよ?傷だらけだし」
「……それを含めて、かっこいいって言ってんの。わかんない?」

はく、と彼は何か言おうとして音にならないそれを飲み込んだ。
そして目を伏せる。
ミスったかな、と思いながら彼を見つめていれば「ありがとうございます」と小さな声で答えた。
微かに彼の耳は赤く染まっているように見える。

「…照れてる?」
「照れてないです」
「耳赤い」

言わなくていいです、と彼は耳を覆う。

彼にとっては苦しい過去だろう。
今も、これからも背負い続けることになる俺の知らない過去のこと。
忘れたいけど忘れられない、忘れちゃいけないなんて言っていたことを覚えている。
どれだけ苦しみが伴うものなんだとしてもそれがあるからこそ、みょうじなまえだしJoker’sのエースなんだろうなって。
それがあるからこそ、それを忘れないからこそ、今俺たちと共に戦う頼もしい背番号14番のなまえなんだろうなって。

「なまえ」
「なんですか」
「お前はお前のままでいいんだよ」

まだ、知らない。
知ることができるかもわからないなまえの過去だけどさ。
現在ここにいるなまえは偽物なんかじゃないから。

「…恥ずかしいんですけど」
「お前も普段こんなだよ。ね、喉乾いたからそれ一口」
「ブラックですけど大丈夫ですか?」

馬鹿にすんなよ、と呟きながらそれを一口貰う。
美味しさがわからない苦みに眉を寄せれば彼は笑った。

「だから言ったのに」
「うるさい」
「何か飲み物買ってきましょうか?昼時ですし、ご飯も」

いいよ、一緒に行くからと立ち上がる。
それを拒むこともせず、何食べたいですか?と首を傾げる。

「どうしようか」

マップを見ながらとりあえずフードコート行くか、と声をかけるが返事はない。
どうかしたのか、と隣を見れば彼の視線は足元に。

「ぱぱ…」

そう呟いた女の子は泣きそうな顔でなまえを見上げていた。

「隠し子…」
「いや、違いますよ」
「だよね。さすがに、お前でもそれは驚くわ…」

女の子の前にしゃがんだなまえがどうしたの、と優しい声で尋ねる。
えぐえぐ、とさっきまで泣いていなかった少女が泣き出しパパとはぐれたのだと途切れ途切れに話す。

「鳴さんすいません。ご飯後回しで大丈夫ですか?」
「いーよ」

一緒に探してあげるね、と彼は泣いてる少女の涙を拭い微笑む。
後輩は苦手でも、子供は苦手じゃないんだなぁなんて。

「お兄ちゃんも…一緒に探してくれる…?」
「探してあげるよ。お兄ちゃんたち優しいからね」





「いや、どういう状況」

組み合わせが何度も何度も変わりながら、気づけば白河と樹と共にいた俺が見つけた2人。
なぜかその間に小さな女の子がいる。

「…いつの間に子供産んだの」
「いや、どっちが産む側ですか!?」
「樹、そのツッコミおかしいの気づいてるか?産む以前に付き合ってねぇぞ」

女の子は左手を鳴と右手をなまえと繋いでいる。
恐らくなまえが気を使って、鳴の利き手の左を空けたんだろう。

「それ言ったら、最初は白河さんです」
「確かに。まぁ、あの二人ならいつかありそうだけど…」

犬猿の仲だった去年が懐かしくなる。
女の子に微笑みかけるなまえを見つめ、表情を緩める鳴の姿をとりあえず写真に収める。

「どうする?」
「邪魔しちゃ悪いだろ」
「だよな」

迷子ですかね、と樹は辺りを見渡す。

「さっきの電気屋で走り回ってた人…だったりします?」
「あぁ…陳列倒してた?」
「はい。あの焦りようなら…」

可能性あるかもね、と白河が頷き「声かけてきてよ」と樹に言う。
わかりました、と素直に頷いた樹を見送り、隣の白河に視線を向ける。

「俺らはどうする?」
「とりあえず、録画」
「うん、だよな」

こういう時の彼は生き生きとする。
スマホのカメラを向けながら「こんな光景が見れるとはな…」と呟いた。

「確かにな。きっと、雅さん達見たら喜ぶだろうな」
「送っておく、後で」

鳴のなまえへ向ける視線は優しく、どこか甘さを含む。
まるで恋する少女だと内心思っていた。

「あんな二人を見れるのも、あと少しだな」
「…そうだな」

自分たちに迫った引退と卒業というタイムリミット。
それまでに彼らが付き合うことはあるのか。
まず、鳴にその自覚があるのか…。

「この光景は、たぶん俺は忘れられないな」
「…だな。いつか、あいつらが付き合ったり結婚したりすることがあったら…この映像流すわ」
「いいな、それ」

男同士、とかそんなことは関係なかった。
ただ鳴の隣には、なまえがいるのが相応しいと思っているのだ。
野球においても、プライベートにおいても。
それが一番、違和感なくぴったりだと。

「連れてきました」

戻ってきた樹の傍ら顔面蒼白のさっきの男の人。
2人の間にいる女の子に気づくと泣きそうな顔をして、駆け出して行った。
女の子の名前を呼び駆け寄るお父さんに女の子も表情を綻ばせた。

「もう迷子になんなよ」
「楽しい時間をありがとう。ばいばい」

2人が女の子にそう声をかければ、女の子はお父さんに抱かれながら手を振った。
鳴となまえは顔を見合わせて、安心したように笑い合う。

「子連れデートは楽しかったか?」

弄る気満々です、って笑みを浮かべて話しかけた白河に鳴は顔を赤くする。
それを見てなまえは困ったように笑った。

「お似合いだったぞ、後ろ姿」

白河の弄りに乗って、俺がそう声をかければ「喜べばいいんですかね?」と鳴に視線を向ける。

「無視しろ、無視」
「はい、わかりました」
「とりあえず飯行こ。こいつら放って」

なまえの手を取った鳴は怒りながらも歩き出す。
それじゃあまた、と笑ったなまえがその手を振り払うこともせず鳴の隣に並んだ。

「…あれで付き合ってねぇもんなぁ」
「ま…鳴はお子ちゃまだから」
「だな…」


その日の夜。
俺が撮影した女の子を間に挟み手を繋ぐ後ろ姿の写真を鳴が待ち受けに設定していたのは、明日の昼ご飯を条件になまえには内緒にしてやった。




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