彼は昔は普通の少年だった。
片鱗がなかったかと言えば嘘になるが、幼なじみと幼なじみの兄と3人で隊を組んでいた時は どこにでもいる普通な少年だった。
幼なじみの少女にはトリオンの才能はなく、オペレーターに。
2人は高い戦闘スキルを持ち、入隊間もなく遠征にも行くようになった。
「粕谷」
「はいはい」
それが見る影もない。
「今月何度目だ」
別の隊員とトラブルになるのは日常茶飯事。
上層部と揉めることもしばしば。
悪びれず、頬杖をついてそっぽを向いた粕谷に溜息しかでない。
「今回はなんで手を出した」
「別に」
「別にじゃないだろ」
今回はC級の隊員とのトラブルだった。
急に襲われた。
生身になってしまったのに弧月を向けられた。
C級隊員達は顔面蒼白でそう訴えていた。
「理由もなく手を出したりするような奴じゃないだろ、お前は」
「ははっ、買いかぶりすぎじゃね?」
彼がおかしくなったのは、こうなってしまったのは 隊を解散してからだ。
2人がボーダーを辞めてから。
「ただイラついただけ」
「なんでイラついたんだ」
「食いたかったパンが売り切れだった」
嘘だろうな。
そう思っても、その嘘を認めさせる術はない。
合わない視線。
いつから彼はこうも、心を閉ざすようになったのか。
嫌でも耳に入るようになった。
ボーダー1のクズ野郎という彼の蔑称を、彼自身が受け入れてしまっているのが残念で仕方なかった。
「…なぁ、粕谷。もう1回隊を組んでみたらどうだ?退屈なんだろ、」
「ねぇわ。話終わり?もう帰る」
「あ、おい!待て!!」
後ろから忍田さんの声がする。
いつもいつも怒ってて疲れないんかな。
自分のせいだけど。
「やーっと戻ってきたな」
「お腹空いたよー」
当真とゾエが待ってましたと言わんばかりに立ち上がる。
「カゲは店で待ってるって〜」
「荒船も学校から直接 先にお店向かうって」
「お前らも先行きゃよかったろ」
1人じゃ寂しいかと思って、とニヤケ顔で言う当真の脛を蹴りさっさと行こうと声をかける。
「痛ってぇ!!」
「容赦ないねぇ、雅久」
「イラついてるってわかってんのに、よりイラつかせるのが悪ぃだろ」
それは否めない!とゾエは朗らかに笑った。
「悪かったって。そんな顔して睨まないで。で?今回は何したの?」
「別に。うるせぇ羽虫を払っただけ」
「何言ってたのさ、その羽虫は」
虫の声なんかわかんのかよ、お前と隣を歩く当真を見れば彼は肩を竦めた。
「うぜぇ以外に何もねぇよ」
「……そういうことにしとくよ」
同学年の友人達とは時々こうやって飯に行く。
行先はファミレスかカゲの家のお好み焼き。
家に帰っても飯はないし、金はかかるけど嫌いじゃない。
「そういや、雅久。明後日うちの任務入ってくんね?冬島さんエンジニアに取られちゃって」
「あぁ…別にいいけど」
「いつも手伝ってるよね。もう入っちゃえばいいのに」
俺らもそう言ってるんだけどさぁ、と当真は呟く。
隊を組まない俺は隊員の少ない当真んとこか漆間のとこに助っ人で入る事が多いのだ。
「隊には入んねぇ」
「て、言われちゃうわけよ」
「折角強いのに勿体ないよね」
ゾエの言葉には何も答えなかった。
隊を組む気はない。
忍田さんにも言ったけど、その気持ちはこれから変わることは無い。
「無視しないで?!」
「相変わらずだなぁ」
店に着けば2人は既にお好み焼きを焼き始めていた。
遅ぇと吐き捨てたカゲの隣に座れば無言で皿の上に焼きあがったお好み焼きを乗せられる。
「またやったんだろ、お前」
荒船の言葉に別に、と答え 口にお好み焼きを運ぶ。
「いい加減クビになるんじゃね?お前」
「いいよ別に」
「よかねぇだろ」
カゲは何か言いたげな視線をこちらに向ける。
友人である彼であっても向けられるその視線がウザったい、と思うくらいにはこの話題が嫌いだった。
「昔は組んでたんだろ?」
「あ、それは俺も聞いてる。強かったんだろ?」
「東さんも時々その話するよ。あの頃の雅久は凄かったって」
小さな一切れを胃の中に送り込み、立ち上がる。
「気分悪いから帰る」
「え、ちょ!?雅久!?」
「誰の入れ知恵だ?昔の話はしねぇ」
同学年の友人たちは入隊が遅い。
だから、俺のあの頃を知らない。
あの頃に踏み込んで来ないから、一緒にいて気が楽だったのに。
どいつもこいつもウザい、うるさい。耳障りだ。
いっその事みんな、「やめろ、雅久!」
荒船の少し強めな声に思考が止まる。
首元に手をあて、息苦しそうに俺を見上げるカゲの視線に気づき 大きく息を吐いた。
「帰る」
財布から千円札1枚引き抜いて、テーブルに置いた。
▽
「大丈夫か、カゲ」
千円札を置いて出ていった雅久の背からカゲに視線を移す。
「何をどうすりゃあんな感情になんだよ」
「どんな感情が刺さってたの?」
「ごちゃ混ぜ。恨み辛みに憎しみに悲しみ痛み。大きすぎる狂気のそん中になんでか愉快とか楽しいって感情まである」
混ざりすぎて吐き気がする、とカゲは言った。
「この話、タブーって聞いてたけど。やっぱり俺らでもダメなんだな」
「東さんに頼まれて話してはみたものの」
「これは当分口聞いて貰えないに1票」
しゅんとするゾエに同じく、とカゲと当真が言った。
雅久の過去のことは俺達も噂程度に知っていた。
俺達が入隊する前、彼ともう1人攻撃手とオペレーターの3人で隊を組んでいたと。
遠征にも行くほどの実力をもった隊だったと。
雅久だって、太刀川さんに引けを取らない程の攻撃手だったと。
だが、今の姿はどうだ?
トラブルばかり起こして、A級ソロだった彼はB級に降格。
任務も訓練も気まぐれにしか出ず、出ても適当にやる。
俺達とは時々遊ぶように模擬戦をするけど、必ず途中で手を抜いてポイントを俺達に返上する。
「けど、このままって訳にもいかないって話じゃん?アイツ クビにするかもって話もないわけじゃないんだろ?」
「まぁ…あんだけ問題起こしてたらね…」
当真とゾエの言う通り。
彼の素行の悪さに、そういう話が出てきてしまっているらしい。
それを俺は東さんに、当真は冬島さんに相談されこういう場を作ったわけだが。
「過去にある根本を解決しねぇことには無理なんじゃねぇの?」
「カゲの言う通りだな」
「けどその根本をどう知るんだ?って話だろ」
当真の言葉は最もだ。
結局の所入隊の遅かった俺たちは触れることすら許されず、同じ時期にボーダーにいたはずの人達も手をこまねいてる。
その根本を知るのは彼しかいないのだ。
「どうしよっかぁ…」
「………めんどくせぇ」
▽
夜風が苛立った自分を冷ましていく。
「羽虫がうるさい…」
耳元を払いながらそう呟いた時に聞こえてきた警報。
見上げた空に開いたゲート。
ポケットにあるトリガーに手を伸ばしかけ、止めた。
「コンビニ寄って帰ろ…」
本部から飛び出していく隊員の姿が視界の端に映った気がした。
コンビニの白い電灯に集まっている虫たちの音を聞きながら、買ったプロテインバーを駐車場で頬張る。
気付けば誰かが笑いながら、目の前に立っていた。
顔を上げると真っ暗なはずの空は茜色に染まっていた。
「うるせぇ、」
誰かは顔を見合わせて笑い合う。
うるせぇ、ともう一度吐き出した。
だが彼らは話続ける。
その声が耳障りだ。
「だから、うるせぇんだよ!!さっさと消えろ!!!」
怒鳴りつければやっと、彼らは消えた。
頭を抱えて、舌打ちをする。
気分が悪い。
「うるせぇんだよ、どいつもこいつも………くそっ、邪魔なんだよ……」
いつからか、彼らは俺の前に現れるようになった。
いつもいつも笑って俺を見ている。
それが、目障りで 耳障りで どうしようもなく心をかき乱す。
「さっさと、消えてくれ…」
彼らに、俺の声は届かない。