Foxy Foxx
ホリデーの後、随分と遠巻きに見られるようになった。
目障りだとは思ったが、悪くはない。
俺が俺のまま生きられるなら、こんなもの。

「おや、奇遇ですね。ジャミルさん」
「…隣に座るな」
「つれないこと言わないでくださいよ」

あれから何が楽しいんだか付き纏うアズールは鬱陶しい。勿論、カリムも鬱陶しい。
まぁ、無視するのが1番だな とカレーを口に運ぶ。
好きな物を食べて、好きなことをして、好きに生きる。
この幸せの為なら、生徒からの信頼なんてなくていい。

騒がしい食堂にカツカツと足音が響く。
食堂には珍しい姿に生徒がしんとなる。
こんなとこになんか来るのか、と思っていれば あろう事かその足音は俺の前で止まった。

「何を遊んでいる、仔犬」
「…はい?」

クルーウェル先生は俺を不機嫌そうに見下ろした。

何の話だ。
いや、ホリデーの事か?…今更?

「ナマエ。いつまで、仔犬ごっこをしてるつもりだ」
「は?」

今、俺にナマエと呼び掛けたか?
何故今、その名前が?

「クルーウェル先生、あの…?ナマエというのは…?」
「ホリデーの間だけという話だったはずだが?」

アズールの事も無視して、クルーウェル先生は鞭を俺の喉元に向けた。

「長時間化けると自我を喪失するのは、そろそろどうにかしろ。全く、そんなことでいちいち自我を失って教師になれるのか」

おかしい。
何を言っているんだ、この人は。
まるで俺がナマエ先輩であるかのように。

「クルーウェル先生、何を…」
「おい、本当に忘れているのか?…厄介だな。ホリデー前にストレスと過労で倒れたジャミル・バイパーを連れてきたかと思えば ホリデーの間は休ませてやりたいなんて言って、入れ替わったんだろ」

それでオーバーブロットするなんて生徒にまで迷惑をかける気か?と彼は首を傾げた。

知らない、そんな話は。
俺はホリデー前からあのことを計画していたんだ。
アズールが本当なんですか、とこちらを見るが何も答えられなかった。

「まぁ、いい。その姿で構わんから ついてこい」

カツンと音がして彼は背を向ける。
その瞬間彼の姿が揺らめいた。
見覚えがある、その揺らめきは。

「ナマエ…先輩、」

クルーウェル先生の姿をした彼は振り返り、ふっと笑った。
とりあえず意味がわからないけど。
彼はナマエ先輩で、俺をナマエ先輩に仕立てあげたいらしい。

「すまない、アズール。代わりに片付けておいてくれるか」
「え、えぇ…構いませんが…」

どういうことだ。
あれ、ジャミル本人じゃないのか?

そんな声が聞こえてきた。
それに答えられるはずもなくヒールの音をさせながら歩く彼を追いかけて、行き着いた先は錬金術の準備室だった。

「あーぁ、疲れた」
「ナマエ先輩…」

彼はクルーウェル先生の姿から普段の 狐の獣人に戻る。
手にしていた鞭はランタンに代わり、フサフサの尻尾が揺れた。

「元気そうだね、バイパーくん?計画がまぁまぁ上手くいったようでよかったよ。決して成功ではなかったようだけど」

そうだ、この人は…俺の中身を見ていた。
俺の長年の夢も、知っていた。

「まぁ、オーバーブロットもそこまで重いものではなかったと聞くし、人が死んだわけでもないから 心配はしてなかったんだけどね」
「…だったら、なぜ」
「なぜって。配信されるのは 少し違うだろ?」

ああいうやり方は嫌いだと、彼は不機嫌そうに言った。

「だから、ちょっと 事実を捻じ曲げようと思って」
「…それで俺がナマエ先輩だと?」
「そういうこと。ストレスで倒れた君に成り代わったはいいが、感情に共鳴しすぎてオーバーブロット。元々君が倒れた理由も 今回の件の原因だってことにすれば…まぁ君は変わらず自由の身だ」

いらない視線は少しは取り除けるはずだから、と彼は微笑み 座れば?と小さなソファを指差した。
言葉に甘えソファに腰掛ければ 魔法で紅茶を入れて 彼は俺の前に置いた。

「毒味は必要か?」
「…いえ、」

自分用に入れた紅茶を飲みながら他に質問は、と首を傾げる。

「…何故そんなことを…?放っておいてもよかったでしょう。たった一度、関わっただけの生徒なのに」
「ナマエ。そいつはとある国の第一皇子の近衛騎士だった」
「は?」

勝手なことをしてくれたな、とドアを開けながら本物のクルーウェル先生が現れた。
すみません、と先輩は笑った。

第一皇子の騎士…?
この人が…?

「代々、国王家に仕える騎士の一族でね。幼い頃から剣術を学んだ。尤も、俺が興味を持ったのは魔法だったけどね。夜な夜な隠れて、魔法を勉強した。街に出て、少ない給金で古本の魔法の教科書を買って回った」

だが、騎士は皇子に勝ってはいけない。
剣術以外で彼に勝ることは許されない。
それなのに俺の元に入学届が届き、皇子には届かなかった。

彼は懐かしむように、目を細めて話す。
だがどこか、冷たい気がした。

「安定した地位を捨てるか、全てを捨てて欲しいものに手を伸ばすか」
「…それでこの男は、迷わず地位を捨てた」

逃げるように馬車に乗った、と彼は笑った。

「どうせ似ているとでも思ったんだろう。地位に縛られ、欲しいものを掴めない仔犬…お前とな」
「…だから、手を貸した…?」
「まぁ、そういうこと。正当な評価を受けられない辛さは俺もよく知ってるから」

屈託なく笑うこの人が騎士だったとは。
学園に就職を決めたのもそれも大きな理由だろう。

「感謝する事だな、ジャミル・バイパー。お前は、悪評もきっとなくなり 晴れて自由の身だ。せいぜい、いい点を取ってくれるな?仔犬?」
「…えぇ、それは。お約束します。…ナマエ先輩、何か…お礼を…」
「上手に演技してくれればそれでいいよ」

ここから先は君次第だ、と彼はやはり笑った。
目を細めて、フサフサの尻尾が揺れる。

「ナマエ、そろそろ次の時間の準備をするぞ」
「はい、かしこまりました。バイパーくん、また何か困ったことがあれば尋ねておいで」





「ちょっと、先生。なんで勝手に言っちゃうんです?」
「騎士だったことか?」
「他に何があると?」

先生はふっ、と笑った。
あぁ、随分と機嫌がよろしいようで。

「フェアじゃないだろ?あの手の奴には少し秘密をチラつかせた方が懐く」
「…まぁ、警戒心強いですもんね」
「あの頃のお前みたいじゃないか」

そんなことないでしょう?と笑ってみせる。

「躾直されたいか?ん?」
「あはは、勘弁してください」

王家の騎士を務める家に長男として生まれた。
小さな頃から剣を握り、剣術の為の魔法を学んだ。
手の皮はいつもズル剥けて、剣の柄には血が染み込んでいた。
才能は、あったのだろう。
7歳を迎えた辺りで、第一皇子…未来の王様の騎士団に入って、10歳になる頃には近衛騎士として 騎士団の団長としての地位を確立した。
同い年だった第一皇子とは 親しかったと思う。
勉強が得意で、人を見る目があり、そして人を使うのに長けていた。
だが、魔法だけはからっきしだった。
代々NRCに入学し魔法を学んできた家系で 彼は唯一 入学届を受け取ることはなかった。
RSAからは届いていたし、彼にはそちらの方が似合っていた。
だから皆、彼にはRSAに行けと 背中を押した。

騎士として、護衛として 彼と共に学校に通うという任は 俺にRSAからの入学届が届かなかった時点で 彼にNRCの入学届が届かなかった時点で叶わなかった。
そうなれば、切り捨てられるのは俺である。
授業は受けれずとも護衛を連れて行けるというRSAに俺も行くという話が進んでいるのを俺が知らないはずもない。
目の前に魔法を学ぶ環境があるのに。
しかも、あの名門NRCだ。

「ナマエ?」

迷いはなかった。
最後の分岐点だと、思ったから。
どれだけの恩があれども、どれだけの友情があれども。
俺は俺が求めるものを、諦められなかった。
10数年、従って生きてきた、痛みに耐えて生きてきた。
例え十字架を背負うことになろうとも、自由に学ぶ資格が欲しかった。
他の全てを、失うことになったとしても。

「…あぁ、すいません。ちょっと…思い出していただけです」
「何を?」

とある晩。
近衛騎士であったとある青年は、皇子を護るように覆いかぶさり 炎で身元の判明も難しい程に焼け焦げ 亡くなったそうだ。
意識を失っていた皇子は目を覚まし涙ながらに訴えたらしい。
刺客に襲われ、血塗れになりながら、どんな魔法からも自分を護ってくれたと。
自分に力があれば、魔法が使えたら 助けられたかもしれないのにと。
涙ながらに、皇子は訴えた。
その日の夜更け 寧ろ夜明けの方が近いそんな時間に、黒い馬車が王国をかけていたそうだ。

ゆらり、と 材料を抱える手が揺らめいた。

「後世に語り継がれる英雄になった騎士のことを」
「は?」

彼らは知らない。
ナマエ・ミョウジが魔法に長けていたことを。
彼らは知らない。
ナマエ・ミョウジが人の姿を変える魔法を得意としていたことを。
彼らは知らない。
ナマエ・ミョウジに入学届が届いていたいたことを。

手で狐の形を作り 先生の方へ向けて 笑った。
フサフサの狐の尻尾がふわりふわりと揺れて、そして 揺らめいた。

「一体、いつから…狐に化かされていたんでしょうね?」



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