Foxy Foxxx
「レーオーナーさーん!?!!授業始まるっスよ!!!」
「うるせぇな…出ねぇよ。気分じゃねぇ」
「レオナさんが気分なことなんかないじゃないっスか!!!」

勿論その通りなのだが。
うるせぇな、ともう一度言って寝返りを打ち 見えた姿に眉を寄せた。

「レオナ。後輩を困らせるなよ」
「ナマエ…」
「ナマエさん!」

こんにちは、ブッチくんと余所行きの笑顔を貼り付けたナマエにラギーは尻尾を振る。

「レオナの次の授業、クルーウェル先生だから俺が連れていくよ」
「え、いいんスか?」
「あぁ。ブッチくんも遅れちゃうから 早く行きな」

ありがとうございます、と大袈裟に頭を下げて走っていったラギーを見送り、ナマエは俺を見下ろした。

「授業」
「行かねぇ」
「今日抜き打ちの小テストあるよ。合格点取らなきゃ補習」

お手本みたいな笑みを浮かべた彼に自然と溜息が出た。

「先に言ったら抜き打ちじゃねぇだろ」
「事前に勉強してないからいいんじゃない?お前なら受けさえすれば点数は取れるだろうし」
「…知ったように言うな」

知っているよ、3年連続同じクラスだったんだからと彼は呆れ顔だ。
狐の耳がぴくりぴくりと音を拾い動き、尻尾はゆっくりと揺れる。

「補習の担当は俺なんだよ。お前に教えるなんて嫌だぞ」
「…逆に受けてみてぇな、ナマエ先生?」
「勘弁してくれよ」

3年間同じクラス。
なんだかんだ気が合い、よく一緒に過ごしていたのはこの男だった。
尤も、学園に入る前からの知り合いだと 知っている人はいないだろう。

「そういや、招待状が来てたぞ」
「なんの?」
「どっかのお国の第一皇子が王位継承するってやつ」

ピクリ、と尻尾が揺れ 止まった。

「今年卒業だろ、そちらさんも」
「なんの事だか」

ナマエ・ミョウジ。
とある国の騎士をしていた男だ。
数年前に 死に、英雄となったその本人。

「行ってやらねぇのか。あのへなちょこ皇子、随分と立派になったって話だぞ」

胸ポケットに差してあったマジカルペンを抜いて、彼はにっこりと笑った。
目は全く笑っていなくて、やばいと思ったのも束の間。
目の前の男は俺の姿になり、鬱陶しそうに髪をかきあげた。

「俺が代わりに全部の授業出てやるよ」
「は?」
「教師陣全員にも頭下げてやるよ。そんで、今年卒業しようぜ?キングスカラー様」

厄介なキレさせ方をした。
慌てて手を掴めば不機嫌そうな目がこちらに向けられた。

「……悪かった。少しふざけすぎた」
「マジフトを続けたいならプロでも実業団でも やりゃいいだろ。国に帰りたくないなら帰らなきゃいい。王様になりたいなら、どっかで国でも作ったらどうだ?それか、俺みたいに殺すか?」

マジカルペンが剣になり首筋に触れた。
初めて会った時ににているな、と元の姿に戻った彼を見上げる。
違う所と言えば、俺も彼も制服を着て 彼が耳と尻尾を付けていることくらいだろう。

「やめろ」
「あぁ、大変失礼致しました…レオナ・キングスカラー様。現実から目を逸らし、堕落した雄ライオンと見間違えました」
「おい、」

冗談だよ、と彼は笑って剣をマジカルペンに戻し胸ポケットに差した。

「茶番は終わりだ。授業行くぞ」
「仕方ねえな。……お前は、あのへなちょこ 心配じゃねえんか」
「心配?なんで?」

あの人ほど王に相応しい人はいないよ、と笑った彼は あの日見た騎士の眼差しをしていた。





「何をしている」

首筋に触れた冷たい剣。
そして、自分を見下ろす真っ直ぐな瞳。
自分にはあまり向けられることのないものだと思った。
めんどくせぇ、と思いながらも口を開こうとした時、薄雲に隠れていた月が顔を出す。

「っ!?大変失礼致しました」

月明かりに照らされてお互いの顔が見えたと思えば、彼は剣を下ろし マスクを外して深々と頭を下げた。

「このような所にいらっしゃったので……侵入者かと思いまして……。申し訳ございません、レオナ・キングスカラー様」
「……俺を、知ってんのか」
「え?えぇ…知らない者などおりますでしょうか」

いくらでもいるさ。
皆2番目の俺のことなんか見ちゃいない。
だが、彼はそんなこと本当に知らないかのようにきょとんとしていた。

「お前は?」
「名乗りもせず申し訳ありません。近衛騎士を務めております ナマエ・ミョウジと申します」
「…近衛騎士…?に、しては若ぇな…」

レオナ様と同い歳です、と彼は剣を収めながら応えた。

「我が主も、レオナ様と同い歳です。是非、仲良くしてあげてください」
「…第二王子と仲良くしたって、なんの得にもならねぇぞ」
「友人は損得の為に作るものではありませんよ」

変わった奴だと思った。

「レオナ様はこちらで何を?まだパーティーの時間では?」
「サボり」
「…きっと近臣の者が探しております。お戻りくださいませ。ここは危険ですし」

探しちゃいないさ、と言って自嘲する。

「それにお前がいりゃ、危険でもなんでもねぇだろ」
「…若い騎士を信じると?」
「お飾りの騎士なら、中に連れていく。ペットみたいな見せびらかしてな」

外に配置され、尚且つこの場所に一人なら そこそこ腕は良いのだろう。
それに噂では聞いた事があった。
第一皇子の若い近衛騎士。
剣に長け、すぐにでも騎士団の団長になるだろうと言われていると。

「…その信頼に応えてみせましょう」
「そーしてくれ」
「……パーティーはお嫌いですか?」

アイツらは肩書きしか見ないからな、と言えば 人は皆そうですよと彼は表情を変えずに言った。

「特に王族ならば。身分と肩書きが全てです」
「…へぇ、」
「そんなものに意味などないのに、愚かな話だ」

王族批判か?と聞いてみれば 内緒にして下さいと彼は笑った。

「貴方のサボりを内緒にする代わりに、ね。私だって 偶には 愚痴りたくもなるんですよ」
「…近衛騎士様も苦労してんだな」
「えぇ、望んだわけでは……ありませんから」

それから、彼の国のパーティーに参加する時はナマエの元へ行った。
年に2、3回会うくらいだったが 気は合う奴だった。
自分の立ち位置に不満を持ち、それでもどうにも出来ずもがいていたから。
お互いに通ずるものがあったのだろう。

そんな彼の訃報を聞いたのは NRC入学直前だった。
あの第一皇子を庇い、亡くなったと。
魔法士になりたい、と話した彼は 騎士として亡くなった。
後に英雄と語り継がれることとなる彼の最期は、彼にとっては 惨めな死だっただろうと。
次のパーティーの時は、柄じゃないが花を供えてやろうと思っていたのに。
鏡の前で 、ナマエと名乗ったその人は 紛れもなく死んだはずの騎士だった。

「おい、ナマエ!?!お前、死ん「レオナ様、ダメです」っ」

唇を塞いだ人差し指。
式典服のフードが外した彼の頭の上に 前は確かになかった狐の耳。
よく見れば柔らかそうな尻尾も揺れていた。

「ナマエ・ミョウジは死にました。俺は、騎士でもなんでもなく…苗字さえ持たぬ平民の…ナマエなのですよ」
「…お、前……何したんだ…」
「殺してでも、自由になりたかったのです。どうか、国へは隠しては…いただけませんか」

彼は深々と頭を下げた。

「素顔を知る者は貴方と王族に関わる者だけなのです。ここには俺以外誰も…来ていない。ミョウジを捨てるには、これが最後のチャンスなんです」
「…分かった。その代わり、そのレオナ様ってのと敬語やめろ。同じ学生になるんだろ?ナマエ」
「…ありがとう、レオナ」


懐かしいな。
抜き打ちの小テストを早々に解き終えて、クルーウェルと話すナマエを見る。

騎士をしていた頃の 真剣で冷めた眼差しはあまり見ることは無くなった。
基本的に穏やかに嘘くさく笑っている。
嘘くさいも何も、あの耳と尻尾も偽物なのだから 嘘の塊だ。
それを四六時中キープし続け、他の魔法も使えるのだから 素質というものがあったんだろう。
魔法士になりたい、と話していた彼が先生という道を選んだことも驚きはしなかった。
魔法を突き詰めていきたいってのが彼の望みだったから、先生や学者の方が性に合っている。

俺の視線に気づいたのか彼は微笑む。
何度パーティーを抜け出し胸の内を打ち明けあっても、第二王子と騎士では友にはなれない。
第一皇子には悪いが 騎士である自らを殺してでも自由にないたいと思わせてくれた彼に 彼らに感謝している。

「騎士には代えがいる。俺にとってアイツは、唯一無二なんだよ」

呟いた言葉。
耳が動き、彼はこちらを見て微笑んだ。


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