いつか海の見える教会で


好きな人がいた。
いや、現在進行形でいるのだが。
その人はボーダー創設前に入隊し、俺と一緒に戦闘員として過ごした時間を経て、一度脱退。
医大に入った後、うちに専属の医師として戻ってきた人だった。
強くて凛々しい人だった。
姉のように、慕っていた。
そして、それが気付けば恋と名前を付けるに相応しい感情にまで膨れ上がった。

「あら、迅くん?」

会議を終えて、医務室の前を通りかかった時ドアが開いた。
読み逃していた未来に少し心臓がはねる。
視線をそちらに向ければ「あら、迅くん」と彼女が微笑む。

「こんにちは、なまえさん」
「こんにちは。また会議?」
「はい、あの…」

いつも読み逃す彼女は戦闘員だった頃よりも髪が短くなった。
それでも、なにも変わらない。

「髪、また短くなったんですね」
「あ、そうなの。一度切るとどんどん短くしたくなっちゃって」
「また髪の毛切ってる未来が見える」

やっぱり?なんて、彼女は笑った。

「切りたいなぁなんて思ってたの」
「切っても、凄く似合ってるよ」
「迅くんがそういうならきっとそうね」

週末切りに行っちゃおう、なんて彼女は髪を耳にかけた。
その瞬間に見えた、未来の映像。

「っ!?」
「どうしたの?」
「あ、いや…なんでもないよ」

三門市ではないどこかの教会。
後ろには三門市では見ることのできない海が見える。
真っ白なドレスを身に纏ったその人は振り返り、微笑んだ。
目の前にいる彼女と同じ笑顔で。

「なまえさん、あの…」
「うん?」
「あ、いえ…大丈夫です。そろそろ行かなきゃ」

無理しないでね、と彼女は小さな手を振った。
人の命を救う手で。
数年前までは人の命を刈り取っていた手で。

見えた来るかもわからぬ未来に沸き上がったのは嫉妬心。
想いも告げていないくせに、そんな資格が俺にあるはずもないのに。
彼女の訪れるかもしれぬ未来で、彼女の隣に立つ男に嫉妬した。
来なければいいのに、そんな未来。
誰のものにも、ならないでくれればいいのに。





未来が見えることはどんな気分なのだろう。
私の顔を見て、かすかに目を見開いた彼に一体どんな未来が見えていたのだろうか。
きっと彼は教えてはくれないだろう。

それから、どうしてだか全く彼とは会えなくなった。
元々あまり顔を合わせる方ではなかったけれどこんなにも会えないのは初めてだった。

「なまえさん」
「あぁ、木崎くん。珍しいのね、貴方が本部にいるなんて」
「弟子ができまして」

お弟子さん?と首を傾げれば玉狛に後輩が3人入ったのだと教えてくれた。
なるほど、だから彼は忙しくなったのだろうか。

「迅くんも?その子たちに付きっ切り?」
「迅ですか?いや、迅は相変わらず…」
「そう。ここのところいつも以上に会わないから何をしてるのかなって」

最近確かに元気はないですが、と木崎くんは呟く。

「…今晩、玉狛にお邪魔してもいいかしら?」
「え?えぇ、ぜひ。うちの後輩たちにもぜひ会ってやってください」
「喜んで。何か差し入れ買って伺うわ。迅くんには内緒でね」

迅に内緒は効くかな、なんて彼は笑う。

「いいのよ気持ちだけで。それに、迅くん私の事読み逃すこと多いからそれにかけるわ」


ほらねって、笑って見せた。
玉狛でご飯を食べていた私を見て、彼は目を丸くした。

「なまえさん!?」
「あら、読み逃した?」
「なんで…」

挨拶がてら?なんて首を傾げ席を立つ。
咄嗟に目を背けた彼の手首をつかみ、少しお話しましょうなんて彼が来たばかりであろう道を引き返す。

「ちょ、なまえさん!?」
「何かやましいことがあるんでしょう?昔と同じ顔をしてる」
「昔って…!?」

私のトリガーを壊した時、と言えば迅くんは何とも言えぬ顔をした。

「冗談よ。で?何隠してるの?」

支部の前の橋で足を止め、振り返る。
すぐに目を逸らす彼の目を追うように覗き込む。

「っ」
「言って。そうしてくれなきゃ、何もわからない」
「なんでもないよ、なまえさん」

嘘吐き、って彼の頬に触れればその手は振り払われた。
珍しい明らかな拒絶だった。
こうなってしまえば仕方ない。

「…そ。じゃあ、いいわ」

彼に伸ばしていた手を下して踵を返す。

「あ、待って」
「離して。何も言う気ないんでしょう?」

嫌だ、と彼は言った。
振り返れば珍しく彼は俯いていた。

「……結婚、しないで…なまえさん」
「……結婚?」

彼はこくりと頷いた。

「まさか、それ…この間見た未来?」
「……そう、です…」

彼が教えてくれたその未来は私のウエディングドレス姿だったらしい。
海の見える教会で。
その話を聞いて あはは、って思わず馬鹿みたいに笑ってしまった。
そんな馬鹿笑いしなくても、って迅くんは頬を染めて顔を上げた。

「しないわよ、結婚なんて」
「わからないじゃないですか…なまえさんモテるし…」
「あーぁ、迅くんって面白い」

何が面白いのって、彼は言う。

「それ、私の隣にいるのが自分だって思わなかったの?」
「は?」
「未来はわからないわよ?ね?迅くん」

それどういう意味って焦る彼に今度こそ背を向けて歩き出す。

「だって、その未来。相手は映っていないんでしょう?」
「っそれは、」
「貴方だとはどうして思わないの?」

だって、と子供みたいに呟いて彼は俯く。

「いつか連れてってくれる?」
「え?」
「平和になったら、連れて行ってよ。海が見える教会に」

吹き抜けた風が短くなった髪を揺らした。

「なまえさん、俺…」
「そうだ。ねぇ迅くん、見て?髪、短くなったの」

私たちに、平和な未来なんて訪れるのか。
なんて、それを口に出すことは憚られた。

「よく似合ってるよ、なまえさん。やっぱり、俺のサイドエフェクトに間違いないね」
「そうでしょ?」
「…未来の、なまえさんも短い髪がよく…似合ってたよ」

彼は自分の幸せに手を伸ばす人ではない。
自分の犠牲で、誰かが救われるのなら彼は迷わず自分を差し出してしまう。
だから、私は私の感情にも彼の感情にも気付かぬふりをしているのだ。
乱れた髪を耳にかけて困ってる彼に微笑みかけた。

「っ!」
「約束よ」
「そんな約束…」

叶えてね、って無茶を言った。
彼は困った顔をして、それでも頷いてくれた。

「敵わないなぁ、なまえさんには」
「ふふっそうでしょ?ね、戻ろうか。木崎くんのご飯美味しかったよ」
「そうだね、行こっか」

彼は歩き出す。
彼の背中を見つめながら、後ろを歩く。
見慣れた青いジャケットが、白いタキシードになる日は来るのだろうか。

「ねぇ、迅くん。私もサイドエフェクト使えたみたい」
「え?」

振り返った彼の向こう、青い海が見えた。

「白いタキシード、良く似合ってる」
「え、」
「青い海の見える教会で、バージンロードの先にいる迅くん」

見えちゃった、なんて笑って親指と人差し指で丸を作ってそこを覗き込む。
片目を閉じて彼を見つめれば、惚けた彼は顔を真っ赤にしていた。

「なまえさん、ずるいって…」

いつかそんな未来が、本当に訪れたらいいのにね。




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