雅久さんは気まぐれな人だ。
さとけんとか日佐人は雅久さんを怖いと言ってる。
オレには特別甘いらしいけど、その怖いって気持ちもわからないでもない。
野良猫なんか比にならないくらいコロコロと感情が変わるし 沸点も掴めない。
けど色んな人から好かれて、彼はあんな性格なのに決して孤独にはならない。
なんて、何故そんなことを考えていたかというと訓練をしにきた狙撃場に彼の姿を見つけたからだ。
記憶が正しければ雅久さんは狙撃トリガーをセットはしていない。
だがその手にはイーグレットが握られている。
大きなヘッドホンを着けて、スコープを覗く横顔は目を引く。
実際、遠巻きにC級隊員が雅久さんを見て頬を染めている。
「雅久さん、なにしてんすか」
弾が途切れたタイミングで肩を叩き声をかければ彼はこちらを振り返り目を瞬かせる。
そして、ふっと口元を綻ばせながらヘッドホンを外した。
「お疲れ、義人」
「お疲れ様です。なにしてんすか雅久さん」
「シューティングゲーム?」
疑問混じりに彼は笑う。
「暇なんすね」
「そうとも言う」
ランダムに出現する的を撃つやつをやっていたらしい。
的中率には97%、平均得点には8.3と書かれている。
その数値の高さの意味を、狙撃手である俺が知らぬはずもなく。
真面目にやればこの人は天才なのだと改めて実感した。
「狙撃手のメンツが潰れちゃいますよ、ほんと」
「この回は特別集中したってだけ。さっき、この3分の1とかだぜ?」
見て見て、と彼は軽く笑いながら携帯に送ったデータを見せてくれた。
「……確かに、ムラが…」
「だろ?やっぱ向いてねぇわ」
「ハマればトップレベルなのに」
それが狙撃手の才能だよ、と雅久さんは言って イーグレットをしまう。
「これにハマれねぇ奴は馬鹿みたいに刀振るか弾ぶん投げるしかねぇの」
「言い方」
「結構、狙撃手馬鹿にするやついるけどさぁ。俺は、狙撃手の方がすげぇと思ってるよ」
俺を見上げて「義人は特別すげぇよ」と呟く。
彼の手は俺の手を掴み、大事なもの扱うみたいに丁寧に手の甲を撫でた。
「っ、なんなんすか…急に…」
「別に」
昨日の夜。
B級に上がったばかりの攻撃手が言っていた。
狙撃手なんて、逃げだと 戦う勇気がない、と。
男で狙撃手なんて、尚更と。
その言葉にイラついた。ムカついた。
けど、そういう奴は絶対上には上がれないから 苛立ちも無視した。のに。
「……どこで聞いたんすか」
「何が?」
「雅久さん、」
イタズラが成功した子供みたいに笑った彼は立ち上がり、俺の頭を撫でた。
「攻撃手も射手もやった俺が言うんだから、間違いねぇよ」
彼にかける言葉を探していればすごい勢いで駆け込んできた本部長。
「粕谷!!!」
「あ、もう来たのかよ」
「今度はどうして、B級隊員に手を出した!!」
凄い剣幕で怒る本部長に何も感じていないのか、雅久さんは面倒くさそうに舌打ちをする。
「雅久さんまさか、」
「じゃ、お疲れさん。またな」
「ちょ、」
なんすか、と怒る本部長に歩み寄った雅久さんは 心底不満そうな顔をしていた。
「どうしてすぐに手を出すんだお前は」
「馬鹿には言葉は通じねぇだろ。怒んなら場所変えね?狙撃手の邪魔になんだろ」
「…怒られる側が言うことじゃないんだが。まぁいい、行くぞ」
後に、さとけんから聞かされた。
雅久さんはとある隊員2人をラウンジでボッコボコにしたと。
もちろん、トリオン体ではあったらしいけど。
その2人が俺を 俺達を馬鹿にした人と同じ人だったのは 何かの偶然ではないはずだ。
「義人」
「雅久さん!アイス食い行きませんか」
知ってる人は知っている。
雅久さんは確かにすぐに手が出るし、沸点もわかんないし、気まぐれで振り回されることも沢山あるけど。
彼が誰かに悪意を向けるのは、大抵誰かの為なのだ。
「義人が誘ってくれるとか、珍しくね?」
「嫌ですか?」
「まさか。駅前に新しく出来たとこ行こうぜ」
そのことを知っている人は決して多くはない。
雅久さんを正しく評価して欲しい反面、もう少しだけ特別でいるのも悪くない気がしていた。