「菊地原ってただ耳がいいってだけでA級だろ?」
「俺もサイドエフェクトありゃよかったわ。それだけで重宝されるだろ?強さなんて俺と変わらねぇし」
聞こえてくるのはそんな話。
白服じゃないとこを見るとB級なのだろう。
俺に聞こえてしまうような声なのだ。
菊地原に聞こえないはずがない。
「別に大丈夫だってば。今更でしょ」
菊地原の顔色を伺えば彼はそう言って鬱陶しそうに眉を寄せた。
彼がそういうことを言われてしまうのは、正直初めてのことではない。
サイドエフェクトをズルだと言う奴もボーダー内にはいない訳ではないし。
A級4位という目立つ順位にいるから尚更、こういうことの的になりすぎてしまう。
「あれでA級はれんなら、俺も余裕だわ、」
俺だって耳障りに思う声だった。
だが言われてる本人がこうも気にしていないとどうすることも出来ない。
「なぁ」
「あ?」
「なんすか」
そう思っていたのに。
話をしていた隊員2人の元に歩み寄った人がいた。
「…あれって、」
菊地原もそれ気付いたのか携帯の画面から視線を上げる。
「お前らってB級だよな?」
「だったら?」
「A級に……その菊地原って子に勝ったことあんの?」
何こいつ
ほらB級に降格したソロ隊員だよ
本人を目の前に、コソコソと話す2人を彼は何も言わず見下ろしていた。
「戦ったことないっすけど。けど正直楽勝っすよ。あ、降格した先輩には無理かもしれないっすけどね」
「おい、言い過ぎだって」
2人は顔を見合わせ笑う。
「………A級舐めんなよ、糞ガキ」
「は?いや、アンタが弱かっただけだろ?」
「先輩と同じ物差しで計らないでもらっていいっすか?アンタと違って俺ら強いんで」
彼は大きな溜息を1つ。
そして、2人まとめてブースに入れとドスの効いた声で言った。
粕谷雅久。
風間さんが入隊したのと同じ頃、入隊したという古参隊員だ。
過去には隊を組んでいたらしいが現在はB級ソロ。
殆どが規約違反や問題行為による減点らしく、孤月とスコーピオンは本来トップレベルなのだとか。
目にしたことはない、聞きかじっただけの話ではあるけど。
現在の彼はボーダー1の問題児でトラブルが耐えない。
口も悪ければ態度も悪く、最近の戦闘スタイルも常識外れで 本来の強さというのは見たことはない。
「…大丈夫かな、」
「心配するな」
いつの間にか来ていた風間さんはどこか機嫌が良さそうだ。
「噂は聞いた事ありますけど…正直見たことなくて」
「最近は公開で模擬戦やることがないからな」
「攻撃手ですよね?確か」
表向きはな、と風間さんは言って 折角だから見に行こうと俺達に声をかけた。
意外にも菊地原も素直に立ち上がり、映像の見えるところまで移動する風間さんの後を追う。
「表向きっていうのは、」
「粕谷の強さは、その目で見た方が早い」
映像の中。
粕谷さんは気だるそうに孤月を手にぶら下げていた。
足元には直径1m程の円が書かれている。
相手は攻撃手と射手らしい。
向かってくる攻撃手をその円の中から動くこともせず、孤月でいなしていく。
それをフォローするように自身に向けられる射手の攻撃は尽く粕谷さんのバイパーが相殺していた。
「……あれ、毎回ひいてるんですか」
「あぁ。本人が言わないから知られてないが、バイパーに関してだけ言えば…ポイントはボーダー1位のままのはずだ」
相手の孤月を軽々といなし、首を一突き。
後ろからの攻撃を背中に生やしたスコーピオンでカバーしたかと思えば、真後ろにいる敵をバイパーが貫いた。
その後何試合やっても、結果は変わらなかった。
そして、足元の円から彼が出ることは最後までなかった。
「どうしてあれだけ凄いのに攻撃手を?」
「アイツに言わせれば、射手をやれるだけのトリオンがないらしい。決して少なくはないはずだが、多くもない」
「なるほど…」
アイツ自身、自己評価が凄く低いんだと風間さんは画面を見つめながら言った。
「アイツは太刀川や出水のように天才じゃない。あの頃、アイツが入った頃は…比較対象がずば抜けていたからな…粕谷のチームメイトも含めて。だから、あれは自分へ期待をしなかった」
「そんな…あれだけ凄いのに…」
「そう思うだろ?それを超えてくる男とアイツは組んでいたからな……。ただ、粕谷雅久の戦いのセンスを越えられる奴は、きっといない」
試合が終わって粕谷さんが出てきても2人を出てこなかった。
痺れを切らしたのか彼は2人の首根っこを掴み引き摺り出してきた。
絶望という言葉が正しいだろう。
顔を真っ青にしたら2人は壊れた機械のように何度も謝罪を口にしている。
2人を引き摺る彼は、何故かこちらに歩いてくる。
そしてゴミでも捨てるみたいに俺達の前に2人を放り投げた。
「弱ェだけじゃなく うるせぇ。てめぇらが謝る相手はそっちだ」
「え、」
顔を上げた2人が動揺していた。
視線の先にいる菊地原も。
「いや、」
「え、あ…いや、あの」
「遅ぇ、」
容赦なくトリオン体とはいえ頭を蹴り飛ばした粕谷さんに「やりすぎだ」と風間さんが言う。
「
「っ、思って、ないです。すみません…でした」
「すみませんっ、でした」
戸惑いながらも 別に、と答えた菊地原に粕谷さんは満足したのが「さっさと消えろ」と言ってから視線をこちらに投げた。
「騒がしくして悪かったな」
その言葉は多分、菊地原に向けられたものだろう。
菊地原が返す言葉を探している間に彼の視線は風間さんに向けられる。
「上に報告したきゃ好きにどうぞ。アンタがしなくても、アイツらがすんだろ。どうせ」
「…相変わらず、変わらないな。お前は」
どうだか、と彼は笑って踵を返す。
「すまんな、粕谷が好き勝手やって」
「いえ、別に…」
「けどなんか意外でした。陰口とか、咎めるタイプには見えなくて」
昔のあいつのオペレーターは学校でいじめられてたらしくてな、と風間さんは離れていく粕谷さんの背中に視線を向ける。
「若くしてボーダーに入るくらいだ。元々、正義感はあるんだ」
「そうなんですね…」
「やり方は、最近間違えているけどな。人としても、隊員としても本当は凄く出来た奴なんだよ」
懐かしむように目を細める風間さんは、どこか寂しそうに見えた。