一生で1番の大切な日 「好きだ」
鳴さん達の送別会の日。
送別会を俺の手を引きながら抜け出した鳴さんはマウンドの上で俺に、そう伝えた。
繋がれた手が暖かかったな、とかあぁ野球してる時みたいに真っ直ぐな目をしてるなとか。
そんなことを考えていたのだが、彼は何と言った。
「なまえ、お前のことが好きだ」
もう一度、彼は言った。
その好きだって言葉が、どんな意味を持つのか。
鈍感な俺でもわかるほどに、彼の目は真っ直ぐで。
頬が染まり、耳まで真っ赤で、それでも確かに伝えようとしていた。
「あ、の…」
何で俺を。
俺なんかを。
そう思うのに、胸が締め付けられるみたいで息が詰まる。
「鳴さん、俺…」
送別会をしてる食堂から楽しそうな声がBGMのように耳に届く。
なのに、それを上回るくらい心臓の音がうるさくて。
俺なんか、好きになってどうするんだよ。
彼は寮に入って、来年俺はアメリカに行って。
好きになんかなっても、好きだって言ってくれても俺は彼の隣にもういられないのに。
どうして、どうして彼はこんなに真っ直ぐ俺に好きだというのだろうかって。
「……なんで、今…」
そう零れた声に彼は「今だからだろ」って即答した。
「もう気楽に会えなくなるから。お前のエースでいられなくなるから。だから、俺の物になってほしかった」
あぁ、なんでこの人はこんなにも真っ直ぐなんだろう。
「鳴さんが俺のエースでなくなることなんて、ありませんよ。これまでもこれからも。鳴さんは俺が初めて出会えたエースなんです」
「…相変わらずだな、お前」
「そうですよ。俺は変われない。だから、どうすればいいかわからないけど」
貴方の物になりたい、と自然と言葉が出ていた。
目を丸くした彼は、息を飲んで「ちゃんと言って」って声が震えていた。
「好きです、鳴さんが。どうしようもなく、俺の目には貴方しか見えていない」
彼の顔はより一層赤く染まって、でもそれはそれは嬉しそうに「ありがとう」って言って俺に抱き着いた。
「うわっと、」
「大好きだ」
「はい、ありがとうございます」
嬉しそうに彼は微笑んで、照れくさそうに俺の両頬を包み込んで「今日が一番幸せな日だ」って言ってくれた。
「こういう時って、キスしていいの?」
「いいと思います」
そう答えたら鳴さんは俺の手を掴んで、白河さんがいなくなって一人になってしまった俺の部屋に引っ張っていく。
扉が閉じて、彼は後ろ手でカギを閉めて唇を重ねた。
そしてそのまま、なだれ込むようにベッドに二人して沈んでいた。
「幸せだ」
なんて。
言葉の通り彼は幸せそうに彼が言うから、俺にとってもそうだと迷わずに言えた。
抱き締めあって、キスをして。
彼の手は俺のシャツを脱がせて、傷を見て少しだけ悲しそうに眉を寄せた。
「見なくていいですよ」
「見せて、全部」
脱がされたシャツに伸ばそうとした手を彼が掴んだ。
「その傷も心の傷も全部ひっくるめて、俺はお前が好きなんだ」
彼の目が、言葉が、嘘を言っていないってことはわかる。
それで目の奥が熱くなって、涙が零れそうになった。
俺は泣けないけれど、どうしようもなく泣きそうだった。
今まで、そんなことに興味を持ったことはなかった。
だから保健の知識くらいしか持っていなくて。
ましてや男同士なんて、本当に聞きかじったくらいの知識しかなくて。
それでも俺も鳴さんも、今日が最後だってわかっていた。
もう新たなチームとして動き出した俺たちと。
ここから離れた地に入寮し、もう練習を始めている新人の鳴さん。
再び俺たちが顔を合わせるのも触れ合えるのは、いつになるのかわからないから。
知らなくとも今、したいと俺たちは思っているのだろう。
「っ、なまえ」
「痛くないですか、」
「だい、じょうぶっ」
少しだけ辛そうに眉を寄せて、それでも時々甘い声が零れる。
この表情を、この声を、この瞬間を。
忘れたくないって、そう思っていた。
「見すぎ、なまえ」
「全部見せて。忘れたくない、次に会うまで。全部、覚えてたい」
「っばーか。俺もだよ」
もう大丈夫だよ、って欲しいって彼は蕩けた目を真っ直ぐ俺に向けていた。
「本当に大丈夫ですか」
「うん、」
いつだったか先輩に押し付けられた使わないと思っていたゴムを破って、固くなった自分に被せる。
解したといっても、性交に使う場所じゃないそこに入れることに恐怖があった。
「大丈夫だよ」
彼は両腕で俺を抱き締めた。
「なまえは大丈夫」
彼の言葉は俺の背中を押してくれるみたいだった。
こんな時まで頼もしいなんて。
「かっこいいなぁ」
この人は、どうしようもなく。誰よりも。
堪らずキスをして、抱き締めてしまっていた。
「んっ、」
「入れますね。痛かったら、背中爪立ててもいいですよ」
「ひ、ぁ」
きつい。
けど、それ以上に彼は苦しいはずだった。
心配なのに、ここでやめなくちゃって思うのに耳元で聞こえる彼の声がどうしようもなく愛おしかった。
▽
なまえの欲が滲む目が俺を見下ろす。
気持ちいいとは決して言えない圧迫感だけど、それでも俺の中にを埋め尽くすのが彼の物だと思うと、しかも俺なんかを相手に興奮してくれている彼に胸がいっぱいだった。
「ごめんね、鳴さん」
気持ちよくしてあげられなくてって、なまえは困った顔をしていた。
首を横に振って、触ってって自分のものに彼の左手を導く。
彼の指先は俺自身に触れて、どうしようもない圧迫感を感じているのに未だに萎えることもない俺のものにやっと気づいたらしい。
「っ、」
「触ったまま、動いて」
壊れ物を扱うみたいに包み込まれて、ゆっくりと彼の腰が動いて自分の体がのけ反った。
「ぁ、んっ」
何かに耐えるように眉を寄せて、それでも真っ直ぐ俺を見つめる目にまた一段と熱が上がった気がした。
「っ、痛く…ない?」
余裕のなさそうな彼の声。
不安そうな目に、素直に頷けば彼は安心したように少しだけ表情を解いた。
彼の左手が、きっと沢山傷つけて、沢山傷ついてきたその左手が。
俺のものをゆっくり擦り上げるたびに恥ずかしげもなく声が零れた。
圧迫感も気付けば消えて、体全体で感じる律動に気づけば快楽を感じていた。
「なまえっ、」
縋りつき、声を漏らし。
体感したことのない快楽に意識が持っていかれそうになりながらも、ただ彼から目を逸らすことはできなかった。
「ぁ、あっ好きだ。っ、なまえ」
「俺も、好きですっ鳴さん。貴方、だけが」
彼への想いに気づいたのはいつだったか。
この想いを抱え始めたのはいつだったか。
その思いを今日この日まで抱えてきた。
この先も抱えていこうと思っていた。
けれど、学生を終えるこの日。
なまえと共にいられる最後の日。
この大切な日に、伝えないなんてできなかった。
自然と俺の同級生に囲まれて笑う彼を、攫い出していた。
「もう、イきたいっ」
次はいつ彼に触れられるだろうか。
彼に抱き締めてもらえるだろうか。
終わりたくないのに、体は限界だった。
「一緒に、イきましょう」
彼は大事そうに右手で俺の頬を撫でて、唇が重なった。
絡む舌が呼吸を奪って、視界がちかちかしてそれでもはっきりと彼のことが見えていた。
「も、やばっ」
縋った彼の背。
傷つけたくないのに、爪を立てていたことに気づいたのは自分の腹に白濁を吐き出した後だった。
どくりと自分の中で脈打って、じんわりと熱が伝わる。
崩れるように俺の顔の横に彼の顔が落ちてきた。
普段疲れない彼の荒い呼吸が耳元で、聞こえていた。
「なまえ、顔。見せて」
彼は両手を突っ張って、俺を見下ろした。
じんわりと汗が滲み、瞳が少し濡れていた。
「鳴さん」
「っ、ん?」
「卒業、おめでとうございます」
彼の言葉にきょとりとして、俺は笑ってしまった。
「処女卒業?」
「は!?違いますよ!?普通に、高校卒業の…」
「……ありがとう」
今言うか、って思ったけど。
確かにそれを言わせずに、告白をしてベッドに引きずり込んだのは俺だった。
「忘れんなよ、俺のこと」
「忘れませんよ」
「浮気も、すんなよ」
彼の背に手を回し、手の平に何か濡れたものが触れた。
汗かとも思ったけど、手の平を見れば赤く濡れていた。
「っ!?やばい、血出てる!」
「大丈夫です。ありがとう、鳴さん」
初めて嬉しい傷だって、彼は微笑んで触れるだけのキスをした。
「…なんだよ、嬉しい傷って」
呆れる俺に、彼はただただ愛おしそうに目を細めて「愛しています」と言ったのだ。
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